虹のソルシエールたちへ

🐬またきてあばんちゅーる

🌞🌴

8月上旬、強い日差しがコンクリートを焦がし、上下から襲いかかる熱気で外は意識を手放したいほどの灼熱地獄と化す。

アルカンシエル女学院は夏休みに入り、生徒たちは一時のバカンスを家族、友人達と楽しむ。長期間の休みは生徒たちの心を揺さぶり、太陽が吹く灼熱すらも諸共しない。

そんな神聖な休みの期間に学業など入り込む余地などない、いや、あってはならない。夏休み1週間前に各教科から配られた山のような宿題も、受験勉強への鞭打ちも法律で禁じた方がいいのだ。

………しかし、例外もある。

「あははっ、海だ〜っ！」

「こら、身を乗り出さない！」

アルカンシエル女学院には夏休みの間にもいくつか行事が存在する、オープンスクールに夏期講習、プールの補習など…1番の目玉はこの『臨海学校』だ。

毎年ゴールデンウィーク前にアンケートが取られ、難関な倍率を合格した生徒だけがこの臨海学校に参加出来る。

（ 難関な倍率と言っても高等部3年生が優先的に抜擢されるため、本当に倍率で戦うことになるのは高等部2年生以下の生徒たちに限った話だが。）

ホワイトハウスのように綺麗で大きく真っ白な宿と貸切プライベートビーチ。このような遠出授業でありがちな研究や体験などはなく、生徒たちは時間が許す限り美しい波に揺られ、美味しいご飯を食べ、仲の良い友人たちと共に2泊3日を過ごすのだ。

長い長いトンネルを抜けたバスの車内は太陽の光に照らされ、パッと明るくなると同時に歓声が上がる。

立ち上がったり、きゃあきゃあと外の写真を撮ろうとしたり、それらに紛れて自分も窓を開けて身を乗り出し、潮風を胸いっぱいに吸い込む。

水色に染まった車内だが隣の女学生は煩わしそうに日差しを手で遮り、周りの空気にため息をついてはどっしりとシートに座っている。

｢ゆ、りかちゃん。外見ない？綺麗だよ？｣

｢充分見えているので結構。｣

全員が地面から離れ、空を舞えそうな空気の中でも通常運転な幼なじみに関心すら覚えてしまう。英単語のカードをめくり続ける幼なじみを横目にバスの大きな窓に頭を預ける。

目に入れると痛くなりそうなほど、水面が太陽色に輝いていた。

🌊🐚

「ボールそっち行ったよ！」

「え？あ、うん…！」

「ッ…！きぬ！」

「ふふっ、まかせてあーちゃん！」

「あっ...！」

ビーチボールが砂の上を勢いよく跳ねて弧を描き、ジャンプを繰り返しながら失速する。耳によく通る笛の音が鳴り、夏の日差しとは無縁そうな佳子が左腕を上げて合図を送る。

「いまのはチーム高二ですねー」

「やりましたわ〜〜〜〜〜〜！！」

「やったのです〜！」

「ナイスだったね〜きぬ」

「あーちゃんのパスのおかげだよ！」

高等部２年生の仲良し4人組が得点で砂の上を跳ねるボールのように喜んでいる。一方高等部3年生組はボールを取りに行った暁が「ふふ、してやられてしまいましたね」とどこか嬉しそうな表情を向けて比較的和やかな空気が流れていた。

どうして私たちが学年に別れてビーチバレーをすることになったのか、少し前まで遡ることになる。

事の始まりは臨海学校の宿につき、チェックインを終えてそれぞれ自由行動となった。しかし、3年生かつ風紀委員である自分含めて由里香と祈は、学級委員の朝倉さんと共にビーチでこれからの段取りについて話し合っていたのだ。

4人で話し合っていたところを最初に話しかけてきたのは、ざくざくと小走りで駆けつけてきた絹、絹と共に行動していたのであろう玲優・馨子・芥…と、何故か一緒にいる佳子の5人だった。

