第二章

第19話 勇者召喚

 時は満ちていた。魔王復活に会わせて神の力も増幅した。


 今回の勇者召喚はたまたまその場にいた同じ高校の6人が選ばれた。


 選ばれたと言う言葉も正しいかどうかはわからない。ともかくその辺りから狩り出されたと言うのが正しいかも知れない。そう言う意味では迷惑な話だ。


 しかしどうやら今回は一定の身体能力を満たしている者を基準に選ばれたと言う感じだ。

 

 長谷川芳雄、サッカー部キャプテン3年生。吉村徹、ボクシング部3年生。佐川和義、格闘技オタク3年生。立木一也、剣道部3年生、生徒会副会長。吉行樹雨(キサメ)、古武術と合気道三段3年生、黒澤カナコ、弓道部3年生、生徒会美化部長。この6人だった。


 前回の勇者召喚はイレギュラーだった上に力不足だった点は否めない。だから今回の選択になったのかも知れない。


 ただ異世界に渡る途中で神よりギフトの力をもらって強大な魔力が備わった事は確かだが、それはあくまでポテンシャルの問題だ。それをどう生かして行くかは本人の努力と修練次第と言う事になる。


 まして日本と言う生温い平和ボケした国で育った高校生だ真に戦う覚悟も人を殺すと言う覚悟も持ち合わせてはいないだろう。全ては今後の修練次第となる。


 そして彼らを召喚したのはの聖教徒教会の神官達だった。


 一度は獣人達に敗北しヒューマン国家から獣人国家に取って代わられたが彼らは地下に潜りその力を温存していた。


 聖教徒教会の地下には強大な地下神殿があった。そこで力を貯めて復活の日を待っていた。


 そして獣人国のヒューマン国支配の放棄と共に再びその活動を開始した。


 今度こそ最強の聖教徒法国を作るのだと。更には魔王復活の動きは聖教徒教会に取っても魔力増大の助けとなった。


 今度こそかって最強の「神の聖戦士」と言われたミレウを上回る「神の聖戦士」を作ろうとしていた。


 そして魔王を葬り去り、更には神の摂理の邪魔になるイレジュラーのゼロを抹殺する事だった。


 召喚された6人はこの世界の説明を受け、また神より選ばれ特別な力を授かっているとも告げられ、特別待遇で迎えられた。


 今の日本にいても将来の希望も見いだせないでいた彼らは今回のチャンスに乗る事にした。


 しかもアニメやゲームの世界でしか知らなかった異世界が現実の世界となったのだ。しかも自分達は他の誰も持ってない特別の力を貰って。


 それは有頂天にもなるだろう。小さな子供が手に余る力を手に入れたのだ。天狗になっても無理はない。


 ただ力は力でしかない。それを使いこなせなければ猫に小判だ。


 それからは騎士団員達によって鍛えられた。特に主任指導を担当したのは護神教会騎士団団長ハルメルと呼ばれる者だった。


 この団長はともかく強かった。幾ら神からギフトを授かったと言ってもまだまだ使い切れてはいない。いくら立ち向かっていってもいつも叩き伏せられてしまった。


 同じ剣士として剣道部の立木一也のみが何とか対抗出来ていた。


 勿論それぞれに得意分野はあるがこの世界では魔法を除いて剣は全ての基本だ。だから全員剣を学ばされた。


 それでも流石は勇者達だ。しばらくすると並みの騎士達では太刀打ち出来ない程腕を上げていた。これで益々天狗になっていた。


 剣の修練をしながらそれぞれの得意分野の技も磨かされていた。


 例えば吉村徹はボクシング部だったので拳闘士の技を磨いていた。それと共にそれぞれに似合った剣も手にしていた。


