虹のソルシエールたちへ

🌈虹のソルシエールたちへ ハーフアニバーサリー

🤍🏙

日に日に暑さを更新していく屋外とは違い、この真っ白なビルはひんやりと冷たい。

外では腕まくりをして風を仰ぐサラリーマンや、冷たそうなコーヒーとスマートフォンを手にして足早に歩くOLの姿。それらを尻目に、衣替えをして顕になった前腕を肌寒さで擦りながら自分も目的地へと急ぐ。

いつも通りの廊下、いつも通りの扉、いつも通りの面子………？

今日は少し違っていた。今まで1度も顔を見せなかった社員が窓の外を見ており、いつも顔を合わせる仲間たちは皆居心地が悪そうな顔をして下を俯いていた。

「これで全員でしょうか、彩白祈さん」

「…あぁ。はい、遅れてしまってすみません」

遅れてはいない、いつも通りに来たけれど、でもなぜだか、謝らなければと反射的に思う声色だった。

シワひとつない真っ白のスーツを纏う若そうな男性は窓に向かっていた体をこちらに向き直し、品定めするように一人一人を見た後にため息をついた。

誰も口を開く勇気が出ない。どうして突然姿を現したのか、今日は何か用事があって来たのではないか、そう問い質す言葉が口の中に残り続ける。

疑問を持つことすら間違っている気がして口の中にある言葉を歯ですり潰すと、頭が沸騰しそうな苦い味がして、口にぎゅっと力が篭もる。

「本日は視察に伺いました、みなさん、お元気そうでなにより」

言葉一つ一つが冷たく、重い。心臓に皺が寄る感覚がする。きっと、あとに続く言葉は。

がんばってることは分かってる

「皆様が我々と同じ目標を目指し、努力していることは報告で確認済です」

結果を出さないといけない

「しかし…今のままでは正直厳しいですよ」

これは全部、私たちのために言ってる

「このようなことは言いたくないのですが。しかし、同じ目標を志す同志として、手を尽くしていただければと思います」

「1年と半年…これだけ時間と支援を提供しているにも関わらず、私が来る時には"作戦"ではなく、衣替えの談笑で随分と盛り上がっていたようですが。おかしいですね…我々にはなんの報告も上がっていませんよ」

「…ッ！あ、あの、大丈夫です。今日こそ魔法少女部をどうにかします…！」

「そ、そうですわ！今日の私たちを信じていただければ必ず…！」

紅椏鳥と花園は社員の棘を感じる言葉にも必死に食らいつき、仲間のフォローに回る。しかし、ふたりの言葉をため息一つで払い除け、怒気と呆れが籠った溜め息にビクリと肩を大きく揺らす明日と月夜。

「ああ、大丈夫ですよ」

「あなた方に頑張って頂いても、どうにもならないと分かったので」

「あ…う………ご、ごめんなさい…」

「はゆちゃん…」

ストレスに人一倍弱い明日がぽろぽろと涙を止めようと必死になる姿に、月夜が涙を掬い、慰める。そんな女子生徒2人の姿に目もくれず、社員は話を続ける。

「本日は魔法少女の力を試験して頂きます」

「…テストってことですか？」

「はい。変身後、この液体に魔法を使う容量で力を込めて頂き、物体にふりかけてください。くれぐれも人間にはふりかけないように、後処理が面倒なので」

封がされた試験管を渡される。中には透明な液体が入っており、触れると少し冷たい。生理的な意味合いで悪寒が走り背中が震える。全員が試験管に目を移し、不安気な色を隠さない。

「それでは、ご武運をお祈りしています。」

一方的に用事だけ済ませて、質問の時間すら設けずに社員は出ていった。ドアが閉まる音が静かな部屋の中に響く。音が止み、暫くは誰も言葉を発せず、ただ試験管に目を離せなかった。

生半可な気持ちでここまでやってきた訳じゃない、みんな本気で世界を変えたい、ただ、この現状に疲れ切ってしまっただけ。こんなものに手を出してしまったら、後には戻れない気がする。

