🫖紅茶は乙女の嗜み
☕️💭
桜が咲き、ほんのり冷たい風が頬を掠める季節になる。普段の顔ぶれこそ変わらないが、新学期というのはやはりいつだって新鮮な気持ちで身が引き締まる想いになる。
そう、身が引き締まるらしい。特に校門前に立つ彼女は。
「そこ!リボンをつけてこないとは何事ですか!」
朝から凛とした声が校門前に響く。寸分の乱れを見せない彼女は幼い頃からの親しい仲であるが、彼女が身を引き締めない時など昨今見たことがない。
「小さい頃は後ろに隠れる小動物みたいな可愛さがあったんだけど…すっかり立派になったなぁ……」
誰にも聞こえない、誰に話す訳でもない独り言をつぶやきながら自身の前髪やリボンを正し彼女の前に笑顔で登場する。彼女に映る自分が綺麗で1番でいられるように。
「ゆっちゃん!おはよ〜」
「おはようございます」
会って早々全身チェックが始まり、由里香のお眼鏡に叶ったようで千聖は由里香の鋭い視線から開放される。他の生徒にとっては教師よりも警戒されるような視線でも、千聖にとっては少し特別に感じるらしいようで、上機嫌な千聖を由里香は不思議そうな目で見ている。
「今日も朝の当番?…というか、毎日立ってる?よね?たまには一緒に登校しない?」
「皆の服装を朝にチェックすることで、皆が朝から規律正しい毎日を送れます。それに結局注意するのであれば早い方がいいでしょう」
「あ〜…たし、かに…?」
由里香の届きにくい優しさに首を傾げつつも納得するフリをする千聖、この思想にあまりピンときた試しはないが、彼女の家柄などを考えたら当たり前なのだろうと自分の考えにケリをつける。
千聖が首を傾げている間にも由里香の視線は止まらず、話している間にも5人程度服装について指導が入っているようだ。「新学期だからといって皆、気が緩んでいますね…」と由里香が苦言を呈すが、そんな言葉をかき消すような人物が登校して来たようで2人で視線を向ける。
シャツや制服にはシワのひとつもなく、靴も新品のように磨かれている。女子の毎朝の敵である髪を乱す風すら彼女の嫋やかさを演出する道具に過ぎない、由里香が認める数少ない模範的生徒の登場だ。
「おはようございます。紅椏鳥さん、菅原さん」
花をも恥じらう笑みを向けられ、由里香は平気そうだが千聖は少し視線を逸らして挨拶を返す。朝倉暁は2人の反応の違いを意に返さずいつも通りこちらが恥ずかしくなってしまうような褒め言葉を忍ばせながら世間話を始める。
永遠と彼女のターンが続いた後思い出したかのように笑みを深め、話を切り出す。
「あぁ…!そうでした、お誘いしたいことがありまして。次の週末、私の為に時間を少し頂けませんか?」
彼女からの提案に目を丸める幼なじみ2人。かれこれ5年程度の付き合いになるが、受け身な印象を持つ彼女からの誘いは稀有なことだ。それだけなにか大層な理由があるのか、彼女の穏やかな笑みからは想像がつかない。
「頼み事なんてめ…いえ、なんでもありません。なにかあったんですか?」
「うふふ、少しお力添えが頂きたくって」
「うーん…まぁ予定は空いてるし、ゆっちゃんは行くでしょ?なら、行ってもいいかな」
「そうですね。私も予定はありませんので、朝倉さんがそこまで言うのであれば…」
「うふふっ、ありがとうございます。それでは待ち合わせは澄色駅で、朝11時…でも大丈夫ですか?祈さん?」
「えっ?あ、うん、大丈夫だよ」
風紀委員として当番の日程通りずっと由里香の隣で立ちながら話を聞きつつ気配を消していた祈は当たり前のように話しかけられて驚いていた様子だった、いつも間にか頭数に数えられていたらしい。
強引さを感じつつ彼女に"協力"することになった3人は詳細を知らされないまま週末を迎えた。
🍰
「ごめんね、少し遅れちゃったかな?」
「いえ、2分前です」
「あたしたちがちょっと早かったってだけだからさ!大丈夫だいじょうぶ」
「皆さん揃いましたね、週末にわざわざありがとうございます」
和やかな雰囲気で集合時間よりも前に集まれて由里香も少し満足げのようだ。その後、暁について行くようにして3人は電車に乗り、桜の名所とも呼ばれる場所に佇む、学生では入ることはないであろうホテルに通される。
変に度胸があるのか特に関心がないのか、千聖以外の2人は暁に習い歩みをとめない。特に何も話さないが視線を泳がせる由里香と、「こういう所って床がふかふかしてるよね」と千聖に定期的に話題を持ちかける祈。とうとう痺れを切らした千聖が暁に話しかける
