第34話 勇者の仕事

 勇者二人は教皇の指示と言う事で少し離れた地区の村に援助派遣された。


 この国に村と言う名称はないが地区のアルファベットと地区番号が後になればなる程辺境の地と言う事になり、それだけ人口も減り他所の国で言う所の過疎の村と言う事になる。


 今回はそんな村の一つで最近魔物の被害が出ているが村には老人子供が多く、若い働き手が少ないので村の安全を守る者が少なく困っていると言う訴えがあった。


 冒険者の派遣と言う事も可能だが、何しろその村には財政的に冒険者に支払えるような金の余裕がないと言う話だった。


 そこで今回は特別奉仕として教会から勇者が派遣される事になった。これは実に特別処置だ。


 普通こんな事で勇者が出向く事はない。しかしこれも民衆の安全を守る勇者の仕事と言う事で、その実地訓練も兼ねてと言う事だった。


 勿論勇者の長谷川や黒澤にしても文句はなかった。むしろそれこそ自分達の本来の仕事だと思っていた。


 魔王を倒すと言う大きな目的はある。しかし身近な住民の安全一つ守れないで何が勇者だと言う意識があった。


 その為勇者達はその村に向かって出かけて行った。その村までは馬車で約20日日度かかった。山間のかなり辺鄙な所だった。


 勇者達がその村についた時には村人全員が感激して出迎えてくれた。


 村長を始め村人全員を見渡しても確かに老人子供が多かった。なので村人達で田畑を細々と耕し何とか自分達の食い扶持を守る自給自足の生活をしていた。


 その田畑が最近魔物に荒らされて怖くて畑に出られないと言う事だった。このままでは貯えもなくなり食うにも困る状態になると言う話だ。


 本来こんな話なら騎士の何人かでも派遣すれば済む事だ。高々畑を荒らす程度の魔物ならその危険度も知れている。それなのに今回は何故か特別に勇者が派遣された。


 勿論勇者達はそんな事情など何も知らない。むしろ教会内で缶詰状態にされているよりも実際の人々と接する事が出来る事に喜びを感じていた。


「勇者様方、こんな辺鄙な村によくぞおいで下さいました。何も出来ませんが村人全員で歓迎させていただきます」

「いいえ、お構いなく。これが僕達の仕事ですから」


 ここの村の人達は皆気持ちの優しい親切な人達だった。まるで元の世界に舞い戻った様な気がしていた。


 また村の者達にしても彼等勇者は自分達の孫の様な年齢、そんな若い者が来てくれたのが嬉しくてたまらなかったのだろう。


 村人達は毎日甲斐甲斐しく勇者達の世話を焼いた。長谷川達もこんな人達の為ならと毎日畑に出向いて魔物を討伐していた。


 当然それらは大した驚異のある魔物ではなった。ラビットやラット程度のものだ。しかし不思議な事に毎日の様に何処からかやって来る。


 その日も長谷川達が魔物退治をしているといつもと違う音が聞こえて来た。それは阿鼻叫喚の悲鳴と叫びだった。しかも村からは火の手も見えた。


 急いで村に戻ってそこで見た物は多くの村人の死体だった。それも無残に切り殺されまたは爪で切り裂かれた様な。しかも女子供も無残に殺されていた。


 しかも中には焼き殺された者もいた。そして家々には火がつけられていた。これは村人への虐殺だった。


 そしてそこで長谷川達が見た物は人にして人にあらず、頭の上には獣の耳がつき尻には尻尾が生えたモノたちだった。


 ただし二本足で歩き手には武器を持って人間と同じ様に行動していた。この時長谷川達は初めて獣人と言うものを見た。


 この光景に怒り長谷川達の心の中で何かが壊れた。そしてそこから物凄い魔力が噴出した。まるで天を染める業火のような。


 遂に勇者が覚醒したのだ。これこそが教皇が望んでいたものだった。勇者の覚醒、その為にはここの村人達の犠牲が必要だった。しかも相手は獣人でなくてはならなかった。


 長谷川達の怒りの刃の一振りの斬撃は数十メートルを超えその線上にいた全てを切り裂いた。


 これぞ勇者が使う勇者斬撃剣だ。そしてそれはゼロの斬撃にも似ていた。


 村人を襲った殆どの獣人は殺したが一部が逃走した。後を追って殺そうと思ったが今は生き残った者の安全が第一だ。


