第9話 神殿


「・・・・・う・・・・・。」




僕は目を開ける。


気絶をしていたのか。




「・・・・・ちくしょう。全然体が動かねぇ。」



大の字に寝そべっている僕は、今どこにいるのかさえ分からない。


両腕が折れていて、動かそうとすると激痛が走る。両足も痙攣していて小刻みに震えている。肉離れや筋を何本もやっているのだろう、ピクリとも動かない。



僕は激痛を我慢しながら、無理やり右手をゆっくりと動かして、腰にあるポーチから最上級ポーションを取り出すと、寝ながら一気に飲んだ。



僕が誕生日の日に、何かあった時の為にと、『獣の誓』の皆さんからプレゼントを貰った代物。



通常のポーションだとかすり傷程度なら治るが、内部の損傷などになってくると程度によって、上級ポーションやもっと上の最上級ポーションでないと治らない。更に欠損レベルになってくるとポーションでは治らず、【大聖女】様が使う回復魔法しか治らないと言われている。・・・・・まぁ、僕は別のやり方をすれば何とかなるんだけど、これは本当にいざという時にしか使おうとは思わない。



激痛が痛みに変わり、暫くするとその痛みもなくなってくる。



僕はゆっくりと起き上がり、腕や足を動かす。


腕は普通に動くし、足の痙攣も収まり、切れた筋も元通りになった様だ。



「ふぅ。助かった。・・・・・『獣の誓』の皆さん。ありがとう。」



独り言の様に呟く。



そして周りを見渡した。



目の前には小さな神殿がある。目的の場所に着いたようだ。



でも違和感が凄い。


何故ならば、今までの戦いが嘘の様に、モンスターが神殿の周りには一匹もいないからだ。



僕は後ろを振り返って、先を見る。


そこには襲われたドラゴン達が、僕を探す様に飛び回っていたり、動きまわっている。



僕が見えているはずなのに、この神殿には近づこうともしない。まるで存在自体が無いかの様に。



「どういう理屈なのかは分からないけど、とりあえずは助かったという事か。」



まだドラゴン達は、僕を探している様だ。


おそらくあのノーフェイスもまだいるだろう。



暫くは時間を潰して、諦めていなくなったのを見計らってから全力で戻るしかない。


とりあえずは最上級ポーションのおかげで、傷も癒えたし体力も戻った。


少し血を流しすぎたが、それ位は何とかなるだろう。


夜になると『古の森』はもっと危険になる。


夕方になる前には入口に着きたい。



僕は時間潰しも兼ねて、一応警戒しながら神殿の中へと入って行った。






「特に何にもないなぁ。」



中に入ると、空間があるだけで他には何もない。神像や教会の椅子などが並べられているのかと思ったが、本当に何もない、だたの壁に囲まれた空間だった。


魔法で【気配察知】を唱えたが、モンスターもやはりいないようだ。



良かった。良かった。



キョロキョロ周りを見ながら歩いて行くと、中央に地下に下りる階段があるのに気づく。



「あれ。階段があるじゃん。」



僕はぐるっと神殿内を見てまわると、そのまま地下へと下りていく。



すると、奥には鉄格子のある小さな牢屋が一つだけあった。



その牢屋の前には、二つの椅子とテーブルが置かれている。


僕は置かれているテーブルの前まで来ると、指で触ってみるが埃一つ付いていない。



「これは最近誰か来ていたのか?」



牢屋があるという事は、監視の為だろうか。


でも、ここまで来るという事は、あのドラゴンやミノタウロスと接敵してもおかしくはない。よほどの者が来ているという事だ。



僕はそのままその先の牢屋を見た。




「芋虫?」




そこにいたのは、大きな芋虫の様な物体が四匹転がっていた。



僕は牢屋に近づいて、その物体をよく見る。


ピクリとも動かないその物体は、顔の様な目の様な物が付いている。腕や足もおそらく前はあったのだろう、切られた痕があった。




「・・・・・ひでぇな。」




思わず呟く。




これは人間なのか、他の種族なのか。・・・・・とにかくこれは生物だ。


こんな状態で牢屋に監禁するなんてどうかしている。



バチッ!