「あさちゃんせんぱーい！！…っと、ゆりちゃん先輩に、ちさちゃん先輩と彩白先輩！4人とも泳ぎにきたんですか？」

「あら、絹ちゃん。うふふ、みなさんお揃いのようで」

「あっきーせんぱいっ！みなさんもこんにちわなのです〜。ふふ、水着がお似合いなのです〜」

「ごきげんよう！おほほ、玲優の言う通りですわ！先輩方の水着、とっても素敵でしてよ〜ッ！」

佳子が満足気にウンウンと頷き「眼福ですな」と口々に先輩に話しかけている中、佳子の隣で芥がソワソワとしつつ「えー？眼福って、おじさんみたいだなぁ…」と佳子にツッコミを入れている。

「あっ！ゆりちゃん先輩！ね！ね！ね！ビーチバレーしません！？負けませんよ〜！」と絹が元気よく由里香に声をかける。意外だった、彼女が由里香のことをあだ名で呼んでいる時点で少しの違和感が生まれたが、なんの接点もない2人がどうして？

そんな小さな疑問が見過ごせなくて思わず口から溢れてしまった。

「へ…へぇ〜、仲良いんだね？意外だな」

「まぁ人並みには。たまたま…意気投合したんです」

「そっ、かー…」

由里香のいつもより歯切れの悪い返事に疑問が膨らむ。ただでさえ最近は結構、かなり参ってることが多くて、今日という本当に何も無い日を楽しみにしていたから。何だか途端に頭に熱が上がってしまったのだ。

「ビーチバレーか………いいよ絹ちゃん、やろう…！いいよね3人とも？！」

「は？」

「えっ？」

「あらあらまあまあ、うふふ。なんだか楽しそうですね」

そこからはトントン拍子でグループ分けが決まり、佳子の立候補により審判まで付いたなんとも都合が良すぎる学年対決が始まった。

3点とった方の勝ち、現在の結果は2-2の引き分け。

あと一点取られたら負ける、この勝負で決まるのに…

緊張感のない朝倉、ボールに振り回されてばかりの祈、自分で取りに行こうとしてガードが空いてしまう由里香。実力的には上なのに押され気味なのは、チームワークが圧倒的に足りないせいだ。

