2-2
◇
悩みは増えたが、天望部のことについては後回しでいいだろう。屋上で出会った少女、すみれの焼却炉事件調査に協力するかどうかを早く決めなければならない。
別に協力したくないわけではない。むしろ困っている人がいるのに助けないのは人の道にもとると俺は考えている。
しかし嫌な予感がしないでもない。仮に犯人の動機が新聞部が刷った新聞の内容が気に入らなかったからだとして、その意思を表明する手段として“新聞を燃やすこと”を選ぶ人間を相手にすることになるということだ。
犯人を突き止められたとしても極力こちらから関わりたくない。
……しかしそうなると尚更年下の女子一人が調査するのを手伝わないのはよくない気がする。
「……ヤバくなったら、やめよう」
そう呟いて俺は放課後の教室を出て屋上に向かった。天望部にも行かなければならないからとりあえず今日はすみれに調査の決意だけ表明して部室に向かおう。
◇
軋む鉄扉を開けて屋上に出た。空にはいくつか雲が浮かんでいるが昼の雲ほど低くない。昼間見えていた雲とは全く別の雲が流れてきたのだろう。
屋上には誰もいない。例の机はやはり物言わず佇んでいる。近づいて中を覗いてみると案の定、空がある。ゲームのバグみたいだ。この世界は誰かが作ったゲームなのかもしれない。……全否定できないからちょっと怖い。
「村瀬さん」
「うぉっびっくりした!」
背後から突然声をかけてきたのはすみれだった。全く気配を感じさせずに現れた。忍者かよ。
「それを言うならくのいちですよ」
「……まだ何も言ってない」
「顔に書いてましたよ」
察しのいいやつだ。俺を驚かせるためにわざと音を立てずに近づいてきたんだろうか。さてはいたずらっ子だな?
「それで……事件捜査、協力してくれますか?」
「……」
昨日は気づかなかったがすみれは俺より身長が頭半分ほど低い。それを感じさせなかったのは頭身のバランスの良さだろう。なるほど……これが上目遣いか、と思った。と同時に目を見ているのが恥ずかしくて目を逸らしてしまった。なんというかこう、クるものがある。
「ああ、協力するよ。ただし危険の及ばない範囲でな」
俺がそう答えるとすみれはぱっと表情を明るくした。
「ほんとですか?ありがとうございます!」
「俺、今日用事あるから調査とかは明日からでいいか?」
「わかりました」
じゃあ明日も放課後ここに、と言って俺は屋上を後にした。
◇
天望部の部室は南館の3階、西の端にある。事件が起きた焼却炉も南館の裏西の端だからちょうど部室の窓から見えるはずだ。焼却炉なんて今まで気にしたこともなかった。後で見てみよう。
本館3階まで階段を降りて渡り廊下に向かうとちょうど階段を登ってきた大柄な教師と鉢合わせた。仙石先生、通称ゴクセンだ。古典の教師にして我らが天望部顧問である。
「おう村瀬、お前も天望部のミーティング行くのか」
「先生も来るんですか?」
「晴山が、よければ俺も来てくれって。なんのミーティングか聞いてるか?」
「あーなんか勧誘に関することだとは聞いてます」
「そうか!勧誘か!いいことだ!まぁ、遅すぎるくらいだがな!」
今日の日付は5月11日木曜日。新入生の入学式からもう1ヶ月経っている。しかし入部希望者は今のところ1人だけだ。
別に何も勧誘しなかったわけではない。ビラだって配ったしポスターも作った(作らされた)。できることはできる限りやったのだ(主に晴山が)。それでも入部希望者がいないなら仕方がない。現実を受け止めよう。
天望部の部室前に到着した。ガラガラと引き戸を開けると乱雑に並べられた椅子に座っている部員たちと目が合った。
1、2、3、、、4人。晴山がいない。他は全員揃ったらしい。
「おい村瀬、遅せぇよ。今晴山がお前のこと探しに行ったところだぞ」
椅子に座って足を組みながらスマホをいじっているスポーツ刈りの男が俺に言った。
「おっと俺が最後だったか。別にそんなに遅くはねーだろ」
「俺急いでんだ。今日5時からバイトなんだよ。晴山のやつ急に部活来いなんて言い出しやがって」
