第45話 ミリオン=ロード



「フ~♪ フフ~♪ フ~♪」


「ミリオン様。ご機嫌でございますね。」




魔大陸の北にある大国『バルメリア』。


その魔王城の王座でミリオンは、美しい黄金色の髪を指で回し、鼻歌を歌いながら部下からあがってきた報告書を読んでいる。


スーツ姿のグレイブは、呆れた様にその様子を眺めていた。



「それはそうじゃろう!あの【ゴースト】がヒカリだったんだぞ!これはもう運命なのだ!!!もうそれが分かっただけで・・・・・我は・・・・・我は・・・・・くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」



両手で自分を抱きしめながら悶えている。



「ハッハッハッ!諦めろグレイブ!これは当分仕事にならんぞ!」


バジルが大声を出して笑っている。



「そうじゃのう。我らの王は戻ってこれなそうじゃから、我々で続きはやりますかの。」


コングレットが娘を見るような目で答える。



「はぁ。・・・・・その様ですね。それでは報告や今後の事も含めて、幹部会を開きましましょう。」


妄想モードに入ってしまった主を見ながら、グレイブはヒカリの事を想うと、薄く笑みを浮かべながら呟く。




「・・・・・ヒカリ様。これからよろしくお願い致しますね。」






・・・・・・・




・・・・・・・




・・・・・・・






五年前。




「ミリオン様!大丈夫でございますか?」



グレイブが倒れた主を起こす。



「・・・・・ふぅぅぅぅぅ。大丈夫じゃ。心配せんでいい。」


「大丈夫ではないでしょう!もう500年以上、【純血】を取っていないではないですか!体も幼女の様に小さくなってしまって・・・・・。ミリオン様。お願いです。どうか・・・・・どうか【純血】を取ってください!」



「フッ。そうじゃな。我が死ねば、お主達眷属も死んでしまうからの。」


「そう言う事を言っているんではないんです!」




数千年の時を生きている我らが主でいて、バンパイアの始祖ミリオン=ロード。



私達の主食は【血】だ。



我々眷属達は、この魔大陸の魔族の血を取って生きている。



しかしミリオン様は、300年に一度だけ【純血】を取らないと、体が弱っていってしまう。魔族の血は【純血】ではない。魔族特有の【魔血】が混じっているのだ。唯一の【純血】を持っている種族は【ヒューマン】のみ。その時に限り、我々は『ユーテラス大陸』へと渡り、街を滅ぼしてきた。しかし今回は主は動こうとしなかった。そして【純血】を取らずに500年もの月日が経過していたのだ。




