🎋雨とあなた、色づくあたし
シナリオ:たまき
☀️💫
7月某日、アルカンシエル学院中等部にて。
衣替えの時期も終わり、考査期間という恒例地獄を乗り越えた生徒達は既に夏休みの予定へと思いを馳せていた。
小鳥のように盛り上がる同級生を横目にふわ…と月夜は小さく欠伸を零す。
先程までのホームルームでは殆どを居眠りで過ごして居たため、必要最低限の情報以外獲ていない。
未だにふわふわと微睡む思考の中で担任が告げていた内容を思い返す。
この後は確か終業式が行われるはずだが、その際にこの学院特有の催しも並行で開催される。
終業式の日に少女達だけで行われる天体観測。どれだけ面倒だと思っていてもこの行事だけは8割……9.5割ほど強制イベントであるため、不参加することは難しい。
魔法少女時は相棒である花園は昨日、瞳をキラキラと輝かせながらシエルのメンバーへ全員で集まって見ないか?と誘いを持ちかけていた。
『良ければ皆様と一緒に見たいんですの!長期休暇を挟んでしまえばこれまでのように会うタイミングって減ってしまいますし…いかがかしら?』
『は、はゆるはどっちでも…そもそも出ない方がアレなので…皆が見るなら……つぐちゃんは、どうする…?』
『わたし…』
こちらを見つめる翡翠色と濃い桃色の瞳をぱち、と瞬きを添えて見つめ返す。2人の瞳に反射した自分の顔は、相手にどう思われていただろうか。
ふいに過ぎったそんな思考から目を逸らし、月夜は席を立つ。
天体観測を行う前にもう1つ、9割ほど強制で行われるものはまだ存在するのだ。
(人、多いな……)
講堂は先程教室に居たクラスメイトよりも更に多い女生徒達で溢れかえっていた。
皆担任に急かされたのか、それとも人の少ない時間帯を狙おうとして重なりすぎてしまったのか。
何とか人の隙間を縫うようにし、月夜は目的の場所まで足を進める。
終業式と時期が近いから、という理由だけで天体観測と併せて大きな笹が何本も飾られている。
風紀委員会と学級委員会に所属する生徒たちの手によって色鮮やかな装飾が施されており、床には枯れた笹の葉1つ落ちてないのは真面目な彼女の管理だろうか。
キュッキュと少女達の声よりも高いゴムの擦れる音を聞きながら更に奥へと足を進める。
この先には短冊があり、昨日『せっかくですしわたくし達も短冊、書きましょう!』と発案した彼女の願いを叶えるためにも短冊が必要なのだ。
(願いって言っても……)
今の自分が願うべきことは何なのか。先日の戦いでそれぞれ考える部分もあったらしく、少しの間ぼんやり気まずい空気も流れていた。
幸せになることが私が願うべきことだろうか?私が幸せだと思うことをこの紙切れの願いに書くことくらい、許されるだろうか。
『───1番嬉しい時に一緒に居て欲しいし、つぐちゃんにとって1番嫌なことがあったらはゆるが無くすよ。』
『つぐちゃんにとって良くない世界なんて、はゆるも要らない』
普段は人の視線から逃げるように目を逸らし続ける幼馴染が真っ直ぐこちらを見て伝えてくれた言葉が過ぎる。
純度100%だからこそ他から見れば異常な程に重い愛情だとしても、月夜にはその重量が心地好いものであった。
そんなふわふわとした心地のままで目に入った短冊へと手を伸ばす。
その時、ちょんと触れる誰かの手のひらと感触と「あ!!ごめんね!?!」と飛び出した声に視線が向く。
「いえ……別に大丈夫です」
「いやいや!よく見てなかったあたしも悪いって!」
そう言って1枚捲り、それを「はい!」と笑顔で渡して来るのは村崎だ。
2人の間に面識は無いものの、体育祭の時に明日の近くに体育委員である2人が近くに居たことから何となく顔だけは認知していた。
「ありがとうございます」と短冊を受け取れば「月夜さん、だよね?名前間違ってたらごめん!」と返され僅かに目を見開く。
「なんで名前……」
「前に保健室行った時に明日先輩とー……あの人!バトミントン部の花園先輩!が話してるの聞いて!」
「あぁ……なるほど?」
自分の知らない場所で行われていたという会話の事実を知り、モヤりと小さな蟠りが生まれる。
