第29話 聖教徒法国への道中

 ゼロ達の護衛する荷馬車は無事にアンダールカと言う町に着いた。


 ここは商業の盛んな町だった。ゼロもここにはまだ来た事がなかった。


 荷馬車の持ち主のゴルメルの店は主に装飾品、特に貴族のご婦人方の喜ばれそうな物を多く扱っていた。


 そして石鹸やクリーム、香水と言った美容にも関連しそうな物もあった。そしてこれらは聖教徒法国にも納めるのだと言っていた。


 今回も地方で珍しい装飾品が手に入ったのでそれを持って聖教徒法国に行く積りにしているとの事だった。


 これは丁度いい。ゼロが言わなくてもカロールも聖教徒法国に行く途中なので良ければその護衛をしても良いと買って出ていた。


 それはゼロの取っても都合がいい。それに便乗させてもらう事にした。


「お師匠様、何でこんなヒューマンなんかと一緒に行かないといけないんですか」

「こいつはこれで役に立つのよ」

「こんなクズヒューマンがですか」


 と言った時、メルチはゼロのデコピー一発で弾き飛ばされていた。


「おい、大丈夫か。こんなの連れて。お前の正体がばれてしまうぞ」

「そうなのよ。初めは子連れの方が目立たないだろうと思って連れて来たんだけどさ」

「これじゃー余計に目立つだろう。大体こいつは一体何なんだ」

「この子はうちの小間使いなのよ。是非人間界を見たいと言うから連れて来たんだけどさ」


「こんなのお前の館にいたか」

「あんたが出て行ってから雇ったのよ」

「それにしてももう少し選べよな」

「おいヒューマン、痛いじゃないか。手打ちにするぞ」


 そしてメルチはまたデコピーで飛ばされた。


「うぇーん。お師匠様、痛いです」

「お黙り」

「はい、お師匠様」


 聖教徒法国への出発は明後日となったのでその日はその町で宿を取った。


 ここの食事はそれなりに旨かった。どうやらバフラビットの肉を煮込んだシュチューの様なものだった。


「お師匠様、何ですかこのゲテモノは。ヒューマンはこんな物を食べてるのですか」

「嫌なら別に食わなくてもいいぞ。その分俺が食ってやる」

「だ、誰が食べないと言った。黙れ下郎め」


 またゼロに頭をペシっと叩かれていた。


「痛いです、お師匠様」

「お黙り」


 今回の運送は荷馬車が二台だった。それなりの物を運ぶのだろう。


 なのでこの町で4人組のパーティの護衛を雇って後はゼロとカロールの二人と計6人で護衛する事になった。メルチはおまけだ。


 ゴルメルの馬車の御者はカロールとメルチが務めた。そして他の2台の荷馬車の御者は店から出していた。


 4人の護衛はそれぞれ2人で2台の荷馬車を守り、ゼロはゴルメルの馬車の横に付いていた。


「なぁあんた、俺はパーティ「ホルス」のフリックと言うもんだがあんたは」

「俺はゼロだ」

「あんたらは依頼主と知り合いなのか」

「それほど知り合いと言う訳ではないが見知ってはいる」


「そうか。俺はCランクなんだが、あんたは」

「俺もCランクだ。そしてあそこで御者をやってるカロールと言う女はBランクだ」

「Bランクか、それは気を付けないといけないな」


 何を気を付けると言うのか。底の知れない男だった。


「あんたらはパーティを組んでるのか」

「いや、今は組んでない」

「そうか、なら宜しく頼む」

「こっちこそ」


「ところでゼロ、あんたはこの道を通った事はあるか」

「いや、ないが何かあるのか」

「最近この辺りじゃ山賊が出ると言う話らしいぞ」

「また山賊か」


「何だ、知ってるのか」

「いや、この町に入る手前で襲われた」

「それで大丈夫だったのか」

「二人の護衛がやられた」

「そうか、なら気を付けないといけないな」


 そう言いながら少し道幅の狭い峠道に来ると待ってましたと言わんばかりに前後に山賊が現れた。


 その数凡そ60人。前に30人後ろに30人と言った所か。その時荷馬車の横に付いていたフリックとその仲間がゼロの後ろに近づいて来た。


 そしてその後ろの荷に付いていた護衛も一人がゼロの方に、もう一人は反対側から依頼主の馬車に向かった。


「フリック、あんたの受け持ちは後ろの荷馬車だろう」

「そうなんだがな、もっといい方法を見つけたんだよ。お前達をお殺せは荷は俺達の物になる」


 このフリックは初めから山賊と組んで護衛を殺す役目を負っていた様だ。


「最近の冒険者は質が落ちたものだな。冒険者としての誇りも失くしたか」

