3-1 気の毒な人(クロヴィス)
浅ましい男だとは思っていた。考え方も行動も、全て。
今回のことは、その最たるものだろう。
「まさか、結婚式前日に息子の婚約を解消し、私との結婚を決定するとは」
くつり、と思わず嘲るような笑みが零れる。天使のようだと囁かれる普段の姿からは考えられない、暗い表情だった。
結婚式が行われたその日の夜。クロヴィスは自らの屋敷の執務室で、窓枠に腰かけ、葉巻をふかしていた。昨日からの出来事を思い起こしながら。
フェルナン・ゴーチェ・カリエール=バルバストル。十五歳年上の、クロヴィスの腹違いの兄であり、バルバストル王国の国王。人々からは、高位貴族の傀儡となっている愚王だと囁かれる人物である。
金遣いが荒く、政治も外交も貴族任せ。その上、賭博狂いであり、クロヴィスを心底嫌っていながら、クロヴィスの経営するカジノの常連だというからおかしな話である。
妻である王妃もまた派手好きで。二人揃って、金を湯水のように湧く物だと勘違いしている輩である。国の頂点に在る者として、彼ら以上に相応しくない者はなかなかいないだろうというほどに酷い有様だった。
と、部屋の扉を不思議なリズムで叩く音に、クロヴィスは「どうぞ」と応えた。
「失礼いたします。エレオノール嬢、……奥様をお部屋にお連れいたしました。閣下もお休みのご用意を」
入って来たのは、濃い茶色の髪とミントグリーンの瞳を持つ男性。副官であり、男爵である彼に「ありがとうございます、ダミアン」と応え、クロヴィスはもう一度葉巻を燻らせる。
ゆったりとした様子に何を思ったのか、ダミアンは「本当に信じられません」と、小さく呟いた。
「閣下に、価値を無くした女性をあてがうとは。……閣下の母君のことを、分かっていながら」
普段は明るく軽口を言うダミアンにしては珍しく、暗く、固い声。余程、今回のことが気に障ったらしい。
クロヴィスはくつくつと笑って、彼の方を振り返った。窓から入った風が、長い金の髪をさらりと揺らした。
「あの男が浅ましいことなど理解しておりましたので、このぐらいは。ですが、気の毒なのはあの二人でしょう。あの男の息子にしては真っ当に育った私の甥は、どうやら婚約者に想いがあったようなので。可哀想なことをしてしまいましたね」
少しだけ眉根を寄せて、そう呟く。父親はゴミのように思っているが、クロヴィスは、不思議なほどにしっかりと育った甥のことは気に入っていた。おそらくは、あの男とほとんど顔を合わせることもなく育ったからだろう。婚約者である、ブロンデル公爵令嬢とその家族の元で。もちろん、今の義理の両親ではなく、令嬢の実の両親だが。
ブロンデル公爵家は、元々は国内でも有数の名家であり、人々を気に掛ける優しい気質を持つ、名領主であった。それも、前の公爵と夫人がなくなる十年前までのことだが。それ以降は、公爵の弟がその座につき、好き勝手に金を浪費し、領民の状況を無視した統治を行っている。
前々から、バルバストル王国の王城内とよく似ていると、密かにそんなことを思っていた。ただ腐り落ちるのを待つだけの船のよう。
「ブロンデル公爵令嬢も、魔力の生産力を失った上、いきなり十も年上の私に嫁がされたのですから、可哀想なものです。果たして、今日の夜も共に過ごすべきでしょうか……」
悩むように言いながら、その顔は楽しそうに笑うものだから。ダミアンが頬を引き攣らせて笑うのが聞こえた。「思ってもいないことを言うのはどうかと思いますよ」と、生意気にも口を出す彼に、思わず小さく笑った。「そうですね」と言いながら。
「どのような経緯があろうと、私と結婚した以上、彼女は私のものなので。そもそも、誰かと結婚出来るとは思っておりませんでしたし、これでも喜んでいるのですよ? しかも、王太子妃として教育を受けて来た優秀な令嬢であり、あの美しさです。性格はまだ掴みかねていますが、私の相手としては、最上かと」
「私の財力があれば、魔力の生産力もあまり必要ありませんしね」と言えば、ダミアンは苦笑を漏らした後、「確かに、その通りです」と頷いていた。
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