その正体に少し首を傾げていれば、「ね、月夜さんはお願いなんて書くか決めた?」と質問を投げかけられる。
「え、」と小さく声を零せば「あたしも迷っててさー」と続けられる。
「この間のテストで赤点回避!も捨て難いし部活で優勝!も大事だからさー……」
うんうんと唸りつつ村崎は指折り願い事を考える。
「だから参考で色んな人にちょっと聞いてて!」と告げる村崎へ口元に手を当て、月夜は小さく唸る。
「わたしも迷ってるから参考にならないと思いますが…」
「全然いいよ!あたしも言った通りだし」
「…………まぁ、書くとする、なら……」
向けられた笑顔があまりにも眩しすぎるので口にすることを一瞬躊躇う。
だが同じくらい『このくらいなら話してもいいのかな…』という気持ちが顔を覗かせた。
ぽつぽつと願い事を伝えれば、ふんふん…と聞いていた村崎は「それ、いいね!」と変わらない笑顔で返す。
「月夜さんの真似っこみたいになっちゃうけど、あたしも近いこと考えてたからさ。もし大丈夫だったら参考にしてもいい?」
「構いませんよ……むしろ、参考になりましたか?これ」
「もちろん!」
パっと笑みを咲かせる村崎を見つめ返せば終業式前のチャイムが鳴り響く。「あっ」と声を上げたのは村崎だ。
「じゃああたし、戻るね!話せてよかった!ありがとう!」
「……なら、良かったです。わたしも戻りますね」
村崎が挙げた手に対し、ほぼ反射的に手を挙げて返せば「またねー!」と慌ただしく彼女は去って行った。
ぼんやりとその後ろ姿を見つめ、月夜も自身の教室へと足を進めた。
💜🎋💛
🎋🌌
「月夜さん!こちらでしてよ〜!!」
「きょー、もう少し声…」
月夜を見つけた花園が軽く手を挙げ、こちらこちらと手招きする。
チラチラと集まる視線を気にした小栗から宥められ、ハッ!と花園は口元に手を添えていた。
そんな2人を穏やかな表情で見つめる彩白と紅椏鳥に対し、人の視線からその身を守るように背を更に丸め「おゎ……」と蚊の飛ぶ音よりも更に小さな声で呟く明日がそこには居た。
「ごめんなさい、遅くなって…!」
何とか人の間を縫うように抜け、月夜も集合場所へ到着する。花園からの提案をシエルのメンバーは快諾し、それぞれ短冊に願いを書き終えて集合していた。
背を丸めたままの明日の元へ寄れば、彼女も桃色の短冊を強く握りしめていた。
(……はゆちゃんは、なんてお願いしたのかな…)
その手元に書かれた願いの中に、自分との未来は書かれているのだろうかという淡い期待が湧いてくる。
ソワソワと落ち着かない気持ちをどうにか誤魔化そうとしていれば、「2人とも飾りに行っとく?あたし達もそろそろ行くよ」と小栗から声を掛けられる。
「…こ、小栗さんは何て書いたんですか…?千聖さん達はもう飾った後らしくて」
「あたし?……『もっとキレイなあたしになれますよーに』、かな」
黒く塗りつぶした箇所を親指で隠すように持ち、明日の問いに小栗は答える。
チラりと明日の手元の短冊が目に入ったのか「部活のこと?」と尋ねれば乾いた笑いが返される。
「願い事……じゃなくて意気込み、ですよねコレ……ご、ごめんなさい…」
「えっ、あっ、否定とかじゃなくて…!!その、部活動熱心なんだなーって思っただけだよ」
怒ってないことを伝える為に身振り手振りを添えれば納得するように「ああ…」と小さな声が聞こえる。
「ごめんなさい……早とちりして………その、部活熱心とかじゃなくて…これ、片付けるの……先輩たちなので…こう、け、決意表明的なことをしておいてるだけです…」
「?……あー…なるほどね、理解」
「媚びでは無いんですが………流石に勉強か部活のことを書かないとまた怒られそうで…はぁ……」
「さすがにそこまでは〜…っと、ごめん。呼ばれたから一旦あたし向こう行くね」
脳裏に先輩の顔が過ぎる度に叩かれていないはずの背が痛む気がして、明日は丸めていた背を少しだけ伸ばす。
そんな彼女を心配を込めて見つめていれば、「つぐちゃんは何て書いたの?」と返される。
