第25話 樹雨(キサメ)の旅
その頃樹雨は助けてくれた一団と共に魔物討伐をやっていた。
樹雨を助けたのは「悲願の花」と言うグループで頭目は「ビー」と言う女性だった。
樹雨はこれがどう言うグループかはよく知らなかったが堅気のグループでない事だけは分かっていた。
しかし自分の命を助けてくれた事に間違いはない。感謝こそすれ余計な事を言える立場ではなかった。
では何故一緒に魔物討伐をやっているかと言うと、樹雨にはもう路銀がなかったのだ。
教会から出た時に通行許可書の様な物と多少の路銀はくれたがそんな物はここに来るまでに殆ど使い果たしていた。
それはそうだろう、今までただで衣食住を保証されていたんだ、外に出ればどれだけの金が必要かなど知る由もなかった。
もしかするとこれもまた狙いの一つだったのかもしれない。途中で金が無くなって食うに困って帰って来ると言う様な。
それ以前に命を狙われる事になってしまった訳だが、それにしてもこの先旅を続けるなら路銀は必要だ。
魔物討伐は教会でも良くやらされえていた。訓練の為だと言われて。しかしこれが金になるとはまるで知らなかった。
今まで討伐した魔物の金は全て教会の金庫の中に入っていた事になる。しかしまぁ、ただで住まわせてもらっていたんだそれも仕方ないだろう。
今度は自分の為、将来の為の魔物討伐だ、気合も入ると言うものだ。
「あんた良い腕してるね、冒険者だったのかい」
「いえ、そうではないですが訓練の為に魔物討伐をやらされてました」
「そうかい、なら今度ちゃんと冒険者になるんだね。そうすれば自分で稼いで旅を続けられるよ」
「はい、ありがとうございます。これもみなビーさんのお陰です。何とお礼を申し上げればいいか」
「そんな事は気にしなくていいよ。ただこれだけは言っておいてやるよ。この世界は『弱肉強食』の世界だからね。冒険を続けるなら人の一人や二人殺せなければ難しいかも知れないよ」
「はい良くわかっています。私も仲間を一人殺されましたから」
「そうかい、分かってりゃいいさ」
樹雨も今まで住んでいた日本の様な能天気な気持ちでこの世界は生きられないと言う事は良く分かっていた。
しかしそれでも正義と平和は守りたいと思っていた。
ただこの時は樹雨の体調はまだ完全ではなかった。それはそうだろうあれだけ強力な毒で傷つけられたんだ。直ぐに100%回復と言う訳にはいかなった。
そのちょっとした隙をついてボアが突進して来た。まずい当たると思った時、いつの間にかビーがボアの横にいて腕を伸ばして拳をボアにあてがってそのまま吹き飛ばした。
その技はまるであの時のレストランで見た冒険者の技と同じだった。
「あ、あのー今の技は」
「ああ、あれ。あれはうちの家に伝わる武技で『波動寸勁』と言うそうだよ」
「それとあの時ビーさんは何処から現れたのですか」
「あれかー、あれもうちの家の武技で『縮地』って言うんだ」
『「波動寸勁」に「縮地」みんな日本語じゃないの。どう言う事よ』
「それは誰から習われたんですか」
「うちのばーちゃんだね。そこから代々伝わってるのさ」
「そのおばー様は誰から習われたかおっしゃってましたか」
「さーね、もう100年も前の事だからね。ただ命の恩人から学んだとか言ってたね」
「そうですか、100年前の命の恩人ですか」
「その技って難しいのですか」
「どうだろうね、うちの連中は誰も習得出来なかったみたいだけどね、どうだいやってみるかい」
「は、はい。是非ともお願いいたします」
「これはね、魔法の技じゃないんだよ。魔力を力として使うと言ってたけどそこが皆にはわからないのさ」
「魔力を力として使うのですか」
「そうさ。それとね瞑想して[相』の位置に立てってさ。こんな事言っても誰もわかんないって言うんだよ」
『「相」って何、瞑想の悟りは「空」じゃなかったの。わかんない。これじゃ全くわからないわ』
「でもビーさんには分かるんですよね」
「ああ、結構しごかれたからね」
「最後にこうも言ってたね。感覚に頼るな理で考えろって。それって無理なんだよ。私達の世界は感覚で成り立ってるからね」
「感覚、そうか魔法は感覚と想像の世界か」
「どうだい、何かわかったかい」
「いえ、今はまだですが考えてみます」
「そうかい、じゃー頑張りな」
「はい、ありがとうございます」
樹雨はビーの勧めに従って冒険者ギルドで冒険者登録をして目的のサザンの町に向かう事にした。
樹雨のランクはFではなくEからだった。それは彼女の魔力量が余りに高かったので受付嬢がギルドマスターに報告した所、Eからスタートする事になった。
もし彼女が自分は勇者だと告げていたら規則などすっ飛ばしてAランクからスタートしていたかも知れない。
つまり勇者とはこの世界ではそれだけ特別な存在だと言う事だ。しかし樹雨はもう一度一からやり直してみたかった。自分の持ってる力を見直して。
まずはあの惨劇があったサザンの町に行って見ようと思った。
