第3話 金髪少女と妖怪ウォ〇チ
「ハシルちゃん」はその名の如く、ササゲさんの敷き詰められた地雷原に躊躇なく足を突っ込んだ。
「わぁ。系統は違うッスけど、今度も中々美形な方じゃないッスか。先輩の図鑑、イケメンばっかりッスもんね。あ、でもそろそろ三桁目に突入するじゃないッスか。新入部員に手を出すなとは言いませんが、ウチの部、先輩のトラウマのせいでメンズが全部抜けて女子ばっかりですし、そろそろ記念すべき百人目で終わってほしいというか」
やれやれと首を振りながら呆れたように言う金髪少女。
ブシュッツ、と紙コップを握り潰す音が僕の前から聞こえた。
~無言のお説教タイム~
筆舌に尽くし難いお説教が終わり、顔をパンパンに腫らしたハシルちゃんはそれでも尚笑みを絶やさず、改めて僕に自己紹介をした。
「ふみまへん、さっひはひふれいなほほをいっへ。(訳:すみません、さっきは失礼なことを言ってしまって)」
「あ、ああ……。大丈夫か? その、腫れ具合が尋常じゃないというか」
「ほんはいないッス! だんだんじ間が経てば、…戻るッス!」
生命力に溢れているのか、割とギャグマンガのような早さであっという間に腫れが収まり、元の可愛らしい顔が現れる。命知らずってこの子のことを指すんだろうなと僕は思った。
「いやー。ジブン、パッと思ったことがパッと出ちゃうのが悪い癖で、不快に思った時はすぐに言ってもらえると嬉しいッス。ジブンじゃ気づけないので……」
少し苦笑いをしながらハシルちゃんはそう言った。口角は上がっているが、目はどこか落ち込んでいるようにも見える。似たような流れで、他の人の逆鱗にも触れたことがあるのだろうか。少なくとも悩んではいそうだ。
「だから速攻で叩いてくれるササゲ先輩は、ジブン大好きッス! もう今じゃ叩かれるためだけに先輩の地雷原走っているというか、愛の鞭欲しさに飛び込んでいるというか」
赤くなった頬を押さえて、金髪少女がフルフルと肩を揺らす。
なんだろう。心配して損した。
「空夢くん。気づいたと思うけど、この子とんでもないおバカさんだから。面倒になったら放置して良いよ」
「くぅん! ササゲせんぱぁい!」
駆け寄ろうとする金髪少女に、容赦ないササゲさんのデコピンがバチンとおでこに炸裂する。慣れたやりとりらしい。ササゲさんの動きは流水の如く無駄のない洗練されたものだった。
「あ、高校生のジブンがどうして大学の写真部にいるのか、気になるッスよね」
思い出したかのように、おでこを押さえたハシルちゃんがこちらを向いてそう言った。
「理由はそれッス。その図鑑が、ジブンがここへ来た理由ッス」
「この『名前のない植物図鑑』? もしかしてこの写真を撮ったのって」
「いやー全部じゃないんですけど、半分はジブンが撮ったッス! もう半分は元々埋まってたんですけど」
「え? これ、引継ぎもアリなの?」
「もちろん。『図鑑』だから連名にすれば引き継ぐこともできるよ。その図鑑が特別って言ったのもそういうこと」
「この写真部に来た時、まさか『おじい』と同じ人がいるとは思わなくって、とても驚いたッス。半分撮った先輩はもう卒業しちゃったみたいッスけど、この図鑑を引き継ぐのはジブンしかいないと思って、三年先取りでここに通わせてもらってるッス!」
三本の指を立てながら満面の笑みでハシルちゃんはそう言った。
なるほど。確かに「引継ぎ」は図鑑ならではのものだ。
そうなると、気になるのは元々の図鑑の所有者。つまり、最初にこの名前のない植物図鑑の「執筆」を始めた人物である。だが、どうやらハシルちゃんも、先輩であるササゲさんでさえも知らない人らしい。
「私が入部した頃からその『図鑑』は噂になってた。おかしな図鑑が一冊ある、って。でも合成写真じゃないかってある日私たちが言った時、先輩たち、皆同じことを言ってた。『合成写真なんかじゃない。その写真は間違いなくホンモノ』って。実在するものを撮ってるってことだけは、語り継がれていたみたい」
そんな中、ハシルちゃんの登場は写真部ではお祭り騒ぎだったらしい。
「懐かしいね。謎が解けるかもって、普段は落ち着いている先輩たちが大興奮してた。でも。結局、写真の謎は解けず、むしろ前より深まることになった」
「解けなかったって、何があったんですか」
「見えないんスよ。ジブンたちの目では。その写真に写っているヘンテコ植物」
気が付くと、ハシルちゃんはやたらレンズの小さいカメラを手に持っていた。
「目には見えないものを存在していると捉えるかどうか。一時期写真部が哲学サークルみたいになったこともあったッスね」
「面白かったよね。カメラのカタログしか読まなかった先輩が、分厚い専門書なんかを読み始めるんだから」
アハハと笑い合う二人。取り残される僕。
「見えない? じゃあこの写真はどうやって……というか結局、この変な植物たちは一体何なんですか」
戸惑う僕の質問に二人は顔を見合わせると、こちらも困ったように苦笑した。
「いや、目には見えないはずなのに、レンズを覗くと映るんスよ。まるで少し前に流行った妖怪のゲームみたいに」
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