 村の95%以上が殺された。男も女も子供も赤ん坊さえも。生き残ったのは数人の子供達だけだった。


 長谷川達は怒りと悲しみの涙を堪えながら子供達を馬車に入れて聖都へと向かった。


 聖都の教会には孤児院がある。この子達はそこに預ければいいだろうと考えていた。


 そして今回の事を教皇に報告した。すると教皇は獣人制圧部隊を組織して獣人国カールへ攻め込みましょうと言った。


 これは向こうから仕掛けて来た戦争です。我々人族が無残に殺されて黙っている訳には行きませんと教皇は獣人国カールに宣戦布告を宣言した。


 この知らせは驚きと共にハンナからゼロの元にも届けられた。


 ゼロは「教皇の野郎、遂にやりやがったな」と思いながら、カロールに緊急事態だと告げてその惨劇の現場となった村に飛んだ。


 勿論カロールも付いて来た。


「あのさー、あんた魔法使いでもないのに何空飛んでるのよ」

「お前だって飛んでるだろう」

「そう言う問題じゃないわよ。あんたには魔力がないのよ」

「だから魔道具だと言ってるだろう」

「そうよね、ほんとあんたは卑怯なんだから」


「お、お師匠様、このヒューマンは何なんですか、本当にヒューマンなんですか」

「そうね、分類的にはヒューマンよね」

「亜人ではないんですか」

「お前はごちゃごちゃとうるさいな、落とすぞ」

「お、師匠様、このヒューマンが落とすと言ってます」

「お黙り」

「はい、お師匠様」


「おい、わかるか」

「ええ、物凄い魔力の残滓ね」

「ああ、ついに覚醒しやがったな」


 ゼロとカロールは虐殺のあった村に下り捜索を始めた。そこにあったのは幾多の人族の死体と獣人の死体だった。


 人族の死体は獣人達に斬殺されたのは確かだった。そして獣人達は皆勇者の剣によって殺されていた。


 ここから推察される事は獣人がこの村に攻め込み村人を皆殺しにした。それに怒りを覚えた勇者が覚醒して獣人を殺したと言う筋書きだが何故勇者がこんな辺鄙な村にいた。何の目的で。


 ゼロが捜索範囲をもう少し広げて見ると村の外に田畑があったがそこが荒らされていた。これは多分魔物の仕業だろう。


 と言う事は何か、この被害にあった村が教会に助けを求め勇者を送ったと言うのか。


 それはおかしいだろう。勇者とは国の最高戦力だ。そんな者をこの様な雑用に出すのか。


 金がなくて冒険者が雇えないと言うのなら騎士の3-4人も出せば十分だろう。その程度の仕事だ。


 なら勇者を覚醒させるのが目的で村人を犠牲にした。そしてその怒りの対象を獣人に向けさせる為に獣人を犯人に仕立てたと言う事か。


『なんて事をしやがるあのクソ教皇の野郎め』


 それにしても何故獣人がそんな事に加担した?


「カロール、ちょっと獣人の死体を調べてくれ。何か変わった事はないか」

「変わった事?ちょっと待って、異質な魔素が感じられるわね。頭の中よ」


 ゼロが獣人の頭を開いてみると、そこには小さな球が入っていた。どうやらそれが獣人の意識を遠隔操作してる様だった。


「なにこれ」

「魔道具だ」

「魔道具ってあんたの得意な物じゃない」

「ああ、人の意識をコントロールする様なものだろうな」


「つまり獣人をコントロールしてここの村人を襲わせたって事、何の為に」

「獣人国への侵略の為だろうな」

「じゃー何、また戦争が始まるって言うの」

「一歩間違えればそうなるかも知れんな」


 そこでゼロは考えていた。ここで全てが終わってしまってはそこから先のストーリーが続かない。


 戦争に持ち込むにはその為の大義名分がいる。つまり今回の大量殺人犯が獣人国に逃げ込んだとなればその理由も成立する。そう言う事か。


「カロール、お前この魔素の後を追えるか」

「どう言う事よ。何処かにまだ生き残りがいるって事」

「そうだ、そしてそいつらを捕まえなければならん」

「わかった、やってみるわ」


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