第9話 隠し物

2013年4月1日


ここ数日の凍える気温とは打って変わり、今日は風に春の温かさを感じた。

ロングコートがないと外に出られなかったが、今日はジャケットで十分だ。

ポケットからスマホを取り出し、約束の時刻、十二時になったことを確認した。

コンビニの雑誌コーナーから外を見ていると駐車場から、コンビニの入り口に向かって歩く三人の姿が見えた。デニムジャケットを羽織る読野と目が合うと、俺は三人のもとへと向かった。


「創君、待たせてしまって悪いわね」

「大丈夫だ。さっそくだけど、公園に案内するよ」


俺が先頭となり、三人を公園の入り口まで案内する。コンビニから公園までは歩いて五分程度だ。


それから五分程歩いた。

公園前の横断歩道をわたり公園の入り口についた。

悠平は驚いた表情をして俺の方を見た。


「マジかよ、創、これって…」


悠平が指さした先にあったものは、入り口を塞ぐ高さ1.8m程のフェンスであった。

フェンスは入り口だけでなく公園を取り囲むような形で部外者の侵入を阻止していた。

フェンスには張り紙がされていた。


「えーと、公園閉鎖、立入禁止、公園緑地課より」

「創さんこれだと入れないですね」


公園に入れない事実を知っても、俺は驚いていなかった。

なぜなら公園が閉鎖されていたことは知っていたからだ。 


「この公園は2006年の10月1日に閉鎖されたんだ」

「市内の公園を集約するプロジェクトが発足して、いくつかの公園が廃止になった。その内の一つがこの公園ってわけだ」


俺がそれを知ったのは、10月1日にフェンスの設置作業を見た時だ。

公園に通い続ければ咲と会える。そう思っていた。

しかし、現実は甘くなかった。咲は一度も俺の前に姿を表さなかった。


「俺の身長と同じ高さのフェンスだし、俺ら男なら余裕で登れるだろ」

「それに、公園に入ったからって、誰かに怒られたりするわけじゃないし」


学校帰りで制服を着ていたら、学校に通報が入るかもしれないが、幸い今は私服だ。誰かに見つかってもごめんなさいで済むだろう。


「俺と悠平は公園に入るけど、二人はどうする」

「私と雪上さんも一緒に行くわ。気になるもの」


女性陣には、少し厳しいと思ったが、男性陣が先に入って、手を引けば入れると思っていた。


「了解、じゃあ入りますか」


俺はフェンスの金網部分に手をかけると、勢い良くフェンスをよじのぼり公園の敷地内へと着地した。続いて悠平も軽々とフェンスを登る。

俺はフェンスに足をかけると、頭をフェンスから出して一人ずつ引張り挙げた。

無事二人がフェンスを乗り越えると、俺達は公園の中へと入っていった。


公園の遊具は撤去されており。

子供たちの声で賑わっていた面影はなくなってしまった。

意外にも雑草は脛あたりの背丈しかないことから、定期的に除草されていることがうかがえる。

まずいな、除草されていたら花は咲いていないかもしれない。

不安を感じながら俺たちは、いつもの木へと向かった。

廃墟となった公園とは対照的に、木は昔の姿を保っていた。


「懐かしいな……」


当時のことを色々と思い出す。

ここで、咲が泣きそうな顔をして座っていたんだよな。

思い出の場所を指さす。

あそこには、ブランコがあって、二人で靴飛ばしの競争したな…

俺が余裕で勝つと思っていたけど、咲が意外と上手くて俺が負けた。

靴飛ばしで負けて、半分不貞腐れた俺がサッカーで勝負だって言って、鉄棒の間をゴールに見立てて勝負もしたな。

あのベンチで咲が持ってきた宿題を一緒に解いたよな。

一緒にいた期間はたった1ヶ月だったけど、色々な思い出が詰まっている。

思い出に浸っていると悠平の声が俺を現実に引き戻した。


「おいみんな!これ見てみろ!」


公園の別の場所を探していた、読野と雪上も悠平の声を聞いて集まった。

悠平は俺達を木の裏に呼んだ

そこには白い花が畳半畳ほどのスペースに咲いていた。

俺と咲は、この木の下でいつも会っていた。ここに花なんて咲いていなかったのを覚えている。

もし、推理があっているならこの花はマーガレットの花になるはずだ。


「雪上!これって、なんて名前の花だ?」

「この花の名前は…」


「マーガレットです」


推理は間違っていなかった。

【隠した。目印は君が持っている】の目印はこの花のことで合っていた。

だったら、この花の下に【隠した。】物があるはずだ。

考えが脳裏をよぎった瞬間、俺の手は花に向かって伸びていた。


「ごめん、あとで埋め直すから」


花の根元を掴み、根が傷つかないようにゆっくりと花を抜いていった。


「創さん、焦る気持ちはわかりますが、なるべく花を傷つけないようにお願いしますね」

「分かっている。丁寧に抜くよ」


ある程度の本数の花を抜いたことで、地面が露出した。ここには、何年も待った答えがある。スコップを持ってきて穴を掘れば良いが、そんな思考も回らず気がついたら、素手で地面を掘り始めていた。


