第5話 目指せE級冒険者



「・・・・・以上が報告となります。」


「そうか。ご苦労。引き続き、よろしく頼む。」


「ハッ。」



そう言うと、目の前で跪いていた隊長は、報告を終え立ち上がると、謁見の間から出ていく。




ここは世界最大の国土と武力を持つ、【世界一の国】と言われている帝国。


『アーツ帝国』。



その帝都の中央にそびえ立つ巨大な帝城。


謁見の間で報告を受けていた皇帝ハイト=ブローシュ=アーツは、暗部の隊長がいなくなるのを見届けると、ため息をつく。



その様子を黙って隣で見ていた宰相が尋ねる。



「ハイト皇帝。どうするおつもりで?」


「うむ。・・・・・確か助けに入ったのは、イグナル家のジーンとカークナル家のジェームスだったな。」


「その様ですね。」



先日、第一皇女のユーリティアの身に危険がおよびそうになった。


それを助けたのが、4大侯爵家の二人のご子息だった。



名前や身分を隠し、学生までは平民として学ばせる事が皇族の伝統だが、それは建前で、学園生活を送るユーリティアの周りには何かあってもいい様に、暗部の影部隊が四六時中見張っている。過去の皇族達も同じ様に影部隊が見守る中、学園生活を送っていたのだ。もちろん本人は知らないが。その影部隊は、命の危険や生涯残る様なケガを負いそうな、よほどの事でないと動かない。それはユーリティアの時も同じで、責任感の強い彼女がもし影部隊に助けられたとなったら、今後の学園生活に大きな影を残す事になっただろう。




「あの二人には助けられたな。今度、イグナルとカークナルにお礼を言っておこう。」


「そうですね。あのままもし二人が助けに入らなかったら、おそらくムーガン伯爵家の息女の腕が魔法を放つ前に斬り落とされていたでしょう。」



「・・・・・まったく。学園生活は皆平等。・・・・・まだまだ根が深い様だな。」


「こればかりはどうしようもないでしょう。貴族と平民。能力にも差がついているのが現実ですから。ですが、今回は行き過ぎですので、学園長には直接改善を依頼しましょう。」



「そうしてくれ。それで、今はどうなんだ?」


「はい。ユーリティア様は以前より、とても明るくなって学園生活を送っている様です。友達も出来ましたし、助けに入ったジーン嬢とは先輩後輩として仲良くやっている様です。」



「ならばよい。今後も定期的に報告する様に。・・・・・次の予定の者を。」


「承知しました。それではお呼びします。」



宰相は皇帝に返事をすると、次の謁見の者を呼ぶ為に入口へと歩く。




「・・・・・【ゴースト】、か・・・・・。」




宰相の後ろ姿を見ながら皇帝は小さく呟いた。






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【古の森】。




その広大な森の中央には、似つかわしくない小さな神殿があった。



中央付近までは、高ランク冒険者も到達した事はある。しかし、その小さな神殿には気づく者は今までいなかった。モンスターも同様に。


それは強力な不可視の結界が張られていて、上位天使や魔神クラスの者が保有している魔力でないと、気づく事も入る事も出来ないからだ。



そして神殿の入口の床に彫られている魔法陣。


その魔法陣が突如発動し光り輝く。



すると、そこから二人の兵士が現れた。


兵士達は何度も訪れているのか、周りを見渡す様子もなく、真っすぐに神殿の中へと入って行く。




入ると何もない神殿内の中央に地下に下りる階段があり、慣れた様に下りていく。


すると、奥に鉄格子のある小さな牢屋が一つ。


その前に置かれている二つの椅子に座った。



一人が両腕を広げて伸びをすると、一緒に来た兵士に話しかける。



「あ~!やっと解放されるぜ。長かったなぁ~。」


「だな。だが、城で見回りをしたり、雑用を頼まれるよりはずっと良かったんじゃねぇか?」


「まっ。そりゃそうだけどよ。」



そう答えると兵士は牢屋の中を見る。



「しっかし、これで本当に生きてんのか?」


「死ぬ時は何も残さずに消滅するって元老院の御方が言っていたからな。間違いないだろうよ。」


「なる程ねぇ。」




兵士が見つめる牢屋の中には、何の反応もなくピクリとも動かない、大きな芋虫の様な物体が四匹、床に転がっていた。大きさ的には人間の赤ちゃん位の大きさだろうか。手や足は切られてなく、頭や顔、体の様な物も全てくっついていて、肉の塊の様におぞましい形になっている。



