📷Re:彩光のその先へ
🚦𓈓🚏🚌
残暑が体を焼き、太陽が本領を発揮するかのように顔を大きくして空の真ん中を歩いている。
夏休みが明け、しばらくの午前授業も終わり本格的に学校が日常に戻り始めている9月初旬。まだ半袖に身を包み、ぺったりと首元にくっつくセーラーカラーが心地悪い。
冷房がよく効いた教室からは離れがたく感じるが、それは日差しが当たる席の生徒たちが思っていることで、廊下側の生徒はカーテンを閉められることを拒み、少し眩しいノートを広げながら授業を受ける日々。
今日も、そんな日だった。
6限までの授業が終わり生徒たちの緩んだ空気を横目に、担任の教師は薄手のシャツに袖を通し、教壇に立ち連絡事項をつらつらと告げていく。
「以上、今日のHRは____あ、そうだ、もうひとつあったな。」
半分聞いてるか聞いてないか、内容が頭の中をぐるぐるとまわっているものの理解しようとも思わない情報に頬杖をつき時計を見上げていると、担任は思い出したかのように「あー...」と声を出し生徒からの注目を集めると、顔を上げる。
「そろそろ文化祭準備進めとけよー、1ヶ月なんてあっという間なんだから」
それだけ言うと気だるげに出席簿を持ち上げ、背で肩を叩きながら教室を出ていく。引き戸がカラカラと2,3秒鳴り続け、教師の姿が扉の向こう側へ行ったことが腰高窓から覗く黒髪から見て取れる。
教師が教室を去ったかと思うと堰を切ったように生徒たちは色めきたち、文化祭について各々思いの丈をぶつけ合う。
「店内の内装どうする?」
「衣装さあ、やっぱり手作り?」
「安いスーパーとかないのかなぁ」
クラスの中心となって文化祭を引っ張っている、少し煌びやかなクラスメイト達が熱心に話し合っている。
文化祭という自分にも関わりある事柄だからかいつもよりも耳が拾うようで、高く軽やかな声をBGMに荷物を纏める。
文化祭は自分にとって毎年恒例の指示を忠実にこなすだけの行事に過ぎなかった。忙殺されて何も考えなくてもいいのも、反対に忙しくて色々考えてしまうのも困りもので、疲れる行事、というのが正直な感想だ。
今日はボランティアがないから、部活に寄って帰ろうかと考えていたその時、特に何も操作していなかった手の内にある携帯機器が小刻みに揺れる感覚がした。
覗いてみれば、顧問教師も加入しているグループチャットにいくつか通知が来ている。皆のHRが終わりしばらく経った今になって通知が鳴らしたようだった。
『本日、文化祭について話し合いたいので部活に来てください。』
すこしタイミングがズレてしまった呼び出しだったために既に学校から出てしまった生徒や、用事がある生徒が不参加の筋を送り、通知が増えていく。
私は、メッセージにスタンプを押し当たり障りのない参加表明をして、騒がしい教室を後にした。
🥽🎧
「今年はバーチャルを取り入れたいと思っているんです。」
ニコニコとした顧問教師はいつも通りの朗らかな雰囲気を纏いながら聞きなれない単語を繰り返す。
急な呼び出しでも思いの外集まりのいい部員たちのおかげで、部室は顧問教師が小言を漏らさない程度に埋まっている。
「バーチャル空間だったら、みんなも文化祭のために大きな移動をして〜なんて心配ないし、それにたまたま友人がいくつか機器を譲ってくれることになって!」
「どうでしょう?慣れるまではかかるけど、若い子たちだし大丈夫!心配ないですよ〜」
バーチャルという触れたことない文化に、大変であることが確定している文化祭に持ってくることに一抹の不安を覚える。
いつも通りが一番楽だということに、顧問教師は飽き飽きしていたのだろう。去年は少し小言を漏らしていたから。
他の生徒たちも各々の隣同士で不安を漏らしており、部室内の空気は顧問教師以外の全員が同じ気持ちで充満していて、生徒たちが感じる空気と教師の感情が相反するものとなり空中で混じりあっている。
「不安そうだけど大丈夫だから!若い人はこういうの私より慣れてるし!とりあえず使い方を説明するので、グループチャットのノートにも残しておきますね」
「黒板に今から書いていくから…あっ、そうだ。写真撮ってくれる?」
「彩白さん」
「はい。分かりました。」
にこりと微笑んで、私はスマートフォンをもう一度握りしめた。
📸💭
🤍☀️⛲️
あれから2週間、クラスと部活の往復が続く。
携帯は一時間ごとに私を呼び出し、1年分の苗字呼びをされたかと錯覚する程だ。
毎年、"美術部"と言うだけでなんでも出来ると思って頼られる。それはどの学年も共通のようで、美術部の部員たちは皆文化祭準備期間の最初は部活に訪れることは無い。
「彩白さんって美術部なんでしょ!?ここってどうすればいいかな〜?絵とか描ける!?」
「えーっと…あ、はは…」
その期待を曖昧に濁せるほど文化祭準備に追われる同級生は甘くなかった。
文化祭準備だけでもクラス内で呼び出されるのに、今年は部活の方もひと味違うことをしていて。最高学年として頼られているのか、頼るはずの顧問が自由奔放故に自分に責任が追われているのか、正直…
