第4話 思い出とパンドラの箱
幽霊も妖怪も信じていない。
もし人が死んで何らかの形でこの世に残れるのなら、真っ先に僕に会いに来る人物がいる。
姉である。
しかし姉は死後、僕の前に姿を現していない。
もし幽霊なんかになれたなら、いの一番に僕に会いに来るはずだ。
でも会いに来ていない。
だから、信じてはいない。
ただ。
その考えにほんの少し揺らぎがあるとするなら。
もしかしたら、本当に幽霊は存在していて。姉はとっくの昔に会いに来ていたとしたら?
必死に声をかける姉を真顔で素通りして、ひとりぼっちにしていたら?
見えないだけで。
目には見えないだけで、存在を否定してしまっていたら。
そう考えるのが僕は怖かった。
だったら始めからそんなものはないのだと、考える方が楽だった。
目に見えないものは存在しないのだと、祈るように思っていた。
「いや、目には見えないはずなのに、レンズを覗くと映るんスよ。まるで少し前に流行った妖怪のゲームみたいに」
ハシルちゃんのその言葉は、なんとなく僕に身震いを起こした。
「このカメラはおじいが最期にくれた形見なんスけど、変なものが写るとは一言も言ってなくて、最初にシャッター切った時は驚いたッス。心霊写真にしては、あまりにも像が結びすぎてて」
「てことは、この変な植物自体はハシルちゃんも昔から知ってはいたのか」
「それがッスね、本当にいると分かったのはこのカメラをもらってからッス。何かジブンたちには見えないものを、おじいが話してるなとは思ってたッスけど」
「撮った写真とかは、おじいさん見せてくれなかったのか? カメラをもらってからってことは、少なくとも亡くなるまではハシルちゃんも見たことなかったんだろ?」
「あ、おじいはジブンたちと違って」
ハシルちゃんは首を横に振った。
「レンズを通さなくても、そのへんちくりんなモノが見えてたみたいッス。で、その存在を知ってもらうために、このカメラには魔法を埋め込んだって、最期に渡すときにおじいが言ってました。どういう原理かは、ジブンも分かってないんスけど」
おじいさんが普通に見えていた、という事実にササゲさんは驚いたようだった。ただ、例外的に僕はそれを若干予想できていた。僕自身に、それを考えつかせる要素が入っている。
物置で見た、あのキノコだ。
あのキノコは間違いなく、この変な植物図鑑の植物に該当している。しかし僕はあの時、アレを肉眼で見つけることができた。つまり、僕とハシルちゃんのおじいさんは似たような体質を持っているのかもしれない。
……体質? とすんなり受け入れている自分に僕は驚く。
変な植物が見える体質って、何だ?
一度混乱した頭を整理すると、
① この図鑑に収められている被写体は全部(一応)実在するものである
② 肉眼では認識不可能。ただし、一部の人間→僕とハシルちゃんのおじいさんはカメラを使わずとも認識することができる。
③ 見えない人でも、ササゲちゃんの持っているカメラを通すことでその植物を見ることができるようになる
という感じだ。
うん。分かりやすくはなったが、理解はできない。
「初耳。一体どんな世界を見てたのかしら。ハシルちゃんのおじいさんは」
「不思議な人でしたよ。まあ、それ以外はごく普通の孫に甘いおじいでしたけど。色んな話をしてくれたッスね。あ、この写真部のことも、おじいから聞いたッス」
「もしかしてここの卒業生とか?」
「いや、おじいは高校出てからすぐに働き始めたんスけど、そうじゃなくて、写真部に自分と同じ人がいるって大はしゃぎで話してたことがあって」
「その人ってまさか」
「ス! その図鑑を最初に始めた先輩のことッス! あ、でも詳しいことは聞いてないッス。なんせジブンがまだ小さい時ッスからね」
「それじゃ、いまだにその植物のことも、先輩のことも分からないままなのか」
「謎は解けず、その上もっと不思議なことが起こるんだから、退屈しないわね。私が卒業するまでに謎が解けると良いんだけど」
ふぅと溜息をついて、ササゲさんが大きく背伸びをした。
:
写真部からの帰り道、僕は懲りずにまた、あの廊下を歩いていた。
「ああ! あなたは!」
扉から顔をそっと覗かせると、背中からハリのある大きな声をかけられた。
「ああ! やはりあなたは戻ってこられた! 我々はお待ちしてましたよ。待つ人よ」
