第8話 報告


「すみません!!!」



冒険者ギルドの入口の扉が勢いよく開かれると、一組の見慣れたパーティが飛び込んで来た。




今は昼過ぎ。


午後からひと稼ぎしに行く冒険者達や、早めに討伐を終えて換金に戻ってきている冒険者達。


昼過ぎの時間帯もそこそこ混んでいた。



そんな中に、突然血相を変えて入ったきた冒険者達を見て、レイナは素早く受付から出て、その冒険者達へと駆け寄る。



「何かあったのですか?おケガは・・・・・大丈夫みたいですね。」




E級冒険者パーティ『五の翼』。


五人組の若手パーティで、実力も実績もある冒険者達。もうすぐD級に上がる所まで来ていたはずだ。



その中のリーダー、ダニエルが息を切らしながら答える。


「レイナさんっ!俺達、『古の森』のいつもの浅い狩場でモンスターを討伐していたんだ。そしたらいきなりミノタウロスが現れて!!!」


「ミノタウロス?!!!」




ミノタウロス。


Cランクモンスター。



『古の森』の入口と中心の中間位に生息しているモンスターだ。


入口付近に現れる事など、ほとんどない。



「そうでしたか。でも良かった。逃げ延びたみたいですね。」



私はホッとする。



E級冒険者、いや、D級の実力がある『五の翼』達でさえ、ミノタウロスには歯が立たないだろう。


こういったランク外のモンスターが現れるのは本当に稀で、数年に一度あるかないかの事故みたいな物だ。



見ると、『五の翼』のメンバーは全員揃っている。


その内の一人、女性のアニーさんが負傷しているのが気になったが、帰路で治療をしたのか、問題ないみたい。


このパーティはまだまだ上を狙える。


本当に良かった。



笑顔でダニエルに労いの声をかけようとすると、話を遮る様に切羽詰まった顔でダニエルは言う。


「アニーがやられてっ!逃げられなくなって!どうするか悩んでいたら彼が来て!・・・・・おとりを買って出て『古の森』の奥へ!!!」


「彼?」



ソロの冒険者?



ミノタウロスを相手に出来る程の強いソロの冒険者なんて、このフレグラ支部にはいないはずだ。


すると、少し涙目になりながらダニエルが答えた。




「ヒカリ・・・・・ヒカリ君だ。」






「・・・・・・・・・・は?」




時が止まった。




ヒカリ?




今、ヒカリって言ったの?




彼は何を言っているのだろう。


彼はまだF級冒険者だ。今日は一人前のE級に上がる為に、朝から依頼書を持って出ていった。そんな彼がCランクのモンスターのおとりを買って出た?



「今何て言ったっっっ!!!!!」



奥から血相を変えてやって来た女性の獣人達。


次の討伐に向けて、朝からずっとギルドにある資料を見ながら打合せをしていた四人組パーティ。



『獣の誓』だった。



グリーミュは、ダニエルの襟首を掴む。



「どういう事だ!!!」


「おっ俺達がミノタウロスに襲われていたら突然現れて、ミノタウロスを挑発して俺達を逃がす為に、逆方向の奥へ走って行ったんだ。」



「・・・・・なんてバカな事を。」


同じ『獣の誓』の魔法使いパナメラが呟く。



「・・・・・うそでしょう?」


『獣の誓』回復師のアミュが唖然とした顔で言う。



ガンッッッッッッッ!!!



突然、近くのテーブルの上を黙って叩きつける『獣の誓』剣士のイーシャ。




グリーミュはダニエルを離すと、黙って外に出ようとする。



「グリーミュ!どこに行こうとしているの!?」


「決まっているだろう!『古の森』に行ってヒカリを助けるんだ!!!」





『・・・・・いいなヒカリ。もし他の冒険者がいて、そいつらが危機に陥っていたら、助けられるなら助けろ。それが冒険者ってもんだ。』




俺だ。




俺のせいだ。




俺があんな事を言ったせいで。




パナメラは、やさしくグリーミュの肩に手を置く。


「グリーミュ。貴方の気持ちは分かるわ。それは私達『獣の誓』全員が同じ気持ちよ。だって、私達の可愛い弟分なんだから。でもね、ここから『古の森』までは、どんなに急いでも二時間以上はかかるわ。だから、これから行ってもヒカリがミノタウロスと遭遇してから四時間以上経つ計算なの。今から行っても到底間に合わないわ。・・・・・ヒカリは、得意技は逃げ足だ。って自慢している程、速い子よ。大丈夫。行き違いにならないように、信じて待ちましょう。・・・・・ね?」



グリーミュはパナメラに説得されて、うなだれながら戻ると、パナメラやアミュと一緒に奥の方へと姿を消す。


それを黙って見ているイーシャ。




ヒカリ。


4、5年前にこの街にやって来た少年。


何も知らない状態で冒険者になろうとしているヒカリを見かねて、私達『獣の誓』がよく面倒を見てあげた。



ヒカリは不思議な少年だった。


獣人は、どこの国に行っても差別される事が多い。


特に酷いのが、ヒューマンとエルフだ。


でも、ヒカリはヒューマンなのに、私達を同じ目線で、同じ種族の様に接してくる。



私は特に無口で人見知りが激しく、同じ獣人だって、メンバー以外とはうまく話せた事はない。・・・・・でも、ヒカリだけは別だった。



何故か素直に話せた。



まるで家族の様に。



とても不思議な少年。



優しく心に響く声を持つ少年。



何となくだけど、本当の声じゃない様な気がしている。



何かのスキルや魅了の類の魔法でも使っているのかと思っていた時もあったけど、魔法使いのパナメラがそれを否定した。



いつしか彼と話すのがとても楽しみになっていた。



とても不思議な少年・・・・・いや、今は青年か。




「ヒカリ。・・・・・無事に帰ってきて。」



イーシャは小さく呟くと、そのままメンバーの方へと歩き始めた。








一部始終を黙って見ていた私は、『獣の誓』が奥へと消えるのを見届けると、ダニエルの方を向く。



「ダニエルさん。お疲れさまでした。報告は承りましたので、すぐにアニーさんにちゃんとした治療を。・・・・・あとは引き継ぎます。」


「あの!・・・・・ヒカリ君を・・・・・ヒカリ君をどうかよろしくお願いします!」


そう言うと、頭を下げた『五の翼』のメンバーはギルドから出ていった。



私は黙ってすぐに受付へと戻ると、フレグラ支部の登録している冒険者リストを取り出した。



「レイナ。・・・・・大丈夫?」



隣で同僚が心配の言葉をかける。



「平気よ。彼は強い子だからきっと大丈夫。」



冒険者は、ギルドにとって大事な社員の様な物だ。


だからこそ、私達は出来る限りのフォローや対応をしないといけない。




どんなに混んでいても、私の所にいつも来て並んでくれる青年。



私のアドバイスは、必ず聞いて実行している青年。



暇な時は、優しい声で話し相手になってくれる青年。



気づくと、私は彼の専属担当の様にいつも青年が来るのを待っている。




・・・・・明日もし戻らなければ、ギルド長に嘆願して捜索隊を出してもらおう。






そう強く思った。










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