「………明らかにやばそーな薬…？だよねぇ………んー…でも、まぁ…赤信号だって、みんなで渡れば怖くないって言うじゃん…？」

重たい雰囲気に終止符を打ったのは小栗の一声だった。彼女の声は緊張を隠せず少し震えている、なんとか細く、頼りないことか。しかし、その緊張は全員が共感できるものだった。

だから、彼女の言葉に誰も異議を唱えることも、見捨てることもない。

私たちは、私たちのために、"わたし"という存在をまっしろにしなくてはならないのだ。

🖤🌇

今日もいつも通り学校に行き、授業を受け、友人と他愛ない話をして、家族の元に帰る。いつもと少し違うところが生まれるとするなら、魔法少女に変身して世界を救っていることくらいだろうか。

いつも通り魔法少女に変身し、騒ぎを起こしている元凶へと向かう。いつも通りなら、6人の白い魔法少女たちと大きな怪獣と対立するはずなのに。今日は怪獣が居ない、白い魔法少女たちの目つきや雰囲気もいつもよりも鋭く、冷たい。

ACTが「今日のミッションは一筋縄ではいかなそうだね」とぽつり、零れたところでキャンバスがこちらに気づいたのか振り返り、いつも通りの薄らとした笑みを浮かべる。

「こんにちは。今日はね、プレゼントがあるの」

そう言って取り出したのは透明な液体が入った試験管だ、キャンバスが握りしめると液体は白く変色し、その変化に魔法少女部の全員が気を取られている。

キャンバスは丁寧に、ゆっくりと試験管に蓋をしていたコルクを外し、道端に落ちていた石ころに液体をかける。

試験管の縁から最後の1滴が落ち、石は液体で濡れ、自身の色を濃くしている

瞬きをした次の瞬間。

石は地面に体を打ち付けカタカタとひとりでに動き始める。大きさは次第に元の体積を優に超え、街路樹を薙ぎ倒していく。巨体は雪を纏い、頭と認識できる部位に生まれた眼差しは簡単に恐怖を植え付ける。それは魔法少女達を見下ろし、咆哮を始めた。

石の怪物は体がひりつくような咆哮をした後、魔法少女部相手に大きな拳を振り上げる。

「ちょっ…！」

ワンテンポ遅れてしまったヴェノムは声をまともに発する間も無く、悲鳴よりも先に体が地面に叩きつけられ、鈍い痛みに呻くことしかできない。

呻く少女に目もくれず、シエルの魔法少女たちは淡々と、機械的に魔法少女部に襲いかかってくる。作戦でも立てていたように、それぞれが対峙する相手を引き付け、ヴェノムとトネリコを残し、皆その場から居なくなってしまった。

「ああ、もう、ここまで…」

横たわる魔法少女の手を握り、トネリコは巨大な石の怪物を見上げていた。

💛💚💙

「わぁ！ふふっ"ねつれつ"ですねぇ〜、でもぉ、これでぎゅ～ってできますねぇ」

「…っ！」

「エクレール…！」

ふうるが対峙していたのはエテルとエクレールだった。エクレールもエテルも手を緩めず、今までにない勢いで地面から茨が這い浮き上がり、星のように輝く矢はふうるの足元に狙いを定め息付く暇もなく飛び交っている。

ふうるはふわりふわりと踊るように2人の攻撃を躱すものの足は赤くなり、確実にふうるを痛みという毒の中に飲み込んでいる。そんな中でも2人の隙を突き、エクレールの手を握った。

