第15話 魔界のハンナ

 ゼロは今回の件を確認する為に再度魔界に言って見る事にした。


 この前の戦いで南の四天王ハルゲンは2-30年は人間界には侵略しないと約束した。


 なのに何故魔界はまた人間界に攻め入って来たのかその原因を探らなければならなかった。


 特に東の四天王カイヤルは何故にこの様な事をしたのか是非調べて見なくてはならなない。


 そして今回はもう一人連れて行こうと思っていた。それはハンナだ。


 魔法を使えないシメでは今回はちょっと分が悪いと考えていたのでハンナなら適任だろう。


「お師匠様、本当に魔界に行かれるのですか」

「ああ、向こうの状況を掴まないとこちらの準備も出来んだろう」

「それはそうですけど、危険過ぎませんかゼロさん」

「俺は前にも魔界に行って帰って来てるから問題ないだろう」


「あの時は本当に心配したんだからね。今度もちゃんと帰って来るのよ」

「ああ、任せとけ。それと今回はハンナ、お前もついて来い。魔界の魔法と言う物を見せてやる」

「本当ですか。それは楽しみですね」


「あのさーミイラ取りがミイラにならない様にしなさいよ、特にその子は」

「ああ、分かってる。シメ、お前はその間カラスの学園で対魔法戦術を学んでおけ」

「わかりました」


 こうしてゼロとハンナは魔界門を潜って再び魔界へと入って行った。


 魔界門の向こう側はやはり魔界だ。ゼロには馴染のある魔界だったがハンナには初めての未知の世界だった。


 ここでゼロは悪魔に変装しハンナにも悪魔への変装を施した。魔法による変化だと高位の魔法使いには見破られてしまう恐れがある。


 しかしこうした物理的変装だと見破られる事は少ない。行く所はカロールの居城だ。


「ハンナ、お前は飛行魔法は使えるな」

「はい、それは出来ますがお師匠様は無理では」

「そうだ。俺には魔力がないからな。しかしこう言う時の機械頼みだ」


 ゼロにはJPT336895号の作った反重力ベルトがあった。それを作動させて空中に浮かんだ。


「お師匠様それは何ですか。お師匠様も飛行魔法が出来るのですか」

「いや、これはまぁ言ってみれば魔道具の様な物だ」

「そんな凄い物があるのですか。流石はお師匠様です」

「では行くぞハンナ、付いて来い」

「はいです」


 ゼロ達は高高度に上がり西に向かって飛んで行った。魔界の空に太陽と言う物はない。しかし暗くはなく鈍く光っていた。


 これで夜になるとちゃんと暗くなる。この辺りはどう云う自然環境なのかゼロにもわからなかった。


 この空には魔界の始祖鳥の様な魔物がいて空中を支配しているが今回は戦わずに上手く迂回して行った。


 そして2時間は程飛んでいると見慣れた町が見えて来た。そしてその更に奥、小高い丘には大きな屋敷が立ち並んでいた。


 その中でも特に大きい一つが目的の場所だ。これはもう城と言ってもいいものだった。


 その城の持ち主こそ、この魔界で魔界将軍と言われる悪魔の住む居城だ。その魔界将軍は各地区に五人いる。ここはその内の一人の城だった。


 ゼロは城の正面に降り立ち正面から堂々と入って行った。


「お、お師匠様、ここって危ない所じゃないんですか」

「そんな事はないだろう。魔界将軍と言われる奴の居城だ」

「ま、魔界将軍ですか。それって上位悪魔の上の上のそのまた上、この前の悪魔と同じじゃないですか」

「そうだな、現場の最高権力者だ」

「お師匠様、ここは魔界ですよ。死にに行くつもりですか」

「まぁいいからついて来い」


 流石のハンナと言えどもこれには少し腰が引けていた。


 ゼロが正門から入って行くと初めは魔界兵に止められたが、ゼロの顔を見るや否や後ろにさがる様にしながら「しばしお待ちを、しばしお待ちを」を繰り返していた。


 少なくとも彼らにゼロと戦う意思はないようだった。いや、皆むしろ恐れているように見えた。


 悪魔達が何もしないで恐れるとは一体何なのとハンナは思っていた。


 そしてゼロはとうとう一番奥まった部屋の前まで来てしまった。そこには屈強そうな護衛が二人立っていた。これはこの前戦ったマテップ公爵領にいた悪魔の従者よりも遥かに強い。