「……一応、生きてはいるんですね」
極限まで開かれた瞳に、それを囲う黒々しいクマ。最初に僕を襲ったオカルト研究部の部員だ。
頭が痛くなる言動に変わりはない。だが、一つ異なるのは暗闇の中ではないということだ。
「なんだか、ハッキリ喋れるようになってませんか」
「ハイ! 我々は常々、万物を照らす光というものに憎しみを抱いていたのですが、それを今日! 遂に克服したのです! 光はもう敵ではなく、我々を導く印。つまり救いの証なのです!」
訳すると、『明るい場所でも喋れるようになった』ということだろうか。
どうやら光学研究部による光の過剰摂取で、急激に生物として進化を遂げたらしい。だが、その弊害なのかオカルト研究部なのに神々しいというか言葉の節々に、闇を浄化する側の匂いを感じるのだが。
ともかく無事なようなのでこの場を去ろうとすると、少し小さな声で呼び止められた。
「お待ちください」
「? 入部はしませんよ」
「いえそうではなく……、来ていただけませんか」
:
「どうぞ」
そう言って通されたのはパーカッションで仕切られた小さな部屋だった。
彼女は僕の前に立つと、先ほどとは異なり真剣な表情で僕に頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
突然の謝罪に、僕は慌てた。
「えっと……」
「勧誘に必死になって我を忘れていました。本当にごめんなさい」
先ほどまでのおかしな口調ではなく、それは真摯な謝罪だった。
とりあえず僕は彼女に頭を上げるように頼んだ。ゆっくりと上がる彼女の顔を見て再び驚く。彼女の頬には涙の線がうっすらとできていた。
「このような場所でないと、わたしは口調が元に戻らなくて。先ほどお会いした時、本当はすぐに謝罪をしないといけないのに、できませんでした。本当にごめんなさい」
声を震わせて再び頭を下げようとする彼女に、僕はあっけにとられていた。
「あの、少し意外というか。とてもあんな行動に出れるような方には見えないですけど。その、そんなに部員を集めなきゃならない状況なんですか。このオカルト研究部は」
僕がそう尋ねると、彼女も少し悩むようにこう言った。
「二年ほど前から違和感、というか何かが変わってオカルト研究部の空気がおかしくなっていったんです。それまでは内々で楽しくオカルトに関して談義する場所だったのですが、段々行動や容姿が不気味なものになっていって。気が付くと人々が寄り付かなくなり、去年は遂に新入部員が一人も入りませんでした」
気のせいでは? という言葉を僕は飲み込んだ。
ありえない、ことに信憑性を持たせるにはどうすれば良いか。それは、ありえない光景が存在することを相手に伝えればいいのである。
何かが変わった、なんて抽象的すぎて普段だったら信じるか信じまいかの天秤にすらかけないだろう。
だが、目の前の少女の病的なほどの変わりように、その抽象的な理由が天秤に上がりうる言葉になる。
つまり本当に何かが起こって、それが彼女の今回の暴挙を起こしたのだとしたら?
それを否定するだけの情報を僕は持っていない。
「二年前、と言ってましたけど、何かその時変わったこととかありましたか」
僕がそう言うと彼女は少し考えて、黒い錠前のついた箱を持って来た。
「これは当時、ある先輩が持って来たものなんですが」
「? なんですか、これ」
「呪物です」
「これが原因じゃないですか」
「待ってください。これ、鍵を開けると」
そう言って彼女はスカートのどこかから鍵を取り出すと、ガチャリと錠を開けた。
「見てください。空っぽなんです。だから、ただの箱だとは思うのですが」
違うのではないか、という意見を彼女は言っていた。
しかし。
僕は一瞬で、この箱が原因だと分かってしまった。
:
見えないものは存在しない。
それは今も僕の中では変わらない。
しかし見えているものは別だ。たとえそれが他の人に見えていなくとも。
:
箱の中には毒々しい姿をした「球根」のようなものが入っていた。
視線に気づいたのか、無数にある瞼が一斉に開き、僕の方を凝視する。
〈植えろ〉
それは命令のように僕の頭に響いた。
18教授の植物図鑑 消費期限を守りません @chu-10-say
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