ELSE-IF
ELSE-IF #上
ヘアメイクさんが退室した後。
姿見に映る自分をず〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと眺めていた。
あー。俺、可愛過ぎ……。チートじゃん……。
引き締まった身体つき。
スカートから伸びる、程よく細い足。
美しく整っている、ミディアムヘアのウィッグ。
栗色に輝いていて気持ちがいい。
大きな瞳は、深い夜空の黒。
吸いッッ込まれそうなほどに深い黒です。
ああ、なんだ、このッッ!
成人男性とは思えない、可憐すぎる美女の顔ッッッッ!!!
「あー……」
そして成人男性とは思えない、可愛げな高い声!なんだこれ!WTF。
ああーーー……。
やはり俺は天才。ジーニアス。神。かわいすぎ。全て赦されるべき容姿をしている。
──自撮りしよう。
この瞬間のかわいさを永遠のものとするのだ。
なんてスマホを構えたら……なんか背後に映り込んでしまった。心霊現象のように。
映り込んだやつらに向き直る。
少し開けたドアから
相変わらず何やってんだこいつら、と口角が上がってしまう。
こんなに見られているとさすがに、自撮りする気も失せる。
「はいノックしろ~」
親しげな俺のツッコみを合図と受け取ったかのように、ヘラヘラと4人組が楽屋個室に乱入してくる。
こいつらの言い訳を代弁できる。「ヘアメイクさんが退室した瞬間なら着替えてるわけない」とか考えている。
しかしながら、もう何とも思わないほどに慣れてしまった。あまり良くない慣れだとは思う。
「へいへいナルシスト」
「また鏡みてたろ」
「仕方ねーじゃん!超可愛いんだから」
開き直ってポーズをとる。後ろに右足あげて、右手にあごのせて、左手で突き出す逆ピース。
最近の俺の流行り。これさ、マジでかわいいと思うんだよ。このまえ自分で鏡の前に立ってやってみたら、もう、自分に恋しちゃうんじゃないかとおもって…………
「はいはいはいカワイイネェ」
「スゴイネ!」
「円陣組もうネ!」
「キエエエエエエエエッッ!!」
ぞんざいに扱われ、屈辱から猿叫を発した。
元薩摩の男の血が騒いでいる。闘争を求めている。
「おい
「
「待て、そんなこと?おい。そんなことっつったか?」
リーダーの美菜の忠告を横から押しつぶすように、最年長の咲子があざとい笑みを浮かべて要求してくる。
美菜が不服そうに咲子の肩をギッチリ掴んで食い下がっているが、まるで効いてない。神経なんぞ通ってないかの様に。
そういえば咲子、「肩凝りすぎて何も感じなくなった……殴ってみる?」とかこの前悲しそうに言ってたな。
「褒めてほしいんなら褒めろし……」
と俺はぼやくが、期待を込めた甘えた目で、美菜を除く3人が俺を見てくる。断りにくい空気が完成してしまった。ああもう。可愛いなぁ、と実際思います。そりゃ当たり前。人気アイドルグループだもの。可愛くて当たり前。
「はい!今日も可愛いです!最高です!」
「へへへ、やっぱ男の子に褒められるとなんかこう、真にグッとくるねぇ〜」
最年少の
いつも憧子はチームのムードメーカー的な存在で、生意気だけど恨めない。美菜も結局釣られるように、「仕方ないな」とでも言いたげに笑っていた。
すごい子だと思う、ホントに。
「男扱いはここまでにしとけよ?俺は……ボクは今から身も心も美少女になるんだぜ」
「フゥーー!さすが、プロのアイドルはちがうねぇ!」
「憧子さんや、お前もプロじゃよ」
「それはそうだ!ばあちゃんごめんねぇ」
「キエエエエエエエエッッ!!」
老人呼ばわりされた咲子が屈辱から猿叫を発する。シワシワで震えた声出して、ツッコミ待ちだったくせに!あと俺の持ちネタをパクるな!
「『きええ』は喉痛めるって……本番前だよ、はーーー……何度言わせるんだ」
美菜は人一倍ストイックな反面、それを面白がられて、俺たちに振り回されがちだ。
いやだってさ。ごめんね、本当に面白いんだもん。
ほら、今の様に眉間を抑えてため息をつく姿!
