第九話_12月25日 メリーでいたい

 「メリークリスマース!」

 明るい掛け声とともに、一つだけのクラッカーが部屋に鳴り響く。僕の手にあるクラッカーはまだその口を閉じたままであり、先輩だけがクラッカーを鳴らしていた。サンタ姿で雰囲気を作っている先輩は、わざわざ僕一人だけを楽しませようとしたのだろうか?だとしたら、その作戦は失敗だ。先輩と楽しくクリスマス会なんてやっている余裕がない。別に予定を開けようと思えばいつでも開けれるが、今僕がないのは心の余裕である。

 「サンタ姿、似合わなさすぎてさすがだと思います」

 「真面目な顔して結構悲しいこと言うね?」

 ブツブツと文句を言いながらも、先輩は場の雰囲気にならないサンタ着を脱いでいく。そうして見慣れない先輩の部屋着姿を目の当たりにして、今日いるのが先輩の家だと再実感させられた。僕は今、自分の家に強制的に連れてきた先輩をとてつもなく褒めてやりたい気分だ。

 「ていうかそもそもなんで僕だけなんですか?先輩、どうせ変人なおかげで顔広いんだから他の人も誘えばよかったじゃないですか」

 「僕が朝麻といっしょにクリスマス会をしたいだけだよ。っていうか、今日はやけに皮肉の勢いがいいね?気分上がった?」

 いつも通りですよ。先輩が悪いことしているから皮肉を言ってあげてるんですよ。いつも。

 「ふざけないでください。それより、さっきまで先輩が背負っていたプレゼント袋。これ持っているとき先輩足プルプルしてましたけど、どんだけ重いの持ってきているんですか?」

 「足がプルプルしているように見えたなら、それは武者震いだよ」

 言い訳が嘘だと分かりやすいところは助かる。先輩は嘘をつくのが苦手だ。表情でいくら真実を語ってたとしても、話している内容が嘘。いや普通逆だろと思うだろうが、本当だ。論理的な僕に先輩の嘘は通じない。

 「武者震いするような日じゃないですよ。こんな重いの持って帰ってたら、途中で倒れますって。」

「だーかーらっ、これはそんなに重くないし、それに朝麻は帰り道下り坂ばっかりだから大丈夫でしょ?」

 白い大きな袋から、プレゼント用に包装された箱を先輩が取り出す。持ち帰れないほど大きくはないが、学校の机に入れる引き出しより一回りほど大きいだろう。それを見て僕も、渋々と先輩へのプレゼントを自分のリュックから出した。

「メリークリスマス」

「それさっきも言ってませんでした?」

「良いことは二回言ってもいい意味のままだよ」

先輩が両手でプレゼントを渡してきたので、自分からのプレゼントを先輩のどこに渡そうか迷う。いや、別に受け取ってくれなくても良いのだが。僕は片手で先輩からのプレゼントをもらい、自分からのプレゼントをもう片方の手で先輩に渡した。見た目の大きさの割に重いが、片手で持てないほどではない。ってことはさっきの武者震いは本当だったのか?先輩の筋力が弱いなら話は別だが。やはり表情で嘘がわからない先輩の嘘は僕に見抜けないのかもしれない。

「はえー、こんな軽いプレゼントでプルプルしてたんですねー」

「だから武者震いだって。何もともあれ、とりあえず開けてみてよ。」

「じゃあお言葉に甘えて」

紙で包まれたプレゼントを開け始める。セロハンテープの一つ一つを爪で丁寧に剥がし、紙を破かないように慎重に中の箱を取り出す。その箱に書かれたデザインを見た途端、僕は先輩にこんなプレゼントをもらったことをとてつもなく申し訳なくなった。先輩はいつも僕に迷惑をかけているので、これでチャラだ。

「パソコン…」

「そう、パソコン!朝麻この前パソコンあればもっと勉強が楽なのにって言ってたでしょ?」

「いつの言葉なんですかそれ」

「僕が勝手に考えた」

ただでさえ陽キャのクセにやっていることが終わってる先輩には、妄想癖もセットされていたのか。先輩のことを知れば知るほど嫌気が差す。というのはちょっと嘘だったりする。

「でもありがとうございます。パソコンなんてめちゃくちゃ高いのに僕からのプレゼントがめちゃくちゃしょぼくて…」

「僕が朝麻にあげたかっただけだから大丈夫だって」

「じゃあ先輩がパソコンにつけた監視システムをきちんと作動させられるように頑張りますね」

「そんなものつけてないよ」

やっぱり先輩に冗談を言うのは面白い。センスがいいかどうかは自分でもわかっていないが、先輩の表情を見るたび思わず笑いそうになる。突然笑いだしたらからかわれそうなので、そんなことはしないが。