もっと、ちゃんと構えてよ。

もっとボールをよく見て。

もっともっと、もっと…！

「千聖？」

「あっ…ご、ごめんね。ぼーっとしてた」

「…そう、そっか。」

祈の声で茹だった頭が少し落ち着く。落ち着くと同時にまた、やってしまったと、自戒の意識が頭を支配し、何も考えられなくなる。

「はぁ...剣城さん、1つ提案が」

「なんですかー？」

「この勝負、最終日に決着をつけましょう。そろそろ集合の時間ですし」

「あらあらまあまあ、それは"ぐっどあいであ"ですね〜。明日は特訓、というわけですね？」

「…...…まぁ、朝倉さんの言った通り、ということにしておきましょう。」

「あたしは全然いいですよ！レベルアップして再挑戦は攻略の基本ですし！みんなは？」

「流石にバスの後の動きっぱなしはしんどいから助かるー…お風呂入ったら今日はもう寝ちゃうかも...」

「おほほほほほ！強くなった私達で挑ませて頂きましてよ〜っ！！」

「なのです！」

「…だって。千聖も、それでいい？」

「…うん。ごめんね、気遣わせちゃって」

祈の問いかけに頷くと由里香が「それでは解散。皆、集合時間に遅れないように」と場を閉じて解散していく。

また、助けられてしまった。

自分が情けなくって、落ち始めた日差しが背中を焼く感覚が痛かった。

🏝☀️🫧

🌃🕯

暗く静かな室内を遠くに聞こえる漣の音が満たす。

臨海学校2日目、夜。

あたしたちは穏やかに過ごすはずの夏のバカンスで、灼熱の上、ビーチバレーの猛特訓をしていた。

そんなに仲がいいわけでもないはずなのに、特訓に夢中になりすぎて由里香は最後のあたりで敬語が保てていなかったし、祈は疲れすぎてずっと笑ってた。

あたしは声を張り上げていたし、朝倉さんは…いつも通りだった。"スイーツは別腹"と呼ぶように、お嬢様には何か不思議な第２の力でもあるのだろうか？

明日が本番なのに体を酷使しても良かったのだろうか？いや、良くない。良くないからこそこんなこと考えずに寝なければいけないのに、明日が怖くて寝られない。

＿＿＿＿＿＿＿＿＿負けたら、どうしよう。

寝なければと思えば思うほど脳が鼓動とおなじようにドクドクと動いている感覚がして、頭が冴えてしまう。

足が熱くて何度も組みなおして、汗のような滑りに見ないふりをしながら何時間経っただろうか？もしかしたら1時間も経ってないのかもしれない。

悶々とした気持ちのまま、シーツと布団の間にできたヨレを足でいじっていると呼びかけられた。

「皆さん、寝てしまいましたか？」

寝たフリをしながらこの呼びかけに答えるかどうか迷っている間もなく隣の幼なじみが声を出す

「消灯時間は過ぎていますよ、早く寝てください」

「あらあら、菅原さん寝れないんですね？少しお話しませんか？」

「先程の発言は聞こえませんでした？」

「うふふ、灯りを消す時間と寝ないといけない時間は違いますわ」

「……………はー…ああ言えばこう言う…」

すこしの布が擦れる音が聞こえると由里香が「あ」と声を出す。

「あなたも寝ていなかったんですね？」

「………えへ。」

声の主は祈だろう。「寝れなくて…」ともにょもにょとか細い声が聞こえる、由里香の目線に言い訳を続けているのだろうか。2人のやり取りを耳にはさみつつ、背中にあたる視線をひしひしと感じながら逃げられないことを悟る。

「…みんな、元気だね」

「うふふ、やっぱり起きてましたね」

「あなたも寝ていなかったんですか？」

「もー、誤解なんだよ…」

「こういうのって一周まわって寝れないよね」

「こういうお泊まりって、あまり経験がないのでわくわくします」

暗闇の中でよく見えないものの、朝倉さんが声色をワントーン高く少し興奮気味に話す。そんな朝倉さんに由里香が一言。

「そうですか、私はちーちゃんとお泊まりばかりでしたが」

「まぁ…♪」

「わあ」

「え゛っ！？」

「～っ！ゆっちゃん！眠いんでしょ！？だってもう22時は過ぎてるからね！？」

「騒がしい、静かになさい」

「えー…゛！」

途端に生暖かくなった目線を背に、由里香の肩を揺らす。少し触れただけで温かく感じる、規則正しく過ごす由里香に夜更かししてお話しなんて到底無理なのに、表情ひとつ変えず自分の眠気を悟らせない。

いつ爆発するか分からなくなってしまった由里香を楽しげにくすくすと子鳥のさえずりのように微笑む朝倉と、読めない表情をしている祈。避けたい状況を回避することも虚しく朝倉は口を開く。