エクレールはふうるの毒で魔法の手を止め、離れるために手を振りほどこうとするが、ふうるはいつも以上に力を込めて、エクレールが離れることを許さなかった。

「エクちゃん、どうしたんですかぁ？」

「な、にが…！」

「だってふたりとも、とってもくるしそうですよぉ」

「…！」

ふうるの言葉にエテルも攻撃の手を止める。図星を突かれたような、焦りと困惑で揺れる2人の瞳をふうるは見逃さなかった。

「ふうるは、だ〜いすきなひとがいるせかいをまもりたいんです。でも、それはエクちゃんたちがしたいこととは、ちがうんでしょう？」

「ふうる、かんがえたんです。ねぇ、シエルさんたち？ もっとおはなししませんかぁ？ ふうる、おはなしだいすきですなんですよぉ」

「きっとわたしたち、せかいのことをおんなじくらいたいせつにおもってるから、こんなことになっちゃうんですよぉ」

「せんぱいがいってましたよぉ、こうやって、てをぎゅ〜ってつないでおはなしすると、なんでもはなせるようなきになるんですってぇ」

「だから、そんなかなしいかおしないで？」

「わ、たくし、は。私、は…みんなに、大切なみんなに、こんなこと…させたく…」

「…ッ！エクレールから、離れて！」

エテルがふうるに矢を放ち、ふうるは咄嗟に後ろに避ける。エクレールはふうるから離された手の鈍い痛みに歯を食いしばりながら、エテルの元へと後ろに退く。

「今更話すことなんてひとつも無いんですよ。私たちに残された道はもう、世界を真っ白に変えるしかない。大切な人と一緒に、ずっと過ごすために、それしかないんです」

「………私は大切な人たちが、知らないところで苦しい思いをするところを見たくないんですの。苦しい思いをするなら、私も一緒に背負います。これだけは譲れない、私が決めた道でしてよ」

エテルとエクレールは強く手を握る。2人の瞳は揺れず、ただふうるを見つめている。ふうるの体には茨がくい込み動けず、ふうるも2人を見つめることしか出来ない。

「私が、私たちが諦めることはありませんのよ。だから、これからも戦い続けるのです。」

「………今日は星がとっても綺麗ですよ。満天の星の下で、少し眠っててください」

❤️🧡🩵💚

「くっ…！」

ミナカミの呻く声が漏れる。

白く染まった肩から鈍い痛みを感じる。ミナカミは隣にいる自身よりも酷く体力を消耗している様子の相棒を見て、限界が近いことを察する。早く蹴りをつけなければ、という焦り、絶えず続く肩の痛みで狙いが定まらない。

ミナカミの隙を見逃さない、鳥のように素早く、全てを燃やし尽くす魔法を繰り出すフェニーチェと、フェニーチェの援護に回り、2人に幻覚を見せ続けるソムニフェルム。ソムニフェルムの魔法で迂闊に魔法を繰り出せず、消耗し続けているアルカロレトロがいた。

((こんなに魔法を蔓延させたら…フェニーチェサンも、そろそろ魔法が回っちゃうなー…))

ソムニフェルムの予感が的中したのか、フェニーチェの機動力は落ちてきている。それでも攻撃の手を緩めないのは彼女の意地だろうか、それとも魔法に身を任せて体を休めることも許せないほど彼女の闘志が燃えているのか。

