小向歩の場合

 千昭は私の、大事な幼馴染だ。

 小学校の頃からずっと一緒につるんでいたけど、何がきっかけで仲良くなったのかはあまり覚えていない。どうして一緒にいるのかとかどうでもいいくらい、一緒にいるのがだった。学校、放課後の空手や柔道の教室、自分の属するどこのコミュニティでもそれなりに仲のいい子はいたけど、本当に心からの親友と思えるのは千昭だけだった。


 最近、どうも千昭の様子がおかしい気がする。

意味なく伸ばしていた髪を急に切って、第一高の合格を蹴ってあれだけ渋っていた東高に進学した。合格発表の日も、入学式の日も、誰かを探しているように見えた。

 教室に入って、出席番号順で斜め前の席にいた千昭が、こちらを振り返って囁いた。ほんの少しだけ、耳の端を赤らめていた。

「同じクラスでよかった」

 何年も、何年も一緒にいたのだ。その言葉の対象が私を指していないことくらい、すぐにわかった。私のことならば、掲示板で名前を見た時点で言うだろう。それから少し経ってから、私はその対象が誰なのかを知ることになる。


 連休に入る前のホームルームで、6月の文化祭の実行委員を決めることになった。

 実行委員は男女で各1人ずつ選ばれるのだが、女子はよりにもよって千昭がジャンケンに負けて選ばれたのだ。私は早々に勝ち抜いてその光景をぼんやりと眺めていた。千昭はジャンケンがかなり弱かった。……最初はグーの後、毎回チョキ出すんだもん。

 男子の方は、結城……?とかいう名前の、聞いたこともない中学から来たやつが選ばれた。実行委員のやりとり用にと連絡先を交換していたが、どうせ美人と接点できてラッキーとか思ってんだろうな、と思って、思い切り睨みつけて牽制しておいた。せいぜい拳でわからせられないように祈っておくことだな。


 連休明け、千昭は文化祭のしおり作りとかで、放課後結城と一緒に残ることになった。私はその日はバド部の体験入部の予定があったので、終わり次第待ち合わせて一緒に帰ることにした。

「……お疲れ。帰ろー」

 帰りに待ち合わせた千昭は、やっぱり様子がおかしかった。

 疲れて機嫌が悪いときの顔にも、ちょっとだけいいことがあったときの顔にも、朝っぱらからついてなかった日の顔にも見える、なんとも言えない表情をしていた。千昭が自分の話をしたがらないのは昔からだけど、なんとなく、今つっこんでおかないといけないような気がした。


「……なんかあったの。アイツと」


 一方的に喋りかけられて疲れたとか、その程度の話であってほしいと願った。


「あー……、ううん、なんかあったってわけじゃないんだけど」


 そんな顔、しないでよ。


「聞いてくれる?しょうもない話なんだけど」


 それから、入試の日にあった出来事と今日のことを、少しずつ話してくれた。

 入試の日の昼休みに他校の男子と話をしたこと。その時の会話がきっかけで第一の合格を蹴ったこと。急に髪を切った理由も。

 あのときの男子と同じクラスになったことがわかって、実行委員という形で話す口実ができて嬉しかったこと。初めてまともに話をしてわかったのは、入試の日に話したのを彼は覚えていなかったこと。好きとか恋とか、そんなのはわからないけど、自分がその程度の存在だったと思って、少しだけやるせない気持ちになってしまったこと。


 千昭は男子と関わる機会なんてないと、完全に油断していた。進学先を変えるなんていう大きな選択のきっかけになったのが、私じゃなくて知らない他校の男子なのが、ただただ悔しかったし、悲しかった。

 千昭と私は、なんでも話せる友達だと思っていた。私に隠し事なんて、しないと思っていた。どうしてせめて、すぐに話してくれなかったの。


 千昭は口下手で、あまり友達が多い方ではない。無愛想に見える第一印象から、とくになにもしていなくてもやっかまれることが多い。同じ中学で話すことがあるのは、私か、姫乃ちゃんくらいで、それも家の方向が同じで帰りが一緒になった時くらいだ。近づく男子はもちろん私が追い払ってきたし、そのほかの女子も、用があれば話すくらいで、なんとなく距離を置かれている。

 バド部の璃子とイッチーが、態度が気に食わないとかそんな理由で千昭を目の敵にしていることも知っていた。知っている上で、私は2人と仲良くしていた。2人が千昭の悪口を言っていても、否定も同調もしなかった。する必要がなかった。

 ……だって、2人が千昭を嫌っているなら、私よりも千昭と仲良くなることはないから。


「あいつなんかチャラそうだし、入学前に話したことあるなんて、いちいち覚えてないかもね?」

「……そうだね」


 千昭の少し寂しそうな顔に、良心がチクリと痛んだ。


「忘れてるなんてひどい。いい人じゃないよ、絶対」


 男になんか横取りさせない。友達だって私以外つくらなくていい。

 なんのために私が何年も、あんたを守ってきたと思ってるの。

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