その男、業背負い。

@2007855

第1話

 クエスト一覧表の隅、誰も見ないような場所に、その賞金首の顔が載っている。


「業背負い 金貨100枚」


 本名不明、出身不明、役職も不明。知られているのはその2つ名と、まるで生気を感じない男の顔。


 (金貨100枚....やめておこう)


 そうして僕は真ん中に貼られた自分のレベルに見合うクエストを探し始めた。


 「平原のゴブリン退治 推奨レベル5」

 「森の白狼撃退 推奨レベル10」

 「火山の溶岩トカゲ討伐 推奨レベル20」


 こんなところかな。そう思い、白狼の紙を手に受付嬢のカウンターへ向かうところだった。


 「あれ、永遠の10君じゃん、久しぶり!」


 人目も気にせず大声で呼ぶのは、最近よく絡んでくる冒険者、シミラスだった。黄色に染めた髪をなびかせ、会話中の3回に1回はマウントを取ってくるようなやつで、クエストを一緒にこなした時、僕のレベルを聞いて「永遠の10」というあだ名をつけたのもコイツだった。


 そう、僕は3年間レベル10のままだ。


 「なに、今日も今日とてクエストですか〜?」


 シミラスは僕の手からクエストの紙を取り上げるや否や、すぐさま鼻で笑った。


 「いやマジで懐かし、白狼なんて雑魚すぎて相手にしたの2年前とかなんすけど」


 「そうか、成長できてよかったな」


 シミラスとは会話もしたくなかったし、早くこの場を離れたかったから、紙を奪い取り足早にカウンターへ向かう。それでも奴は横をピッタリ張り付いて会話を続ける。


 「まあまあそんな怒んなって、俺もさ、あんたのことは尊敬してるんだよ。永遠にレベルが上がんないのにめげずにクエストをこなしていく姿に俺は感動したの! だからな、今日はそんなあんたの為に、美味い話を持ってきたんだよ」


 美味い話、その言葉だけで大体どの話か想像がつく。追い返そうと足を止めるが、シミラスの口は止まらず、また紙を奪い、去っていく。


 「分かった、じゃあ俺もこのクエスト受けるし、取り分はお前に全部やるから、話だけは聞いてくれよ!」


 僕の返事を待たずに、シミラスはカウンターへ走っていく。諦めて壁へともたれかかると、冒険者たちがジョッキ片手に話し合う光景が映る。


 (....見ない顔ぶれだな)


 端のテーブル、歳は14〜15歳だろうか、戦士1人、弓使い1人のパーティーが飲んだくれのおっさん冒険者どもに絡まれていた。


 男の戦士は目を輝かせ話に夢中になっていて、対して女の弓使いは苦笑いしながら相槌を打っていた。やがて1人のおっさんの懐から1つの瓶がーーこの町における美味い話の原因がーーテーブルの上に置かれた。


 ファストレベリング。あの瓶の名前だ。一時的にレベルを上昇させて自身を強化、スキルも強化、獲得することができる。最初はみんな、その効果を目当てに使っていた。


 これは便利だ、いざという時に使おう。それが最初の言葉だ。


 次第に副作用が明らかになった。効果終了時の倦怠感、なにより恐ろしいのは飲んだときに感じる全能感だ。通常1つずつ上がるレベルは、力がみなぎる感覚はあれど、極めて薄いものだ。それを一気に上げるとなると忘れがたい経験になる。


 俺は無敵だ、この力を見せてやろう。それが次の言葉だ。


 いつしか人々はさらに強い全能感を求めるようになった。5レベル、10レベル、20レベル。同時に価格も倍々に増えていき、しまいには何もかも売り飛ばして破滅する人も現れた。


 俺の人生、こうなるはずじゃなかった。これが最後の言葉だ。


 人を狂わせ破滅へと導く瓶。それが今、何も知らない若者の目の前にある。周りの冒険者たちが続々と注目し始める。弓使いは流石に異変を感じたのか、周りを見渡し次第に顔が青ざめていく。彼女には老若男女の壊れた笑みが自分たちに向けられていることが恐ろしく感じたのだろう。


 そして僕と目が合った。そうは言ってもほんの一瞬で、僕がすぐに彼女から目を逸らした。目を逸らすための理由付けに、受付嬢の方に視線を向けた。あいつはクエストそっちのけでナンパをしている。


