3-2 気の毒な人(クロヴィス)

 魔力を補う方法は、女性からの譲渡の他に、自然の魔力を溜め込んだ魔力石から得る方法がある。この魔力石というのがなかなかに高価で、貴族であろうと常時頼るようなことはしたくないという代物なのだが。




「そもそも、閣下は魔力石の鉱山をお持ちですからね。そういう点で言えば、魔力の生産力のない相手であっても問題はないでしょう」




 ダミアンが事も無げに言い、クロヴィスもまた当たり前のように頷く。国一番、下手したら大陸一番の富豪の呼び名に相応しく、持て余すほどの財力のあるクロヴィスは、その金で魔力石の鉱山を購入していた。国王に横槍を入れられることが面倒であったため、別名義ではあるが。


 しかもその鉱山で採掘された魔力石は、販売などは行っておらず、全てクロヴィスの所有物であった。わざわざそれを売ってまで、利益を得る必要がなかったからである。


 そのため、女性から魔力を譲渡を受ける必要もなく。今回の結婚をただただ素直に喜んでいるのであった。




「誰と結婚しようとも阻まれると思っていましたから、まさかこのような事態になろうとは。跡継ぎがないままに私が命を落とせば、全てが王家の所有とされるでしょうからね。もちろん、出来る限り抵抗するつもりではありましたが。養子をとれるかも微妙なところでしたし。……エレオノール嬢には申し訳ありませんが、決して逃がさないようにしなければ」




 もちろん、そのためにも、出来る限りのことはするつもりだ。何せ、金は有り余っている。


 人間の欲には、際限がない。王城を追われ、紆余曲折を得て、カジノという場所に根を下ろした自分は、それを嫌というほどに見て来た。だから、金さえあれば誰もが気を許すことを理解している。彼女もきっとそうだろう。


 欲しい物は何でも与えられるし、したいことは何でもすれば良い。そうすれば自ずと、自分の傍から離れなくなるだろうから。




「彼女は一体、どんなものをお望みでしょうか。欲がある者ほど、分かりやすくて助かるのですが」




 欲のない人間など存在しない。問題は、それがどんな物かということ。


 酷薄な笑みを浮かべながら、クロヴィスは窓枠から立ち上がる。さっと、ダミアンが差し出してきた灰皿に葉巻を押し付け、後始末を任せてから歩き出す。まずは話しをしてみよう。結婚したとはいえ、自分たちはお互いを知らなすぎる。


 情報は、金と同じくらい大事だ。相手を理解するためにも、ことを優位に進めるためにも。


 誰かを縛り付けるためにも。




「では、私はこれで。あなたも今日は上がってもらって大丈夫ですよ。……良い夜を」




 言って、楽しそうに笑いながらクロヴィスは部屋を出た。廊下を歩き、自らの私室へと足を運ぶ。その隣が、続き部屋となっている、夫婦の寝室だった。ダミアンがエレオノールを案内したと言っていたから、自分も早々に用意して、向かった方が良いだろう。


 何せ、行程の多い王族の結婚式だ。疲れているのは間違いないから。




(そうでなくとも、昨日から様々なことがありましたから。気丈に振る舞っていたところは、さすが王太子妃となるべく令嬢だったと言えるでしょうね)




 続き部屋とは逆側にある浴室へと向かいながら、クロヴィスは僅かに目を細める。それもまた、自分の兄の今回の行動を、浅ましいと思う原因の一つ。


 あれほどまでに完璧に仕上がった王太子妃を、たかが魔力ごときで捨てるとは。


 自分にとっては、これ以上ないほどの幸運だから構わないが。




「……何にしても、気の毒な方です。労わって差し上げなければ」




 浴室の中、貴族の当主でありながら、人の手を借りることなく服を脱ぎつつ、くすくすとクロヴィスは笑う。自分のことを正確に理解しているからこそ。


 自分の妻になるなんて、本当に、気の毒な人だ、と。

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