第4話 パーソナリティ1
「よぉ!元気にしてたか?皆!!!・・・・・まぁ、一週間しか経ってないけどな! ハハッ!」
【マスターキューブ】の前で椅子に座ってキャップを深く被り、地声で軽快に話始める。
僕がこの世界で一番やりたかった事。
それは『パーソナリティ』。
前世で僕はガンにかかり、ずっと闘病生活を送っていた。
その時に使っていたのは、携帯電話から観れる動画ではなく、ゲームでもない。本当に苦しいと指を動かすのさえ苦痛なのだ。だからこそ、ずっと使っていたのは【ラジオ】だった。
イヤホンから流れるパーソナリティの声。
様々な企画や曲の進行。リスナーの質問に対する対応など、聞いていて面白く、意識して聞く時は痛みが和らぐ時もあった。
それにどんなに助けられたか。
なりたいと思った。
もし生まれ変われるのなら・・・・・と。
だから。
転生した今、まだ発信や通信手段がほとんどないこの世界で、父親が発明した【キューブ】を使って何かラジオの様な事が出来ないかを探った。
手紙を見て、【マスターキューブ】の可能性を知って、マジで喜んだのを今でも覚えている。・・・・・三年前の出来事だ。
「さ~て。今日もお便りを読んでいくぜ。」
基本この放送は、僕が【マスターキューブ】を使って、一方的に世界中で【キューブ】を持っている人が聞ける仕組みだ。こちらが準備の為に【マスターキューブ】に大量の魔力を注ぎだすと、持っている【キューブ】の使ってないマスの一つが点滅する。それを押すとこの放送が聞けるという寸法だ。そして、僕に伝える事が出来るのはこの放送中のみ。メールの様に通常のマスでコメントを送る事が出来る。・・・・・まぁ、突然点滅している時があるから、興味本位で押してみる時はあるだろうけど、実際にはそんなにリスナーはいないと思っている。
でも、これがこの世界でやりたかった事だ。
だから少しでも多くのリスナーを増やして、この声を届けたい。
そう思っている。
そうそう。この放送で話をする時は、名前を【ゴースト】と名乗っている。声だけは本当の声で。そして謎の男として変装してカッコよく。
これがコンセプトだ。
「さて。なになに・・・・・・・。」
『ペンネーム/ゆーり ゴースト様。いつも楽しく拝見しています。私は14才の女子学生です。最初は希望を胸に学園生活を送っていたのですが、いじめられてしまって・・・・・今はとてもつらいです。このまま何年も続くと思うと耐えられそうもありません。どうかアドバイスをお願いします。』
「オイオイオイ!いきなりヘヴィなのが来たな!」
今の所、こうやってリスナーからのお便りに答えていくのがメインの番組構成だ。今後は歌とかもっと違う企画も考えている。
僕は【マスターキューブ】を見つめながら静かにお便りに答えた。
「・・・・・ゆーりちゃん。マジでつらいよな。こういう奴らは自分がいじめてるって感覚がないんだよ。そんで相手が何もしてこないと調子に乗ってもっと酷い事をする。ガキだし、どうしょうもねぇ馬鹿どもだ。・・・・・ゆーりちゃんは俺の大事なリスナーだ。すぐにでも駆けつけて馬鹿どもをこらしめてやりたいが、そうも出来ねぇ。だからな。俺からアドバイス出来るのは一つだけだ。ゆーりちゃん。よく聞いてくれ。・・・・・・・『絶対に負けるな。』・・・・・これだけだ。どんなに辛くてもゆーりちゃんは負けちゃいけない。・・・・・だって何も悪い事はしてないんだから。」
いじめを苦にして自殺。
そんな事件は前世でも多々あった。
それをラジオやニュースで聞いた時は、とても悲しい気持ちになる。
生きれるのに、辛すぎて死を選ぶ。
こんなに悲しい事はないだろう。
僕は続ける。
「ゆーりちゃん。気持ちを強く持ったとしても、それでも負けそうになる時はあると思う。きっとどんなに強く持っても、どうにもならない時がある。・・・・・いいか。その時は・・・・・・・俺の名前を叫べっっっっっっっ!!!!!」
そして他のリスナー達に向かって言う。
