第18話吸血鬼館と最終奥義

 ゼロとハンナは二階と三階の別々の部屋に案内された。その時ハンナが別れ際に「お師匠様、お気を付けください。この館少しおかしいです」と言っていた。


 それはハンナの獣人としての勘と魔法使いとしての勘が異質な物を感じ取っていたのだろう。


 ゼロもその事には気が付いていた。そしてむしろこれはハンナに取っていい試練になるかも知れないと考えていた。


 執事からゼロ様は二階の「赤の間」でぞざいます。そしてお連れの方は三階の「青の間」でございますと言われた。


「久しぶりの女だと思ったが獣人ではな。あれはお前達にやる。適当に遊べ」


 この男もまた一体誰と話しているのか。


 当主から期間は3日間だと言われた。あれから今日で2日目になる。昨日何も起こってないと言う事は今晩あたりかとゼロもハンナも思っていた。


 ハンナが三階の部屋に入った時、やはりあるべき物がなかった。それは多分お師匠様の部屋も同じだろう。ならお師匠様は既にお分かりのはず。


 そしてハンナが魔力探査を掛けてみるとやはり二階の部屋と三階の部屋の間には結界が張られていた。これは誘導結界と言う物だ。


 つまりここから二階には行けない。逆に言えば行かせない結界と言う事になる。要するに個々に分断してると言う事だ。


 恐らくここに来た者はみんなこう言う環境に置かれたのだろう。その目的は一つしかない。生憎とわたしは目的外と言う事かとハンナは笑っていた。


 初日、二日目と何もなかったが三日目の夜、やはり想像していた者がゼロの部屋に来た。それはこの屋敷の当主だった。


「当主自らお出ましか」

「ほーやはりわかっていたか」

「ああ、お前が吸血鬼だと言う事はな」


「それでどうする。いや、どうにもならんがな人間には」

「そうでもないだろう。人間にも出来る事はあるぞ」


 そう言ってゼロは金属で作った十字架を出した。すると吸血鬼はギーッと言う声を出して消えた。


「やはりこの世界でも十字架には弱いみたいだな」


 その後ゼロを襲って来たのは無数の蝙蝠だった。蝙蝠の形になれば十字架は怖くないと言う事か。面白いとゼロは笑った。


 ゼロはベットの掛け毛布を剥がしてそれで蝙蝠を払った。普通はそんな物でどうにかなるものではないのだが、この毛布にはゼロが気を流していた。


 だから蝙蝠達は片っ端から弾き飛ばされて行った。しかもかなりのダメージを受けて。


「どう言う事だ、何故ダメージの回復が出来ない」

「よう大将、どうだ俺のしばき倒しの術は」

「何だと、何がしばき倒しだ。貴様などわしの一振りで体を砕いてくれるわ」


 そしてまるでプロレスのラリアットの様な振りをして来た腕を受け止めて反対の手で相手の顎に掌底打ちを入れた。すると吸血鬼が吹っ飛んで行った。


 立ち上がっても足がふらついて力が入らないようだ。


「な、何故だ。何故普通に立てない」

「何だお前知らないのか。俺はお前の脳みそを揺らしたんだよ。いくら吸血鬼が不死身でも脳震盪くらいは起こすだろう」

「貴様、アレックやれ」


 横に現れた昨夜の執事の姿が急に膨らんで狼になった。つまり人狼と言う事だろう。


 その狼がゼロを襲うとした時、横からの飛び蹴りで人狼が吹っ飛ばされた。


「おいおいハンナ、相変わらず派手な登場の仕方だな」

「いえ、お師匠様ほどでは。こっちの狼さんもらってもよろしいでしょうか」

「ああ、好きに遊んでやれ。きっとお前には相応しい相手だろうさ」

「了解です。では狼よ、お主の相手はわたしだ」

「ギザまー」


 人狼になると声帯が上手く働かなくらるらしい。それでも意思ははっきりしてるのでハンナに狙いを定めて襲って来た。


 ゼロはゼロでまだよろけている吸血鬼に縮地で近寄って心臓に寸勁を打ち込んだ。しかも気をたっぷり乗せて。


 吸血鬼は体を痙攣させていた。今までこのような目に合った事は生涯を通じてなかっただろう。


 確かにまだ死んではいない。それだけは大したものだ。流石は吸血鬼と言う所か。


 一方ハンナと人狼の方は肉弾戦となっていた。人狼が肉弾戦と言うのはわかる。しかし何故ハンナがそれに付き合っているのか。彼女は魔法使いのはずだ。


 しかし同時にハンナはゼロとゼロマから波動拳の手解きを受けていた。そして今がその最終段階だった。


