🎃TRICK×PANIC!?

🐺🍪


「お、お菓子、どうぞー…」


「わ〜!ぬいぐるみさんだ!」

「オオカミさんだ〜!」

「おおかみさんありがと〜!!」


キラキラと輝き潤う子供たちの純真な眼差しを浴びて、聞こえない程度にため息を着くと被り物の中で憂鬱が充満する。


個包装のビスケット1枚でよろこび、今にも飛び立ちそうなステップを踏みながら去っていく子供たちに小さく手を振り、持っているカゴの中のお菓子の数を数える。


まだまだ底が見えないくらいたっぷりと用意されたお菓子は、今の途方もない奉仕活動に勤しむ自分を写しているかのようで、またひとつ、憂鬱が口から零れる。


「なんでこんなことに…」

「聞こえていますよ」

「ひぃ!!!」

「シャキッとなさい!人前ですよ!」


分厚い着ぐるみの布越しでもバンッと背中を叩く音が鳴り、ヒリヒリと痛む。


「ふむ、まだ終わる様子はありませんね」

「はい…はい……すみません…」


ズズッと大きな物体が視界を埋める。可愛らしい猫の着ぐるみのはずが、今は何よりも恐ろしい肉食動物に見えなくもない。怖いものはいつまで経っても、どんな姿かたちをしていても恐ろしい。


「さっさと配りなさい、しかし子供たちに丁寧に。あなたは特にハキハキと喋りなさい」

「はい、はい………」


猫と狼が話し合っている。

口を開けてのどかに欠伸をしているようにも見える猫はテキパキと指示を投げ、にっこりと笑顔を絶やさない狼は地面と仲良く見つめあっていた。


((なんで…!こんなことに……!!))


次は聞こえないように心の中で叫ぶ。泣きたいものの、汗が水分を奪い涙の容量すら残っていない体は、厳しい水色の猫によって吊るされるように背筋を伸ばし、無い体力をかき集めて仕事を再開した。


🏹͙ ⇒ 🩹 ⇒ ☘️


いつものようにシエルのボランティア活動が終わり、いつものように反省会という名の井戸端会議を広げていた。


学校の話、友人の話、社員の対応に対する不満の話。

私たちは前よりもずっとずっとたくさんのことを話すようになった。それは自分たちの共通した夢の話でもないけれど、みんなそれぞれ、なんとなく話したいことが増えたのだ。


みんなの話をいつも黙って聞いてくれる私の幼なじみが、何かを話したげにこちらを見ていたから彼女の声を聞きたい一心で訪ねてみた。


「つぐちゃん、どうしたの?」

「あ…えっと、ちょっと考え事してただけ。はゆちゃんにも……あー、うん。あのね、聞いてくれる?」

「…!は、はゆる!つぐちゃんのことならなんでも知りたいよ!!」


「…うん、あのね、今度全部活で強制参加のボランティアがあるでしょ?それがちょっと…小さい子って、ちょっと苦手なんだよね」

「全部活…強制参加、ボランティア…?」

「うん、わたしはまだ絵本を読むだけだけど…はゆちゃんは運動部だから、一緒にいられないなーって思って…」


今日一番の力を振り絞り記憶を辿る、ボランティア、ボランティア…部活なんて疲れきって最後の連絡なんて覚えてないのに………


でも、先輩が言っていた気がする、という確信だけが湧いてくる。これは先輩への信頼などではなく、あの先輩が連絡を忘れるなんてある意味恐ろしいことが起こるわけがないという畏怖からだ。


月夜の最後の言葉とボランティアという言葉が天国と地獄のようにせめぎあい、嬉しいやら悲しいやらで、感情のタンクが爆発しそうだ。


「あー、はゆちゃん?…やっぱり、びっくりして固まっちゃった。」

「おー?なになに、どしたー…わっ!なに!ほんとうにどしたの?」

「あれ三人とも何して…あれ?はゆるちゃーん?」


固まってしまった明日を取り囲み、少女たちはしばし延長された夜の時間を楽しむのであった。


🌃🕯

🎃🎃🎃


あつい。あつすぎる。


半袖では肌寒く、引っ張り出したばかりの制服を思い出す。今ではひたすらに半袖が恋しい、さするほどの冷たい風を今すぐ全身に浴びたい。


籠った熱気で朦朧としてきた意識の中、自分が何を言っているのか…いや、「お菓子どうぞ」と繰り返すだけの、狼の着ぐるみを象った機械と化していることは想像しなくてもわかる。


手も口も同じ動きしかしていない、頭もしばらく同じ向きばかり向いている気がする。


午後になり配置が大きく変わり、公民館の玄関前でお菓子を配ることとなった。お昼を食べる前にそのことを聞きスキップをして、転んで、先輩に怒られたことを覚えている。


公民館では美術部が子供たちに読み聞かせをしている。

そう、幼なじみが子供たちに囲まれながら読み聞かせをしている。たまに覚束無いけれど、小鈴が鳴るような落ち着いた声が聞こえる。


幼なじみが頑張っている、という事実だけで喜ばしく、今すぐ幼なじみの素晴らしさを色んな人に語りたい気持ちと、この頑張りを自分にだけ向けてくれたらな…という独り占めにしたい気持ちで葛藤する。


最初の時間は幼なじみに手を振って振り返してくれたり、盗み聞きに意識を集中させたりと浮ついていた行動も、公民館の玄関先という人通りが多い箇所のせいで配ることに集中する時間が増えてしまい長らく癒し成分が足りていない。