「疲れた…」
ぽつりと、ひとつ零れる。
廊下と中庭の境界線に腰掛け、外を眺める。
中庭で資材を運ぶ女学生たちは持つ方向、位置、角度を試行錯誤して、牛歩の歩みだというのにあんなにもキラキラしていて、疲れさえも楽しんでいる様だ。
それとは反対方向を見やると自分と同じように疲労でベンチに項垂れた女学生。見続けていると駆け寄ってきた同級生らしき生徒に抱きつかれ、なだれ倒れながらも楽しげに歓談している様子だ。
多忙にかまけながらも楽しげにしている生徒たちの声が反響し、普段よりも校内は賑やかで、騒がしい。
茹だるような暑さの中、微かに流れる汗と共に詰まった思考も流れ落ちるように意識を集中させる。
ヴヴッ。
首をもたげ、手の内で震えるものに目線を合わせる。
『@ 祈
先輩、今どこにいますか❔VRのキャンバス内の色が消えなくって…どうやったら消えますか❔😢』
私と同じように2週間ひっきりなしに通知を受け取り、本来の役目を全うしている携帯がまたもや光の速さで仕事をしている。
「…はぁー……」
ひとつため息を落とし、重い腰を上げる。
少し薄いスカートについた気がする埃を払い、歓談する生徒たちを横目に部室の方向へ体をかたむけた。
🥽🎧📱
「………よし、これで大丈夫…かな?」
「わ!消せました!」
「よかった〜。じゃあ、私向こうで作業してるから。」
「はい!ありがとうございます!」
後輩のトラブルを解消し、部室に来たついでに作業を進めることにした。進捗は悪くないけど、教室に戻って人に揉まれるのも、指示を待つあの時間を過ごすのも今は気が進まない。何かをしている方が気が楽だった。
決められたスペース内に自身の世界観を描く、という展示方法は、平面ではなく立体的な課題であり、尚且つほぼ全員が触れたことがないVRでの作業。
筆ひとつをとってもキャンバス上に引く線とは違い、目の前で棒となっていく絵の具のようなテクスチャーは新しい視覚であり、慣れることがない感覚だった。
周りを見回すと、白く無機質な空間に各々の世界観を描く、白いアバターになった部員の姿がぽつりぽつりと見受けられる。
一筋。
筆を引くとその後はなにも聞こえなくなって、その一本の筋を皮切りにそれ以外が考えられなくなってしまう。
それなのに、そのはずなのに。
あの時の言葉が頭の中で反芻される。
『大好きですから』
だいすき?なにが?わたしたちが?なにもしらないくせに。
何も、何も知らないのに?理解した気になってるのかな、ああ、なんだか、そんな気がしてきた。
笑っちゃう。
「あ…珍しい、ですね」
「わっ…!えっ、えっと…なにが?」
「彩白さんが白以外で塗りつぶすなんて初めて見たなって」
「えーっと…」
ふと画面を見る。そこには赤、黄緑、黄色、桃色、橙色、青、水色、黒、紫、青緑、緑。
「いつの間に…」
「…あの、勘違いかもしれないですけど…疲れてます…よね?いや、すみません…やれることはできる限りやるので。休んでください、適度に。」
「………うん、ありがとう。月夜さんもほどほどにね。」
月夜は「はい。じゃあ、お疲れ様です」と言ってバーチャルの世界から抜けていった。あの時以来、話す機会が増えた訳では無いが、メンバー同士の距離が近くなり話しかける際の高さが格段に低くなったと感じる。
月夜とも、会話の長さや回数は今まで通り一言を声かける程度だが、今のように少しずつお互いの心境を話すことができるようになった。
自分の中に、自分の世界に、少しずつ何かが落ちてきている。
絵の具がパレットに落ちてくる、ボトボトと音を立てて、じんわりと、油とともに色がパレットに満ちる。
それが私に一筋引かれた時、私はどうなるのだろうか。
「…あー、どこまで戻ればいいかな。」
カチカチと、右手に握ったデバイスでひとつ戻る、を押し繰り返した。
☁️🎆
暗くなった窓の外で花火が上がっている。
文化祭が終わり、校庭では後夜祭が開かれている。
吹奏楽部による演奏と、体操部のパフォーマンス、打ち上がる花火に生徒たちは夢中になっている。
自身のクラスの教室ならまだしも、あかりが消えた美術室なんて誰も気にとめることは無い。
花火の光を頼りにほのかに照らされた教室内で一人、VRのゴーグルを握る。
私には、衝突し合う思いの丈もないし、同じものを持って試行錯誤しながら運びたい気持ちもない、項垂れている時に声をかけてくれる人もいない。
あかりが消えた無数の教室のように、私一人いなくなっても世界は変わらない、世界が私を見つけることはない。
「………真っ白な、世界。」
ゴーグルを装着し、馴れた手つきでデバイスを操作する。何度も出入りした部屋ではなく、新しい部屋を作成する。
『新規ルーム2』を開く。
どこまでも真っ白な空間、ここに立つのは私一人。
息が、しやすい。
足が自然と弾む、どこまで行っても、どこまでも、どこまでも私の世界。
私がいなければ成立しない世界。
嬉しい!嬉しい!!
