【修正済】4-1 夫婦の会話(エレオノール)

(2024/12/21 加筆修正)


 結婚式を終え、案内されたジェデオン大公の屋敷は、当たり前だが、ブロンデル公爵家の屋敷とは比べ物にならない程、大きく、そして美しかった。


 もちろん、ブロンデル公爵の屋敷がみすぼらしいわけではなく、ジェデオン大公の屋敷が規格外なだけである。


 調度品は全て最高級だと分かる品物ばかりであり、使用人たちの態度も王城のそれと変わらない。屋敷を訪れたのが暗くなってからのため、外はしっかりと見れなかったが、想像がつくというものである。




「ようこそ、奥様。旦那様の命により、本日よりお仕えさせて頂きます、コレットと申します」




 案内された、落ち着いた淡い黄色で統一された品のある部屋。そこが、大公妃となったエレオノールの私室らしい。


 コレットと名乗った侍女は、エレオノールの姿を目にすると同時に、穏やかに微笑んで、丁寧な仕種で挨拶をしてくれた。色を失った髪を目にしているというのに、ごく自然な動作で。


 使用人と挨拶を交わすことさえ滅多になく、その上、女神の思し召しで髪色を失った今の自分では、誰もが腫物扱いするに違いない。そう思っていたエレオノールは、挨拶してくれた彼女と、そして自分を迎えてくれたジェデオン大公家の使用人たちの穏やかな表情に、感極まって泣きそうになってしまった。


 もちろん、急に新婦が泣き出しては困らせてしまうと思い、必死に堪えたが。


 コレットはまず、室内を案内してくれた。エレオノールの私室は、夫婦の寝室と隣り合っており、扉一枚で行き来が可能となっているらしい。反対側にある二つの扉は、それぞれ衣裳部屋と浴槽などの水回りの部屋となっている。




「今日の所は、室内のご案内だけで。明日、目覚められてから、屋敷の中をご案内させて頂きます」




 「もっとも、私かどうかは分かりませんが」と、コレットはどこか楽しそうな表情で付け加えた後、エレオノールを浴室の方へと案内した。どういう意味だろうかと疑問に思ったけれど、答えは出なかった。


 ドレスを脱ぎ、化粧を落とし、湯に浸かると、一日分どころか、ここ数日の疲労が一気に取れるようだった。身体が温かくなるにつれて、うつらうつらと眠気が襲ってくる。その隙に、コレットはメイドたちに命じて、マッサージから寝衣の着替えまでを行ってくれた。


 あとは部屋に戻って眠るだけだ、と思っていたエレオノールは、ふと近くに会った姿見に映った自分の姿に、動きを止めた。やけに布地の薄い、それでいて肌触りの良い寝衣。胸元や肩にあるリボンだけで留めてあるようで、とても危なっかしい装いである。眠っている時に脱げてしまわないだろうかと心配になるほどに。




「あの、コレット。……もっと他の服はないのかしら。寝相が悪いわけじゃないつもりだけれど、この服だと、眠っている間に裸になってしまいそうですわ」




 急に嫁いできた挙句、我儘を言う人間だと思われるだろうかと少々心配になりつつ訊ねてみる。これしか用意がないというのならば、仕方がないけれど、と。


 コレットはエレオノールの顔を見て瞬きをした後、不思議そうに首を傾げた。「……そのための衣装のはずですが……」と、戸惑うような声で言われて、今度はエレオノールの方が首を傾げて。


 はっと、目を見開いた。薄い布地に、すぐに脱げてしまいそうな服。そういえば、今日は結婚式だった。




「……忘れていました……」




 寝ることしか考えていなかったが、言われてみればそうだった。


 今日は、結婚して初めての夜。まさしく初夜である。




(脱げそう、じゃないわ。脱がせやすい服なのね……)




 なるほど、と一人納得する。結婚式の間のあれこれは自分で選んだが、夜の衣装までは頭が回っていなかった。


 おそらくは、自分が持って来たものだろう。自分で選んだのではないにしろ、昨日、急に結婚が決まった大公家が、用意しているとは考えにくいから。




(……まあ、誰か別の方のためのものだったというならば、話は別だけれど)




 それにしては、あまりに自分のサイズにぴったりなので、やはり自分が持って来た物だと考えた方が良さそうだった。


 コレットが先導し、夫婦の寝室へと足を踏み入れる。誰もいないそこには、あまりにも大きなベッドが一つと、テーブルに一セットの椅子。テーブルの上に軽食が置かれていたが、正直なところ疲労の方が大きくて、早く眠りたかった。




(……どうせ、無価値となったわたくしと、本当の意味で夫婦になろうなんて思われないでしょうから。子供に髪色や目の色は引き継がれないけれど、だからと言ってわざわざわたくしでなくても良いでしょうし)




 賭博関係、つまり裏社会に身を置いていることで有名なクロヴィスには、良い噂が多いけれど。当然のように、それと同じくらい、悪い噂も多かった。

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