「このままでは本当に命が危険です。何とか考え直して頂けないでしょうか?」


「・・・・・。」




我は黙る。



何万年になるだろう。もう数えていない。300年経つと、その度に『ユーテラス大陸』へと渡って、【純血】を求め、その国の民を虐殺していた。




もう嫌になった。




嫌になったのだ。




我は別に上位種族とは思っていない。


だが【純血】がないと生きていけない我は、少しだけ分けてもらえる様に頼もうと最初はするが、必ず襲ってくる。だから結局殺していた。




殺したくない。




こんな事やりたくない。




そんな想いが膨らんでいった。




そして600年前。


とうとうこの『魔大陸』に平穏が訪れる。数十あった国が淘汰され、残ったのは我の国を入れて五つ。この五つの大国が・・・・・五つの魔王が『魔大陸』を統べる王となった。



この大陸もやっと平和になったのに、『ユーテラス大陸』へと渡って虐殺などしたくない。


気づくと我は体が小さくなり、見た目は幼女の様になってしまった。




側近や幹部の者達が心配する。


悩みに悩んだが、我が死ぬと眷属達は消滅してしまう。行ってヒューマンに何とか頼んで【純血】を貰えないか、『ユーテラス大陸』へと幹部三人を連れて渡った。




「すまんが、血を分けてくれぬか?」


「この子供何言ってるの?気持ち悪い!さっさとどっか行って!」




「すっすまん。どうか血を分けてくれないだろうか?」


「あん?何だちびっこ。遊びなら他でやれ!」


「貴様ぁぁぁぁ!主に何て事をぉぉぉぉぉぉ!!!」


「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃ!化物ぉぉぉぉぉ!!!」




幹部の一人、フードを深く被ったバジルが怒鳴ると、顔を見た男は腰を抜かして走り去ってしまった。




やはりだめだった。



体が幼くなったからか、逆に襲われる事はないが相手にされなかった。




そして彷徨い続け、ある森で力尽きた。





「ミリオン様!!! えぇい!俺がヒューマンの首を取ってくる!」


「やめろバジル!我が主はそんな事は望んでいない!」



「だっ、だが!このままだと本当に死んでしまうぞ!」


「・・・・・それも主の意思じゃ。我々は黙って付き従うのみ。」




グレイブとコングレットがバジルを止める。



我はもう止める力も残っていなかった。






「あれ?どったの?」






今でも忘れない。



忘れる事が出来ない出来事。



森の中に一人、大きな荷物を抱えて現れた少年。



これがヒカリとの出会いだった。





ヒカリは幹部達を無視して近寄ると我を優しく起こす。



「大丈夫?」


「・・・・・血を・・・・・血を少し分けてくれぬか?」


「へっ?血?」



我は頷く。



もう諦めていた。どうにもならない種族の壁を感じたからだ。



少し少年は驚いたが、聞こえない微かな声で「あぁ、バンパイアね。」と呟くと、納得した顔で言う。




「いいよ。」




!!!!!




「いっ、いいのか?」


「あぁ。」




我は震える。震えた白い手で少年の肩を掴むと、首に顔を近づける。




「ほっ・・・・・本当にいいのか?」


「いいって言ったろ?いいから飲め!ヤバいんだろ?なら遠慮しない!・・・・・あっ、でも数回に分けてね。僕も死にたくないからさ。」




・・・・・パクッ。




少しだけ。




少しだけ吸った。




【純血】を。




美味い。




美味い。




何という美味さ。




この少年の【純血】は今まで味わった事のない味だった。




少年の体を気遣い、少ししか吸っていないのに、あっという間に力がみなぎる。




みなぎる・・・・・みなぎるっ!!!!!





他の幹部達もうまそうにその光景を見ていた。



ヒカリは隣の国へ行く途中だったらしい。



我は付いて行った。【純血】をくれた恩を返したくて。



そして隣国『フレグラ王国』へと着き、ヒカリが家を買い、共同生活が始まった。




「えっ?グレイブさんもバジルさんもコングレットさんも血が必要なんだ。」


「はい。ヒューマンでなくてもいいんですが、我々も血は必要でして。」



「そっか。・・・・・僕一人じゃ、ミリ位で限界かな。なら、盗賊狩りしようか!」


「「「 盗賊狩り? 」」」




『ユーテラス大陸』に住む者は力で統べる『魔大陸』とは違い、法という物で守られている国がほとんどとの事。そして悪事を働く者もいる。その中の一つが盗賊なのだそうだ。



時間が空いた時にヒカリの案内で、盗賊狩りをする様になり、幹部達も完全に回復した。



それからというもの、他の幹部達もかわるがわる来るようになり、盗賊狩りを続けた。



そして一年が経った頃、グレイブが我が国『バルメリア』からの連絡を受ける。



西の大国『リトマンデ』の軍が不穏な動きをみせていると。




「ミリオン様が居ないのが知れた様です。」


グレイブが報告する。



「ウム。では帰るぞ。」



「えっ?いいのか?」


バジルが驚く。



「・・・・・今『魔大陸』は五つの国が均衡を保っておる。それを崩すわけにはいかんのでな。」


「いいのですかな?」



コングレットが念を押す。




結局、ヒカリには何も恩返しが出来なかった。ただ一緒に住んで、【純血】を分けてもらい盗賊退治をして。・・・・・何も出来なかった。でも、ここに我がいると分かれば、こちらに『リトマンデ』の軍が襲撃に来る可能性もある。大事なヒカリだけは危険な目にあわせる訳にはいかなかった。




「行くぞ。」


「せめて別れだけでもしなくてよろしいのですか?」



グレイブが止めようとする。



「・・・・・よい。」






貴方の顔を見たら動けなくなる。





貴方の声を聞いたら離れられなくなる。





だからごめん。





ごめんなのじゃ。





ヒカリ。





ゆっくりと体が大きくなると、美しい大人の女性へと変わる。






「・・・・・行くぞ。」


「「「 ハハッ!!! 」」」




闇がミリオン達を包むと、そのまま消えていった。




そんな五年前の出来事。






・・・・・・・




・・・・・・・




・・・・・・・






王の間から幹部達が呆れながらいなくなると、ミリオンはそのまま部屋へと戻り、巨大なベットへとダイブする。



「・・・・・ヒカリ。ヒカリ。ヒカリ。・・・・・ヒカリと我はこれで一心同体。生きる時も死す時も一緒。・・・・・ヒカリ♪・・・・・我は今も処女じゃぞ♪・・・・・この身は・・・・・この身はお主に捧げるのじゃ!!!!・・・・・ウフッ♪ ウフッフッ♪ ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフ♪♪♪♪」




魔王の部屋から奇声が上がる。






遠い遠い『フレグラ王国』にある家の自室で、ヒカリが大きなくしゃみをしたのは言うまでもなかった。







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