「誇りじゃ腹が膨れないんでな。悪く思うなよ」


「知ってるか、金は墓場までは持って行けないって事を」

「そうかよ、ならお前が墓場に行け」


 そう言って切りかかって来たフリックは一瞬にして首が飛んでいた。


 そしてゼロが後ろの二人の脇を通り過ぎたと思ったらこれもポトリと二つの首が落ちていた。


 右側に回り込んでゴルメルを殺そうとしていた護衛はカロールの火矢魔法で丸焦げになっていた。


「さて後は前後の屑共か。カロール、前は任せた。俺は後ろを潰す」

「わかったわ。行くわよメルチ」

「はい、お師匠様」


 小間使いの子供と言えども悪魔は悪魔だ。人族の山賊程度に勝てる相手ではなかった。


 そこにカロールの大魔法が火を噴いて一瞬にして全員が黒焦げになっていた。流石は魔界の将軍と言うべきか。


「流石はお師匠様です。後ろのクソヒューマンなんか今頃殺されてますよね」


 メルチは後ろを見て信じられない物を見る思いがした。数十と言う山賊がみな死に絶えていた。


「お師匠様、あいつは一体何なんですか。バケモノですか」

「だから言ったでしょう。あいつは役に立つって」

「で、でもでも」


 ゼロはこう言うシーン、以前にも何処かであったなと思っていた。本当に最近の冒険者は質が落ちたものだと。


 幸いに店側の従業員は誰も怪我をしていなかったのでそのまま移動を続ける事が出来た。


「申し訳ありません、ゼロ様、カロール様。わたくしめがもっとちゃんと相手を吟味していればこんな事にはならなかったものを」

「構わんさ。こっちに被害はなかったんだ。次の町でギルドに報告しておけばいいだろう」


「ねぇあんた、何なのこれは。この世界ってこんなに物騒だった」

「お前が物騒はないだろう。まぁ国替えがあったばっかりだからな。まだ隅々まで中央の手が届いてないんだろう」

「それって良い傾向よね」

「おいおい、まさかこっちの世界を襲う気でいるんじゃないだろうな」

「だってさー、魔王様が」


 カロールの話によればまだこの世界への侵攻が決まった訳ではないないがその前に勇者の力量を調べろと言うのが魔王様の指示だと言う事だった。


 なる程なとゼロは理解した。仮にもカロールは魔界将軍だ。それも西区では今や第一席に任じられている。


 その筆頭をこうも足軽の様に使える者など確かに魔王を置いてはいないだろうと。


「でどうなんだ。魔王はこの世界に侵攻する気なのか」

「さーそれはあたしにはわからないわ、魔王様次第と言う所でしょうね」


「ああ、言い忘れてた。その魔王様がしばらくこっちへの進軍は中止だとよ」

「何それ。あたしそんな話は聞いてないわよ」

「なら向こうと連絡を取って見ろ」

「おい、ヒューマン、いい加減な事を言うと承知せんぞ」


 バチッ!

「痛いです、お師匠様。ヒューマンが」

「お黙り」


「あんたの言う事、どうやら本当みたいね。どうなさったのかしら魔王様。でも調査は継続せよとの事だったわ」

「そうか。ならやっぱり聖教徒法国へは行くのか」

「そうね面倒だけど。でもさー、あんた何かやらなかった向こうで」

「さ-俺は知らんな」

「何かさー、それが怖いのよね」


 魔界ではゼロはカロールの従者であり、戦時中はカロールの参謀だったのにこの対等な関係と言うのもおかしなものだ。


 ともかくゼロ達は無事に次の町、カロンサルまで辿り着いた。


 ここでゼロ達は依頼者のゴルメルと共に今回の事件の一部始終を冒険者ギルドに報告していた。


 勿論この時引きずって来たフリックを頭に3人の冒険者達の死体も一緒だ。そして山賊の頭目と呼ばれた男も。


 これには流石にこの町の冒険者ギルドのギルドマスター、クルマンも驚いていた。そして早速アンダーカルの冒険者ギルドのギルドマスターにも連絡すると言っていた。


 双方でどう言う話し合いが持たれたのか、それはゼロの知った事ではなかった。


 少なくともフリック達が受け取る予定だった報酬はゼロ達に譲られ山賊の討伐報酬もゼロ達が受け取った。


 ただしここでもゼロ達に対して、今回の事の口外を避けてもらえないかと言う話が出た事は言うまでもない。


 それは冒険者ギルドの信用を落とすからだ。しかしゼロはそんな事を言う前にもっと冒険者の質と認識を高めろと言いたかった。


 ともかくこれでここまでは一件落着となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る