今ここで取り出して操作するのも相手に迷惑なので、包装されていた紙やテープごとパソコンをリュックにしまおうとする。「流石にテープと紙は捨てていっていいよ」とありがたいお言葉を頂いたので、紙をテープといっしょにクシャクシャに丸めた。狙いはゴミ箱。ほんの数mもないゴミ箱めがけて、完璧な軌道を描いたゴミはすっぽりと入っていった。先輩との関係性もこのぐらい簡単に捨てられればいいのだが。

「おー。完璧。」

「先輩にはできないでしょうね。パソコン一つで限界を迎えているので。」

「掘り返さないでよ。別に限界迎えてないって。」

リュックのチャックを閉める音が、心地よく響く。誘惑に負けた僕がチャックを開けしめしてしまうのを先輩が見ているはず。なのに先輩はそんな僕を無視するかのように次の話題をふっかけてきた。正確には僕の行動を無視しているだけだ。

「そういえば、良いお知らせと悪いお知らせがあるんだけど、どっちから聞きたい?」

「クリスマスに悪いお知らせとか、いい度胸してますね」

「別にいいでしょ?こういうのやってみたかったんだよ。」

 なるほど。そういうことか。良いお知らせを先に聞くより、悪いお知らせを先に聞くほうが心への負担が少ないはずだ。あげてから落とすのと同じように。

「じゃあ、悪いお知らせからで」

「そうこなくっちゃ」

どっちから来てもよかったでしょ

「まず悪いお知らせね。来年度から、部員が6人未満だと同好会になっちゃうらしい」

「へー。ていうかそれが普通ですよ。たぶん。」

「これだけじゃないよ。同じく来年度から、部費の用途が制限させられるらしい。」

「僕が提案したこと、ちゃんと承諾されたんですね」

「…本当にいいの?だって今までしてたマウスを使った実験とか半分遊びの実験ができなくなるよ?」

「そもそも学生にマウスを使った実験はよくないです。それより先輩が半分遊びの実験をしていた自覚があったことに驚きです。」

「朝麻ってやっぱ、真面目だよね。心が狭いというか。」

「これからもっとよりよい学校にしていけるよう、邁進して参ります」

必殺、話題逸らし。先輩から学んだ話をのらりくらり避ける技だ。非常にダサい。

「まぁいいか。じゃあ次、良いお知らせね。」

「すでに良いお知らせ聞いてますけどね」

先輩が部屋のドアを開けたので、自分もようやくチャックから手を離し、先輩のあとについていく。先輩が部屋のドアを閉めると同時に木製のプレートがドアに張り付いているのを見つけた。木星の形をしているのは、木製とかけているからなのだろうか。そのプレートには、「Ayama」とわざわざ英語で書かれていた。先輩は家でもかっこつけてるのか。

螺旋状の階段を降りてゆく。階段がオープンなおかげで、下に降り着く前に先輩が何をさせようとしているのかわかった。リビングのテーブルには、クリスマス料理。おそらく僕と先輩が部屋の中にいる間に先輩の母親がテーブルに出してくれたのだろう。外にでも行くのかと思ったが、すでに鶏肉を捕らえてあるとは。

「買ったとは思えない大きさですね」

その感想と言う名の質問に答えてくれたのは、先輩ではなくキッチンで何やら調理器具を洗っていた先輩の母親だった。

「あら、褒めてくれて嬉しい。そうなのよ〜近くのスーパーに大きいのが売ってて、私もびっくりしたのよ。」

(>ω<)という顔文字が思い浮かぶほどの張り切りよう。なるほど、腐ってもこの人は先輩の母親なのか、陽キャだ。話しやすい。唯一先輩と違うところがあるとすれば、変人ではないところだろう。しかしこの危険物を育てているのだから相当の手練れなのかもしれない。先輩は一人っ子だから、この母親は昔、危険物処理の仕事でもしていたのかもしれない。

「とりあえず席つきなよ。早くしないと冷めちゃうよ。」

「場の雰囲気は冷めませんけどね」

「上手いこというじゃない朝麻ちゃん」

思わぬ方向から褒め言葉が飛んできたが、こんなのでデレるほど僕は甘くない。普通の人なら軽く受け流せるという事実を見ないことにし、先輩の反対側の席につかせてもらった。「いただきます」とちゃんと言ってから、先輩の母親が切り分けてくれた七面鳥を口に入れる。まってくれ美味しすぎる。この前、先輩が実験を建前に作っていたカルメ焼きより美味しい。ちゃんと口の中にあるものを飲み込んでから、僕は素直に褒め言葉を返した。