「確か、数万年この状態で生きているんだよな?」


「みたいだな。遥か昔に封印して、何も与えずに衰弱死するのを待ってるんだ。よほど危険な生き物だったんだろうよ。だが、元老院の御方が言うには、あと数日の命みたいだ。それまでは、このさぼれる時間を大切にしようぜ。」


「そうだな。・・・・・おっと、そろそろお楽しみの時間だ。」



そう言うと、兵士の一人が【キューブ】を取り出す。


見ると、【キューブ】の文字が入っていないマスの一つが点滅している。



その点滅しているマスを兵士が指で押した。




『よう!皆!待ってたか?・・・・・・・今日も始めるぜっ!!!!』




黒のロングコートを羽織り、黒のキャップを目元が隠れる程に深く被っている男が映像として現れ、軽快に話しだす。



「おぉ!始まったみたいだな。【ゴースト】。やっぱり面白れぇよな!」


「そそ!毎週、この時間は外せねぇよ。」



【キューブ】から現れた【ゴースト】を見ながら、二人の兵士は盛り上がる。




ピクッ。




ピクッ。




ピクッ。




ピクッ。




兵士達は【キューブ】に夢中で気づかない。



【キューブ】から現れた男。【ゴースト】が発した声に、今までピクリとも動かなかった芋虫の様な物体の四匹が、わずかに反応したのを。






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まだ薄明るい早朝。




『マリオン』の街を、結構な速いペースで走っている青年がいた。


慣れているのか、10k程走っているが【身体強化】を使わずに、生身のままペースを変えずに走り続けている。



このペースに付いて行ける者は、おそらく冒険者や兵士達でもほんの一握り位だろう。


それ程の速さで走っていた。



そう、その青年とは僕だ。



「ほっ。ほっ。ほっ。・・・・・さて、そろそろ明るくなるから帰るかな。」



そのまま自分の家へと向かう。



危険な冒険者稼業。


僕は【逃げ足】だけには自信があった。


だって、せっかく転生したんだ。絶対に死にたくないもんね。



なので、よほどの事がない限り、日課の早朝マラソンは欠かせない様にしている。


前世の時は、後半は歩く事も出来なかったから。


だからこそ、この健康で丈夫な体にマジで感謝だ。



僕は家へと戻ると、体を洗って朝食をとる。


今日はベーコンエッグとパンだ。



まだ前世であった米は、この世界で見た事がない。あるのかどうかも分からないが、あるなら是非とも食べてみたい。やっぱり元日本人だからね!



