1ー1 婚約者の変更(エレオノール)

 それは、結婚式を明日に控えた、祝いの場で起きた。




「残念なことだが、……ブロンデル公爵令嬢。其方と、我が息子との婚約は、なかったこととしよう」




 バルバストル王国の王城、その大広間に、国王の声が響き渡った。「なぜ、こんなことになってしまったのか」と、続ける国王の顔に、悲しみや同情の色は見当たらない。それどころか、僅かに楽しんでいるようにさえ見えるのは、あまりの出来事に、自分の頭が働かないからだろうか。


 幼い頃から決まっていた婚約が、一瞬にしてなくなってしまった。周囲の人々がざわつく中、何が起きているのか、上手く状況が頭に入って来ない。エレオノールはただ、呆然と国王の姿を眺めることしか出来なかった。


 古くから戦争や紛争の絶えなかったバルバストル王国の貴族にとって、人の価値を測るものは全て、魔法に関するものだった。もっとも、今となっては昔の話であり、戦の減った現在では、古い時代の名残のようなものであったが。


 具体的に言えば、魔力の生産力と、保有量、そしてそれを扱うための親和性がいかに高いか、というものである。しかもこれらが全て、外見に現れるものだから性質が悪かった。


 男性であれば、その髪と目の色にそれは現れる。男性は魔力を生産する力が欠けているため、女性から譲渡されるか、もしくは自然の魔力を溜め込んだ魔力石から魔力を得る必要があった。そのため、魔力を得た際に保有できる器の大きさと、魔力を取り扱うための親和性の高さが重要となるのだ。


 魔力を保有できる器、保有量の大きさは、その髪の色で判断される。特殊な髪色も存在するが、主としてその髪色の色素が薄い程、沢山の魔力が溜められるとされた。銀髪や灰髪がその頂点である。


 魔力を取り扱う親和性の高さは、その瞳に現れる。髪色とは逆に、黒に近い程、魔力に馴染みやすく、消費を最低限にして魔法を使用することが出来た。


 女性の場合は男性とは違い、魔力の生産力を重要視される。女性の身体は魔力を保有することが難しく、生産すると同時に髪に流れ、限界を越えると放出されるようになっていた。そのため、魔法の使用には不向きなのである。髪の色が黒に近い程、生産される魔力の密度が高い証拠であり、優れた生産力を持っているとされた。


 魔法に関する能力は血によって受け継ぐものではなく、親子であろうと髪と目の色が全く違うことなど当たり前であった。


 そしてそんなバルバストル王国で、十八年前、エレオノールは美しい黒髪と黒い目を持って生まれた。生まれた家がブロンデル公爵家という、王国でも有数の公爵家であったこともあり、生まれた瞬間から突出した価値を持つ令嬢だった。そもそも、この国で黒い髪の女児が生まれたのは、数百年ぶりだろうという話なのだから。


 そのため、その色彩が周囲に知られると同時に、四つ年上の王太子の婚約者となったのは、ある意味当然のことだった。今は亡き両親は権力に対する欲がなく、最後まで反対していたのだが。最後には、現国王が押し切る形で決まった婚約だった。


 だというのに。




「これは、我が国の主神である女神さまの思し召しだろう。女神さまは、其方が王太子と結ばれない方が良いとお考えなのだ。……何せ、其方の髪から、色が抜け落ちてしまったのだからな」




 鼻で嗤うように告げられた言葉。知らず、びくりと肩が揺れた。同時に、長い髪の先が目の入り、視線が俯く。


 国王の言う通り、エレオノールの美しかった黒髪は今、その色を失い、薄い灰色へと色を変えてしまっていた。

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