「わたしは……一応、こう書いたよ」
僅かに力を込めて皺になった部分を少し伸ばし、明日へ短冊を見せる。
覗き込んだ明日は「はゆるも良いと思うな、そのお願い」とへにゃりとした笑みを浮かべて返した。
「でも良いのかなって……その、わたしのこと…」
「……つぐちゃんのお願い事だもん。つぐちゃんがこうなったらいいなーってこと、書いていいんだよ」
ね?と告げる彼女へそっか…と小さく呟く。手の中の重みが少し軽くなったような感覚を覚えたが、何となく浮かんだ疑問だけが心の中に居座り続けていた。
「…は、はゆちゃんは……その、書いた以外のお願い事って…あるの?」
はくはくと口を動かしてから疑問を明日へ投げかける。
彼女の願う未来に自分は居るのか。自分達が願う白く染め上げた世界が本当に幸せで居れるのか……肯定して欲しかった。他の誰でもない、彼女から。
そんな月夜のことをパチパチと数回の瞬きの後に見つめ、明日は「無いよ」とハッキリ告げた。
「だって、はゆるはつぐちゃんが幸せでいれる世界に必ずするよ。そこではゆるがつぐちゃんを幸せにするの。」
「何がなんでも叶える……ううん、するの。つぐちゃんを幸せにするのは星でも世界でも誰でも無く、はゆるだよ。その為なら今の世界だって壊せるからね」
えへへ、と人前で決して見せない尖った歯を見せながら目の前の彼女は微笑んだ。
先日の戦いで彼女にも心境の変化が訪れたのかは分からない。だが、それでも明日は月夜の幸せを約束してくれた。
「…うん。幸せにしてね、はゆちゃん。わたしもはゆちゃんのこと、幸せにするから」
へにゃりと眉を下げて目を細めて答える。そっと差し出された手を重ねれば、するりと指を絡めて握りしめられた。
その温度が何よりも手放し難いものであると月夜が1番理解していた。
「もちろん。はゆるはつぐちゃんと一生幸せでいるよ」
ふわふわと微睡むような幸せに頬を緩めていれば、「見て!流れ星!」と誰かのはしゃぐ声が周囲では響いていた。
🩷️💫💛
「先輩!ほら!あそこですよ!!あの天の川のちょっと下!」
「ん〜……?わっ!あったのです!キラキラ〜ってきれ〜なのです…!」
天の川を指さし、キャッキャとはしゃぐ媛咲へ「ね!」と笑顔で返したのは村崎であった。
横では久世が僅かに船を漕ぎかけており、「ちょっと」と揺さぶる菅原へ普段以上にフワフワとした相槌を打っていた。
「晴れて良かった〜!流れ星ってかなりレアだし!」
「ふふ、確かにそうですね。……そういえば結ちゃん。短冊のお願い事、決まったんですか?随分悩んでいらっしゃいましたが」
普段以上に瞳を輝かせる剣城へ優しく笑みを浮かべ、その表情のまま朝倉は村崎へ問いかけた。
他の魔法少女部員達は既に短冊を飾り終えていたが、村崎は「もう少ししてから!」と話していたことを知っていた。
「あ!決まりましたよ!ある人から参考にさせて貰ったんですけどね」
「願いが重複してはいけないという規則はありませんわ。結ちゃんが参考にされたというその方の願いを見て、影響を受けたのは良い事ですもの」
「えへへ、ありがとうございます!」
パッと笑顔を返せば「何て書いたのか聞いてもよろしいですか?」と朝倉から続けて問われる。
「えーっとですね。あたしが書いたのは───────」
涼風がそれぞれの間を吹き抜けていく。夜空に輝く星々に、どれだけの願いと祈りが込められて来たのだろう。
サァッ…と揺れる笹の中、色とりどりの短冊の中で紫色と黄色の短冊が揺れていた。
『生きやすい世界になりますように』
全てに平等で平和に満ちた白い世界かもしれない。
それぞれの個性で溢れた色とりどりの世界かもしれない。
自分たちにとってどちらが生きやすい世界なのか。それは誰かを傷つける世界なのか。何も分からない。
(だから、少しでも)
私たちにとって、生きやすい世界でありますように。そんな至極当然の平和な明日を少女たちは願っていた。
🌌🌅
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