第2話
「テメェ! 急に何しやがる!」
シミラスが咳き込みながら立ち上がる。麻痺毒のナイフと片手剣の二刀流で業背負いを睨みつける。対して業背負いは何も反応をせず、ただ背負っている大剣を引き抜いた。
「いいか、俺はレベル50なんだぜ....テメェがいくらか知らねえけどよォ!」
叫びながら走るシミラスに構える業背負い。双剣と大剣なら、早く動いて手数で勝負する双剣が有利に見える。
「ハイリン・ビーニル」
業背負いは何かを呼ぶように声をあげ、剣を振る。シミラスはその言葉に一瞬動きを鈍らせたが、すぐさま身を翻らせ、後ろに回り込む。
「メルナ・アッシュ」
業背負いの背後が炎に包まれた。それはシミラスが回り込む最中のことだった。
「うわあああ!!」
突然の炎に焦ったシミラスは、さっきとは打って変わって情けない声を出し、炎の海から飛び出した。業背負いはそれを見逃さない。焦燥するシミラスの目の前に現れるのは、武器にしてはえらく神秘的な鉄塊だった。
再び、轟音。自分のすぐ近くまでシミラスの身体が転がってくる。
再び、咳き込む。シミラスがなけなしの力で這いずり回り、あの男から逃げようとする。
そして再び、それが喋る。
「ハイリン・ビーニル」
一歩。
「メルナ・アッシュ」
また一歩。業背負いが近づくたびに、シミラスの焦げ臭い顔が恐怖で歪む。
「ま、待て....金、ならあるから、いい女だって....紹介できるから」
シミラスの言葉を意に介さず、業背負いはゆっくりと歩く。わざとらしく、音を立てて。
「ヨジャネ・マリス」
僕はようやく理解した。業背負いは名前を言っている。ヨジャネはシミラスと初めて一緒にクエストをこなした時、横についていた僧侶だ。
「俺が....俺が何したっていうんだよ!!」
シミラスは開き直って罵詈雑言を業背負いに浴びせる。俺の人生、こんなはずじゃなかった。涙を浮かべるシミラスの顔は、前にそう言って破滅した冒険者を思い出させる。
「その他含め約10名。未練を残して死んだ者たちの魂と共に、その業を本来の持ち主へと返さん」
業背負いが大剣を振り上げる。それは武器というには神秘的で、聖遺物というには禍々しい。人間が見ていいものでも、扱っていいものでもない。畏怖を強制的に感じさせる大剣だった。
シミラスはもう叫ぶ気力すらないのか、両手を組み、啜り泣いて消えそうな声で懇願している。
「お願いします....殺さないで....」
業背負いが大剣を両手で握り締め、大きく振り下ろす。緑溢れる草の群れに、青い目と共に降り注ぐ白い刃。健康的な赤が真っ黒に見えた。
ああ、死んだな。麻痺毒は思考すら麻痺させるのか、シミラスの変わり果てた姿を見ても思うことはそれだけだった。
残されたのは麻痺毒にかかって声すら出せない僕と、賞金首「業背負い」のみ。見物に来たかのように、風が間を通り抜けていく。
助けも呼べない。逃げることもできない。相手がどういった生き物なのか分からない。僕はようやく気付いた。つまるところ、「ああ、死んだな」というのは自分に向けての言葉だった。
ついに奴が目を向ける。青い眼の下に薄暗い隈、辛うじて肌色を保っている顔は無表情で、やはり人間とは思えない。
「....」
業背負いはローブの中へと手を伸ばし、何かを探る。やがて現れたのは状態異常を回復してくれるポーションだった。彼はそれを除草剤でも撒くかのように、僕の右足と顔を重点的に浴びせた。
遠くなっていた身体の感覚が、次第に熱を持つ。
「お前は」
感謝の言葉をとりあえず言おうかとした時に、彼は遮るように話し始めた。
「お前は、キース・ツヴァルを知っているか?」
「....知らない」
そうとしか言いようがなかった。業背負いは返答を聞くとすぐさま踵を返して町へと向かう。
ようやく動く自分の身体は、とりあえずシミラスの冒険者カードを取り出して、回復のポーションを右足にかけ、業背負いの後を追うようにしてその場を後にした。
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どうして彼の後を追っているのか。形としては、その道が1番町に近いからだ。本質的には、この男に興味があったのかもしれない。
「....なんでついてくる」
ゆっくりと振り返り、白くて赤いローブをなびかせる。
「お礼の言葉、した方がいいかなって」
それが本心ではないということは、彼は気づいているようだった。僕の口は怯えて本心を語り出した。
「君は何者なんだ?」
これほど図々しい人もなかなかいないだろうな、なんて思うと同時に、図々しいついでに色々と質問してみようとバカなことを言う自分もいた。
「大剣を持てるのは戦士クラスのみなのに、君は範囲攻撃魔法まで使っていた。そんな職業聞いたことない」
本当に、自分はバカだ。
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