🌸春宵一刻

🍡🧹


新学期1歩手前、春の温かさを感じたい3月。


アルカンシエル女学院部活棟3階、ひっそりとある魔法少女部の部室では気だるげに机にうなだれている女生徒と、その女生徒とは対照的にテキパキと掃除をこなす女生徒の2人がいた。


あまりにも対照的だが、2人は奇妙な縁で結ばれている相棒同士だ。お互いに信頼があるからか、それとも鋭い眼光が相手を捉えたからか、掃除をしていた由里香は自身の手を止めずに机にうなだれている佳子に声をかける。


「新学期手前…いえ、時期など関係なくそのような怠惰な格好を続けているようであればこちらも然るべき処置を行いますよ」

「ぐえ〜…とうとう怒られたぁ…」


由里香に注意され、渋々と言ったようにのそのそと立ち上がり箒を手に取る。


しかし履けば履くほど綺麗になる床や、少しの風で飛んでいくような埃のようにはいかず、佳子の心が晴れることはなく由里香がやりにくさを感じるほど陰鬱な空気が広がっている。


由里香はそんな雰囲気に溜息をつきながら卓上カレンダーをめくる、ふとイベント事に目がついた。3月の初めにあるイベント、ひな祭りだ。話題の転換として「これだ」と思い話を広げる。


「そういえば、言っている間にひな祭りがありますね」

「あ〜、豆を歳の数だけ食べる?」

「それは節分」

「ちょこれーとふぉーゆー」

「それはホワイトデー」

「花を見ながら一杯〜…」

「それは花見…あなた未成年でしょう」


なんの生産性があるとも思えない会話にため息をつくが、佳子が少し調子を取り戻したのか先程よりは…という空気感になったため、全てを良しとし掃除に戻る由利香と、窓の外を見上げポツリポツリと口から零れる佳子。


由里香は怒る気も失せたのか、しかし見捨てきれないのか佳子のうわごとのような言葉にも律儀に返事をしていく。


「先輩の家って雛人形飾ってますか?」

「毎年母が用意しています」

「そうですか〜…」


「ひな祭りって女の子のお祭りですよね?それで、花を見ながら美味しいもの食べて〜ですよね?」

「まぁ、そうですね、大まかに言えばですが」

「なるほどぉ」


質問攻めに少しの疑問符を浮かべる由里香をよそに、ぶつぶつとなにか呟き始める佳子。彼女の天然かつ突飛な行動は今に始まったことじゃない…が、様子がおかしい、時折何かを思い出したように顔を綻ばせている。由里香にはそれが不気味に思えて仕方ないようだ。


新学期手前、アルカンシエル女学院部活棟3階、ひっそりとある魔法少女部の部室では真面目な由里香が床を掃き、佳子は掃除を他所になにか計画を立てている。


非常に頓珍漢な空気だが、そもそもこの部室自体が頓珍漢であるためそれが加速していだけなのかもしれない。


少し不満を覚えた由里香は考え事をしている佳子に注意しようとした所でガタリと立ち上がり椅子が倒れ、佳子は名案とばかりに先程とは打って変わった顔でこちらに向き直る。驚きつつも心配する気持ちがほんの少しだけあり、声をかけようとしたのもつかの間、その顔は直ぐに呆れへと変貌するだろう。


「よぉ〜し、ひな祭りしましょう!」

「はぁ?」


気の抜けた返事とともに、外の小鳥がちゅんちゅんと木から飛び立つ音がした。


💚🍡💙❔


🌸⛲️


学期末だと言うのに学院は賑わいを見せており、鮮やかな桜と色とりどりの華やかな服が中庭を彩っている。


華やかな服は、普段は着ないであろう由里香すら(ほぼ強制的に)着用しており、少し眉をひそめながら仁王立ちで生徒たちを"見守って"いる


そんな由里香の元に今回の立役者である佳子が団子を片手に見物とばかりにやってくる

「今日もフル稼働中ですねぇ」

「はい、おかげさまで」


姿勢を崩さず目線だけを傾ける由里香と、団子を頬張りながら由里香を覗き込むように見る佳子。普段と話し方は揺るがないが、佳子が本調子を取り戻したような姿にほっとした由里香は、モヤが晴れたようにスッキリとした表情で自分の責務に勤しんでいる


「でもよかった〜、最近モヤモヤしてた感じだったんで、本調子?にもどった感じですね〜」

「………はい?それは私のことですか?」

「えぇ〜?あたしさすがに空気に話しかけるほど友達いないわけじゃないですよぉ」


「あなたは…全く………いいですか、今回は突飛ながらも許可が降りたため何も言っていないだけですよ。次このような大掛かりなことをするのであれば3ヶ月前から計画書を提出し…」

「あ〜…はいはい、わかりましたぁ!お元気そうでなにより!」


本調子に戻った由里香から逃げるようにしてその場を去る佳子と、その様子に大きくため息をつきながら眉間に指を添える由里香


由里香の心配とは裏腹に、佳子は全く自分が浮かべていた表情など構いもせずに由里香の心配をしていたのだ。似た者同士、意気投合し合う信頼のおける相棒同士、それとも2人とも少し違っているからこその共鳴なのか?


🌸💙


由里香から逃げてきた佳子は気まぐれに噴水近くに腰掛ける、水面には落ちた桜の花びらや、咲き誇る桜の景色が鏡面のように映し出されている。


ふと自身の姿を覗き込んだ、いつもと違う格好、いつもと違う空気。そのどれもが新しい風であり、停滞を望む彼女にとってはすこしくすぐったく、居心地のいいものでは無い。


しかし、今日は少しだけ、ほんの少しだけ違う。


『ふふ、今日はあたしとお揃い。佳子ちゃん、似合うと思ってたんだよね〜』


似合うと言ってもらえた、新しいことばかりが好きな彼女の褒め言葉は誰の言葉よりも嬉しい。今日のこのひな祭りも、彼女に喜んで貰えるなら、うれしくなる。


「似合う、か」


水面に写った自分の顔、いつも通り"気の抜けた顔"。でもほんの少し、彼女みたいに笑えたような気がした。


🌸💚

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