2-3 結ばれる相手(エレオノール)
バルバストル王国の結婚式で指輪の交換が最も重要視されるのは、その行為に宿る誓いの意味合いが大きいためだ。この儀式こそが婚姻であり、なくては始まらないもの。
だというのに。
(考えれば分かったことだわ……。気が動転していたでは、許されない……)
自分の意思でなくとも、この状況を作り出してしまった立場でありながら、失念してしまうとは。
そしてそれは、おそらくこの結婚を命じた国王もまた、分かっていたはずだ。そうでなければ、視界の隅に見える国王の表情が楽しそうなそれである理由が分からないではないか。
(わたくしを貶めようとするならば、怒りようもありますし、我慢も出来ます。ですが、わたくしを、閣下を侮辱するための道具にするとは……!)
情けなく、そして悔しくて仕方がなかった。価値が無くなったからと、捨て置かれた方がまだ良かった。
まさか、家族を得るという夢を奪われた挙句、人を貶める道具として使われるとは。
行き場のない悔しさに、涙が溢れそうになり、必死にそれを堪える。侮辱されているのはクロヴィスであるのに、自分が泣いてどうするのか。そのようなことになれば、それこそ国王の思うつぼではないか。
(わたくしが泣けば、『無価値な令嬢からも拒絶される大公』と言われてしまうわ。そんなことさせるものですか……!)
クロヴィスを思って、というよりも、価値が無いと言われる自分を、更に下げるようなことをしたくなかった。
動かない指輪を見つめ、どうすれば良いかと必死に頭を巡らせる。どうにか誤魔化すことは出来ないだろうか。隠すことは出来ないものか。
(せめて、わたくしに魔法が使えたならば……)
と。くすりと、笑う声が聞こえた。
「……そんなに暗い顔をせずとも大丈夫ですよ。私にお任せを」
続いた言葉に、驚いて顔を上げる。クロヴィスは相変わらず優しそうな表情で微笑んだまま、「ですから、落ち着いて」と囁いた。
「少し力を入れて、指輪を指に押し込んでください。ほんの少し着けにくい指輪を着けているのだと、そう見えるように」
告げられた言葉に、エレオノールは一度動きを止めると、そのまま指示に従った。痛くないようにと力加減をしながら、指輪を着ける指に力を込める。すると。
「…………!」
するりと、指輪がクロヴィスの指の根元まで、難なく収まった。先程まで、動きそうもなかった様子が嘘のように。
驚きから、思わず彼を見上げれば、彼は先程までと同じように、優しい笑みを浮かべるばかりだった。
(無詠唱……。それも、指示も媒体もない状態で、変化すら見せない、完璧な魔法……)
魔法を使用する位置を魔法陣で指示し、杖などの媒体を使い、詠唱を行うことで発動する。それが魔法である。その内の一つを用意せずに魔法を使うだけでも、周囲からは尊敬の眼差しを向けられるのが常だ。二つともなれば、常に人々に崇められる存在である。
それを、何もない状態で行うとは。
(聞いたこともない……。魔法への親和性がずば抜けている、漆黒の瞳だから……?)
ただただ、その目を凝視することしか出来ないエレオノールに、クロヴィスは「さあ、これで大丈夫でしょう?」と、何でもないことのように呟いた。その言葉にはっとして、慌てて小さく頷く。まだ、式は終わっていなかった。
一度落ち着こうと軽く深呼吸をし、エレオノールは身を屈めると、彼の指に贈った、自らの指輪の黒い宝石に口を寄せた。僅かに狙いが外れ、唇が彼の指に触れる。
びく、とクロヴィスの指先が動くのを見て、「ごめんなさい」と、反射的に小声で謝罪の言葉を口にした。おそるおそる見上げれば、彼は一拍の間を置いた後、「大丈夫ですよ」と謝罪を受け入れてくれた。
「では、私の番ですね」
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