第24話 暗殺者
翌朝、聖都の教会内では佐川がいないと騒いでいた。
朝食にも顔を出さないので部屋を見に行ったらもぬけの殻だったとか。
そして何処を探しても見つからないらしい。
「佐川のやろう、トンずらしやがったな」
「かも知れないわね、でも何処に行くつもりかしら」
「さーな、俺にも分かんねーよ」
片や樹雨はバルツ枢機卿と真剣に話し合い、やっとの事で外出の許可が出た。
ただし3カ月毎に状況報告をすると条件が付いていた。それでも大きな進展だ。
始め樹雨は出してもらえないのではないだろうかと半分諦めかけていたので吉報だった。そして吉行には佐川捜索の任務も与えられた。
こうして樹雨は初めて自分の足で教会を出る事が出来た。これから何処に行くか。当然それはヘッケン国だ。
吉村が倒された現場を見ておこうと思っていた。
「ねぇハルピンさん、教えて欲しいんだけどあの時ダンジョンで見た冒険者とここの初代「神の聖戦士」さんとどっちが強いと思う」
「難しい質問ですな。初代様がおられたのはもう100年も前の事ですから誰も実際の強さを見た者はおらんのです。ただ」
「ただ、何です」
「言い伝えでは魔王すら倒せる技量だったとか」
「魔王を倒せる。それ程強かったのですか」
「ですからこれはあくまで伝説です」
「ではそんな強い人がどうして魔王と戦わずに死んだのですか」
「それも詳しくは伝わっておりませんがここの言い伝えでは邪神と戦って相打ちになり人類を守って死んだと伝えられております」
「邪神、つまり神さんと戦ったと言う事ですか」
「そう言う言い伝えです」
「そりゃ無理だな。俺達がいくら頑張っても神さんとは戦えないよ」
黒澤がその場をはなれてから、
「ねぇ長谷川君、さっきの話しちょっとおかしいと思わない」
「何処が」
「だって相手は神様よ。どうやって人間が勝つのよ。それって本来は神様同士の戦いじゃないの。人間と神様って次元が違い過ぎない」
「確かにな。じゃー初代は一体誰と戦ったんだ」
「それ調べてみようか」
「ああ、そうだな」
その頃佐川は荒野を夜通しで走りに走っていた。ここで取っ捕まったらたまったもんじゃないと。
どうせまた訓練させられて悪魔や魔王と戦わされるんだろう。そんなもんやってられるか。俺はここに楽しい思いをしに来ただけだからな。と言うのが佐川の本音だった。
どれ位走り続けただろうか。もう1昼夜は走っただろうか。流石は勇者だ。まだ疲れを見せてない。
しかしそれでもやや速度が落ちて来たのでこの辺りで一服しようと思った。
道の端の草むらで腰を下ろした途端、何本かの弓矢と小柄が襲って来た。
「ふん、下らん。こんな事で勇者を殺せるとでも思ったか。みんな返り討ちにしてやる」
飛んで来る物は全て腕に付けたプロテクターで弾いていた。しかし中には受け損ねて一部上腕や足に切り傷を負った物もあった。
しかしこんな物位戦闘に支障はないと高をくくっていた。するとやがて眼がかすみ動きが鈍くなって来た。
「ま、まさか、これって毒矢なのか」
矢にも小柄にも全ての刃物には毒が塗られていた。しかもAランクの魔物でも簡単に殺せるくらいの。
佐川は両膝をつき動けなくなっていた。
「勇者と言っても所詮はガキだな。殺し合いの対応がまるでなってない。これでは殺して下さいと言っている様なもんだろう」
「おい、無駄口叩いてないで一気に片づけるぞ」
こうして佐川は闇から闇に葬られてしまった。
一方樹雨の方にも監視の目が付いていた。樹雨はその事を知っていたが、報告をする為の繋ぎ要員か何かだと思っていたのであまり気にしなかった。
彼等は一定の距離を保っておとなしくついて来ていた。
しかしその雰囲気が変わり出したのは樹雨がヘッケン王国のサザンと言う町に方向を向けた頃からだった。
途中で止まった宿屋でも何か刺々しいものを感じられるようになって来た。こう言う所の勘は樹雨は結構敏感だった。
そして次の日、もしかしたらと思っていた事が実際に起こった。
