1ー3 婚約者の変更(エレオノール)




「王太子妃、しいては未来の王妃には、魔力の生産力の優れた令嬢が選ばれる。私の代ではなかったが、私がこの座に就く以前にも、女神の思し召しで髪の色を失った、王太子の婚約者はいた。その全てにおいて、婚約が解消されているのは国民の誰もが知っているだろう」




 そう言って、国王は鷹揚に、座っている檀上から周囲を見渡して見せた。




「それを、今回に限り、などということをすれば、これまでに同じ状況に陥った者たちに面目が立たないではないか」




 玉座にふんぞり返るようにして、国王はそう続ける。思わず顔を上げて見守っていたエレオノールは、そんな国王の態度と言葉に、再び肩を落とした。態度は兎も角として、その言葉は、納得のいく物だったから。





(今まで、王太子妃となるために学んだ国の歴史。その表沙汰にされていない部分。……女神の思し召しで王や王太子妃の婚約者の座を降ろされた者は、案外多いですものね)




 一般的には、あまり聞かない話だというのに、なぜか王や王太子妃の婚約者となった女性には、起きる現象。そしてその顛末は、必ず婚約の解消で終わっている。


 だから、確信した。この婚約は、ベルナールとの結婚は、なかったことになるのだ、と。


 諦めのついたエレオノールに対し、ベルナールはそれでも、「ですが……!」と、食い下がってくれた。けれど。


 「ベルナール!」と、国王は更に、そう声を上げた。




「其方の言いたいことも分かる。エレオノール嬢は、其方との婚約が決まってから、これまでずっと、厳しい王太子妃教育に耐えて来たのだからな。それに、明日の結婚式の準備もすでに終わっている。その全てを、無駄にすることは出来ない」




 国王はやけに大げさにそう言い、息を吐いた。ベルナールはその様子に、「では……」と少しだけ顔を明るくする。


 国王はもったいぶった様子で大広間の中に視線を巡らせると、ある一点で動きを止めた。「良いことを思いついたぞ」と、言いながら。




「明日の結婚式は、大聖堂で行うよう準備されているため、王族のためのものでなくてはならない。そして、王太子の結婚相手をすぐに決めるわけにはいかず、かつ、ブロンデル公爵令嬢の努力にも報いなければならない、となると……。丁度良い相手がいるではないか」




 国王は楽しそうにそう告げると、「クロヴィス、こちらへ」と厳かに、その者の名前を呼んだ。すぐに、「ここに」という、静かな応えが返る。ゆったりとした足音が続き、エレオノールと、その前に立つベルナールの隣に、長身の男性が進み出た。


 魔力の保有量を示す髪色の中でも、特殊とされる金色の長い髪と、魔力を扱うことに最も秀でた漆黒の瞳。その上、天使と見紛うほどに美しく、穏やかな容貌を持った彼の名は、クロヴィス・ラウル・カリエール=ジェデオン。現国王の年の離れた異母弟であり、広大なジェデオン領を納めるジェデオン大公である。


 彼はその優しそうな顔のまま頭を下げると、「お呼びですか、兄上」と壇上の国王へと問い掛けた。優雅な仕種に、周囲から感嘆の息が漏れる。


 そんな弟の姿を不快そうに見た後、気を取り直したように「ああ、其方に訊ねたいことがあってな」と、国王は口を開いた。




「其方は、今年で二十八だったか? その年でまだ結婚をしていないのは知っているが、誰か決まった相手はいるのか?」




 不自然に唐突な質問。これまでの話の流れから、その質問の意図を察した広間の人々が僅かにざわつく。


 クロヴィスが特に気に留める様子もなく、「いいえ、残念ながら」と答えるのを聞きながら、エレオノールもまた、まさかという思いで顔を上げ、国王の方を凝視した。あまりにも秀でた、年の離れた弟を嫌っているという話は聞いていたが、まさか。




(女神の思し召しで、魔力の生産力を失ったわたくしを、よりにもよって王弟である大公閣下にあてがおうなんてことは……)




 さすがにないだろうと、そう思いたかったのに。


 国王は心底楽しそうな顔で、「そうか! それは良かった!」と言って笑った。




「では、明日は其方とブロンデル公爵令嬢との婚姻を行えば良い! 臣籍降下してはいるが、其方も王族であることには違いないからな。それに、大公である其方の妻となるならば、ブロンデル公爵令嬢のこれまでの努力にも報いることが出来よう」




 良い考えだ、というように国王は頷きながら、何やら控えていた侍従たちに指示を飛ばしている。「お待ちください、父上!」と、ベルナールが驚いた様子で声をかけるけれど、聞く耳を持つ気もないようで。


 当事者であっても、国王の言葉を覆すことが出来るはずもなく。エレオノールはただ茫然と、自分の意志に関係なく進んで行く話を聞いていることしか出来なかった。そして。


 もう一人の当事者であるクロヴィスが、どこか楽しそうな表情で、「おやおや」と小さく呟くのを、聞いた者はいなかった。

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