第3話 ここでラブコメ的展開はいらんですよー

人生とは分からないもんだねぇ……


タイムリープとかして、

「明日の夜、お前はエルフの姉さん女房をもらって、娘(年上)までできちゃうぞ」

と伝えたら、たぶん殴られると思うんだよね。


実際、異世界に飛ばされてから嫁をもらうまで3時間くらいしか経ってないし。

異世界ラノベの中でも最短記録なんじゃないだろうか? 知らんけど。


イズビニテさんが、エルフ族の婚姻事情をさらに話してくれた。


部族内のエルフの男性が、なにしろ絶望的に希少だ。

そのため旅人や商人等の他所者が集落に訪れると、年頃のエルフ娘たちは色めき立つことになる。

年頃というのは、だいたい200歳代。


エルフ娘たちは「蒼炎」で悪人かどうかを見抜けるので、それだけ気をつければ他は気にしないらしい。

種族とか、容姿とか、身長とか、年収?とか、3高とか、気にしないと。


もちろん夫婦になるのが一番望むところ。

それが叶わなくても、一晩の契りでせめて「種」だけでももらいたいという切実さがある。


そういえば、旅人を厚くもてなす習慣が日本の地方にもあるけれど、狭い村の中で血が濃くなりすぎるのを防止するため、というのがあったな。


さらにエルフ族は、なかなか妊娠しづらいという問題もある。

「種族の繁栄」という生物のもっとも根源的な部分からの要請で、女性からのアプローチを恥ずかしがったりしていられない。


ヒト、エルフ族でいうところのホモ族——と夫婦になるケースは多いらしい。

ただ一つ大きな問題がある。


寿命だ。


ざっくりいって、ヒトとエルフだと10倍くらい年齢のスケールがちがう。

ヒトはせいぜい80年くらいしか生きられない。

一方、エルフは約800年くらい。

1000歳を超えるエルフもいるらしいけど、いわゆる「ご長寿さん万歳」なので珍しいにはちがいない。


仮に200歳でヒトと結婚しても、100年後の300歳までには自然に未亡人になってしまう。

一般的に、部族内では若いエルフ娘の婚姻が優先されている。

そのため未亡人に一度なってしまうと、次の結婚のチャンスが回ってくるのがかなり厳しくなる。


イズビニテさんが性急に自分にプロポーズしてきたのにも、こんな背景があった。


しかも、妊娠出産は400歳くらいまでが限界らしい。

彼女は320歳。

まだ時間があるとはいえ、のんびりしていると子孫繁栄の機会を逃してしまうという焦りもあるわけで。


自分を迷わず家に連れてきたのも、「この機会を逃してたまるものか」的な想いがあったんだろうなぁ……


隣でイズビニテさんが満面笑顔だ——


色々と事情があるだろうけど、この笑顔を見ているだけで、なんかどうでも良くなってきたぞ。

かわいい娘ちゃんもできたし。うん。



さて、すでに深夜である。


スーパー大人タイムである。


フバラちゃんは、隣の部屋でご就寝中。


新婚の二人っきりが、このまま何ごとも起きないわけもなく————


「イズビニテさん……」

「イズとお呼びください、あなた」


…………………………………………


あああああ


ななななな


たたたたた


初めてそんな呼ぼれ方したわ! 「そこのあんた!」はあったけど。


「イズ……」

「あなた……」

彼女の細いながらも優美な丘陵を描く背中をゆっくりと両腕でつつんでいく……


魔法使い、賢者、そして大賢者すら超越した存在である自分——


もはや「大魔王」とか「至高神」とか名乗っても良いだろう。良いはずだ。良いにちがいない。

だが、そんな超越した至高の存在である自分を迷わずに捨てる時が遂に訪れたのである。


うん、だいじょうぶ、だいじょうぶ。

自分に言い聞かせちゃうよ。

相手は(かなりの)年上なので、下手に上級者を気取る必要はない。

自分が五十路近いとかも気にしない。

ここはリードを任せても良いくらいだ。


このままゆっくりと顔を近づけて……


あれ? 


イズビニテさん、いやイズは、驚愕した表情で目を見開いていた。


「そんな! まさか」

「え、なにかあったの?」

「家の周りの結界が破られて、何者かが侵入してきました!」

結界があったのか。

確かに魔物が多い森の中の家だから、塀で囲まれてるだけじゃないとは思ったけど。


侵入してきた何者かの蒼炎が、自分の肩越しに見えたらしい。


イズの動きは素早かった。

壁にかかっていた弓矢をいつの間にか外して、すでに矢を引き絞って構えていた。


自分も何か得物がないか探そうとした瞬間、侵入者が窓を突き破って部屋に乱入してきた。

同時にイズから放たれた矢が眉間に命中し、明らかに怯んでいる。


部屋の明かりに照らされて、ようやく侵入者の姿が露わになった。


「ライカンスロープ!」

ライ、ライカン? 

全身が深い毛に覆われて、真っ赤に光る双眸の下には口外に飛び出た牙。

この姿風貌から、ライカンスロープというのは、どうやら狼男のことらしい。


イズは狼男の側面にすかさず回り込み、2射目を胸の辺りに命中させた。


狼男は苦しみながらもイズに襲いかかろうと狙いをつけている。


ええい、ビビるな自分、大切な嫁を守るんだ!


近くにあった暖炉の火箸を狼男に投げつけた。

よしっ、背中に命中!

わりと深く火箸が刺さってる……けども、ダメージはあんまりなさそう?


牙をむき出しにしながら、真っ赤な双眸に自分が映ってるじゃーん。こわっ。

とにかく、これで自分に狙いが移った。


でも、ノープラン……

とはいえ、オークの時のような偶然を期待している場合じゃない。


そうだ、自分に注意を向けさせてる間に、イズに弓で仕留めてもらおう——


そんな策を巡らせていると、なぜか狼男がみるみるうちに人間になり始めた。


イズに駆け寄り、

「イズっ、だいじょうぶか?」

「はい、でもこれは……」


狼男は完全に人間になっていた。

いや、戻ったのか?

絶命して人間に戻ったのかとも思ったけど、まだ息がある。


どういうことなんだろう、これ?


「おそらく……ですけど、あなたが投げた火箸が『解呪のツボ』に刺さったのではないかと……」

イズが自信なさげに言ったけど——そんな偶然ってある?

テキトーに投げただけなんだけど。


オークの時に続き、なにか偶然の力に助けられ過ぎている——ような気がする。

やっぱり転生チートで得たなにかのスキルなんだろうか?


釈然としないまま、「ラブコメでいい雰囲気なると邪魔が入る」を達成してしまった。

嬉しくないけども!



【50歳までにかなえたいこと】

1:嫁を娶る→クリア

2:娘ができる→クリア

3:一国一城の主になる→クリア

4:ラブコメ展開1→クリア

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