ここが私の終点なんだ。
そう、ここが、そうなの。 これが、嬉しい、なんでしょ?
そう、なのに。
そうであってほしいのに、どうして。
「………どうして、こんなに、寒いの?」
腕が冷たい、さすってもさすっても、ずっと冷たい。手のひらの熱さが奪われ、溶けて、消えていく。
蹲る、体温が逃げないように、身を守るように。
コツン。
音が鳴る。
コツ、コツ。
近づいてくる。
私一人しか、いない世界に、何かがいる。
「…な、なに………」
コツ、コツ、コツ、コツ。
「どこ?なに?ねぇ、なにがいるの?」
かちかちかちかち。
顔があげられない、見下ろされている視線だけを後頭部に感じる。戻るボタンを押し続ける。
見ないで、出ていって。ここは、私の世界なの。やめて、いや、いや、いや………
『こんな世界に逃げるまで、追い詰められていたの?』
近づいてくる。
『本当にひとりぼっちを望んでいるの?』
黒が。
『あなたを追い詰めているのは、あなた自身でしょう?』
すぐ、足元まで。
『ねぇ、あなた、ほんとうに真っ白になって、あなたの望む世界が手に入ると、本当に思っているの?』
来ないで。
『ほんとうに、魔法少女になって世界が変えられるなんて、思っていたの?』
そう、祈ることしか、出来なかった。
『もう、来てはダメよ。ここにあなたの世界はないの。ごめんなさい。』
「な………」
ドン。
床が抜け、落ちるような感覚がする。
視界が反転する。
反転した視界の奥で、真っ白になった世界に少女が6人、倒れている。
理解する間もなく、目の前が真っ黒になり。
私は床に座り込んでいた。
「な…んだった、の…」
ゴーグルを外し、汗を拭う。乱れた前髪を直し、息を整える。
後ろからガラガラガラ、と扉が開く音がする。反射的にビクリと肩を揺らし、視線を移す。
「あら、驚かせてしまいましたか?」
「あかつき、ちゃん」
「あらあらまぁまぁ…おつかれの様子ですね、祈ちゃん、立てますか?床に座るのは痛いですから、せめて椅子に」
同級生の暁が訪れ、私を椅子に座らせる。
いつもの穏やかな笑みに、日常を取り戻した感覚を覚えて安心する。暁は何も聞くことはなく笑みを深め、いっとう明るい雰囲気を纏う。
「うふふ、キャンプファイヤーでマシュマロを焼こうという話になったんです。マシュマロ、お嫌いではなかったですよね?ほら、この前紅茶に浮かばせたらいつもより1杯多く飲んでいらしていましたし」
「えっと、えっと…嫌いじゃない、かな?」
「焼きマシュマロ、初めての体験です…!ご一緒にいかがですか?」
「…うん、一緒に行こうかな」
「うふふ!マシュマロと聞いた時、すぐ祈ちゃんを誘わねばと思い立ちましたので!」
嬉しげに口数を増やす彼女の笑みが少しだけ伝染る。
「さぁ、行きましょう!今ならまだ紅椏鳥さんが菅原さんを引き止めているはずです、4人で焼いたらきっと楽しいですわ」
「うん。そう、かもね」
差し出された彼女の手を取り、暗くなった教室を後にした。
☁️🤍
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