ナイスリアクション過ぎるよな。正直面白い。
そんな美菜を穏やかに見つめる
ふざけてるけど、みんなで数年辛苦も歓喜も共にした家族だ。
塵芥の
心が、通じ合っている。
カスみたいな以心伝心。
それにより、俺たちは手を繋ぎ輪を作った。
では、そろそろどうぞ~笑。
誰も言葉は発さないけど、そんなムカつく声が聞こえる気がした。美菜はめちゃくちゃ不服そうに、だがいつものように気持ちを切り替え、それに応える。
「ああもう憶えとけ………!せーの……いつも!」
「「感謝!!」」
「常に!」
「「全力!!」」
「目指そう!」
「「一等星!!」」
「
「「おーーーー!!!」」
皆で弾けるようなハイタッチを交わし、楽屋個室を出て舞台裏へ駆け出す。
慣れ親しんだ定期公演。
なのに、いつだって心は楽しくて浮つく。
俺たちならもっと成長できる。
高みにいける。
そう信じられる。
そう言えるだけの勢いがある。
*
「さて、本日の公演の成功
「「かんぱーい!!」」
寮の共有スペースで、俺たちは公演の打ち上げをしていた。
乾杯の音頭をとった美菜も、この時だけは毎度ハメを外す。
早速、乾杯前から生三本は開けている咲子が、肩に腕を回して絡んでくる。
酒が飲める年齢なのは、咲子と俺だけだ。
「
「お姉さんもう酔ってんな!やばすぎ」
オエーーー、息が酒臭い。
「ばみりみてんのぁあってんだよぉ!これ二回目ダヨォ!ふはははは!!」
「はぁ!なんてぇ!?」
そして、酒癖も悪い。毎回悪すぎる。
なんて言ってんのか分からないが、何となくニュアンスで察した。心当たりもある。
「わかった!『きみSUN』のサビの入りでしょ?半歩近かった。悪かったって……俺もぶつかるかと思ってヒヤッとした!反省してる!えっと、近いです!!困る!ゆるして!!」
寄っかかって色々くっついてしまう身体をおもくそ引き剥がすと、咲子は背後から近づいてきた苦笑いの美菜に首根っこを摘まれ、そのまま引き取られた。ナイス。
「セクハラ警察です。おじさん、署まで同行願います」
「話はおわっちゃねぇえいからぁな!じゃあな!!ふふふふふふふふ!!!」
キレるのか笑うのかどっちかにしてくれよ。
内心突っ込みながら、苦笑いで見送る。
その背後でいやらしい笑みを浮かべながら、スマホで動画を撮ってる憧子の姿が見えた。酔いが覚めた本人に見せて楽しむ気だな……。
──そのとき、視野が広がる。
そして違和感に気づいた。
最後にこうして五人ではしゃいだのって、いつだっけな、って。
不意打ちで心に訪れたエモさに、目が細まる。
ほんとに、今日みたいな日がずっと続けばいいのになぁ。
「やあ、気持ち悪い顔してんね」
「ああん!やんのか!?」
突然の悪口に飛び上がり、ウルトラマンの様にファイティングポーズを取る。
俺からみて一番近い椅子に腰掛けていた世那が、興味ありげに微笑みながら、じとっとした目線を俺に向けていた。
「これ褒めてるよ」
「言葉を選ぼうね!?悪口じゃん!」
「じゃあ……そんな優しい顔できるんだ」
「最初からそう言えし!」
「ふふ、いつものキレッキレになっちゃった」
「誰のせいかな」
世那と俺は互いに睨み合い、吹き出した。
「
「あーーー……いや、俺たち順風満帆でさ、なんかもう、みんな最近忙しいじゃん……全員揃う日なんて珍しくなってきそうで」
「あー、理解」
察した世那は、床で女児の様にじゃれ合う三人組を見る。その口角が、優しくゆるんだ。
「……特に世那はマジで忙しいしな。うちの大エース。誇りに思うよ」
「そりゃごめん」
「責めてねーし、むしろ感謝してる。俺だけじゃなく、みんな」
「へへ……そうか、ならよかった」
安心した様に笑う世那を見て、何だか俺も安心した。みんな心配だったんだ。1人だけずば抜けて忙しくなってしまった世那。グループのセンターという重圧も抱えて、ステージに立ってる。
このひと、息抜きできてんのかな。悩み事増えてないかなって思ってた。
それが今、一つ解消できたかもしれない。
──その時、ズボンのポケットの中でスマホが鋭く振動したことに気づいた。
仕事用の方だが……ん?木内さん?