しばらく心を無にして配り続け、時間の感覚が薄くなってきたところで人の往来が落ち着き、籠の中にあるノルマ(お菓子)もあと少しになってきた。


籠が軽くなるにつれて自分の心に余裕が生まれる、目に見える成果は達成感が生まれる………こんなに暑くて立ちっぱなしの状態と決して釣り合っているとは思えないが。


ほぅ、と一息ついていると今までシャットアウトしていた周囲の音が一気に流れ込んでくる。そんな中、特に耳を傾けていた場所が騒々しい。


「おねーちゃん声ちっせぇー!」

「ちいさーい!」

「もっとかわいく読んでー!」

「読むのはやいよぉ!!」


読み聞かせをしているスペースで子供たちが騒いでいる。嫌な予感を感じて、自分の格好や棒になったような足を忘れて急いで駆けつける。体が重いような軽いような、動きにくいことには変わりないがいつもよりも体が動く、これがアドレナリンなのかな。


死角になった角からそっと覗き込むと、子供たちに囲まれて「ごめんね」を繰り返すエプロンを着た女の子がいる。責められ続けて俯いて顔は見えないが、すぐにわかってしまう。


それは、それは。


((つぐちゃん…!!!!!!!!!!!))


なん、なに!?あの状況!?つ、つぐちゃんの読み聞かせを聞いておいて!!!!????は、はぁ!!!!!!??????


喉に唾液が溜まる。唾液はシュワシュワと泡を吹きつづけ、あまりの痒みと気持ち悪さに今すぐ掻きむしって吐き出してしまいたい衝動に駆られる。


朦朧としていたはずだった意識が急速に沸き上がり、気づけばドスドスと地面と足が祭りの太鼓よりも早く音を立てる。


視界に入るのは一番に大きな声で捲し立てている小学生らしき男の子


「ごめ…はゆちゃん?なんで、ここに」

「おおかみさんだ!」「はやーい!」


そんな声も聞こえるが、お構い無しに男の子の肩をふわふわの生地で包まれた両手で掴む。


「うわっ!」

「読み、聞かせ、してくれてる人に、そんなこと言っちゃだめ、だよ…!」

「な、な…」

「読み!聞かせして!くれてる人にぃ!そんなこと!言っちゃダメ!!だよ!!!」

「あ、あ、」

「ごめんなさい、できる?できるよね?しようね、今すぐ、ね?ね?」

「う、う…」


「あ゛ーーーーーーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!!」


目の前の男の子が大きな声で泣き始め、その声が耳を揺らしキーンと頭の中に響いたところではゆるの体は限界を迎える。


「はゆちゃん!!」


どさっと、分厚い着ぐるみがクッションになり衝撃に対して「ゔっ」という呻きだけで終わったことが幸いだった。


ああ、久しぶりにちゃんとした外の空気吸ったな…


これ絶対怒られるなぁ………………


📖🍪🐺


はゆるはつぐちゃんがはゆると一緒に笑ってくれる表情が見たいの。


ねぇ、そのためならはゆる、世界を真っ白にできるし、つぐちゃんの一色にだってなるよ。


この気持ちを誰かが勝手に、愛だ恋だって呼ぶんでしょ?


でもね、はゆるにとってこの気持ちは、結婚する前から好きな人を考えることと一緒なの。


つぐちゃん、つぐちゃん。はゆるにとって、つぐちゃんは答えてくれる人なの。


今日は星座が1位になるかな、明日こそもっと誰かに優しくなれるかな、いつかは世界があなたのために真っ白になってくれるかな。


待つ間はずっと世界に見放されてるの。神様ははゆるが待ってても隣の人にやさしくしてばっかりだけど、つぐちゃんはずっとやさしくしてくれるから好き。ずっとはゆるの番なの、そこをはゆるのものにしてくれるの。


だからはゆるも、つぐちゃんにとって1位の星座に、優しくできた誰かに、あなたのために世界を真っ白にするなにかになりたい。


なるよ、絶対。


🩷💛🫧


「ゔ………つ、つぐちゃん!!!!!!」

「わっ」


飛び起きる、スッキリとした頭で大迷惑をかけてしまった申し訳なさに名前を呼んでしまった。身に覚えのない部屋、体を包むものが布団だということに気づいた所で自分を見つめる視線を追う。


「はゆちゃん、大丈夫?」

「つぐちゃん…!」

「その、急に倒れちゃったから。大変だったんだね、着ぐるみ」

「ゔ、う、うん。」


着ぐるみの過酷な環境は否定できない、実際倒れてしまったから。


でも、着ぐるみを長時間着用して朦朧とした意識と疲労が溜まった身体で取ってしまった行動だとしても、好調な体の状態であんなことをしないかと言えば否定はできなくて返事が苦しくなる。後悔はしてないけど。


もごもごと居心地悪そうに布団を手繰り寄せていると、つぐちゃんは表情を和らげた。その顔に安心して、自分の口元も緩む。


「ありがとう、はゆちゃん」


窓の向こう側とおなじ色の瞳がはゆるを照らす。まるで瞳だけ透けているみたいに、つぐちゃんがそこだけくり抜かれたかのように。


夕日がゆっくりと一度瞬きをして目を細めてほほ笑みかける表情を、脳裏に焼き付けた。


🌇🧡🕯

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