第32話 勇者のその後

 夢見のダンジョンより帰って来た勇者長谷川と黒澤は時間を見ては教会の図書館や聖都の図書館に通い、初代「神の聖戦士」に関する情報を集めていた。


 しかし何処の図書館で調べても言い伝え以上の物は出て来なかった。


 それともう一つ気になったのは彼女の幼少期の記録が何処にもない事だった。それも12歳以前のものが。


何故ないのかそれが分からなかった。元々ないのかそれとも誰かに削除されたのか。


 書物で見つからなければ実際に探してみるしかないだろうと二人は彼女、ミレウ・ハイルレーン伯爵の生誕の家があると言う所を訪ねて見た。


 そこは100年前の戦争で崩壊し、その一部が残っていたのでそこを教会が国の重要記念物として保存していた。


 残念ながらこの焼け跡から得られるものは何もなかった。それで長谷川達は周囲の人達から情報を得ようとしたが当時の事を知る者は誰もいなかった。


 やっぱりだめかと焼け跡を見ていると、向こうにも同じようにこの焼け跡を見ている人達がいた。


 そこでもしかしたら何か知ってるかも知れないと思い、長谷川達はその者達の所に駆け寄った。


「あのーすいません、ここの関係者の方でしょう」

「いや、そうではないがあの有名な伝説の護神教会騎士団団長の家がここだったんだなと見ていただけだよ」

「そうですか、では貴方達は一体」

「人の事を聞くのなら自分が先に名乗るべきではないかね」


「あっ、それは失礼しました。僕はヨシ、こっちがカナと言います。教会関係者です」

「俺はゼロだ。それとこっちがカロールとメルチと言う。共に冒険者をやっている」

「冒険者ですか、その冒険者の皆さんが何でまた」

「知ってるか、彼女もまた冒険者だった事を」


「ウソ、本当ですか。あの聖戦士様が冒険者だったなんて初めて聞きました」

「ほう、一応彼女が『神の聖戦士』だった事は知ってる様だな」

「はい、それは教会の人から聞きました」


 この時ゼロは彼らが勇者だろうと言う事は想像がついていた。


「あのー良ければもう少し詳しい話を聞かせてはいただけないでしょうか」


 カロールもまた分かっていた。かなり努力して感情を抑え込んでいる様だった。勿論メルチは何も分かっていない。


 ゼロは彼女が12歳でここに辿り着くまで各地で冒険者をやって旅をしていたと伝えた。しかしその様な記録は教会の何処にも載っていなかった。


 ゼロはこの聖教徒法国と言う国は人としての純血を尊び、神への信仰を第一とする国だから、聖戦士たる者が冒険者などと言う下賤の職業についていた事を公にはしたくなかったのだろうと伝えた。


 なる程それは言われてみればそうかも知れないなと二人は思った。


「あのーその聖戦士様は冒険者時代一人で旅をされていたのでしょうか」

「さーどうだろうな、もう100年も前の事だからな、詳しい事は分からんよ」

「そうでしょうね」


「ところであんた達は勇者について知ってるか」

「えっ、勇者ですか」

「特にサザンと言う町で勇者がやった事についてだが」

「ど、どうしてあなたがそんな事を知ってるんですか。これは公にはなっていないはずですが」


 やはり脆いな、日本と言う無防備国から来た人間は秘密厳守も出来ないと言う事か。直ぐに誘導に引っかかる。


「俺達は冒険者だ、冒険者の情報は国の垣根を超える」

「そ、そうですか。あれは痛ましい事故でした」

「事故かね、あんたらはあれが本当に事故だと思っているのかね」

「違うのですか、あれは悪魔付きを退治する過程で起こった事故だと」


 悪魔付きなど誰も掛かってはいなかった。ましてあの場所は特別行政区と言って国が定めた場所だ。


 国の許可なく他国の人間が勝手に侵入して良い場所じゃない。領主ですら好き勝ってには出来ない場所だ、例えそれが勇者であったとしてもとゼロは言った。


 そこで何の罪もない3,500人もの獣人を殺害したんだ、本来なら戦争になってもおかしくない事をその勇者はやった。勇者とは何か。この世に災いを巻き散らす者を勇者と呼ぶのか。


 それが証拠にこの国はヘッケン王国に全面的に非を認め謝罪と賠償金を払った。それは戦争を回避する為だろう。そしてサザンの領主は死罪となった。


 誰かが秘密裏に手引きをしなければこんな事は起らなかったはずだ。これを事故だと言うのかねとゼロに言われ二人は何も言い返せなかった。


 それだけを言い残してゼロ達は立ち去って行った。


「どうだカロール、勝てそうか」

「そうね、今のあいつらならね」

「だろうな、しかしやつらも馬鹿じゃない。今度の事を切っ掛けに化けるかも知れんぞ」

「そうね、それが問題ね、じゃーやっぱり今のうちに」

「おいおい」


「お師匠様、何の話をなさっているのですか、あたちには何が何だかさっぱりですが」

「お前はいいんだよ」

「なんだと、このヒューマンめ」

ゴツン、「痛いです。お師匠様、またこいつが」

「お黙り」

「はい、お師匠様」


「なぁ黒澤、どう思った」

「そうね、変な組み合わせね」

「だろう。第一にあのゼロって人には魔力がなかったぞ」

「そうよね、この世界で魔力がないって事は死人と同じよね。どうして生きていられるの」

「あのカロールって人はそこそこの強さだけど、あの子供は何だよ、バケモノか」

「あの強さってうちの分隊長並みじゃないの、並みの騎士ではとても勝てないわね」

「全くだ。どうなってるんだあの組み合わせは」


「それにさ、さっきのサザンの話聞いた」

「ああ、あれがもし本当なら吉村は完全な大量殺人者じゃないか、良い悪いの前に処刑されても仕方ないよな」

「そうよね。じゃー私達って一体何の為にこの世界に召喚されたのよ」

「それは人々の命を守り魔王を倒す為だろう」


「じゃー何で獣人を殺してるのよ。獣人て魔王軍なの」

「それは違うだろう、あそこが特別行政区だったって事は保護地区でもあったって事だろう。人間と獣人は共存してるって事じゃないのか」

「じゃ-何故、私達の国じゃ獣人や亜人は排除されるの。まして人扱いはされてないよね」


「そうだな、それってあのゼロって人が言っていた事じゃないのか」

「純血を尊び、神への信仰を第一とする国だからって事」

「そうだ」

「それじゃまるで私達の世界の狂信教の国と同じじゃないの」

「そうだな、ともかく変な事に巻き込まれない様にしようぜ」

「そうね」


 勇者の意識を探っていた教皇は少し困っていた。


「どうなさいました、教皇様」

「どうも勇者の意識が揺らいでいる様です」

「それは我が国、そして女神様に対してですか」

「かも知れませんね、ここで何か一つ手を打つ必要がありますね。そうですね、村を一つ犠牲にしますか」

「なる程、承知いたしました。早速手配いたします」


「それとあのゼロですが、しばらくは手を出さない様に」

「と申しますと」

「勇者が覚醒するのを待つのです」

「承知いたしました」

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