「いいですね、秘密のお話。祈ちゃんは何かありますか？」

「………あ、私？うーん、秘密、ひみつか…あ、秘密じゃないけど、聞こうかなって思ってて、聞けなかったことならある…かも？」

「まぁ！素敵！」

「…みんなって、将来何になりたいとか、どうやって決めてるの？」

「あらあらまぁまぁ、うふふ、夏休みが明けたら本格的に進路を決めなきゃですものね」

「…。」

………あたしには、いや、あたしたちには、明確な未来設計がある。世界を白くすること。揺るがない、揺らいではいけない願いが。

祈も、どんな理由があれ行き着く先は一緒だ。祈の場合、白くしたい以外の進路が見いだせないのだろうか。仮初でも想像できなくて聞いているのかもしれない。

2人はなんて答えるんだろう、世界を白くすることなんて想像もしなさそうな、"恵まれてる人"は。

静かに耳を傾ける、一音も逃さないように。

「私は、間違いを正すことが正義であり、私が貫くべき道だと思っています。私は、検察官になりたい」

「…あは、らしいね。小さい頃から変わってない」

「うん、菅原さんらしいと思う。道か…達観しててなんだか、大人っぽい…！すごいね」

「自分の人生について考えるのですから、自分にしか選べないことになるのは当然です」

眠気を抑えながらも流暢に言葉を紡ぐ彼女から強い意志を感じる。ずっと隣で見てきたからこそ彼女の流水のように真っ直ぐとした自己の確立がよくわかる。

どんどん遠くなっていく気がする彼女を、ああ、すごいな、と見ることしかできない自分が情けない。

「うふふ、菅原さんはやり遂げる人ですから断言出来る強さがあって素晴らしいですね。そういえば、祈ちゃんはどうして進路を決めかねているのでしょう？」

「うーん…やりたいことがないんだよね。勉強は…まあ、やらなきゃいけないならやるかなって思うくらいで、大学まで行って勉強したいことがある訳じゃないし…だからといってなにかやりたいことがあるのかって言われたら、なぁ…って…」

「あはは、実はあたしも…」

祈に同調しながら朝倉を伺う。朝倉は私たちの意見を咀嚼するようにすこし考え込んだ後、伏せた目を開きこちらを見定める。

「そうなのですね。ふむ…そうですね、これは私の持論ですが…自分がやりたいことというのは、人生かけても見つからないのかもしれません。」

「目に見える人たちは皆、やりたいことに夢中で羨ましく見えると思います。でも、自分が本当にやりたいことなんて自分でも分からないものだと思いますわ。みんな、"自分のやりたいこと"だと思い込んで安心しているのです。だって、寂しく感じてしまうでしょう？」

「私の価値観ですので、おふたりの力になれるかどうか…ですが、人生とは自分のやりたいことを探す旅だと思っています。ふふ、おふたりは真剣に今、ご自分と向き合って人生を歩んでおられるのでしょう。」

「知らない自分を見つける旅なんて、とっても素敵なことですわ。そもそも、18年も生きていないのにこれからの人生を見定めろなんて無茶な話なのですよ。」

「進路の考え方、ですよね？そうですね、これから見つけるやりたい事が、その時後悔なく出来るように蓄えておく…という考え方もありますよ。例えば、大学で学んだことが最終的に意味がなくとも、学ばなかった道とは違うでしょう？そんな考えで決めてしまっても良いと思いますわ。」

「………なんか、達観してるね。暁ちゃんってずっと先を生きてるみたい」

「思った、見据えてる先が遠いよね」

「あらあら、私はただ、目の前にあることを精一杯しているだけですわ。現に、その先のことを考えられるほど万能ではありませんもの」

「蓄える、か…朝倉さんは未来を楽しみにしてるん…だね。あたしは、そういうの考えたことなかったな。」

「ふふ、私は2人の未来も楽しみにしているんですよ」

「え？」

「だって、お友達でしょう？」

言葉に詰まる。話を聞き入ってしまったけれど、元来彼女のこういうところが相容れない。あの魔法少女のように、"全部持っている人"だと認識しているからだろうか。彼女の人が良さそうな笑みに対して上手く笑い返せているだろうか。

閉ざしてしまった口を埋めるように祈が言葉を紡いでくれる。

「暁ちゃんは、何かやりたいこととか、目標ってあるの？」

「私ですか？……そうですね、私は＿＿＿＿あら？」

ポスリと肩に重たくも暖かいものが落ちてくる。

衝撃のまま視線を右下に落とすと、瞼を落とした由里香が力なく体を預けていた。

「な……っ！ゆ、ゆっちゃ…！」

「もうお休みの時間ですわね、うふふ。秘密の夜更かしもお開きにしましょう」

「そうだね、私もいい感じに眠くなってきたかも」

細心の注意をはらいながら由里香を布団に寝かせる。規則正しい寝息を確かめ安堵しながら自分の布団に戻り、しばらく由里香の顔を見ていた。

(あたしのやりたいこと、ゆっちゃんなら分かるのかな)

(ああ、でも、あんなことしてるなんて言えないよね。きっと、すごく怒られちゃうだろうし。)

(………あたし、何がしたいんだろ。)