「…美味しいです」

「でしょでしょ?僕のお母さんも捨てたもんじゃないよ。」

なぜか先輩から返答が来た。というか母親を捨てようとしてたのかこの人?そんな当の本人はすでに切り分けられた七面鳥を食べ終えている。意外と食い意地を張る人でもあるのか。

「綾っていつも私のことママって呼んでなかったっけ?」

「友達が来てるんだよ、お母さん」

「先輩の友達になった覚えはないんですけどね」

「綾、友達になれてない子を連れてくるなんて珍しいじゃない。」

「じゃあ後輩だ」

ずっと席につかせてもらっているのも気を使わせてしまうので、黙々と食べ続ける。締めのケーキまで食べさせてもらった僕は手を合わせて「ごちそうさま」と言い、必然的に「食器、お運びいたしましょうか?」と聞いた。「助かるわ」と言ってくれたので、自分のお皿はもちろん、それ以外の皿も台所まで運ぶ。先輩といっしょに運び終えると、食器を洗い始める母親を横目に、僕に話しかけてきた。

「あーさっ」

やけに明るい声で僕の名前を呼んだ先輩は、「じゃじゃーん」と言いながら、後ろ手に持っていた一つのゲームソフトを眼の前にかがけてきた。そのソフトには、「世界ひねくれボードゲーム」と書かれたタイトルに、オセロや将棋などなどのイラストが描かれている。そのソフトを包んでいる透明な袋が、自分が新品であることは当然だと物語っている。しかしわざわざじゃじゃーんと言いながら出すようなものなのだろうか。だとしたら申し訳ないが、そんなことは気にしなくていいかと思い直すことにした。先輩がテーブルの上に雑に置かれていたリモコンを右手にもち、電源ボタンを押す。家にテレビがないので、何を操作しているのか最初はわからなかったが、すぐにゲームを起動しようとしているとわかった。コントローラーの接続画面だとわかったのは、有名なゲーム会社のロゴマークが見えたからだろう。

「これで遊ぼ〜。あ、コントローラーこれでいい?」

「ゲーム機のことはよくわからないので、これでいいですよ。僕はコントローラーの操作なれてないので、きっと先輩が有利になるでしょうし。」

「大丈夫。そこらへんはフェアにやるから。」

操作を完全に先輩に任せ、手渡されたコントローラーを見つめる。あえて持ちやすい設計になっているであろうそれは、僕には少し大きく感じた。

「これやらない?」

先輩が提案してきたのは、四目並べだった。普通の四目並べではない。どうやら自分のコマの上に自分のコマを乗せると、それらがくっついて相手の色になるらしい。面白い、上等だ。新品なので、おそらく先輩もやったことがない。つまり僕が有利だと言うことだ。やったことないが。

「ハンデはどうします?」

「これ僕もやったことないし、いらないよ。そもそもどっちにハンデつけるつもりだったの?」

「僕がハンデを背負うつもりでした」

「完全に朝麻に舐められてるじゃん」

下の操作ボタンの説明をよく読み込み、準備する。先輩が「初めていい?」と聞いてきたので「良いですよ」と返すと、先輩がAボタンを押してゲームを始めた。三、二、一、ゼロとカウントダウンされると、制限時間のないゲームが開始される。今の絶対余計な演出だろ。ちなみに、先行は先輩だ。僕も先輩も真剣にゲームに取り組んでいるので、お互いに言葉はなし。黙々とコマを重ねていると、僕は斜めのラインの一歩手前まで作ることができた。コマを置きたいところの下には、自分のコマ。つまり今のターンで自分のコマを重ねて相手のコマにすれば、次はその上に自分のコマが重ねられるので、僕の勝ちになる。そう思ってコマを重ねた瞬間、勝者が決まった。僕のコマが先輩のコマとなり、そこには横一列が出来上がっていたのだ。

負けた。正座していた膝にコントローラーを慎重に置き、拳を振り上げる。やばい。拳の行き先がない。先輩の家のものを破壊するわけにはいかない。先輩本人に拳を振り下ろそうかとも思ったが、先輩はこれでも一応、表向きは普通の変な人だ。他の人から人を殴ったという評価は欲しくない。先輩が本性を他の人に見せればこんなことで葛藤する必要はなかった。

拳を高く持ち上げたまま下を見て俯いている僕。そんな僕がくやしい思いをしているのをわかっているクセに、先輩は追加攻撃を仕掛けてきた。現実でもゲームをすることになるとは。

