魔法が失われた街の、最後の魔女

雄哉

第1章 友達を家に迎える

第1話 

 幼いころは友達と――幼馴染と、おだやかな未来を信じていられた。

 幸せだったんだろう。


 オレ、コリス・クジョウは、街中で火の手が上がっているのを見た。

 夕方、夕飯の食材を買いに行って、帰っているときのことだ。

 暗くなり、街のガス灯でうすぼんやりと照らされた空に向かって、煙が上がっている。

 しかもあの方角には、幼馴染の家がある。

 オレは買った食料品を放り出して、幼馴染の家へと走った。


「うそだろ」

 小さい頃からよく行っていた家。そこから煙が上がっていた。

 窓の中では、オレンジの火がちらついている。

「あの家の娘だ。怪我してるぞ」

 オレは声がしたほうを見た。

 ガス灯の柱の下に、人だかりができていた。

「ごめん、通して」

 オレは集まっていた街の人たちをどける。

 そこに幼馴染のユイ・カラスマが、ガス灯の柱にもたれかかっていた。

 冬の夜の寒さで震えている。

 栗色のさらさらした髪も揺れていた。

 そして、自分の腕を押さえている。


「コリス、くん……?」

 ユイが栗色の瞳にオレの姿をうつしながら、名前を呼んでくる。


「何だよ、これ……」

 オレはつぶやく。


 ユイが押さえている腕から、血がしたたっていた。

 上着の長袖が無残に切られ、その下の白い肌に切り傷がある。


 ……オレに、この子のそばにいる資格なんてない。

 ……オレはこいつを不幸にした。

 でも、ユイは傷を負って、血を流している。


「こんなの見てらんないよ」

 オレは着ているコートを脱いだ。ユイに着せる。

「傷、押さえるから。ちょっと痛いかもだけど、ガマンして」

 ハンカチで、ユイの腕の傷をきつく押さえる。ユイは目をぎゅっと閉じるけど、悲鳴をあげたりしなかった。

「ゆっくりでいいから、立てるな。ソフィアさんはどうした?」

 この3年間ユイをひとりで守ってきた、もの静かなユイの母。

 オレにも優しくしてくれた。

 こんなときなのに、ユイのそばにいないのはおかしい。

「まだ家の中にいる。でも、あそこに近づいたらダメ」

「なんで?」

 火がついているとはいっても、見捨てることはできない。

「家の中に、私たちを襲った人がいる。お母さん、私をかばってくれたの」

 オレは、火の手が上がる家を見た。

 ユイの家を、誰かが襲った?

 まさかあの火は、その何者かが放ったのか?

 じゃあ、ここにいるほうが危ないのでは……?

「おい、コリス」

 街の大人の男が声をかけてくる。近くのカフェのマスターだ。

「その子を連れていってくれ。お前の父さん、医者だろ」

「もちろんだよ。でもソフィアさんが」

「あの人は大人に任せろ。まだ火の手はそんな大きくないし、この大人数だ。家を襲った奴も簡単に手出しできんよ」

 ユイの家に、街の人たちが次々と入っていっている。火の手を上げる家の中で、誰かに襲われているかもしれないソフィアを助けようとしているのだ。

「ありがとう。そういうことだから、来て。傷を何とかしないと」

 オレはユイの腕の傷を押さえたまま、歩き出した。

 街の人たちも道を開けてくれる。

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