 しかしその二人もゼロを前にして固まってしまっていた。本来ならこんな侵入者は排除しなければならないのだがどうやらそれが出来ないらしい。


「通るぞ」

「お、お待ちください。ゼロ参謀長殿。只今閣下にお知らせいたしますのでしばしのお待ちを」

「邪魔だ、どけ」


 そう言ってゼロはまかり通ってしまった。ゼロは前回の戦争で魔界最高の称号と言われる「魔界英雄賞」を授与された者だ。迂闊に手の出せる相手ではなかった。


 大きくて重いドアがゼロの一押しで弾ける様に開いた。


「何やってるのよ。ドアが壊れたらどうする気よ。殺すわよ」


 その一言で護衛達は固まってしまった。


「相変わらず鼻息が荒いな」

「なに、え、え、ええっ、何であんたがここにいるのよ」

「久しぶりだなカロール様、元気か」


 今度はカロールの方が固まってしまった。そして息を吹き返して、

「あんた達は下がっていいわ。あたしが言うまで誰もここに入れない様に」

「はっ、畏まりました」


 護衛達はその一言で安堵した様に去って行った。それはそうだろう、どっちの意向に反しても自分達の命はないと思っていたのだ。


 そして部屋の中にはカロールとゼロ、そしてハンナの3人が残った。


「あのさ、先にそのちっちゃいのは何なのさ」

「これか、これはハンナと言って俺の今のパートナーだ」

「パートナーね、ふーん。この子普通じゃないわね。もしかして獣人?」

「ほーわかるのか」

「あたしを誰だと思ってるのよ。あたしは竜眼の持ち主なのよ」


「お師匠様、この方は何方なんですか」

「こいつはこの魔界の西部地区に5人いる魔界将軍の一人だ」

「やはり魔界将軍様でしたか。道理で強そうですね。でも何でお師匠様が知っていてそんなに親しいのですか」


「なにあんた何も知らないの。こいつは戦争当時あたしの下で参謀長をやってたのよ。中身はあんたの知ってる存在だけどね」

「そんな事って出来るんですか、お師匠様」

「まぁこいつは卑怯者だからね、それが出来るのよ」

「卑怯者って何なんですか」


「それは俺にもわからんが、ともかくこいつとは表の世界で冒険者のパーティを組んでいた」

「ま、まさか悪魔とパーティを組むなんて、そんな」

「ほんとそうなよね。でもそれが事実なのよ。あの頃はそれなりに楽しかったわ。そう言えばあの時いた子はどうしたの。確かピョンコだったかしら」

「えっ、ゼロマ様を知ってるのですか」


「ゼロマって誰」

「それはピョンコの新しい名前だ。そしてあいつは獣人国の英雄になった。残念ながらしばらく前に亡くなったがな」

「そう、それは残念ね。でもやっぱり英雄にまでなれたんだ。まぁそれ位にはなれると思ってたけど。じゃーこの子がその二代目って事」

「まぁそうだな」


「あのさ、あたしがあの子に魔法を教えたのよ。こいつじゃ教えられないからね」

「それではあなた様がゼロマ様の魔法のお師匠様ですか」

「そうね、そう言う事になるかしらね。まぁ短い間だったけどね」


 ゼロマはその短い間にカロールの魔法を全て習得してしまった。まさに天才だった。


 そしてハンナはそれに改良を加えて魔法を更に進化させた。こっちもまた天才だ。


「ではわたしの魔法の師匠の師と言う事ですね」

「なに、あんた魔法が使えるの」

「ああ、こいつはどっちかと言うと魔法使いだ」


「道理でね、あたしに似た感じがすると思ったわ。しかもあんた相当強いでしょう」

「まだお師匠様には及びませんが」

「そんなに謙遜しなくていいわよ。それよりさ、今回は何でまたやって来たの。もう魔界に用事はないでしょう」


「それがそうも行かなくなってな、実は東部地区の連中が表の世界に出て来ている。知ってたか」

「まさか、それって本当なの」

