第23話 滅亡
「ご馳走様でした!」
「ご馳走様。」
チェリーは美味しそうに昼食を平らげると、満面の笑顔を私に向ける。
「パパ。お庭に出ていいかな?」
「いいけど、まだ病み上がりなんだから、無理はしちゃいけないよ?」
「うん!」
そう言うと、元気よくパタパタと食堂から出ていく。
「チェリー様!家の中では走ってはいけませんよ!」
「は~い!」
侍女がやれやれと言いながら、嬉しそうにチェリーの後を追いかけて行った。
「お嬢様が元気になって・・・・・本当に良かったです。」
食器を静かに片づけ始めながら、走り去ったチェリーを見て執事は言う。
「そうだな。」
【ゴースト】様がいらしてから五日が経った。
娘は翌日から、みるみるうちに元気になっていった。痩せこけた顔は日が経つにつれて膨らみを持ち、体もそれに合わせるように太くなっていく。まだ五日しか経っていないのに、今までの病気が嘘の様に、私に満面の元気な笑顔を見せてくれる。
この1,000年間生きて来て、こんなに幸せな時を過ごしたのは初めてだった。
「・・・・・これも全て【ゴースト】様のおかげ・・・・・。」
食後の紅茶を飲みながら呟く。
【死神憑き】。
絶対に治らないとされている病気を、あっという間にあの方は治してしまった。
こんな奇跡。
こんな感動を目の前で見せられてしまったら。
リスナーだけでは全然足りない。・・・・・全てを・・・・・私の全てをあの御方に捧げたい。
「ジョージ。悪いが、皆を集めてくれ。」
「承知致しました。」
執事に指示を出して、この館で働いている者達を集める。
居間へと集められた者達は、何事かと私を見ていた。
私はここにいる人数分の用紙を、テーブルの上に置くと話始めた。
「皆に大事な話がある。・・・・・君達は先代、先々代とずっと昔から代々働いてくれた大切な者達だ。もう家族の一員といっていもいいだろう。昨日、君達に一生分暮らせるゴールドを銀行に入れておいた。それを受取って、一ヶ月以内にこの国から出て行って欲しい。もちろん、次の国も私が用意した。これがその許可書だ。」
全員ざわつき始める。無理もない。
私は続ける。
「この国は後数ヶ月もすると・・・・・滅ぶ。それは、ただ国の名前が変わるだけかもしれないし、民を巻き込んだ敗北前提の戦争になるかもしれない。王の決断次第だが、君達に危険な可能性を残したくはないのだ。だから分かって欲しい。」
「・・・・・クロック様とチェリーお嬢様はどうされるのですか?」
執事のジョージが質問する。
「私達は数日後にこの国を出て、君達とは違う国へと行く。貴族という名を捨ててね。」
「そうですか。・・・・・クロック様。私達は昔から代々仕えている身。皆、貴方様を信頼しております。ですので、この提案に対してお受けいたしますが、いつかその身が落ちつきましたらまた呼んで頂けないでしょうか?」
「私も!」
「俺も!」
「クロック様!」
ジョージの後に続く様に皆が言う。
「君達・・・・・分かった。それでは落ち着いたら一度声をかけよう。ただ、その時に今の暮らしで満足している者は無理に来なくていい。それだけは約束してくれ。」
全員が頷いた。
「それでは、皆、元気でな。」
「皆さん!今までありがとう!」
数日後、荷物をまとめた私達は、この館で働いてくれた人達と別れを告げる。
執事のジョージが代表して前に出ると、片手を優雅に出して頭を下げる。
「クロック様。チェリーお嬢様。・・・・・またいつか。」
私と娘は【ホール】へと入って行った。迎えに来た美しい銀の髪をした女性と共に。
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「隣国の『シュエン国』と・・・・・・・『アーツ帝国』だと?」
『オーメン国』の王は立ち上がると、伝令兵の報告を聞いて驚く。
「宰相はどうしたのだ!」
「そっそれが、急いでクロック様の館へ伝令に向かわせましたが、守衛も、執事も誰もいなくて・・・・・もぬけの殻でした。」
「なに???」
娘の容体が悪く、暫く休みが欲しいと、私の代で初めて頼まれたので了承したが・・・・・もぬけの殻だと?