しかし、永遠と魔法を繰り出すことも、魔法を充満させることも出来ない。

先に膝を着いたのはソムニフェルムだった。

「…ッ！ソムニフェルム…！」

「やらかしちゃったなー…ごめん…」

ソムニフェルムが膝を着いたことで動揺し動きが止まったフェニーチェを、ミナカミは見逃さなかった。

毒矢がフェニーチェの肩を射る。発生された水に拘束され、毒の存在により掻き立てられる焦燥感に「ぐ…」と声が出て、ソムニフェルムの元で同じく膝を着く

四人が肩で息をする。吐息と弦が張る音が響く、膝を着いた2人の魔法少女に向かってミナカミが弓を構える

「ソムニフェルム…逃げて…」

「ほう、この状況でも仲間を心配するとは、殊勝ですね。しかし、逃がしませんよ。こちらも、仲間を傷つけられて………私は今、非常に憤っています」

「それに、絶対逃がさないよ」

アルカロレトロはソムニフェルムの手首を掴み魔法を発動したようで、ソムニフェルムもまた、アルカロレトロの毒によって炎症を起こし、膝ついたまま動けない様子だ。

「…どうして、こんなことするの。世界が変わるなんて恐ろしいことしたって、何も得なんてしないよ」

「あいにく、損得勘定で動いてる訳じゃないんだよね。あたし達はただ自由になりたいだけ、開放されたいだけ。綺麗な世界で素直に生きたいって、そんなにおかしなこと？」

ソムニフェルムはアルカロレトロの質問に対して、諦めたように微笑み、言葉を綴る。微睡むような声で、必死の想いを綴る彼女の思いも気持ちも分からない。だから相容れないのだ、世界が変わったところで自分たちを迎え入れてくれるのは破滅ばかりで、彼女たちの言う理想があるとは到底思えないから。

「あたし達は素直になりたい。でも世界が許してくれないなら世界を変えるしかない、正義とか悪とかじゃないの、あたし達が笑って過ごすために必要だからしてるんだよ」

「この世は、あなた達が世界の中心になって回っているんじゃない。自分で自分を変えられないことを世界のせいにして、子供のように駄々をこねるのもいい加減にしなさい」

反論するミナカミを強い目付きで睨みつけるフェニーチェの瞳はただ一点を見つめ、自分で決めた覚悟と同じく揺るがない。ミナカミもまた、律した己の正義の如く弾く弦をゆるめることは無い。

フェニーチェは大きく深呼吸をして全身に水が蒸発するほどの炎を纏う、ソムニフェルムもそれに習い、毒が回っているにも関わらず胞子を出し始める。

「起きたら綺麗な世界にしてあげるよ」

「絶対にさせない。明日も明後日も明明後日も、ずっと変わらない、同じ世界のままだよ」

「もう、不完全燃焼にはしたくないの」

「ならばその闘志ごと、私が激流で打ち砕いて差し上げましょう」

🤍🩷🖤

「わっ！？」

「ちょっ！！」

「あー！もう！！！」

ACTの焦った声が木霊する。キャンバスの雪や、コフレが体当たりで道を防ぎ、ACTの行動の邪魔をするからだ。

ACTの目的はただ一つ、トネリコと合流し、トネリコを安全な場所へと避難させることだ。戦い始めてからずっとしてきた、トネリコとこんなに長時間離れたこと自体なく、頭がエラー表示で埋め尽くされている

キャンバスやコフレはACTの行く手を阻み、どんどんトネリコがいた場所から離している。焦りからどんどん振りかぶる力が鈍くなる。

「ちょっと！邪魔なんだけど！？」

「あ、あの人のところに行くんでしょ！？ぜ、絶対行かせられない…！」

「うん、わたしたち、あなたの足止め係なんだよね」

2人の言い分を聞き、ACTは胸騒ぎがした。今回のシエルは計画を立ててこちらに挑んできている、普段よりも圧倒的に力の差を感じる怪人、予め作戦立てをしていたのであろう人選でのタイマン勝負。

ミナカミとアルカロレトロは赤い魔法少女たちに、ふうるは黄緑と黄色の魔法少女たちに、そして私はいまコフレとキャンバスに行く手を阻まれている。ヴェノムは気絶していて………つまり、今怪人の相手をしているのは、トネリコ？

焦りで息が上がる。魔法少女は常人ではありえない力を持っているが、怪人もそうだ。それにトネリコの魔法は戦えない魔法、魔法を使わない彼女でも、動けない彼女でも、怪人と渡り合えることなんてありえない、だからミナカミや自分がいるのに。

