戸上千昭の場合
新学期は、いつも憂鬱だった。
私、戸上千昭は、生まれつき悪い目つきと、威圧感のある身長と、極度の人見知りが相まって、なんとなく周りから敬遠される人生を送ってきた。昔から勉強だけは人より少しだけできたのだが、それもまた見た目のせいで、感じが悪く映っていたのだと思う。
上述の理由から、友達を作るのが大の苦手なのだ。いっそ開き直って高校は、知り合いがいないところへ行こうかな、と思っていた。
「第一ねえ……。いいけど、一応滑り止めも受けておいたら?東高とかいいんじゃない?あそこならほら、歩ちゃんもいるでしょう」
「……うん」
まあ、あんたの成績なら杞憂でしょうけど。
お母さんはそっけなく言って、願書に印鑑を押した。
歩は、小学校からの幼馴染だ。昔からかなりの小柄だったからと、護身術がわりに柔道だとか、空手だとか、あとなんか……なんとか拳?みたいなのを習っていて——中学では武道を極めて飽きたからという理由でバドミントン部に入ったが、習い事として引退してからもとにかく喧嘩が強かったので、何かと男子に因縁をつけられがちだった私をよく庇ってくれた。そのお礼にと勉強を教えたりしていたので、親同士も仲がいい。東高の入試に一緒に行く約束をして、自由登校期間は互いの家でダラダラと過去問を解いたりして過ごした。
***
入試当日。
午前中の科目を難なくこなして、昼休みになった。歩とお弁当を食べようと廊下を歩いていると、中学の同級生の、小早川さんの姿が見えた。
小早川さんは、歩と同じバドミントン部に所属している。一緒にいるのは、同じバド部の三田さんと市野瀬さんかな。
……気づいてて挨拶しなかったら、感じ悪いよね。
声をかけるか迷って立ち止まっていると、小早川さんがこちらを一瞬見て、それからすぐに目を逸らして、市野瀬さんと何か話していた。
『あいつも東受けるんだ』
『なんで?第一じゃなかったん?』
……と、言っているような気がした。
気まずさからその先へ向かえずに引き返してしまった。歩が私を探しているだろうから、メッセージを送っておく。
『歩ごめん!ちょっと復習し直したいとこあって集中したいからお昼別でもいい?』
『千昭が直前に焦るの珍しくてウケる!りょーかい』
『なんかバドの子たち見かけたから、そっち混ざったら?』
『ほーい』
とりあえず、外の空気を吸いたいな。
やりとりを終えてあてもなくうろうろしていたが、渡り廊下のわきにベンチがあるのを見つけたので腰掛けた。
復習し直したいなんてもちろん嘘だ。当日にいまさら急場しのぎで詰め込んだって意味ない。……そもそも、滑り止めで受けにきてるし。歩もこんな日ぐらいは、バドのグループに混ざった方が気がまぎれるんじゃないかと思ってしまった。来ているのを見てしまった以上、そんなことを思いながら昼休みを過ごすのは、正直疲れる。
「げ、先約」
ふいに頭上から声がして顔を上げると、寒さで鼻と耳を真っ赤にした学ランの男子がそこにいた。
「……もしかして具合悪い?先生とか呼ぼうか?」
「……いや、だ、大丈夫、です」
サンドイッチの断面見つめて無言で俯いてたら、具合悪そうにも見えるか。
実を言うと、男子とはあまり喋ることがない。私に近づく男子はほとんどが喧嘩腰だし、もれなく歩が返り討ちにするからだ。いつしか戸上の後ろにはセコムがついてる、なんて噂が流れるようになって、喧嘩を売ってくるような男子はほとんどいなくなった。
私が俯いていると、彼は気を遣ってか話を振ってくれた。親の転勤で、この春から市内に引っ越してくるらしい。そのため、志望校には中学の同級生はいないそうだ。
「……いいなあ」
「なんで!寂しくね?」
「だって……、」
私、たぶん中学の同級生に嫌われてる。どうせ行くなら知り合いがいないとこの方がいいよ。
「……き、嫌われてるわけないって!」
なんか見た目クール系?って感じだし、1人が好きなのかなーって思ってみんな遠慮してんじゃない?俺、田舎の中学だからこんな綺麗な子いないし、……あ!綺麗って変な意味じゃなくて!なんか読モ?みたいな?そんな感じで、女子とか集まってきそうだけど、なあ……。あー、あと、髪の毛!短い方が明るそうに見える?かな?や、今が暗いってわけじゃなくて!……や〜でも、余計なお世話か!アハハ、ごめん、なんか……うまく言えなくて。……って、
「な、何笑ってんだよー!!」
「ふふ、ふ、あはは、ごめん」
歩や家族以外の前で声をあげて笑ったのなんていつぶりだろう。私のために言葉を選んで、表情をくるくると変えながら話す彼の姿がなんだか面白くて、少し笑ってしまった。あっという間に時間が過ぎて、気付けば5分前の予鈴が鳴っていた。
「……俺はバカだから受かるかわかんないけど、」
「同じクラスになったら、友達1号な!」
***
東高の合否が出てすぐお母さんに、第一に受かっても東高へ行くと伝えた。第一は自宅から遠くわがままを言って受けさせてもらったので、今更こんなことを言ったら怒られるかな、と思ったが、お母さんの反応は意外なものだった。
「いいんじゃない?そっちのほうが楽しそうね」
お母さんのその言葉が、少しだけ嬉しかった。
それから春休みの間に、とくにわけもなく中学に入ってから伸ばしていた髪を、バッサリと切った。
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