出版大手の涼文社。
そこから出ている『週間涼文』の記者だ。
デビュー間もない頃から数えきれないほど面識がある。
我々にとって涼文社は芸能界きってのお得意様というわけだが。
なぜ俺に直接?筋は通す人のはずだ。事務所を介さない要件ってなんだ……?
席を外し、電話を取る。
「お疲れ様です。トラウトプロダクション、タレントの
「夜分遅くに申し訳ないです。株式会社涼文社の木内です」
「いえいえ。珍しいですね……どうされました?」
「単刀直入に聞かせてください」
怪しい風向きを感じた。この人は何を……。
「
え、なに?
なに言ってんだこの人。
「…………」
目の前が一瞬で暗くなる。時が止まる。
捨てた過去に両脚を掴まれるように、その場から動けなくなる。
忘れたいことを。捨てたいことを。たくさん、たくさん思い出していく。
何とか、平生の口調を保つので精一杯だった。
「あの、そーゆーのはちょっと…………困ります。事務所を介して貰わないと」
「いや、ですよね!大変失礼いたしました。それでは今後ともよろしくお願いいたします」
今後とも……?は?
なんだこいつ、何考えてんだ。
電話が切れる。
手の震えが、なぜか止まらない。
落ち着け。落ち着け。
なぜ、木内さんが俺の過去を知ってる?
過去の仲間?家族?誰に聞いた?
「大丈夫ぅ〜……?」
気がつくと、憧子が不安そうに俺の顔を覗き込んでいた。美菜も心配そうに後ろについている。
「うん、大丈夫」
無理矢理笑みを浮かべようとするが、美菜は眉根をひそめて指摘する。
「いやいや!あんた今、血の気悪すぎだよ。死人みたい。鏡見た方がいい」
「…………ごめん」
「謝るとこないでしょ……さっきの電話?なんかあった?」
「ごめん…………今は話せない」
「だめ、話せ」
美菜が俺の両肩を強く掴む。
逃さないという強い意志を感じる。
「家族だと思ってる」
「…………」
「放っておけるわけないでしょ」
「…………ごめん。これだけは……」
「……簡単には諦めないよ」
「……」
「痛っ……!あ、おい!」
美菜の手を振りほどき、走って玄関から飛び出す。
逃げる?どこに?なぜ。
分からない。
でも、とにかくここから消えてしまいたい。消したい自分がいまの自分を塗り潰してしまわないうちに。
なんで。
アイドルになって、大嫌いだった過去と決別したはずなのに。
俺はもう
どうして、いつまでも付き纏う。
*
光を奪われた
月だけが浮かんでいた。
随分と遠くまで来た。そのはずだったのに。
見える星空はこんなにも違うのに。
僕は生まれ変われなかったのだろうか。
絶望にも似た不安が、心を覆い尽くす。
*
すがる僕に怒鳴りながら母は僕の愛した
中学に上がると校内の不良グループに加わった。煙草酒窃盗を
それでも。思い出の中で
みんなに愛されたのは
*
兄が買っているアイドル雑誌。
『
というページを見て
──衝動的に僕は、バイクの改造のために仲間と貯めていた金を独りで持って、電車に乗っていた。
*
────スマホが鳴っている。
マネの冬木さんからだ。
数秒の逡巡を経て、電話をとった。
「ちょっと、今どこにいるんだよ!!」
普段穏やかな冬木さんの怒鳴り声が、耳をつんざいた。思わず肩がビクッと跳ね上がる。
「……すみません」
「いいから質問に答えて……ッ!」
「ドトール、原宿です」
安心した様なため息に、胸が痛んだ。
本当に何してんだろうな俺は。
「……美菜さんから連絡を受けた。あの子、泣いてたよ」
「………」
「あんな怯えた様な君を、見たことないって。自分の無力を呪ってた。怖がってもいた」
「…………」
「とにかく……何があったか教えてほしい。電話で誰に、何言われた?」
罪悪感で胸がひしゃげそうになる中で。
ふと。事務所を通せ。そう木内さんに告げたことを思い出した。
冬木さんには、伝えなくちゃいけない。
「……涼文社の木内さん。知ってますよね」
「うん。何回か面識あるからね。その人が?」