「いきなりハードモードに切り替えとか、冗談でしょ？！…あー、もう！面白そうじゃん…！」

「………いいね、あなたは。人生がゲームみたいに楽しそうで」

「…は？」

「キャンバスさん…？」

キャンバスは雪の生成を止め、ACTをじっと見つめる。彼女の黒く透明な瞳にACTの姿が映し出され、彼女の黒とACTの黒が混ざり合う。

「何がそんなに愛おしいと思えるの？どうしてこの世界で楽しく生きられるの？この世界は苦しいことばっかりで、私たちのこと、少しだって好きになってくれないのに」

「えー…世界の事情とか知らないよ！いつも片想いなのは当たり前じゃない！？」

「愛おしいって、えー……あたしは、君たちが好きになれないこの世界で最強になりたいんだよね。あたしは、世界諸共守り抜いて、その先にいるあたしに恋してる…とか言ったら、恥ずかしいけどさぁ…」

「その先のレベルアップしたあたしに会うために、君たちを今ここで倒さなきゃいけないんだよ。お姫様を守るのはいつだってプレイヤーのお仕事だしね、このボス戦、勝たせてもらうよ」

キャンバスは静かにACTを見つめ続ける、空虚を孕む瞳に映るACTはこの世界の主人公であり、キャンバスには到底理解できない存在だった。反論もせずACTを見るキャンバスよりも先にダムが崩壊したのはコフレの方だった。

「意味、わかんない………意味わかんない゛！！」

「なんでコフレたちの邪魔ばっかりするの！？コフレたちは悪い世界に見放されちゃったから、悪い世界を治そうとしてるだけじゃん！！悪いところを治すのがそんなに気に入らないの！？」

「さっきから、片思いとか、恋とか、お姫様とか、意味わかんない！！コフレはコフレの好きなものだけでいいの！お姫様も片思いもいらない、そんなのコフレ好きじゃないもん！！」

「コフレたちは悪くないのに、コフレたちを悪く見るのはキミの都合でしょ？ あーあ、かわいそう…そう、可哀想なんだよ、キミ。だからね、コフレたちが治してあげる、悪い世界に染められちゃって、真っ黒になったキミを、治してあげるよ」

「うん、うん…だって、真っ黒より真っ白の方がいいって昔から言われてるし……ねぇ、真っ白になろう？怖いこと言わないで。真っ白になって、誰も否定しない、みんな優しくて幸せな世界に行くんだよ。」

「治す気がないなら、邪魔するなら、否定するなら、許さない。コフレはコフレにとって良い世界に治したいだけなんだから、コフレたち、何も悪いことなんてしてないんだから」

「…そうだね、真っ白になれば、あなた達も私たちもみんな一緒、何も怖いことなんてないよ。綺麗で、寂しくない世界」

「そんな世界になったら私たちも愛せる気がするの、世界を。だからね…邪魔、しないでね」

キャンバスがACTに手を向け、魔法の準備をする。

コフレもACTを見つめ、目を離さない。

深呼吸をして息を整え気持ちを落ち着かせたACTは二人を見て口角を上げる。

「いいよ、かかってきなよ。あたしは絶対に負けない、きみたちがあたしよりも前に行くことなんて、させないからさ」

💜

体は土だらけで、髪型も崩れてツインテールのようになってしまった。魔法少女は血を流さない、しかし、肌が露出した部分は擦り傷だらけで、自分で見ても痛々しい。

頬に着いた土を拭い、戦況を確認していく。

ふうるさんは倒れていたところを起こした、目がチカチカするらしく、意識もまだ朦朧としている。

ミナカミさんは膝をつき、アルカロレトロさんはミナカミさんを支えてこちらに向かっていたようだ。2人とも意識はあったけど、どちらも満身創痍だ。

ACTさんは木にもたれかかり「あー…ごめん…もうちょい、強くなんなきゃなぁ…」と言って苦しそうに笑っていた、意識はあるようだが体力の消耗が激しい。

シエルの魔法少女は向かった時にはおらず、恐らく怪人の元に向かったのだろう。

先輩に言われたとおり、作戦を説明する。

ミナカミさんとACTさんに問い詰められた時は焦った、私も聞かされた時はびっくりしたし、それに関してまだ納得もしてない。でも、やるしかない。

シエルの人達にはシエルの人達の理想があるけど、その通りになるのは見過ごせない。だって、そうなったら今の、私の大切な日々が全部崩れちゃうってことでしょ？

お母さんもお父さんも、クラスメイトも、大好きなものは私が、私たちが守らないと。こんな怖いことになるなんて思ってなかったけど、それでも立ち上がらないといけないのが魔法少女だって、先輩も言ってたし。