隣にいる内務大臣のイアンを見る。
「国王よ。突然の来訪でも『シュエン国』・・・・・特に『アーツ帝国』を待たせては深刻な外交問題になりかねません。取りあえずは、謁見の間に行って用件を聞いた方がよろしいかと。」
「そっ、そうだな。」
急いでイアンを連れて謁見の間へと向かう。
宰相クロックが・・・・・『オーメン国の守護者』がいるというだけで、他国はほとんど干渉してこなかった。この国は大陸の中心にある小国で、様々な国に囲まれている。その為に、昔はよく攻め込まれた事があったが、ことごとくクロックの采配で返り討ちをしてきた。そのおかげで周辺国はクロックを恐れて、今はどの国も攻めてくる事はなかった。
謁見の間の裏扉の前まで来ると、兵が扉を開ける。
すぐに王座の後ろに控えていた将軍が声を上げた。
「王が参られた!」
王がゆっくりと歩きながら王座へと座る。その隣にイアンが立つ。
目の前には、六人の来訪者がいた。その内の一人の女性を見て王は驚く。
「・・・・・これはこれは、遠路はるばる遠い所からよくぞお越しいただいた。ハートランド殿。」
ハートランド。
世界最大の大国『アーツ帝国』の頭脳でいて宰相。
この世界の首脳達で知らない者はおそらくいないだろう。そしてその両脇には『アーツ帝国』特有の漆黒の鎧を着て赤いマントを羽織っている大将と中将が。残りの三人は『シュエン国』の宰相を入れた大臣達だった。
ハートランド。・・・・・まさかこの様な大人物がこの小国に何の用なのか。
「お初にお目にかかります。『オーメン国』の王よ。名乗らずとも知っているとは恐縮でございます。又、突然の訪問に対してご対応頂き、ありがとうございます。」
そう言いながら軽く会釈をする。
「うむ。ハートランド殿の様な大人物がいらして、国が対応しないわけにはいくまい。・・・・・しかし、本当なら我が宰相クロックも同席させたかったのだが、あいにくと休暇中でな。」
「・・・・・。」
ハートランドはクロックの名を聞いて、少しだけ眉をひそめたが王の言葉を待つ。
「・・・・・して?どの様な用件で参られたのか?」
すると、ハートランドはまっすぐに王を見ると、静かに話始めた。
「王よ。この王都の周りは、既に『シュエン国』と我々『アーツ帝国』の軍隊が包囲した。」
「・・・・・は?」
唖然とする王。
隣にいるイアンが叫ぶ。
「ハートランド殿!何を言っているのか分かっているのか!しかも『シュエン国』の軍隊も?『シュエン国』は我々の同盟国ではないか!!!」
『シュエン国』の宰相が前に出ると、誓約書を見えるように出す。
「先日、クロック宰相が直々に我が国に参られてな。同盟を破棄すると正式に申され、誓約書を破棄された。」
「なっ!なんだと?!!!」
王は驚き、思わず立ち上がる。
『シュエン国』の宰相は続ける。
「そして、すぐにクロック殿の仲介で、我が国は『アーツ帝国』の同盟国となった。・・・・・これにより、昔からの悲願だったこの『オーメン国』を手に入れる事が出来る。」
「ふざけるな!そんな破棄は無効だ!王も私もそんな事は知らんのだ!」
「イアン殿。貴方も知っていよう。この『オーメン国』の宰相クロック殿の言葉は王の言葉。・・・・・それは歴代の王が世界に通達した事だ。そうですな?オーメンの王よ。」
王は反論が出来ない。
それは、『オーメン国の守護者』と恐れられたクロックがいる事で、周辺国の抑止力となっていた。だからこそ、何があってもすぐに王の判断を待たずに行動できるように、全権限を与えていたのだ。
やり取りを見ていたハートランドは手を上げて、『シュエン国』の宰相を黙らせる。
「・・・・・王よ。貴方に選ぶ事が出来るのは二つのみ。一つは戦わずに降伏する事。そしてもう一つは我々に蹂躙される事です。」
イアンが反論する。
「そんなのは嘘だ!この王都を包囲しただと?国境からどれだけの距離があると思っているのだ!しかも、この国に進軍したらすぐに気づく!そんな事があり得るか!」
すると、玉座の後ろで控えていた『オーメン国』の将軍が王の横に立つ。
「王よ。・・・・・・我が軍が導きました。」
!!!!!!!!
王とイアンが絶句する。
「・・・・・もう、クロック殿はこの国にはいない。亡命したそうです。そして同盟国との破棄。・・・・・一緒に戦ってくれる国もいない。そして『オーメン国の守護者』もいない。そうなると周りは敵国だらけです。・・・・・私はこの国の・・・・・いや、この国の民が血を流さない為に・・・・・クロック殿の言葉に従います。」
「クロックぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
イアンは、ここに居ない宰相の名を叫ぶ。
王は茫然としながら王座の前にへたり込んだ。
一ヶ月後。
実質、『アーツ帝国』の傘下となった『シュエン国』が、隣国『オーメン国』を占領した。
『オーメン国』の軍は戦わずして『シュエン国』の軍門に下り、国民は『アーツ帝国』の配慮で、一切差別のないシュエン国民となった。
そして王族。貴族。全ての大臣達は。
残らず。
斬首された。
この日。
『オーメン国』は滅亡した。
そして後に『無血の滅亡』と語られる事となる。
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「これでよかったのか?」
『アーツ帝国』の巨大な帝城。
その上層階の一室。
一部の許された者しか立ち入る事が出来ないその部屋に、【五大将】の一人、【武】の大将ボードウィンがハートランドに聞いていた。
「クロックは昔からの友人でね。滅多に頼まない男が頭を下げて頼みに来たんだ。そして我が帝国の利になる提案。・・・・・断る理由はないでしょ?」
「・・・・・そうか。それでそのクロック殿はどこへ?」
「それが私も知らないのよ。まぁ【キューブ】があるから、落ち着いたら連絡があるでしょう。気を長くして待つわ。」
クロックの謀反。
それは娘の真相を知った時から、計画が動いていた。
周辺国と密談し、『アーツ帝国』が動いた時に手を出させないように。そして、同盟国の『シュエン国』が虎視眈々と『オーメン国』を狙っているのを知っていての提案。
全てがクロックの策略だった。
「我々希少種のハイヒューマンは情に厚い・・・・・・あんな惨い事をして縛らずに、国が心からの感謝と信頼を預ければよかったものを。」
ハートランドは窓の外を見ながら呟いた。
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