「創、素手よりスコップ使った方がいいだろ。近くに百均ショップがあるから買いに行ってくるぞ」


悠平のアドバイスも俺の耳から通り抜ける。穴を掘る手は止まらない。

悠平は、読野、雪上と顔を合わせ、【こいつを頼む】という顔をすると、スコップを買いに公園の外へと走っていった。


土の感触は柔らかく、少し硬めの粘土のような感触だった。もっと硬い土かと思っていたが意外と素手でも掘れる。爪は多少痛いが、爪が剥がれるほど土の抵抗も強くない。十分程、まるで骨を隠す犬のように穴を掘り進めていくと手に何かが当たった感触がした。穴に顔を近づけて見ると黒いビニール袋のような物が出てきた。


急いで掘り進めると、ゴミ袋が7割程度、地面から顔を出したところで、ゴミ袋をつかんで取り出した。掴んだ感触から、箱の様な物が入っている気がした。

ゴミ袋はガムテープでぐるぐる巻きにされていたため、引きちぎる形で袋を破る。

そして、袋からそれを取り出した。

それの正体はプラスチック製の箱であった。

箱を開けてみる。

箱の中にあったものは洋封筒だった。ゴミ袋に包んでいたおかげか、封筒の状態が良さそうだ。封筒の口のテープを剥がすと中身を取り出した。


「これは、手紙だ」


読野と雪上も、俺の横から覗き込むように手紙を見る。


「咲さんの【隠した。】物ね」


この手紙には一体何が書かれているのだろうか。真相が目の前にあるというのに、ここに来て、俺の指が止まった。

俺が再会できると一方的に思っているだけで、そこには別れの言葉が書かれている可能性もある。

視野が狭くなり、世界が手紙だけになる。聞こえるのは自分の浅くなった息使いとやけに早い心臓の音だけ。

手の震えを押さえて、手紙の中身を読み上げた。


「創君へ」

「あの日、私が伝えたかったことは…」

「私、海外へ引越しすることになりました」

「理由は、海外の有名な音楽学校への入学が決まったからです」

「9月1日に日本を出発する予定が、急遽2日早まりました」

「両親には創君と会ってから出国したいと言ったけど、許してくれませんでした」

「約束破ってごめんね」

「公園のベンチとここに手紙を残します」

「2枚ともほぼ同じ内容だけど、ベンチにある手紙がなくなった場合の予備として埋めておきました」

「創君、2013年4月1日にもう一度会いたい」

「場所は、公園じゃなくて洲崎展望台に来て欲しい」

「時間は16時で」

「どうか、この手紙が創君に見つかりますように」

「立花 咲より」


「そういうことだったのか……」


焦燥感から安堵へと感情が移った途端、俺は土だらけの手を地面に落とした。


「手紙の約束だと咲さんは、今日の16時に洲崎展望台に来ますね」


俺は、土だらけの手でスマホを取り出して時刻を見る。

現在時刻は、13時30分。

ここから洲崎展望台へは二時間程度かかる。公園の最寄り駅から自宅までは30分ほどで着く。家の近くのバス停から展望台行きのバスはあるが時間当たりの本数が少ない。バスを使うなら間に合わない。家から自転車で全力疾走するなら間に合う。


「創くん、色々と疲れていると思うけどここが正念場よ」

「咲さんとの再会を果たしてちょうだい」

「健闘を祈るわ」

「創さん、頑張ってください!」


もう二度と会えなくなるんじゃないか。

なんで、勝手にいなくなったんだ。

色々考えた。

でもずっと謎のままだった。

だけど、謎は解けた。

俺はもう一度、彼女と会えるチャンスを手にしたんだ。

このチャンスは絶対に逃さない。

必ず彼女に会うんだ。

俺は立ち上がった。


「ありがとう、行ってくる!」

「読野!悠平に咲との再会の話楽しみにしとけよって、伝えてくれ!!」


俺は、そう言うと二人に背を向けて走った。

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