 吉村の場合は数十の突きが繰り出せる槍だった。また格闘技オタクの佐川は短めの小太刀を両手に持って戦っていた。


 時間と共に6人の関係性もはっきりして来た。サッカー部のキャプテンだった長谷川とボクシング部の吉村と格闘技オタクの佐川がくっつき出した。


 そして剣道部の立木と合気道の吉行と弓道部の黒澤達が共に武術関係と言う事でくっ付いていた。


 そして彼らはある程度仕上がって来ると、森やダンジョンに魔物を倒しに連れて行かれた。


 どんなに広場で模擬戦をやっていても実際に命ある物を殺す事とは別だ。これだけは実戦で身に付けるしかない。


  そして聖教徒教会の目標の中には人を殺す事も含まれていた。その中には獣人や亜人も含まれる。


 元々聖教徒法国と言うのは人族優先主義だった。獣人や亜人などは人類とは見なしていなかった。


 だからいれは排除すべき者達と認識していた。だからそれらを殺す事もまた必要な事だった。


 そして最終的には神の最大の敵であるゼロと言うヒューマンを殺す事だった。


 彼らまた自分達の腕が上がって来ると自信過剰になり少し高慢にもなっていた。もう俺達に敵う者はないと。


 かっての勇者の中にいた品行下劣な黒崎や金森に似て来た。全ては増長した自己顕示欲だ。


 身に余る力を持ってしまったガキの自信過剰と言えるだろう。


 特に吉村は夜な夜な城下を徘徊して良からぬ事をやっていた。人殺しさえも。


 そんな折、聖教徒法国の南に位置するヘッケン王国の中にサザンと言う町に獣人の居住区がある。


 ここは戦争前も今も特別自治区として獣人達だけで独自の自治を行っていたのだが、サザンの領主に取ってはここが気に入らない。


 何故ならそこで彼らが作る薬が安価で良質である為、サザンの領民ですらそこから薬を買おうとする。


 すると医療ギルドの利益に繋がらない。この領地では薬は医療ギルドのみが制作出来て各薬屋に卸す仕組みになっていたからだ。


 それと100年前の人獣戦争の折、この獣人自治区は獣人側についてヘッケン王国と戦った。その結果ヘッケン王国は獣人国に負けたと言う経緯もある。


 だから何としてもこの地区を排除したかった。


 だからと言って条約によって成り立っている自治区を勝手にどうこうする事は出来ない。


 そこで思いついた手が悪魔付きへの退治だ。獣人達の何人かを悪魔付きと見立ててこの地区ごと排除してしまおうとした。


 それに打って付けなのが聖教徒法国だった。特にそこの聖教徒教会は人族優先主義で獣人など人類とは見なしていない。


 ここなら簡単に獣人達を排除してくれるだろうと領主が聖教徒教会に依頼した。


 これは聖教徒教会側に取っても渡りに船だった。そろそろ勇者達にも人殺しの経験をさせなければならないと考えていた時だった。


 彼らは獣人を人とは思っていなかったが人類と言う事では獣人も人だ。


 そこで聖教徒教会は勇者の一人吉村を送った。たった一人だったが実力の差を考えれば例え獣人側が何百人、何千人といようと問題はないだろうと思っていた。


 吉村は本当に獣人の大量殺戮が出来ると聞いて嬉々として出かけて行った。悪魔付きの獣人がいると言うその一点を殺戮の正当化にして。


 その頃ゼロ達は王都を離れてソリエンの町への帰路についている所だった。


 ダニエル率いる「自警団カリヤ」は騎馬で来ていたし、ダッシュネル率いる獣人国カールの「遊撃騎士団」はワイバーに乗って来ていたので、彼らは先に帰して、ゼロとシメとハンナの3人だけで旅を楽しんでいた。