 次に自分の冒険者カードを取り出し、眺めてみる。自画像、名前、役職、レベル、スキル、大体の個人情報がこのカードに載っている。


 <ディラン・デュードランド レベル10>


 毎日眺めても何も変わらない。分かってはいるが、それでも今日こそはとどこかで期待している自分がいる。


 「お待たせ〜」


 シミラスはクエストを受付嬢に渡した代わりに、ひとまわり小さくて固い紙をひらひらさせている。


 「根気強くチャレンジした甲斐があったよ、今夜が楽しみでしょうがねぇや!」


 それは受付嬢の名刺だった。名前と顔、それだけしか書かれていないが、この町にとってある機能を持っている。


 「というわけで早速行こうぜ、レベル50の俺がパパッと終わらせますよっと」


 そのまま外に出ようと窓を見たとき、見覚えのある顔が走っていった。さっきの若い弓使いだ。テーブルには瞳孔が開いて呼吸が荒くなった戦士と、肩を組むおっさんたち。


 瓶の中身は空になっていた。


 ああ、歓迎するよ新入り。これまでの人生に遺書を書いたら、俺たちは同類だ。

_________________________________________


 森の奥深く、少し開けた場所に僕たちは立っていた。クエストのためではなく、シミラスの言う美味しい話を聞き流すためだ。


 「早速本題に入ろう、ディラン」


 大事な時は低い声で名前を呼ぶというのは、日頃から女と遊ぶうちに身についたテクニックなのだろうか。


 「あんたも知ってるだろ? ファストレベリング、最近新作が出たんだ。今までのよりさらにヤバいやつ、ちょ〜飛べるやつ」


 だと思ったよ。


 「ここだけの話、俺はそれが売られている場所を知っているんだ。あんたもさ、今までの自分にさよならしようぜ? レベル10の自分よさらば! ってな」


 つまりコイツは金貨3枚くらいのものを俺に6枚で売ろうとしているわけだ。


 「その話には乗らないよ。ファストレベリングは昔飲んだことがあるけど、それでもレベルは上がってなかったんだ。だからやめておくよ」


 「いやいや、昔より効果は高い今ならいけるかもしれないじゃん? チャレンジ精神持とうぜ、な?」


 今度は宥めるような猫撫で声で話しかける。その声と言葉が詐欺師そのものに聞こえて、思わずシミラスの伸ばした手を払う。シミラスは一瞬振り払われた手に視線を移し、すぐに僕の顔を睨んだ。


 「お前....」


 「とにかく、僕はもう飲まないことにしたんだ、飲んでも無駄だし飲みたくない。話は終わりだ」


 そうやって、白狼を探しに振り返った時だった。瞬きをした時、次に映っていたのは雑草の群れ。右足の感覚がない。重い身体をなんとか動かして振り返ると、右足に細長い傷創が開いている、その横には刃が少し黄色く光る投げナイフが転がっていた。


 「どんなレベルでも効く麻痺毒だよ、10レベ野郎」


 次に映ったのはヨレヨレの革靴。鼻の頭に鈍い衝撃が走る。勢いのまま仰向けになると、シミラスと目が合った。さっきまでのゴマスリ顔とは違い、スライムを見かけたかのような冒険者の顔だった。


 「散々俺のことを見下しやがって!」


 無防備に晒される脇腹に強烈なキックをお見舞いされる。咳き込む姿をシミラスは笑いながら眺めている。


 「おれはさ、レベル50だぜ? それなのによ、レベル10のお前に優しくしてやってることに、感謝の意もないってどう言うことなんだよ!」


 自分が喋るより先にシミラスは蹴り上げる。無抵抗な弱者をいたぶることは高レベルの特権だと言わんばかりの笑い声が響く。


 「ねぇねぇ、どうやって死にたい? このまま俺がいたぶり殺してもいいけど、ずっと麻痺状態のまま独りぼっちで狼に喰われてもいいよなぁ、ハハッ!」


 僕は死ぬのだろうか。これまで何度も自分の死ぬ姿は想像した、切られ、喰われ、溶かされ、溺れ、潰される姿を。それでもやっぱり、自分が死ぬ時何を考えるかまでは想像出来なかった。やっぱり怖くなるのだろうか? 頭がただ生きたいという考えに支配されて、恥も何もかなぐり捨てて必死にもがくのだろうか? 


 シミラスがしゃがみ込んで僕の顔を覗き込む。


 「....なんだその顔は」


 そう言われて初めて気がついた。僕は死に直面してもなお、いや、だからこそ微笑んでいた。シミラスもさすがに困惑の色を隠しきれてなかった。


 「まじで気持ちワリィ、すぐに殺してやるよ」


 シミラスが麻痺毒のナイフを両手で握り締め、大きく振り上げる。緑溢れる木々の間に、青空と共に降り注ぐ赤い太陽の光。黄色い刃が輝いて見えた。


 瞬間それらは真っ黒になる。僕が目を瞑っただけなのだが、不思議なことに痛みが来ない。もしかしたらもう死んだのかもしれないな、そう思って目を開けるが、先ほどと同じ鮮やかな景色だ。


 じゃあ何が起こったのか。シミラスは手を振り上げたまま顔を別の方向へと向けていた。僕たちがきた道とは逆方向の道、続く先に人間が立っていた。


 真っ白、と言うにはいささか土埃を被っているローブを身にまとい、背丈からして男だろうか、こちらの状況をじっと見つめていた。


 「いやぁ、ハハ」


 シミラスは立ち上がって、男の方へと歩み寄る。


 「これは、そう、ちょっとクエストの取り分の話で喧嘩したんだ、冒険者ならわかるだろ?」


 彼は冒険者なのだろうか。確かに盗賊なら単独行動はあり得ないし、人型の魔物にしては大人しい。けど何か、ローブの中には人じゃない何かが潜んでいそうで、そう思うくらいには人間として不自然な態度だった。


 「まあ俺らのことは気にしないでさ、どうぞ先に進んでくださいな」


 彼は懐から小さい袋を取り出し、男の胸に押し当てる。中からは小さくチャリと音が鳴る。


 「お前、シミラス・シェビラスか?」


 初めてそれが喋った。


 「....どこかで会ったことあるっけ?」


 シミラスはこの町では冒険者としてではなく女好きとして有名ではあるが、この町の外へ届くほどかといえば、間違いなくNOと言える。だから僕もシミラスと同じ疑問を持った。


 「ちょっと顔見せてくれよ」


 そうしてシミラスがフードに手をかけた瞬間、轟音と共にシミラスが吹っ飛ばされた。本当にあっという間の出来事で、痺れる感覚も相まって、僕は夢を見ているんじゃないかという気にさせた。男はどうやら蹴りをお見舞いしたようで、足を前に突き出していた。


 けどそれはどうでも良かった。顔だ。男の顔が、自分の思考を全て支配する。クエスト一覧表の隅、誰も気にしないような場所に貼られた、金貨100枚の賞金首。


 生気の感じない顔が、そこに立っていた。

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