街道が少し寂しくなって来た所で襲撃に合った。気が付いた時には周囲は完全に取り囲まれていた。その数にして凡そ40名ほど。
しかし彼らはいきなり襲っては来なかった。その代わり弓や投剣の様な物で周囲からの攻撃に専念していた。
樹雨との接近戦を恐れているんだろうか。接近戦に於いて樹雨の右に出る者は聖都では誰もいなかった。
だから遠距離攻撃で体力を奪おうと言う事なのかも知れない。そしてそこには火炎魔法や氷結魔法なども組み込まれてきた。
流石にこれでは分が悪い。樹雨は何とか血路を開こうとしたが敵はそれも織り込み済の様で間合いを切って攻撃円から出させない様にしていた。
この辺りは樹雨の戦略負けだ。つまりまだまだ戦いの経験が浅いと言う事になる。
そして受け流し打ち払っていた矢の一本がキサメの腕をかすめた。しかしこれは普通の矢ではなかった。佐川を襲ったのと同じ毒矢だ。
樹雨もまた目がかすみ動きが鈍くなって来た。
「何これ。これってまさか毒矢なの」
佐川と同じ反応をしていた。無理もない安全な日本では毒矢攻撃などする者は誰もいないだろう。
目がかすみ前が見えなくなった時、何か別の物音がした。そして樹雨はそのまま意識を失った。
「気分はどう?少しは良くなった」
「えっ、ええっ。こ、ここは何処ですか。私は何を」
「あんたは毒矢で殺されかけてたのよ」
「あれはやっぱり毒矢だったんですね。それで貴方が助けてくださったんですか」
「まぁ、成り行き上仕方なくね。解毒剤は飲ませておいたからもう大丈夫なはずよ」
「ありがとうござうます。でも仕方なくですか」
「そうガッカリしなくてもいいわよ。どっちみちあいつらはあたい達の敵だったんだから」
「敵ですか」
「そう、あいつらは暗殺者よ」
「暗殺者、あの人達は暗殺者だったんですか」
「あんた、何だと思ってたの」
「いえ、教会の人達かなと」
「教会?それって聖教徒教会の事」
「はい、そうです」
「そうね、あそこならああ言う連中を雇ってもおかしくはないわね」
「きょ、教会がですか。教会が暗殺者を・・・」
「あんた、何も知らないのね。あの教会は表向きは聖人君子面してるけど、裏じゃあくどい事を一杯やってるのよ」
「そんな、あの教皇様が」
「その教皇が一番の癌ね」
「そんな」
「でもあそこには『神の聖戦士』様がいらっしゃたと」
「『神の聖戦士』か、確かにいたわね。でもあれは教会とは別口よ。女神様から直接神託を受けて戦う者達の事だから。教会の意向で動いてる訳じゃないわ」
「そうなんですか」
「ところであんた一体何したの。何で暗殺者に狙われていたの」
「わかりません。何故狙われたかわからないんです。ただ私は自分で修練したくて教会を出たんです」
「自分で修練か、それ問題かもね」
「えっ、そうなんですか」
「あそこは個人の自由なんか許さない所なのよ。全てを管理下に置く。それがモットーね」
「じゃー私は」
「まぁ、殺されるより仕方ないんじゃない」
「そ、そんな」
「お頭、ちょっといいですか」
「どうしたの」
「へい、森で死体が見つかったとか。恐らくは奴らの仕業ではないかと」
「そう、では確認に行きましょうか」
「へい」
「あんたも来る」
「あ、はい」
どうやら埋められていた様だが、掘り返して出て来た死体は佐川だった。
「えっ、ええっ、これって佐川君じゃないの」
「知り合いなの」
「はい、教会での仲間です」
「成程ね、この様子からして逃げ出して殺されたって感じかな」
「はい、先日佐川君は教会を出たいと言っていたんです。それで姿が見えなくなって。きっと黙って逃げ出したんだと思います」
「それで粛清されたと言う事か。まぁいつもの手ね」
「で、でも佐川君は強いんですよ」
「あんた達さ、人間と殺し合いやった事ないでしょう」
「えっ、はい、ありません」
「やっぱりね、この子も毒でやられてるわよ」
「毒ですか」
「あんた達さ、人間に弱過ぎるのよ。特に暗殺者にはね」
「・・・」
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