あからさまに苛立っている風な態度をとるこの男、名を高森馮真という。「ひょうま」と読むらしい。馮という字を初めて見たので初めて会った日にどういう意味なのか聞いてみたが「知らん」と言われて会話が終わったのを覚えている。「名前の意味と、円滑なコミュニケーションの仕方を知らないんだな」と受け取った。
「まあ、久々に部員が揃うんだからいいじゃん。ていうか今年度初なんじゃないの?前はあんたいなかったし」
天望部同期の紅一点、浜本由里香が片眉を上げて言った。ふわっとしたボブカットが揺れる。色は明るい茶色で、曰く春休みに染めたらしい。「高校生の間にやりたいことは迷わず全部やるって決めたの」とのこと。
「前ん時も急だったしバイトあったんだからしょうがねえだろ。俺のせいにするな」
「まったく、部活紹介の日にすら全員揃わなかったんだから。ていうか5人しかいないのに揃わないのおかしいでしょ」
「まぁまぁ喧嘩するなよお前ら」
ゴクセンが間に入った。
「前回いなかった高森と森山は、深川とは初対面なんじゃないのか?」
5人目の男、森山珀人は窓際の机で突っ伏していた。机の上には彼の眼鏡が置かれている。
「こいつ1番に来て寝てました」
森山珀人と俺は所謂幼馴染と呼ばれる関係にある。小学校が同じで、昔から家族ぐるみで仲がいい。天体観測が好きなやつで、よく望遠鏡をかついで星を見に行ってるらしい。午前2時かどうかは知らないがその趣味のせいで寝不足なのだろう。基本的に無口だがしゃべるのが嫌いというわけではなく、必要がない時はしゃべらないだけだ。今は机に伏していてわかりにくいが体型は痩せ身で身長はかなり高い。
「起きて珀人、新入部員に挨拶して」
俺は机に歩み寄って優しく言った。なんかお母さんみたいだ。
新入部員。さっきからずっと浜本の横で俺たちの会話におろおろしている小柄な少女。深川千春という名前で去年卒業した深川先輩の妹だ。深川先輩は身長180超えてたのを思い出すとギャップがすごい。本当に妹か?深川千春の方は150センチくらいしかない。さっき会ったすみれよりも低そうだ。
「ん、ひとし昨日はありがとね」
珀人が起きた。目の下にくっきりと隈がついている。寝不足め。
「昨日?なんの話だ?」
「はは、別にそこまで気を遣わなくたっていいのに」
本当になんの話かわからない。寝ぼけて誰かと勘違いしてるんじゃないか。
珀人はのっそり立ち上がって教室を見回した。この顔つきで痩せ身ではあるが身長が190センチという恵まれた体を持っている。座っているとわからないが立ち上がるとガッツリ見上げる形になった。身長170もない俺には想像もできない世界が見えているんだろうな。
「おまえ、授業中もずっと寝てるんじゃないだろうな」
「うーん、どうだろ」
どうだろ、じゃないよ。そこははっきりしてほしい。こういう見た目だから教師も恐れて注意できないんじゃないだろうか。
窓際に来たついでに窓の外を見下ろしてみた。……あれが焼却炉か。初めて見たかもしれない。思ってたより校舎からは離れた位置にあり、コの字のブロック塀に囲まれている。年季を感じさせる大きな鉄の箱に観音開きの扉がついていて箱の上には煙突が伸びている。焼却炉ってみんなこういうものなんだろうか。
「あっあの!はじめまして!この度、天望部に入部しました深川千春と言います!去年までこの部活に在籍していた深川知秋の妹です!よろしくお願いします!」
焼却炉を眺めていたら深川千春が珀人に自己紹介をした。結構声を張っていたがそれは緊張のせいかそれとも珀人の顔色の悪さのせいかはわからなかった。
深川千春が高森にも自己紹介し終わったちょうどその時、部室のドアが静かに開けられた。
「やっぱ入れ違いになってたか、村瀬」
「俺探しご苦労、部長」
晴山が帰ってきてついに天望部員が全員揃った。
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