「・・・・・お前らぁ!!!聞いてたな?・・・・・俺のリスナーは上も下もない!!!何故なら俺達はみんな仲間だからだ!!!・・・・・だから仲間が苦しんでいたら助けろ!!!・・・・・それが俺達だっっっ!!!!!」
【マスターキューブ】に向かって叫ぶ僕。
すると、連続して次々とお便りが届く。
『ペンネーム/ふぃあっち ゆーりちゃん!負けないで!!!』
『ペンネーム/ち~ぱぱ 頑張れ!!!』
『ペンネーム/じぇみ 仲間!!!』
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
「ハハッ!ゆーりちゃん!どんどん励ましのお便りが届いているぜ!負けるなよ?逃げてもいい。でも、自分を傷つける事だけはやめてくれ。それが俺の願いだ。・・・・・さて!それじゃ、次に行くぜ!・・・・・・・。」
その日によって若干変わるが、放送時間は大体30分から一時間位。
この日もすごく盛り上がった様な気がした。
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ここは世界最大の国。
『アーツ帝国』。
この国は、優秀な武官や文官、兵士を育てる為に、平民から皇族まで、14才から18才まで学業が義務付けられている。
『アーツ帝国学園』。
対象となる全ての帝国民を受け入れる事が出来るこの学園はとても大きい。
日本で言う都市一つ分といってもいいだろう。
貴族は能力が高いと、この世界はいわれている。
遺伝子なのだろうか。
貴族は平民に比べると魔力も能力も高い。そしてスキルを持っている者は貴族が多かった。
だからこそ、そこに上下関係が生まれる事が多々あった。
『アーツ帝国学園』。
学園生活中は、貴族、平民関係なく上も下もない。
皆平等。
それが規則であった。
しかし、それは建前で、実際には貴族と平民には埋まらない溝があった。
この学園都市で、特に優秀な選ばれた人材が学んでいるエリア。
そこに、今年入学したユーリティアがいた。
休憩時間。
学園内の広い庭園の木の下で、座って本を読んでいたユーリティアの頭の上に、突然冷たい飲み物がかけられた。
「フフッ♪ あら、ごめんなさい。こんな所に人がいるなんて気づきませんでしたわ。」
びしょぬれになったユーリティアは顔を上げると、そこには同学年のムーガン伯爵家。ミガンダが取り巻きを連れて立っていた。
「ミガンダ様・・・・・。」
パンッ!
突然、取り巻きの一人が座っているユーリティアの頬を叩く。
「平民がミガンダ様の名前を言うなんて、何ておこがましい!」
「フフッ。いいのよ。・・・・・でもその顔はなに?・・・・・ねぇ、貴方。もっとお仕置きが必要かしら?」
ニヤニヤしながらミガンダが答えると、取り巻きがユーリティアに暴行を始めた。
私の名前は、ユーリティア=ブローシュ=アーツ。
今年入学した一年生。
そして、この『アーツ帝国』の第一皇女。
皇族には代々伝統があった。
【学生期間は平民として学業を学ぶべし】。
生まれてから学生を卒業するまで、帝国民には皇族の子供の名前を明かさない。
それは、皇族は民を平和に導かなくてはならない。その為に、民の真の生活や考え方を知る事こそが皇族の務めである。
そう考えられていた。
だからこそ、私は身分を偽り、平民として学園へと入学をした。
最初は楽しかった。
貴族と平民のグループが多く出来るのは少し気になってはいたけど、私は積極的に声をかけて、貴族も平民も関係なく友達が出来た。
でも・・・・・・。
「なにその目は?いつもより生意気ね。まだ足りないかしら?」
ミガンダが私の睨んだ目を見て言う。
すると取り巻きの暴力がエスカレートしていく。
痛い。
痛い。
何でこうなったんだろう?
きっかけは、ミガンダが他の平民をいじめていたのを見かけた時だ。
助けないといけないと思い、注意をした。
そこからだ。
その平民から私へと移ったのは。
それからというもの、毎日の様に休憩時間には執拗に暴行を受けている。
何で私が?
どうして私が?