合図を出すために遠くから先輩を伺う。先輩の予想通り、シエルの魔法少女たちと怪人が先輩を取り囲んでいる。

「これで大丈夫なんですね？先輩…」

♡♡♡

「はぁっ、はぁっ…どういう、こと…！？」

口から疑問が漏れたのはフェニーチェだ。標的の魔法少女はあと一人、それなのにどの魔法少女よりも苦戦を強いられている。

フェニーチェの炎も、エクレールの茨も、エテルの星の力も全て避けられる。キャンバスとソムニフェルムはもう魔法を出す体力は残っていない、コフレは彼女の動きについていけず、キャンバスとソムニフェルムを介抱している。

「…ふふ、今日のところは見逃していただけませんか？これ以上、魔法少女ちゃん達の疲れた顔を見るのは、私の望みではありませんので」

「そんなの、無理に決まってますよね…！」

「やっと返事してくれましたね、でも、その返事は少し悲しいですわ。もっと楽しいお話がしたいのだけど…」

エテルの拒否にころころと微笑み返すトネリコは一切攻撃をしてこない、そもそも彼女に攻撃する手段はない。それに、どうやっているのか分からずとも避け続けるのも時間の問題。

そんな様子を伺い、キャンバスが力を振り絞り立ち上がる。ふらつきながらもトネリコの前に立ち塞がり、トネリコを見据える。

「もう、これ以上邪魔をしないで。私たちはね、この世界を真っ白にして、やっと世界を…私たちを愛せるんだよ。」

「これが私たちの愛し方なの、理解できなくて当然だよね。だってあなたたちは、もう持ってるんでしょう？私たちが持ってないものをたくさん。私たちも、それが欲しいだけなの」

トネリコに手を差し向ける。キャンバスが魔法をだす合図だ。それと同時に雪を纏った怪人も、咆哮を上げてトネリコに対して拳を振り上げる

「あなた達が、ここまで追い詰められているなんて…予測していませんでした、ごめんなさい。でも、自分を大切に思う気持ちを利用される姿を、見たくないんです。」

「だから、私は…あなた達があなた達自身を許せなくなる前に、どんな手を使っても、何度でも止めてみせます。だって、私は…」

「魔法少女ちゃんが何よりも大切ですから」

キャンバスが目を見開き、驚きの表情を隠せずにいる。怪人もキャンバスに連動するかのように動きを止めてトネリコを見据える。

キャンバスだけでは無い、フェニーチェも、エクレールも、エテルも、ソムニフェルムも、コフレも、皆一様にしてトネリコから目を離せずにいる。

ぽたり

ぽと、ぽと

「………こんな姿、あなた達に見せるなんてお恥ずかしいですが…なりふり構っていられませんものね」

トネリコが言葉を紡いだ次の瞬間、空に一閃の紫が飛ぶ。しまった、と思うには遅かった。紫を合図に、青緑が怪人を包み込み、水色と緑が交じり合った矢と、大きな黒が怪人を討つ。

怪人は咆哮を上げた次の瞬間、白い粒子になり弾けて消えていく。

「次は、ゆっくりお話しましょうね」

トネリコの言葉が届いたかどうか。エクレールの「お、覚えてらっしゃい！！！」という言葉を皮切りにシエルの魔法少女達はその場を去り、入れ替わるように魔法少女部の魔法少女達がトネリコに駆け付ける。