今回は路銀も十分に出来たので馬車に乗ってサザンまで向かった。
人に聞いて獣人達が住んでいたと言う獣人自治区に来てみたがここは瓦礫の山のままだった。
家々は焼け爛れここでどんな悲惨な事が行われたのか想像出来そうな雰囲気だった。
ただここの復旧作業はされないままだった。それはここに住んでいた獣人達が皆南の獣人国カサールに移ったからだと言う。
樹雨は近隣に住む住人にこの獣人自治区の事について聞いてみた。
すると悪い評判は何一つ聞こえては来なかった。皆獣人達とは仲の良い付き合いをしていた様だ。
それなのにあんな虐殺をするなんて絶対に許せないと皆言っていた。
獣人もみな人類だと言う。では何故聖教徒教会は獣人や亜人を目の敵にし排除するのか、樹雨にはそれがわからなかった。
確かに吉村君を殺した獣人は憎い。ではその獣人を何十人、何百人、何千人と殺した吉村君はどうなのか。
殺人鬼として処刑されても仕方ないのではないだろうか。獣人だからと言って殺していいはずがない。
きっと吉村君は自分の力に自惚れ慢心して過信し、何をしても許されると思ったんではないだろうか。
またあの教会ではそう言う環境でもあったとも思う。ではあの教会は私達に何を求めたのか。
私達がこれまで信じてやって来た事、これからやろうとしている事は正しい事なんだろうか。正直樹雨には分からなくなっていた。
佐川は殺され樹雨も殺されかけた。しかもそれが教会の指図だと言う。なら自分達は一体何の為に日本からここに召喚されたのか。その意味が分からない。
その時樹雨は一人の獣人が献花をしている所を見た。それは確かに獣人と呼ばれる人種だった。
頭の上には耳があり尻尾が生えていた。しかし顔は自分達と同じ人間の顔だ。
この時樹雨は初めて獣人を言う者を実際に見たのだった。
「あのー何をなさっているのですか」
「ああ、これですか。ここで亡くなった多くの獣人に少しでも供養が出来ればと思いましてね」
「貴方のお身内なんですか」
「いいえ、そうではありませんが皆同じ仲間ですから」
「同じ種族のお仲間と言う事ですか」
「ええ。貴方はまたどうしてここに」
「はい、私達の同族が大変な事をしたと聞きましたので申し訳なく思いまして」
「そうですか、貴方の様な人が一人でも増えれば助かります。我々獣人と人族の間には長く悲しい歴史がありますので」
「そうですか、でも貴方は私を見ても毛嫌いなさらないのですか」
「全くないと言えば嘘になりますが責めるべきは種族ではなく個人だと思ってます。それに俺の師匠筋は人族ですので」
「人族のお師匠さんですか、それはまた戦士や騎士と言う事でしょうか」
「そうですね、その様なものですかね。遅ればせながら俺はダッシュネルと言います、貴方は」
「はい、私は冒険者のキサメと言います」
「あのー貴方はここで何が起こったかご存じですか」
「俺もその時は自分の国にいましたので詳しい事は知らないのですが現場にいた人から聞いた話では、聖教徒法国の勇者と名乗る者がこの町の獣人の悪魔付きを排除すると言う名目で攻めて来たと聞いてます。そしてその確認もせずに手当たり次第に殺害して行ったと。その数は3,500人に上ぼるそうです」
「そ、そんなにも殺したのですか」
「ええ、半分は魔法剣による焼き殺しだったと聞いてます」
「それで家がこんなに。本当に申し訳ありません」
「別に貴方が謝る事はありません。それに本人は死んだのですから」
「どの様にして死んだかご存じですか」
「最後は獣人とのタイマンで負けて死んだと聞いてます」
「その殺した方はご存じですか」
「ええ、知ってますがこれは国と国との問題にも関りますので口外しないと言う事になってるようです」
「そうですか、ではもう一つだけ。二人の彼我の差はどの様な物かお判りでしょうか」
「そうですね、現場を見た訳ではありませんので何とも言えませんが、恐らくは問題にもならなかったのではないかと思います」
「それはその獣人の方がそれほど強かったと言う事でしょうか」
「そうですね、あの方に勝てる者は獣人も人族も含めてこの世に一人しか知りません」
「つまりその方はその獣人の方よりも強いと言う事ですか」
「はい、その方はその獣人の師でもある方ですから。では俺はこれで失礼します」
「ありがとうございました」
この時樹雨は思っていた。聞いた話では吉村の相手は三人いたと言う。二人が人間で一人が獣人。
その二人の人間の内一人は男、もう一人は女。ならば彼の言う最強の者とはその男の事ではないかと思った。
しかしそんなに強い者が本当にいるのか。いや、いるだろう。あのダンジョンで見た冒険者も桁外れの強さだった。
更に言うなら樹雨を救ってくれたビーですら途方もない技を持っていた。樹雨でも勝てるかどうかわからない。本当にこの世界はバケモノだらけに思えて来た。
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