「はい。俺が秘密にしてることを、電話で確認してきたんです。事務所を通せとだけ伝えました」
「……秘密?僕たちも知らない?」
「はい。間違いなく」
「そう、か……それって話せないレベル?」
「話したくは……ないです」
「そっか、なるほど……ね……」
しばし、冬木さんは1人でうん……うん、と小さな声で間を持たせていた。そして
「
「はい」
「多分まだ大丈夫だ」
「だ、大丈夫……?」
意図がつかめず、俺は電話越しに首を傾げた。
「僕たちにはともかく、世間に対して。まだ秘密のまま何とかできるかもしれない」
「と、いいますと……」
「結論から言うと、木内さん側は"確証"を欲しがってる。君に聞くのが一番簡単だから、
冬木さんは矢継ぎ早に、言葉を紡ぐ。
「まあともかく。ウチは涼文社のお得意様だ。ウチを晒すのがあっちの総意ってのはまず考えにくい。……おそらく、社内で利権問題でも勃発してんだろ。あっちの上層部と癒着関係にあるトラプロごと傾けたい勢力が多分あって、そこの独断先行かもしれない。憶測でしかないけど、おそらく週間涼文の部署は丸ごと革命家気取りなんだろうな……ということで………その場合はどっちが手綱握ってんのか、
「…………脅すんですか?」
俺も業界人だ。冬木さんの考えをある程度察して、ズンと胃が重くなる。
逃げ場が失われていくのを感じる。
『
「それしかないけど、これなら確実に君の秘密を世間から守れる。でも、代わりにあっちとの信頼関係を一部損ねるかもしれない。ウチの上層部に提言するには、そのデメリットを打ち消す程のデメリットが欲しい。……君の秘密が果たして、社運を賭けている
秘密のままじゃ戦えないんだよ。すまないが……教えてくれないかな。君の秘密」
「………それは」
くちごもって、沈黙を選んでしまう。
──その沈黙を、冬木さんの告白が、打ち破る。
「……
「ん、ん?……ファ!?」
「初めて会った日のこと、憶えてるかな」
「ふふふふゆきしゃ」
「最後まで聞いて」
「ア、ハヒ……」
一息ついて、冬木さんは言葉を紡ぐ。
電話の向こうで限りなく『ファ!?』な状態の俺なんて、お構いなく。
*
僕がさ、
キャリアで初めて担当のアイドル持てるチャンスを貰ってさ。その都合上、一緒に働きたい人を選んでくれって言われてた。
2次面接の最終日が、男の娘アイドルを見る日だったんだけど…………
だって、みんな女装して可愛くしようとしてるのに、その中に明らかにヨレた服着てる輩が1人紛れ込んでんだから。1次面接官は何してんだよ!って内心キレたよね。はは……。
でも、君と話して。君の歌を聞いて、なんでこのステージまで上って来れたのか分かった。まあ、ダンスは壊滅してたけど……。
全てを捨ててきたばかりで、お金もなければ、スマホもない。身元不詳の謎の少年。
でも、可愛いものが好きで、よく見たら顔も可愛くて、声も良いし歌もうまくて。なにより、必死で、ギラギラと輝いていて……。
ああ、この子はきっと地獄から逃げてきたんだ。全てを捨てなければ、自分らしくあろうとできなかったんだって思わされたんだ。
そう思うと胸の奥が熱くなった。
泣きそうにもなった。
人の心を動かせる人だと思った。
選ばれるべきは君以外あり得ない。
そう確信した。
その時からずっと、君のファンになった。
君をマネとして、ファンとして、アイドルでいる限り護ると誓ったんだ。
──え?あれは最終面接だったって?
ああ、ごめん……あの時点で君以外の候補者は全て落としたんだ。3人の試験官が満場一致で、君を選んだ。
2次試験のテイで最終面接をやった、ってのはウソだよ。これオフレコで頼む。ナイショなんだ。
ゴホン……とにかく………。
僕は君を護りたいんだ。護らせてほしい。
君のために、必死になりたい僕がいるんだ。
言いたいことは、言ったよ。
……覚悟が決まったら、寮に戻ってよ。
みな、心配してるから。
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