「あらあらまぁまぁ…皆さん、そんなにボロボロになって…申し訳ありません、私の力不足で…」

「いや！！それよりも！！血、血が出てるって！！！」

トネリコは鼻から血を流し、地面を僅かに濡らしている。ミナカミは俯き、何も言えずにいる。ふうるはわたわたと変身を解除し、ポケットに入れたティッシュを取り出し紙を取り出すことに必死だ。ヴェノムは気まずそうに自分のステッキを握りしめ、アルカロレトロは心配そうにトネリコを見つめている。

「と、と、とりあえず！座って！で！！どういうこと！？」

トネリコを無理やり座らせ変身を解除した絹が説明を求めると、トネリコは怜優から受け取ったティッシュを鼻に当てながらにこやかに、簡単に説明した。

「今回は非常に難しい戦況でしたので、少し頑張っただけですよ。普段は5人分を観測しているので指先を動かすしか出来ませんが、私の数秒後を予測する程度であれば、少しは体の自由も効かせられます。」

「万が一体が動かずともほんの一瞬見る程度で済みますから、避けてる途中で体が動かずともその分まで取り戻せばいいだけですわ」

「その結果の流血ですか？」

「このような使い方に負担があるのは否定できませんが。この程度で戦況を変えられるのであれば、致し方ないことです。あなたの掲げている主義と似ているでしょう？それにこれが初めてではありませんから、鼻血程度なら後遺症などは心配いりません」

「………二度と、こんな真似をしないでください」

絞り出すように言葉を紡ぎ、変身を解除した由里香はそのまま去ってしまった。ほかの部員も続けて「そうだよ！」や「そうなのです…！」「3回目は先輩と一緒に、あたし達も怒りますからね」などの由里香に同調する意見が飛び交う。

「ふふ、ごめんなさいね。…さてと、血も止まりましたし、反省会は明日にして今日は帰りましょう。今日はたくさんのことがあって疲れちゃいましたね」

暁のけろりとしたいつもの微笑みに部員たちは呆れながら返事をする。今日も世界の平和を守った少女たちは少し短くなった制服の袖に肌寒さを感じながら、夕闇に溶けていった。

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シエルに帰ってきた女生徒達は誰も言葉を発せず、ただ静かに白い部屋の中で座ることしか出来なかった。

長い沈黙を破ったのは扉が開く音。開く音に全員の方がすくみ、更に下を俯いたり、開いた先を見上げたりとそれぞれの反応を見せる。

「お疲れ様です、申し訳ありませんが今日はお引き取りください。報告は後日伺いますので」

扉を開けた本人は手短に話を終え、また部屋を去った。

「「「「「「え…？」」」」」」

全員が全員、同じことを予想し、それに対して鬱蒼とした感情を抱いていたため無反応を貫くことが出来なかった。これが良かったのか、悪かったのか。疑問を抱きながら皆カバンを持ち上げ、部屋を後にする。

いつもどこにいるのか分からない社員たちが慌ただしく行き交う廊下を邪魔にならないようにそそくさと早足で歩いていく。

「…あら？」

「………あれ？きょー、どしたの？」

すれ違った誰かを目線で追い、立ち止まった馨子に気づいた芥が声をかける。馨子が目で追った人物は直ぐにシエルの社員に囲まれてしまい、なぜ気になったのかすら確認できなくなった。

「…いえ、なんでもありませんわ。早く帰りましょう、今日は少し…疲れてしまいましたから」

「たしかに〜、ストレスはニキビの元だよ〜」

「ふふ、そうですわね」

ほんの少し歪な頬笑みを浮かべた芥と、彼女の気遣いを受け取り少し微笑むことが出来た馨子。2人の様子を伺い、6人の空気の糸が緩む。口々に冗談半分で今日の愚痴を言い合い、帰路に着く。

薄くなったスカートが夜風を受けてふわりとなびく。今日も変えられなかった息苦しい世界を睨みつけ、少女たちは夜が落とした黒に染められていった。

🤍🖤