そう何度も思った。
私は皇族。
卒業したら絶対に仕返しをすると頭をよぎったが、それでは彼女と何ら変わらない。
だからこそ受け入れた。
でも、学園期間は長い。
五年もある。
気づくと、友達になった男爵家の娘も、平民の娘も皆私から去っていった。
ターゲットが自分に移らないように。
叩かれる。
叩かれる。
蹴られる。
蹴られる。
痛い。
痛い。
ずっと我慢していた。
父と母に話す事なんて出来ない。
民を率いないといけない皇族が、民と仲良く出来ないなんて言語道断。
だからずっと耐え忍んでいた。
でも。
もう耐えられない。
死にたい。
本気でそう思った。
そんな私にも唯一の楽しみがあった。
週に一回【キューブ】から発信される【ゴースト】。
【ゴースト】様のお姿が映し出される【放送】と呼ばれる物。
あの方の声。
その声は私の心を癒し、そして夢中にさせた。
お便りを読み上げる【ゴースト】様はいつもカッコよく、憧れの人だ。
そんな【ゴースト】様に、とうとう我慢が出来ず、私は悩みを送った。
『負けるな』。
たった一言。
この言葉が私を元気づけた。
負けちゃいけない。
だって私は何も悪い事をしていないんだから。
負けない・・・・・・・。
負けない・・・・・・・。
ずっと暴行を受けながら、今回は絶対にミガンダから目を離さないで睨み続けた。
ミガンダが手を上げる。
すると取り巻きが動きを止めた。
「貴方のその目。本当に生意気ね。そして男を惑わすその顔も。・・・・・ねぇ、貴方の綺麗な顔。焼けたらどんな顔になるのかしら?」
ニヤリと笑うと片手を前に出して魔法を唱え始める。
すると掌に火球が現れた。
取り巻きがその光景をみて笑っている。
私は歯を食いしばる。
だから・・・・・・・。
だから・・・・・・・。
【ゴースト】様・・・・・・・。
火球を見て涙が自然と流れる。
「さぁ、少し熱いわよ♪」
そう言って火球を放とうとするミガンダに向かって私は叫んだ。
「【ゴースト】様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!・・・・・・・・・・・」
学園内に響き渡る声。
暫くの静寂。
大声に驚いたミガンダは固まっていた。
そして我に返るとユーリティアに話しかける。
「なっ何を?いきなり貴方大声を出して・・・・・・。」
「貴方達。何をしているの?」
突然後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは男女10人位。
その集団から一歩前に出た女性が私を見ると、近づいて屈み、優しく声を掛ける。
「平気?・・・・・もう大丈夫よ。」
そう言うと、後ろにいた他の女性が私にタオルをかける。
ミガンダが現れた先頭の女性を見て驚きの声を上げる。
「あっ、貴方様はジーン様?」
「えっ?あの4大侯爵家の?」
「・・・・・あと、後ろにいる御方はジェームス様?」
「ええっ?もう一つの4大侯爵家の?」
動揺している取り巻きが、ミガンダの答えに続く。
ジーンは立ち上がると、私を見て笑顔で言う。
「もうこの娘達には貴方に一切手を出させないわ。いえ・・・・・もう視界にもいれさせない。・・・・・さぁ、行きましょうか。」
そう言うと、後ろにいた他の人達が、ミガンダ達を連れて行く。
私を見ていたジーンは、ミガンダ達に意識が移ると瞳から光が消え、後を追う様に立ち去って行った。
そして最後に残っていたジェームスが、近づいて私の肩に優しく手を置く。
「・・・・・よく頑張った。・・・・・負けなかったね。・・・・・【ゆーり】ちゃん。」
!!!!!!!
ジェームスは笑顔で立ち上がり、同じ様に瞳から光が消えると、そのまま後を追って行った。
周りに誰もいなくなった木の下で、私は暫く立ち上がれなかった。
痛いからじゃない。
濡れていて寒いからじゃない。
ずっと思っていたからだ。
いえ。
ずっと想っていたから。
私はゆっくりと立ち上がる。
そして空を見上げる。
空は真っ青に晴れわたっていた。
「何て綺麗な空・・・・・。」
今までいっぱいいっぱいで、何も周りが見えていなかった。
でも、これからは違う。
ユーリティアは、祈る様に胸の前で両手を合わせて握る。
そして一言呟いた。
「・・・・・【ゴースト】様。・・・・・貴方に全てを・・・・・私の全てを捧げたい。」
心酔して恍惚の表情を浮かべているその姿は、愛しい人へと想う表情なのか、それとも神に祈りを捧げる表情なのか。
それは本人も含めて誰も分からない。
ヒカリは知らない。
この世界は娯楽という物が、前世に比べると圧倒的に少ないのを。
ヒカリは知らない。
放送をスタートして三年。100人位いたら御の字と思っているリスナーが、世界中にどれだけいるのかを。
ヒカリは知らない。
この間お便りを読んで『俺のリスナーはみんな仲間だ!』と言った時に、世界中の至る所で歓声が上がっていたのを。
ヒカリは知らない。
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