アンビバレント
とすけ
TRUE
TRUE
*
全国ツアーの初日を終えた。
楽屋個室のドアを閉じた瞬間。
身体の奥底に閉じ込めていた
悪寒が燃え広がる。
発作的に
ウィッグをネットごと
叩き落とすように捨て置き
化粧台の鏡の前に歩み寄れば
……潰れた頭髪の下に
美しい女の顔が在る。
打ち捨てられて乱れた
ウィッグを被った。
吐息がふるえる。
ボタンを開け、肩を、胸をはだける。
スカート衣装を下着ごと引き下ろし
情動に身を委ねるその瞬間
複雑に
重なり合いひとつになる。
*
すがる僕に怒鳴りながら母は僕の愛した
中学に上がると校内の不良グループに加わった。煙草酒窃盗を
それでも。思い出の中で
みんなに愛されたのは
*
兄が買っているアイドル雑誌。
『
というページを見て
──衝動的に僕は、バイクの改造のために仲間と貯めていた金を独りで持って、電車に乗っていた。
道半ばで終電に達し、ホームから追い出され
最寄りの公園に訪れる。
ため息が、白い霧になって立ち昇る。
今は何時だろう。
スマホを
幾十もの不在着信が在った。
スマホを排水溝の溝に捨てた。
いつもの息苦しさだけ
穏やかに薄らいでいく。
*
楽しかった。
4人の仲間達と上を目指す日々
アイドルの頂点へ駆け上がらんとする
青春の汗と涙の日々。
いつのまにか僕らは
家族のような絆で結ばれていた。
*
夢のような日々は終わりを迎えた。
週刊誌で暴かれるのは
僕の半グレの過去。
仲間から金銭の持ち逃げをしたこと。
近所からの悪評・犯罪の申告。
あの日、スマホと一緒に
排水溝に捨てたはずの過去がささやく。
「過去は消えない」
この瞬間から
媚びることなく
かわいいものが好きでいられる
そんな自分を愛してくれる
自分を好きでいられる場所のはずだった。
それは
僕に対する愛ゆえの解釈不一致と
ネットに漂う悪意で壊れていった。
ひどく、ひどく壊れていった。
僕は家族のように思っていたはずの
メンバー達にまで、心を閉ざしていった。
僕に向けられる全ての想いを
信じられなくなっていった。
僕の
僕ではないモノに
愛されるための
──性欲に従えばひとつになる。
ただ1人の男性であることに
その場凌ぎでしかない。
それはわかってる。
もう、面倒だ──
*
全国ツアー最終日程が進行している。
Day1のライブを終えた後
都会の夜をフラフラ歩いた。
光を奪われた
月だけが浮かんでいた。
随分と遠くまで来た。そのはずだったのに。
見える星空はこんなにも違うのに。
僕は生まれ変われなかった。
それを甘えと呼ぶのが世の中であろうと。
*
そのまま僕は消息を絶ち
アイドルをやめた
*
あれから数年後。
僕はホストクラブに勤めていた。
人の愛を利用して搾取するために。
最初からこの
今日もいつも通りに
指名を受けた席に移動するが
「久しぶり!」
そこには
背筋に冷たい毛虫が登っていく。
*
過去を知る幹部の取り計らいで
僕への指名は一時的にストップしていた。
他愛ない会話なのに
手汗が滲む。
僕は
「緊張しないで、殴り飛ばしに来たんじゃないから」
美菜は昔と変わらない
人の良い笑みで俺の肩を叩く。
「しようよ、昔話」
*
送迎用のタクシーの中
窓は雨に濡れて
都会の光を七色に映して
美菜とそれを眺めながら
ずっと話していた
*
「変なこと言うよ。
「そりゃあ、
「皆んな
「でも成し遂げたことも、消えない」
「全部繋がってるからこそ
今日は一緒に話せて楽しかった」
「今日会えて、本当に良かった」
「またね」
*
タクシーから降り立つと
朝陽が虹を作っていた
「過去は消えない」
呪いだった言葉が
一筋の涙が頬を伝った
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