僕は牢屋の扉を触ると、手が弾かれた。


魔力を少し持っていかれた感じがする。



「ふ~ん。これは普通の牢屋じゃないみたいだな。何かの封印の様な物なのか?」



まぁいい。



魔力を吸収したり、弾いたりするんなら、吸収しきれない程に魔力を与えてやればいい。



僕はもう一度、牢屋の扉の鉄格子を触ると、弾かれるのを無視して強く握った。




パリィィィィィン・・・・・・。




暫く握っていると何かが割れた様な音がした。


すると、ゆっくりと握っていた牢屋の扉が開く。



僕は開かれた牢屋の中へと入って行くと、四匹の芋虫の様な生物を見る。


同じ様な形だが、一匹だけ少しだけ色が違う。



僕は屈むと、一匹づつ、ペシペシ軽く叩いて反応を見るが、ピクリとも動かない。



もう死んでいるのか?




「・・・・・おい。」




声を掛けてみる。



すると、色が違う一匹が、少しだけ反応を示した。


つぶっている目を微かに薄く開く。




僕は問いかける。


「・・・・・生きたいか?・・・・・それとも死にたいか?」




薄い目で僕を見ているが何も反応を示さない。


正直、この生物の状況が分からない。ここにどの位閉じ込められていて、どの様な生き方をしたのか。もしかしたら、このまま死にたいのかもしれない。




だから僕は問いかける。


「・・・・・生きたいならそのまま目を開いて。・・・・・死にたいなら瞳を閉じてくれ。」




暫くの静寂。




数分が経った。




僕が問いかけたその芋虫は、ずっと薄く目を開いていた。




「よし。・・・・・それじゃ、まずは僕の家まで帰ろうか。」



そう言うと、僕は腰にあるポーチから、食事休憩用のゴザを取り出して広げた。


芋虫の様な生物を一匹づつ抱え上げて、そのゴザに置いて並べると、くるんでリュックサックの様に背負う。人間の赤ちゃん位の大きさだから、四匹すっぽりと入った。



牢屋から出ると、扉を元通りに閉めてその場を後にする。





神殿から出ると、外の様子を確かめるが【気配察知】には何も引っかからない。


僕の【気配察知】魔法の範囲は大体200m程。その周りにはモンスターが一匹もいなかった。



「ドラゴンもいない。諦めていなくなったのかな?」



上空にも地上にも、神殿に入る前にいたドラゴン達がいない。



何だかんだ1時間以上は神殿内を探索していたから、その間に諦めていなくなったのだろう。



空を見ると、日が沈み始めている。あと数時間したら夕方になってしまう。



行くなら今だ。




「よし。これはチャンスだな。・・・・・【身体強化】。」




一瞬体が光る。



直線はドラゴン達がいた広場に出てしまう。


そこを突っ切るのは目立ちすぎるので却下。広場を迂回して逃げ一択で『古の森』の入口へと突っ走る!



またヤバい状況になったら、【身体強化】の三倍掛けまでは覚悟しよう。



「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・・・ハァァァァァァァァァァァ・・・・・よ~い・・・・・ドンッ!!!」




僕は大きく深呼吸をして覚悟を決めると、神殿から飛び出した。







その様子を遠くから見ている者が一人。


黒の着物の様な物を着て、腰には一本の刀。首から上にあるはずの顔や頭がない。



ノーフェイスだ。



「・・・・・ほう。まさかあの場所へ入る事が出来て、しかも、あの結界を破ってあ奴を助けるとは。・・・・・興味本位で様子を見ていたが・・・・・面白い。」



顔がないのにどこからか声がすると、走り去って行く青年とは逆の奥地へとゆっくりと歩き出した。






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「おかしい。」


僕は思わず呟く。




今は『古の森』の入口。


無事に生還できたのだ。




「いや。マジでおかしいんだが。」


また自然と呟く。



森の中心付近にあった神殿から、この入口までは相当な距離がある。


上空を見ると、空はすっかり茜色に染まっている。


もう夕方だ。



僕は最悪を想定しながら駆けていた。


ドラゴンとまた遭遇する事を。最悪ノーフェイスと遭遇する事を。




しかし遭遇しなかった。


ドラゴンも、ノーフェイスも、ミノタウロスも・・・・・そしてゴブリンでさえも。




一匹も。




一匹もだ。




一匹も遭遇しなかった。




そんな事はありえない。




ありえないのだ。




『古の森』は遥か昔からモンスターの巣窟と言われている。



入口の鳥居から、数百メートル進めばすぐにモンスターと接敵するのだ。


そんな大森林で、数時間移動して一匹も遭遇しないなんて、宝くじを当てる確率よりも低いだろう。



僕は小首を傾げる。



「おっと。・・・・・とりあえず、早くこいつらを家に連れて行かないとな。」



まぁ、運に恵まれたと思おう。


何とか無事何事もなく五体満足で戻る事が出来たんだから。




僕はすぐに気持ちを切り替えると、家路へと急いだ。














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