 その途中にサザンと言う町を通るのでゼロは懐かしくてその町に寄ってみる事にした。


 ただゼロが知っているサザンの獣人達はもう100年も前の獣人達だ。だからもう誰も知る者はいないだろう。


 しかしゼロが指導した獣人達の子孫がいるかも知れないと思っていた。


 ゼロ達が辿り着く少し前に惨劇は始まっていた。


 悪魔付きを排除すると言う目的で勇者である吉村が乗り込んで来た。獣人達は自分達の中に悪魔などいないと力説したが受け入れてもらえなく次々と斬殺されて行った。


 この時吉村が使っていた武器は漫画の死神が持つ様な大鎌だった。これで獣人達の首を刈っていた。


 まるで大根を切る様に。誰も敵対する事は出来なかった。ただその時一つの集団が現れた。


 彼等は手に手に短い棒の様な物を持っていた。これこそゼロがクリングに教えた半棒だった。


 彼等は町の獣人を守る為に果敢に勇者に戦いを挑んで行った。


 こんなクズ共、鎌の一振りで十分だと思っていたのに意外と手古摺った。


 吉村の鎌はかわされいなされ中々相手を捉える事が出来なかった。しかも大鎌の合間を縫って攻撃して来る棒に圧倒されていた。


 そしてどうやら棒の先端には鉄ビシが付けられている様だった。その為吉村も捌き切れず傷が多くなって来た。


 とうとう頭に来た吉村はその鎌に魔力を通して魔剣にした。吉村の使う魔剣は炎魔法だった。


 鎌の周りに炎が纏いつき一振り毎に獣人達は相手に手を触れる事も出来ず炎に焼かれる事になる。


 やはりここまで来ると力の差はどうしようもない。とうとう獣人町の警備隊もこの勇者の前にはなすすべもなく壊滅させられてしまった。


 後はもう殺戮の一言だった。殆どの獣人は殺されてしまった。後に残ったのは小さな子供達だけ。その子供達ですらかなりの数が惨殺されていた。


 ゼロ達は町に入ってこの惨状を知った。辛うじて命のある者に事情を聞くと訳も分からず勇者と言う者に殺害されたと言う。


 この惨状にハンナの怒りは心頭に発していた。ともかく生き残った者達だけでも救おうと一番近い南の獣人国カサールに連絡バトを飛ばして救援隊を送らせた。


 その間ゼロ達は亡くなった者達を火葬にして喪に服していた。


 そこに戻って来たのが吉村だった。


「何かパチパチやってると思ったら何だお前ら。獣人の仲間か。お前ら人間だよな。何でここに居る。そっちはメスネコか。いいだろうお前もついでにあの世に送ってやるよ」

「黙れクソガキ。今は喪に服してる時だ。後で相手をしてやるから今は大人しくしていろ」

「何だと調子に乗ってんじゃねーぞ。俺を誰だと思ってる。勇者だぞ。勇者だ」

「勇者と言うのはお前の様なクズでもなれるのか」

「クソがー」


 吉村は最初にこの男の首を刎ねてやろうと鎌を横一線に薙ぎて来た。それをゼロは双魔剣で弾いて吉村の右腕を切り落とした。


 吉村は初め何が起こったのかもわからず、ポトリと落ちた自分の腕を見て痛みに転げまわっていた。


「うるさい奴だ。ハンナ殺さない程度に丸焼きにしてやれ」

「はい、お師匠様」


 ハンナの火炎魔法で吉村は体中から炎が吹き上がっていた。


 そこに駆けつけて来たのは聖教徒教会の騎士団達だった。


「今はそこにいるゴミを連れて帰れ。後で始末しやるから」

「何だと貴様、我々を聖教徒教会の騎士団だと知っての暴言か。しかもこの方はこの世界を救う勇者様なんだぞ。こんな事をしてただで済むと思っているのか」

「世界を救う勇者と言うのはこんなに弱い物なのか。これで世界が救えるのか。魔王と対決出来るとでも思っているのか。顔を洗って出直して来い」


 自分達より遥かに強い勇者がこの様ではどうする事も出来なかった。例えここで切り結んでもこちらが全滅させられると分かって騎士団達は黒こげの勇者を連れて行った。


「ハンナ、この借りは後できっちり返してやろう」

「はい、お師匠様」

「私も手伝うわ」

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