楽屋にて

七草葵

楽屋にて

 ライブハウスの控室の扉を、ステージ上のバンドの音楽が軋ませていた。

「普通に声出してるひといますよね」

「むしろ、声出させてるバンドもあるし」

「共犯、共犯」

 狭い控室に、人間と楽器がみっちり詰まっている。あとは色々、機材とか。床には、ほこりまみれの色とりどりのコードが、模様の一部みたいに一面にのたうっている。

「君ら高校生だっけ」

 ひげ面の男が声をかけてくる。

「はい」

「へぇ」

 ぼくらのバンドメンバーは3人。高校2年生1人と3年生2人。この控室の中では一番若い。そんなぼくらを、ひげ面の男が所属するバンドメンバーたちが興味深そうに見る。5人とも同じTシャツを着ている。バンド名が入ったTシャツだ。ダサいけど、ちょっとうらやましいと思ってしまう。

「聞いたよ、店長に。君らすごいんだって?」

「つか俺、リハ聞いたわ。めっちゃ上手かった」

 お揃いTシャツの男たち以外も会話に参加してくる。控室はとにかく狭いのだ。

「オスミツキじゃん、楽しみだわ」

 控室の片隅にいた、ボブヘアの男がタバコを吸い始める。

「あ、コーコーセーか。だいじょぶ?」

 眠たそうな目をぼくたちに向けてくる。

「ダイジョブっす」

 室内にタバコの匂いが満ちる。釣られたように、ぽつりぽつりとタバコを吸い始める大人たち。

「今さぁ、学校大変でしょ?」

 ひげ面の男が、タバコの煙を吐き出しながら言う。

「ああ、そうすね」

「学校行けないとか、部活ないとか?」

「ああ、今は一応登校してます」

 ぼくがメンバーへ目を向けると、2人もこくこく頷いた。

「結構普通ですよ。部活は中止になること多いし、行事もほとんどなくなったけど」

「それ普通じゃねぇから」

 おじさんがツッコむと、さざめきのような笑い声が立った。

「でもさあ、まあ、バンドあってよかったね」

 ボブヘアの男が、ぽつりと言った。

 ぼくはとっさに頷けなかった。

 どちらかといえば、「バンドしかない」のだ。

 メンバーがいてくれてよかったと思う。曲を作って、練習して、録って、ネットにアップして、ライブに出て、また曲を作って……なにかと忙しい日々を、なんとかやっていけているのはメンバーがいるからだ。一緒につるんでいると楽しい。でも、部活動を精一杯やったり、友達とはしゃぐような、キラキラした青春ってわけでもない。どちらかといえばすごく地味だ。ぼくの地味ライフに、この状況下を良いことにメンバーを巻き込んでいる気もする。

「……俺、学校あってもサボって楽器いじってたかも」

 ぽつりと、メンバーのひとりが言った。

「え……」

「俺も。そもそも部活入る気、なかったし」

 もうひとりも頷いた。

「お前は違うの?」

 2人が俺を見る。

 2人の手はマメだらけで、痛々しく絆創膏が巻かれている。アホみたいに練習が楽しいからだ。音が合っても合わなくても、胸の内にあるカッコイイ音楽をかき鳴らしたい欲求でいつも苦しくて、辛くて、楽しくて。

 ぼくたちの頭の中ではいつだって、理想のロックがガンガン流れている。

「たしかにそうだな、絶対」

 頷くと、2人はほっとしたように笑った。メンバーはメンバーで、ぼくと同じ不安を抱いていたのかもしれないと、思う。

「だってバンド、すげー楽しいしさ」

 言わずにはいられなかった。

「青くせぇーーーーーーーー!」

 ひげ面の男たちが、一斉に叫んだ。室内にげらげらとおじさんたちの笑い声が響く。ぼくらも笑った。タバコの煙でまっしろになった狭い部屋の中で、誰もが自分の学生時代を思っているのがわかる。この部屋にいる人たちの心は、まだまだ青臭いままだ。それがぼくには嬉しかった。

「ちょっと、ステージまで聞こえてますよ」

 ライブハウスのスタッフの人が、めんどくさそうに顔をのぞかせた。タバコ雲を見て、眉根をひそめて鼻をつまむ。

「それから君たち、そろそろ出番」

 ぼくたち3人に向かって言う。

「はい」

「おー、がんばれよ」

「行ってらっしゃい」

 タバコの煙の向こう側から、おじさんたちが声をかけてくる。

「うっす」

 控室を出た瞬間、心臓が爆発しそうなくらい鼓動を打つ。

 一歩踏み出すごとに、頭の中のロックのボリュームが上がっていく。

 ステージの光に照らされて、メンバーの顔の産毛がキラキラ光っている。

 ぼくはバンドが、すげー好きだ。青臭いから、言わないけど。



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楽屋にて 七草葵 @reflectear

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