🏝🏐

朝日が昇り、太陽が砂浜を照らす。

初日と同じように眩しく、水面は燃える闘志と比例しているかのようにらんらんと輝いている。

あまり時間の猶予が残されていないことも相まり、恨みっこなしの一発勝負。この1点で勝負が決まる。

バシンとビニールを叩く音が何度も続く。トス、レシーブ、トス、トス、レシーブ。何度か仕掛けては弾き返され、足にまとわりつく砂に意識をくれず息を上げながらもボールの行方を追う。

「…ッ！しまった…！」

そんな声を聞き逃さない、弱々しく跳ね上がり宙を舞う格好の餌に狙いを定める。

「千聖ちゃん！」

祈が繋ぎ、高々と上げたボールが太陽と重なる。

「任せて！」

ゴムがはね返る感触を手のひらで感じる。ボールが砂にあたり跳ね返る音と、向かいコートの後輩たちの悔しそうな声を聞き、ふっと右の口角が上がった。

🚿🐦‍🔥

「千聖、お疲れ様」

「ゆっちゃん！」

更衣室に現れた幼なじみにふにゃりと笑みがこぼれてしまう。こぼしてしまってから自分の表情筋が緩んでしまっていることに気づき 咄嗟に直したと思いたいが、浮いた気持ちはどうにもならない。

「良いアタックでした」

「へへ、ありがとう。…うん、久しぶりに体動かしたって感じする」

「運動は集中力を高めます、あなたも朝のランニングをしてみては？」

「あー、いや、それは…あはは、いいかな」

由里香も勝利に対して不快ではないのだろう、少し声色が上がっている。黙々と着替え、更衣室内の置き忘れなどのチェックをする。指差し確認を終えた由里香はキビキビと残された忘れ物をビニール袋にまとめ、少しの小言を吐くと千聖に向き直る。

「唐突な話ですが、昨夜の進路相談について言いたいことがあります」

「えーっと、唐突すぎるね？あー…覚えてたんだ？半分寝てたから、忘れてるとばっかり…」

「半分意識がなかったことは認めますが…あなたや彩白さんがやりたいことが見つからず悩んでいることくらいは覚えています。」

「そっか…ゆっちゃんの言いたいことってなぁに？」

「私は言葉遣いが上手くないことを自覚しています、直す気はありませんが。なので、この言葉であなたが傷ついても私が察知する保証はありません」

「…うん。」

知ってる。あなたのその真っ直ぐなところに、安心してる自分がいるから。

「あなたが悩んでいると聞いた時、少し衝撃を受けました。進路で悩んでいることなど、知らなかったので」

「あー、えっと、言ってなかったから…知ってたらエスパーすぎて怖いよ～」

「…はぁ。悩んでいるのなら、同じ大学に行きませんか」

「え？」

「同じ大学なら生活のペースも合わせやすいでしょう、あなたなら勉強を続ければ合格圏内に入れます」

「えっと…」

「なにか不満が？」

「………………いや、そっか。…いいかも」

にやけそうな口角を片手で抑える。気づいてしまった。とんでもなく、嬉しいことに。勘違いだったらどうしよう、いや、このまま、勘違いのままでいさせて欲しい。

「それなら話が早い。明日から勉強ですよ、朝8時からみっちりと。いいですね」

「…うん」

ああ、この子は。あたしは。お互い、相手が離れることなど一時も想像してなかったな。

そうか、あたし、隣にいてもいいんだ。こんな私でも、この子は私がいない未来を想像したことがないんだ。

「…？何してるんですか？」

ドアを開けられる、薄暗い更衣室に漏れる真夏の太陽は逆光として由里香を照らす。

「ううん、なんでもない。行こっか、バス乗り遅れちゃうしね」

「ええ、そうですね。」

今日という日もまた、青春の一瞬として朧気で粘土で塗り固められたような記憶になっていくのだろう。白い砂浜に足を埋め、水面が反射する光に照らされたあなたの姿も。

それでもあたしは覚えてる。

瞼の裏が焼けるほど 貴女という光が眩しかったことを。

この鮮烈な感情はなんだろう、夏の暑さに似た心地。

でもきっと、これが夏の終わりなんだと。

鮮やかな夏の思い出は、暗いトンネルが蓋をしてしまった。

🏝🫧🌿