「僕のほうが、朝麻より頭良いみたいだね?」

「地頭の問題だと思います。成績は僕のほうがいいです。」

「じゃあ発想力では僕が勝っているということで」

「先輩への皮肉だったらいくらでも思いつくんですけどね」

「朝麻は意外とユニークなんだねぇ」

この人には一生勝てそうにない。先輩お得意の話を逸らす術。僕より精度が高いと本能的に実感してしまった。

「他のゲームする?」

「いえ、そろそろ帰る時間なので帰らせていただきます」

「そっかぁ。残念。」

僕の膝の上に乗っているコントローラーを先輩が回収し、もう片方の手に持っていたリモコンでテレビの電源が落とされる。あっけなく画面を黒くされたテレビから目を逸らし、自分の横に持ってきていたリュックを手に持って立った。いけないと思いながらも、観葉植物の葉の手を触れる。周りを確認するが、先輩にも、先輩の母親にも見られていない。先輩に玄関まで先導されるまでもなく移動し、今度は自分が先に進む感じで先輩があとについてくる。丁寧に揃えられた自分のスニーカーに足を入れている途中で、先輩の母親がわざわざ玄関まで来てくれた。食器を洗っている途中だった先輩の母親までもが玄関に見送りに来てくれた僕の思うこと。当然、ちょっと寂しかった。

「じゃあ、今日はありがとうございました」

「また来てね朝麻ちゃん」

そのちゃん呼びはやめてほしいが

「ばいばーい、朝麻」

玄関のドアを先輩が開けられたので、そのまま真っ白な雪の上に足を落とす。来たときよりも雪が積もっていたので、スニーカーで来た足の中に染み渡る。今更ながら、スニーカーで来たことを後悔してしまった。後ろを振り返らずに、耳をすませながらまっすぐ歩いていく。玄関のドアを閉める音が聞こえた瞬間、僕は足を右に180度回転させた。別に寂しいからわざわざあの危険な先輩のもとに戻るわけではない。僕には一つ、やりたいことがあった。家の左手に周り、窓のギリギリまで体を動かす。窓を開けてでも家の中の音を聞こうかと思ったが、こんな寒さだ。暖房の効いた部屋ではすぐに気づかれる。自分のポケットに忍ばせていたイヤホンを取り出し、自分の耳に当てた。なんとか電波が届く距離にはいるようだ。観葉植物の葉につけた盗聴器から、微かながら先輩の声が聞こえてきた。イヤホンの上から、持ってきていた耳当てをつけて両手で押さえつける。木々のざわめきが耳当てに阻まれたおかげで、いくらか声が聞こえやすくなった。

「ねぇママー。朝麻からもらったプレゼントあるんだけど、開けていいと思う?」

「そうねぇ。朝麻ちゃん帰ったし、開けても良いんじゃない?」

「じゃあ開ける」

「あら、マグカップじゃない。よかったわねぇ。しかも家族全員分用意してくれて。」

「朝麻はああ見えて意外とユーモア以外のセンスもあるんだよね」

ユーモアのセンス。僕見てて思うのはそれですか先輩。普通、僕への評価は一に優等生でしょ。

「なにか封筒もはいってるわよ。これ綾への手紙じゃない?」

「まって、僕が開ける」

そうだ。開けろ。うまく行ってくれ。

「…すごっ。あの科学館の年パスじゃん。ちゃんと来年度の。」

「本当にプレゼントのセンスいいのね、あの子。毎年先着100枚しか発行されない年パスなんて、どれだけ頑張って手に入れくれたのかしら。綾、今度あの子に会ったら、ちゃんとお礼言うのよ?」

「わかってるって。というか見てよ。科学館までのバスの定期まで入っているよ」

「正直、私あの子のプレゼントがちゃんと綾のこと見てくれてるってわかって嬉しいわ。いい友達を持ったわね。」

「本人曰く、友達じゃないらしいけどね」

よかった。ちゃんと喜んでくれたようだ。先輩、せっかく理科得意なんだから科学館行けばいいじゃないですか。森で動物殺すよりもよっぽど通いがいがあると思いますよ。このメッセージが届くことを願っても、無意味だと思っている。ただ、間接的に先輩を誘導できればいいとも思っている。言葉では先輩に負けても、行動では勝っていると信じたい。痕跡がバレる前に、自身の能力で家の中にある盗聴器を回収する。もったいないので、これらはどこか高く売りつけられるところに売ってしまおうか。

そんな細かいことを考えながら、歩を進める。進むたびに雪が靴の裏の形をして、土っけを混じえながら固まっていく。踏みしめるたびに、溶けていた雪が染みているスニーカーがじめりと体を冷やしてくる。足を突き刺すように。

雪が視界をちらつかせ、今日の記憶を奥底に押し込める。眼の前の木々を白く染め上げている雪景色は、冷えた体にきれいに写った。

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殺動先輩 昼と夜と宇宙の外と @s_n_tai

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