 人狼の動きは速い。その筋力は通常の獣のそれを遥かに超えていた。そして攻撃の破壊力も。


 ハンナは瞬時瞬時に縮地を用いて人狼の攻撃をかわし、流し、またいなしていた。実に上手い動きだ。


 それほど体力を使わずに最低限の動きでそれを行っている。でなければ到底この人狼の動きにはついて行けない。


 また攻撃が届きそうになった時には手に魔勁を発動させて相殺していた。これで人狼の動きを完全に無効化していた。


 恐らく人狼もこのような戦い方をする者と戦った事は今までの彼の人生の中にはなかっただろう。


 正直人狼も混迷していた。何をどうしていいのか分からずに。ただ体力とスタミナには自信があった。


 だから相手が動けなくなるまで攻撃を続ければいいと考えていた。そうすれば相手はかならず力尽きて倒れると。


 しかしハンナと言う獣人はそれほど甘い相手ではなかった。それらの防御の合間合間に攻撃魔法を加えて来た。


 まさかこの至近距離で、しかも動きながら魔法の使える者など人狼は知らなかった。そんな事は不可能だと思っていた。


 しかしこの相手はそれをやってくる。既に体の所々が煤けていた。肉を削り取られ、そこいら中に切り傷を負っていた。


 恐らくは炎魔法と風魔法を使ったのだろうが、どうして詠唱もせずにしかも動きながらそれが出来るのか。それはもう神業に近い技量だった。


 しかも時間と共に再生力が衰えてきている。このままではいつか負ける。相手の体力の消耗を待とうとしたが、それがまさか自分の方だったとは。


 ここで一発逆転の大技を出さないと本当に負けてしまう。そこで人狼は初めて距離を取った。


 体中の残った力を足に集め、まさに神速の攻撃を掛けようとしていた。しかしこの間合いを待っていたのは実はハンナの方だった。


 ハンナは半身に構え、右手を前に突き出していた。人狼の突進と同時にハンナの波動拳最終奥義烈破が炸裂した。


 金色に輝いたハンナの前には何もなかった。人狼は完全に消滅してしまった。


 まさに恐るべき奥義、これが使えたのはゼロを除いてただ2人のみ。ミレとゼロマだけだった。


 ようやく立ち上がりゼロと再び対峙した吸血鬼にもあの光が届いた。


「ん?あいつ、遂にあの技を完成させたのか」

「何だあれは。いや、あの途方もない魔力は何だ」

「あれか、あれは俺の弟子が使った我が流派の最終奥義だ」

「何だと、そんなもの見た事も聞いた事もないぞ」

「そうか、ならお前にも見せてやろう」


 そう言ってゼロは半身になって構えた。その姿を見た時吸血鬼は身の危険を感じて蝙蝠になって逃げようとした。


 しかし既に遅かった。ゼロの半透明のプラチナの光が吸血鬼を貫き、これもまたその全てを消滅させてしまった。


 そこれを見たハンナが駆けつけ片膝をついて、

「お師匠様、初めて見させていただきました、宗家の最終奥義を」

「いや、お前の烈破も俺の烈破も同じものだ。ただ魔力と気力の違いだけだ。お前もやっと辿り着いたな。これを持ってお前を免許皆伝とする」

「ありがとうございます。お師匠様」


「そろそろ夜が明けて来たな。俺達にはまだする事がありそうだな」

「はい、地下室に参りましょう」

「ああ、そうするか」


 この館の地下には寝室と言うのがある。つまり昼の間、吸血鬼達が眠る部屋だ。そこには十数個の棺が置かれていた。


 それらを開けてみると中に眠るのは、恐らくこれまでにここにやって来た冒険者達だと思われた。


 みんな吸血鬼の眷属にされていた。これなら生きてはいないが死んでもいない。ギルドにも連絡出来る訳だ。ただそれは恐らく陽が落ちてからだろうが。


 ゼロとハンナは最後の仕事に取り掛かった。一人一人の心臓に手をかざして気功発勁と魔功発勁を使って成仏させた。その後は全員が灰になって地に帰った。


「これでいいか」

「そうですね」

「では帰ろうか」

「はい、お師匠様」


 この時ハンナが無意識に使っていた波動拳と魔法の合体技。それこそがハンナ独自の必殺技だった。


 これだけはゼロにもまた誰にも真似の出来ないハンナだけのもう一つの必殺技だった。


 ハンナはこれを波動魔拳と名付けていた。

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