「ああ、本当だ。俺達はその東部地区の悪魔を倒してここにやって来た」

「まさかね、その話もう少し詳しく教えてよ」


 そしてゼロはここに至るまでの話をした。カロールは黙ってその話を聞いていたが、魔法使いの話になった時に少し表情を変えた。


 カロールも魔法使いだ。同じ魔法使い同士、何か感じる物があったのかも知れない。


「どうかしたのか、カロール」

「いえね、ちょっと前に東の魔法使い達が各地に移動していると言う情報があったのよ」

「それはいつ頃の話だ」

「えーっとあれはね、80年位前かしらね」

「おい、それは『ちっと前』とは言わないだろう」

「言うのよ、わたし達の時間感覚ではね」


「それともう一つ気になるのは、その数個の魔素球ね」

「何故だ」

「魔素球はこの魔界よりも表の世界の方が集めやすいのよ。だから魔素球が効力を発揮しやすいと言う事があるわ」


「もし数個の魔素球を設置したと言う事は他にも別の目的で使えると言う事か」

「その可能性はあるわね。もっと多くの魔素球を配置していたとしたらそこから出来る事と言えば・・・」

「何だ」


「これはあくまであたしの想像なんだけどさ、最悪は『連鎖魔法陣』かな」

「何だその『連鎖魔法陣』と言うのは」

「お師匠様、それはですね。いくつもの魔法陣を設置して広範囲に魔法の効力を発揮させる広域魔法の事です」

「流石、魔法使いだけあって良く知ってるわね」

「それはどのくらいの範囲をカバー出来るんだ」


「魔法陣の数と設置場所にもよるけど、もし魔素球を魔力の供給源にしたらかなりの広範囲と言う事になるわね」

「つまり国一つをカバーする事も可能と言う事か」

「ええ、可能性としてはね」


「ハンナ、80年前辺りから何か変わった事はなかったか」

「あんた80年前って、こんな子供が知ってる訳ないじゃないの」

「こう見えて、こいつはもう100年以上生きてる」

「えっ、なに。バケモノなの」

「将軍様、あなたに言われたくはありませんが」


 ハンナはその頃の事を考えていた。戦争が終結して世の中が平和になって争い事がなくなった。獣人達やヒューマン達の生活も安定し落ち着いて来た頃だ。


 そうか、その少し後位からか、訓練の為に聖地にやって来る兵士や騎士達のレベルが落ちているように感じたのは。


 幸い聖地の中心部はゼロが構築した強力な結界で守られている。だから外界の影響は受けない。


「お師匠様、お師匠様が言っていた、最近の獣人やヒューマンが弱くなったと言うのは、もしかすると」

「つまり広範囲魔法で力を奪っていたと言う事か」

「その可能性はあります」


「なに、なに、それって絶好のチャンスじゃない」

「おまえ殺すぞ」

「冗談よ。確かにそれは表の世界に進出を目論む者には良い条件よね」

「その広範囲魔法を解除する方法は?」

「それはもう、その根源を一づつ潰すしかないでしょうね。そしてもっとも効率の良い見つかり難い配置場所としてはやはりダンジョンかしらね」


「大陸全土に広がるダンジョンに仕掛けられた可能性もあると言う事か」

「そう言う事ね」

「面倒な話だな」


 その時ドタバタと廊下を走って駆けつけて来る者の足音が響いた。この男もまた護衛を吹っ飛ばして部屋に飛び込んで来た。


「おい、ゼロが来てるのか」

「な、何よあんた。ここはあんたの城じゃないのよ」

「うるさい。おーやっぱりゼロじゃないか。何年ぶりだ」


 この男、以前は死んだグルゾーン魔界将軍の従者をやっていたガルーゾルだった。


 一時は職を離れ田舎でのんびり暮らしていたが、ゼロに復帰を促され、俺との勝負に勝ったらお前の望みをかなえてやってもいいと言ってゼロと戦い、負けて軍に復帰し今では魔界将軍の一人になっていた。


