第20話 特殊個体
「こいつ・・・・・。」
でかい。
そして雰囲気も全然違う。
あの時の『古の森』のミノタウロスもやばかったが、こいつは遥かにヤバい。
通常のミノタウロスなら脅威度はCランクだ。・・・・・だがこいつは特殊個体。おそらくAランク相当なのだろう。
確か調べによると、ミノタウロスはダンジョンの中層に生息しているモンスターだったはずだ。
そんな奴が何でこんな階層に出てくるんだ?
戦えば、僕ではまず勝てないだろう。・・・・・しかし『古の森』の経験があったからか、今も落ち着いて考えられる。
どうする?
【逃げ】一択しかないけど・・・・・全力で逃げれば何とかなるか?
・・・・・もう一つあるスキルを使うか?
1対1なら結構有効な逃げ特化のスキルだ。
でも、あんなレベルが高い特殊個体に効くかが分からない。
僕は特殊個体を見る。
先に逃げた冒険者達とは結構距離が離れた。多分追いつかれる前にダンジョンから出られるだろう。
「さてと。」
まだ動かない。
なら一気に。
逃げようと思った時、赤いミノタウロスは、僕を見下ろしながら突然ニヤニヤしだすと、片手に持った冒険者の首から流れる血をすすった。
「てめぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ドンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!
キレた僕は、一気に懐まで入って斬りかかろうとしたが、入った直前に素早く横に移動して躱され、赤いミノタウロスの回し蹴りをくらう。
その威力は凄まじく、咄嗟に両腕をクロスして防いだが、数十メートル後ろへとバウンドしながら吹き飛ばされた。
「チッ!・・・・・やっぱ強ぇ!」
ショートソードを持ちながら、防御した腕が痺れて震えている。
ヤバイ。熱くなっちまった。
死体を弄んだ事にカッとなって飛び込んでしまった。
逃げられるか?
すぐに頭を切り替えて考える。
さっきの攻守で位置が入れ違いになってしまった。これだと目の前の特殊個体を通り過ぎないと、ダンジョンから出られない。おそらくそう仕向けたのだろうが。
「ヤバイな。」
こうなったら【身体強化】の倍掛けで、一気に通り過ぎるしかない。
おそらく僕がそこまで速いとは思わないだろう。
しかしそれでも対応されたら?
相手は特殊個体で、知能も高く、Aランク相当だ。
「・・・・・ん?」
相手を見ると、目を見開きながら茫然としていた。
そして・・・・・突然叫んだ。
『Gaaaaaaaaaaaaa!』
一気に僕に向かって走り出した赤いミノタウロスは、構えている僕には目もくれず、そのまま通り過ぎると、一目散に走って下の階層へと消えていった。
「・・・・・・・へっ?」
安堵と一緒に思わず変な声が出た。
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走る。走る。
特殊個体はとにかく走った。
あの場から逃げる様に。
ずっとこのダンジョンの中層から下層の間位で、力でモンスター達を従えて、骨のありそうな冒険者を襲っては食っていたが、最近はあまり遭遇する事がなく飢えていた。
中層から下層になると、ダンジョンの広さも大きくなる為に、冒険者と遭遇する事も極端に低くなるからだ。
モンスター達にも序列があり、下に住めば住む程、強いという証になる。
だからこそ、強いモンスターは上層へは行かなない。
プライドが高く、弱いモンスターと一緒にいると恥になるからだ。
しかし、特殊個体は我慢できなかった。
冒険者の血の美味さを覚えてしまったから。
プライドを捨て、上層へと初めて上がる。
特殊個体でない同類も、他のモンスターと一緒に、自分を見ると逃げ出した。
気持ちが良かった。
優越感に浸れたから。
そのまま更に上層へと行き、遭遇した冒険者を殺しまわる。
久しぶりに食べた冒険者はやはり美味い。
そして逃げまどう者達を追いかけていると、一人の冒険者に出会った。
見た感じは逃げまどっていた者達とあまり大差ない。
同じ様に逃げられると面倒なので、少し挑発してみると、見事に引っかかり上手く逃げ道を塞ぐことが出来た。
おそらく今日はこの獲物で最後だろう。
ゆっくりと調理しようと思った時・・・・・・・ふと視線を感じた。
この獲物ではなく、別の所から。
奇妙だった。
その視線は、獲物の影からだったから。
反射的に影を見ると、そこには銀の髪をした女が顔半分だけ出して、こちらをジッと見ていた。
ゾクッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!
見た瞬間。
絶望。
そして恐怖。
今までこんな恐怖を覚えた事がない。
死神が。
巨大な鎌を首元に突きつけているかのように。
本能が逃げろと伝える。
【死】。
これ以上。
あの獲物に何かしたら。
間違いなく【死】が訪れる。
特殊個体は我を忘れた。
気づくと走り出し、一目散に逃げた。
この場から出来るだけ離れる為に。
周りには目もくれずに、ひたすら走る。
・・・・・そして気づくと、いつもいる中層と下層の間。
そこで暫くの間、うずくまりながら・・・・・・・ずっと震えていた。
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「結局何だったんだ?」
もうすぐ『マリオン』に着く魔導列車の中で呟く。
あの特殊個体はヤバい程強かった。
逃げられるかどうか分からない状況で、どうするか考えているとまさかの素通り。
そのまま下の階層へと消えていったのだ。
何で僕を見逃したのか。
意味が分からなかった。
無事帰還すると、入口は特殊個体が現れて大騒ぎだ。
逃げた冒険者達が、すぐに【キューブ】で冒険者ギルド『フレグラ支部』へと連絡をしたみたいで、今後、上位の冒険者がその特殊個体がまだいるかどうか上層を調査するらしい。
「ヒカリ様♪ 風が気持ちいいですね♪」
「さいですか。」
いつの間にか影から出ていたレインは、魔導列車の窓を開けて気持ち良さそうに風にあたっている。
夕日の光が銀の髪に反射してとても綺麗だ。
・・・・・でも、今回はマジで反省しないと。
ついカッとなってしまって、逃げられる確率を下げてしまった。
もっと感情に流されないで、冷静に対処しないといけない。
僕は反省しながらも、E級になって初めての成果に喜びながら、ギルドへ報告と換金に向かった。
「意外と良かったな!」
思わず顔が笑顔になる。
今回の討伐報奨金と魔石の換金。
しめて11万ゴールド。
F級だった時は、一日良くて4万。悪くて1万の報酬だったから倍以上だ。
これなら今までより大分楽になるし、もっと【本業】に時間を費やすことが出来る。
「フフッ♪ 良かったですね♪」
「うぉ。ビックリしたな。」
もうすぐ家へと着きそうな所で、影から出てきたレインは嬉しそうに答える。
いきなり出てくると、結構ビックリするんだよね。
そのままレインと話をしながら家まで着くと、玄関の前には片膝を付いて頭を垂れている三人がいた。
「おっ!みんな帰って来たんだね。」
三人は立ち上がると、中心にいるさくらが僕に言う。
「・・・・・ち~ちゃんがいる場所が分かりました。なので【ホール】を開けて繋げましたが・・・・・どうされますか?」
「すぐに行くよ。」
即答した。
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