2-4 結ばれる相手(エレオノール)
クロヴィスはそう言うと、先程のエレオノールと同じように、大神官から指輪を受け取った。エレオノールの手を取り、左の薬指へとそれを通す。
その指輪の宝石を目にして、また少しだけ肩を落とした。宝石の色は、品良く輝く、銀色。間違いようもなく、ベルナールが用意したものだろう。
ベルナールの性格上、自らを表す指輪を他人に譲るとは考えにくい。酷い侮辱に他ならないからだ。父親と違って、彼は公平な聖人君主となるだろうと、誰もが口をそろえて言うような、真っ当な人物であったから。
おそらくは、結婚式の準備の際に用意していたものをそのまま使っているだけだろう。それでも。
(わたくしは、一体誰と結婚するのだか……)
そんなことを思った時だった。「おや、忘れていました」と、今何かを思い出したというような表情でクロヴィスが言っていて。す、ともう一度、指輪に触れた。
「……あ」
ほんの一瞬の出来事。彼が手を放した時には、銀色だったはずの宝石が、透き通るような美しい金色に代わっていた。
彼のさらさらとした長髪と、全く同じ色に。
「これで、私の色ですね」
満足そうに言うと、彼はその高い背を屈め、その指輪へと口付ける。先程の魔法もそうだが、やはり素晴らしい魔法の使い手なのだと思いながら、その様子を眺めていた。
彼はそのまま身を起こそうとして、ふと動きを止める。軽く首を傾げるようにしてこちらを見るものだから、エレオノールもまたその動きにつられて首を傾げた。
そのまま、楽しそうに微笑んだかと思うと。
「……っ!?」
ちゅ、と、その唇をエレオノールの手の甲に落とした。まるで、他国に存在するという、紳士の挨拶のように。
もっとも、バルバストル王国にはそのような風習がないわけで。柔らかい唇の感触と、肌に触れる吐息に、エレオノールはただ顔を赤くして動きを止めるしかなかった。
「……お返しです」
くすり、と笑って冗談交じりに言うその姿さえも美しく。この顔がいけないのだと、エレオノールは視線を逸らすしかなかった。
(こんなに美しい人の口付けなんて、手であろうと、どこであろうと、赤くならない方がおかしいでしょう……! そもそも、挨拶について聞いたことはあるけれど、あれは確か口付けるフリだけだったはずで……)
真っ赤になってしまった恥ずかしさを誤魔化すように、ぐるぐると考えていたエレオノールは、そんな彼女の様子を見たクロヴィスが「ああ、良かった」と呟くのを聞いてそちらに視線を戻す。
姿勢を戻した彼は、とても嬉しそうな顔でこちらを見ていた。
「やっと、顔色が明るくなりましたね。……不本意な状況かとは思いますが、最初で最後の結婚式なのです。どうせならば、笑って終えませんか?」
穏やかな様子は、年長者の余裕ゆえのものだろうか。その言葉の意味を理解して、エレオノールははっとした。
そうだ。誰のどんな思惑があろうと、この結婚は、自分にとっては最初で最後のもの。もし離婚したとしても、バルバストル王国では女性の場合、次の嫁ぎ先は存在しないと考えた方が良いから。
(不本意なんて、……わたくしよりも、閣下の方が不本意な結婚でしょうに……。それでも、閣下の仰る通りだわ。これが最後ならば、暗い顔で終わるよりも、笑って終わりたい)
思い、エレオノールは一つ息を吐くと、長身の彼を見上げながら微笑んだ。「ありがとうございます」と呟きながら。
式が終わり、ジェデオン大公家に入ったとして、そこで価値を無くした自分がどのような扱いを受けるか分からないけれど。少なくとも、夫となる人はそれほど冷たい人ではないようだから。
(愛されるとか、家族とか、そこまでは望めないかもしれないけれど。……擦れ違った時に、挨拶を交わすくらいはしてくれるかしら)
使用人たちとも、言葉を交わせたら嬉しい。今までのように、屋敷でただ一人、人形を相手に過ごすような日々でなければ、それで。
価値を無くした自分を押し付けられたクロヴィスには申し訳なかったが、そう考えると、この結婚は少なくとも、自分にとっては悪くないものに感じて。「これからよろしくお願いします、閣下」と、エレオノールは静かに頭を下げるのだった。
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