「ちょ、ちょっと待って。あたしたち、これから何するの?」
「うふふ、そうですね…お茶会に参加して頂きます」
「お茶会…?ならこんなに遠出しなくても…」
「ドレスを着て」
「………え?」
焦りが顔に現れる、この人、なんて言った?思わず自分と同様に連れてこられた2人を見ると由里香は眉間手を添え溜息をつき、祈は「そっかー」などと現実を受け入れ始めている。そんな現状が理解出来ず、思わず口をついてしまった。
「いや!おかしいでしょ!」
🩵💙♥️🤍
🩵🍪
朝倉さんのいつも通りと呼べる突飛な行動で参加したお茶会は想像よりも居心地が良く、同席したクラスメイトもなんだかんだで楽しんでいるようだ。
………特に、千聖は最初こそ動揺が隠せずソワソワと落ち着かない様子だったが、提供される紅茶や口にあったらしく、今では表情を見るに『食べすぎると下品と思われないか心配だが、あまりにも好みな味で手が止まらない』…と言ったところだろうか
「ご機嫌いかがですか?」
「…美味しいです、招待頂きありがとうございます」
「うふふ、それは良かったです。そうそう、私の紅茶を淹れる腕も上がったと思いませんか?」
「はぁ…本当に世話好きですね…」
この場で誰よりもにこやかな主人は私を含めた招待客をもてなすことが出来て満足気だ。それ以前に、私の"提案"になにやらむず痒くなるような笑みを浮かべて嬉しそうにしている。
「…ふふ、まさか菅原さんから"招待してほしい"なんて申し出を頂くとは思いませんでした」
「その件は大変助かりました」
「どうですか?作戦は成功ですか?」
ちらりと千聖を見る、彼女は彩白さんと仲良く談笑している。顔色や表情は穏やかそうに見えたことを確認すれば、少し私自身の心の緊張も解けたように感じる。
「作戦…えぇ、具合は良いかと」
「うふふ、それなら良かった」
このお茶会はそもそも、朝倉さんが部活内で私や部員を誘ったお茶会だった。可愛らしく着飾り、可愛らしいお菓子を食べ、紅茶を嗜む。
彼女が持つツテでしか参加出来ないような学生には不釣り合いなお茶会、後輩たちはすこし浮き足立っていたが皆揃って予定が合わず、私が残った。
余ったチケットを見て、ふと元気がない顔をした幼なじみの顔が過った。
幼なじみはふとした瞬間、どこかここでは無い遠くを見つめている。私にとってその心中など知ったことでは無いのだが…私の体温を求める彼女が、放っておけないと思ってしまった
私のエゴだ。そんな願いを聞いてくれた朝倉さんを結果的に猪突猛進させてしまったが…いや、見慣れているからかいつも通りな雰囲気もあり、千聖が乗ってくれるかどうか怪しかったが、存外私のことを好いているようで参加させることが出来た。
二人で話していれば視線を感じる、子猫のように不安げなような、すこし威圧感を感じるような視線に朝倉さんはふふ、と笑い「あんまりからかってしまっても悪いですから」といって席を立ち、彼女は彼女の友人の方へと向かった
「…何話してたの?」
「茶葉について話していました」
「仲…いいの?」
「あなたは、私から見ても朝倉さんと距離を感じますが」
「う…いや、まぁ…あっ、このクッキー美味しかったよ!ゆっちゃんもたべる?はい、あーん」
「自分で食べれます」
いらない押し問答を繰り広げ、彼女の調子が戻ってきたようで安心する。安堵の気持ちを彼女に悟られないよう、そっと口に紅茶を運んだ。
♥️
「紅茶ありがとう、すごく美味しいね」
「うふふ、それは良かったです。可愛らしいお洋服もお似合いで、こちらとしても楽しいですわ」
「こういう服着るのってあんまり機会ないから、なんだかソワソワしちゃうかも」
控えめながらも順調にお菓子を食べ進める祈と、それを見守る暁。祈はタイミングを見計らい疑問を投げかける
「そういえば…どうしてここまで良くしてくれるの?確かに招待してくれたのは暁ちゃんだけど…暁ちゃん、1杯も紅茶飲んでないよね?」
その質問に暁は押し問答を繰り返す賑やかな2人と、真っ白に包まれた可愛らしい友人を交互に見て、ふふ、と笑みを浮かべて返す
「紅茶は乙女の嗜みですから、私はいつだって乙女を見守る大きな木でありたいのですよ」
🫖
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