「ガルーゾルか、久しいな、あれから4-5年位は経ったか」

「そうか、そんなものか、しかしお前は変わらんな」

「お前もだろう」

「何を言っている悪魔は歳を取らんのだ」


「お師匠様、こちらは」

「こいつも魔界将軍の一人でガルーゾルと言うんだ」

「んん?こいつは誰だ」

「俺のまぁ弟子みたいなものだ」


 流石にこのガルーゾルには冒険者のパートナーだとは言えなかった。


「ほーお前の弟子か、やっぱりこいつもバケモノか」

「それよりもお前はどうしてここに来た」

「それはお前がまた帰って来たと聞いたからに決まってるだろう。どうだ早速やらんか」

「本当にお前は脳筋だな」


「止めてよあんた達、あたしの城を潰す気。やるんならガルーゾル、あんたとこでやりなさいよ」

「そうだな、面白いかも知れんな。ハンナ、こいつの胸を借りてみるか」

「えっ、ええっ、わたしにこの将軍様と戦えと言うのですか。それは無理ですよ」

「それはやってみなければわからんぞ」

「ほーこいつは俺と戦えるレベルだと言うのか。それは面白い。おい、小娘やってみるか」


「いいんですか、お師匠様」

 ゼロは小さな声で、

「ああ、あいつは多少の事では死にはせんさ。だから思いっきりやっていいぞ。ただし光魔法は使うな」

「わかりました」


 ガルーゾルとハンナはカロール城の外の平原で対峙した。


『仕方がないの。では久しぶりに本気でやらせてもらおうかの』


 ハンナがそう言った途端、ハンナから途方もない魔力が吹きあがった。


「おいおい、まじかよ。こんな魔力を持った奴がここにいたか。これはちょっと本気で気を引き締めんと冗談ではなくなるな」


「ねーあんた、あれは何なのよ。あれでも獣人なの」

「そうだが何かおかしいか」

「当り前でしょう。おかし過ぎるわよ」


 ハンナは最初から全力で飛ばした。どうせ相手は格上だと言う意識があったからだろう。


 炎魔法から風魔法を浴びせて、向かって来るガルーゾルには土魔法で足止めをして、そこに天から雷魔法をぶち込んだ。


 しかしガルーゾルはそれを良く凌いでいた。


「くそー、なんて魔法を使いやがる。これじゃーまるでカロール並みじゃねーか」


 ハンナの魔法は例え魔界将クラスと言えども、一発でも食らえば木っ端微塵になっていただろう。それほどの強大な魔法だった。


 それにハンナの魔法には詠唱がない。だから発動スピードが速いのだが、逆に詠唱などしていたら悪魔でない事がばれてしまう。悪魔は基本的に詠唱なしで魔法を使う生物なのだ。


「あの子本当に凄いわね。魔界将軍並みじゃないの。でもあいつはそんなに軟じゃないわよ」

「ああ、わかってるさ、これからが本番だろう」


「面白いの小娘、では俺も本気で行かせてもらおうか」


 そう言うとガルーゾルは震脚を使った。その地を這う衝撃はハンナの立つ地を地面ごと粉々にした。そこには深さ数十メートルに及ぶクレーターが出現していた。


 普通ならその衝撃を受けてその地底に落ち込むはずだが、ハンナは飛行魔法で空中に浮き上がってその衝撃さえも避けていた。


「何だと、飛行魔法まで使えるのかお前は。面白い、では本気で行かせてもらうぞ」


 周囲は魔法の衝撃で既に原型を留めない程に地形が変わっていた。しかし本当の戦いはこれからだった。

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