一人前のE級冒険者になって、生活が落ち着いたら、いつかこの国以外の国も見に、旅に出てみようと思っている。


海外には行ったことがなかったから、この世界では色々な所へ行ってみたい。



それも人生の目標の一つだ。



朝食を済ませた僕は、動きやすい防具を着ると、腰に二本のダガーを差して冒険者ギルドへと向かう。




「フフフ~ン♪」



鼻歌を歌いながら歩く。



毎週、やりたかった放送を終えた次の日は、決まって上機嫌なのだ。


達成感がね、半端ないのよ。


やった感があって、今はとても気分がいい。



「いや~♪ しかし昨日の投稿はヘヴィだったな。」



毎週投稿されるコメントは、もちろんこちらで選んで読み上げる事が出来る。


でも、僕が取捨選択するだけだと面白くない。



だから二回に一回は、何のチェックもしないで、開いた投稿を読み上げると決めている。


昨日はその回だったから、丁度一発目でヘヴィな投稿に当たってしまったのだ。



「先生でも専門家でもないからなぁ。あんなんで良かったか?・・・・・まぁ、ペンネームのゆーりちゃんか。少しでも僕の言葉で元気づけられたらいいんだけど。」



どんな投稿も質問も、僕は真剣に答えようと思っている。


そうする事で、リスナーの心に届くと本気で思っているから。




僕は冒険者ギルドへと入る。



まだ開けたばかりなのか、スタッフの人達が、忙しく準備をしていた。


周りを見ると、冒険者はほとんどいない。



「レイナさん。おはようございます!」


「あら、ヒカリ君。おはようございます。・・・・・フフッ。いつも早いわね。それで?今日もゴブリン退治をするの?そうそう、今日は討伐依頼書があるわよ。」



そう言うと、レイナさんはテーブルの上にゴブリンの討伐依頼書を出してくれる。



冒険者で稼ぐには二通りある。



一つは、討伐依頼書を達成してその報酬を得る事。


もう一つは、倒したモンスターの魔石や素材を換金する事だ。



なので僕は必ず冒険者ギルドに寄って、都合のいい依頼書があるか確認してから【古の森】に行っている。そうする事で依頼書を達成できれば、魔石の換金と両方報酬を貰うことが出来るからだ。



「おっ?ヒカリじゃねぇか。相変わらず早ぇな!」



突然後ろからヘッドロックされる僕。


獣人の毛が気持ちいい。



「グリーミュさん。おはよっす。あと『獣の誓』のメンバーの皆さんも!」



「ヒカリ。おはよう。」


「相変わらず早いねぇ。」


「おはよう。」



背の低い魔法使いのパナメラさん。おっとり顔の回復師のアミュさん。そして剣士のイーシャさん。


上位冒険者の【B】級パーティ『獣の誓』。



よくお世話になっていて、頭の上がらないパーティの皆さんだ。皆、頭に付いている猫耳がかわいい。・・・・・言ったらグリーミュさんに殴られるから言わないけどね!




「何だヒカリ。今日もゴブリン退治か?」


テーブルに置かれたゴブリンの討伐依頼書を見て、グリーミュが聞く。



「いえ。今日は気分がいいので、そろそろ次のステップに行こうと思ってるんですよ!えっと、レイナさん。E級になる条件は何でしたっけ?」


「えっ?!」



レイナさんを含む、周りにいる『獣の誓』のメンバーが驚いている。



「何すか?みんな驚いて。」



「オイオイオイ。ヒカリ。どういう風の吹き回しだ?」


「どうしちゃったの?」


「何かあったか?」


「大丈夫。お姉さんが聞いてあげる。」



いや、皆さん驚きすぎでしょ。E級になってはじめて一人前と呼ばれるのだ。受けられる依頼も格段に多くなる。なりたいに決まっているじゃん。・・・・・今までずっとゴブリンしか討伐しなかったけどね。



「そうですか。ヒカリ君もやっとE級冒険者を目指すのですね?それでしたら、ヒカリさんはゴブリンを異常な程討伐しております。その中には過去、ゴブリンキングもいましたので、実力はクリアしております。只、E級になるにはもう一つ倒さないといけない規定のモンスターがいます。・・・・・それは、『オーガ』です。」



もちろん知っている。



一人前の冒険者と言われるE級になるには、ある程度の経験を積まなければいけない為、その基準がある。それは倒した討伐数。そして、冒険者の最初の難関と言われているオーガを倒す事だ。ちなみにC級以上になると、討伐の他に護衛など、他の課題も付いてくる。



僕は討伐数だけは、ひたすらゴブリンを狩っていたので既にクリアしている。問題はオーガだ。何せ僕はソロ冒険者。一人で戦わないといけないので、ずっと慎重になっていた。でも、十分経験も積んだし、ある程度は自信もついた。多分大丈夫だろう。・・・・・この間は逃げたけど。




「大丈夫です。やってみますので、オーガの討伐依頼はありますか?」


「分かりました。でも、無茶だけはダメですからね?」



そう言うと、レイナさんはテーブルに新しくオーガ関連の討伐依頼書を出した。



「おう!ヒカリ!とうとう一人前になるのか!なら、討伐出来てE級になったら今日はおごってやる!気合入れて行って来いよ!」


「おいっす!」



バンバン肩を叩いて気合を注入してくれるグリーミュさん。


そして『獣の誓』の他のメンバーが笑顔で送り出してくれる。




こりゃ、気合入れて頑張んないとな!



E級目指して頑張っていきますか!



僕は依頼書を受取ると、【古の森】へと向かった。



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