第5話
開会二十分前。待合室は込み始めている。見渡すと俺の知る北高関係者はほとんど到着しているようだ。
「古泉、お前の『機関』は解散していなかったんだよな」
「ええ。いまは法人化して技術関係のコンサルタントを経営しています。社員は元超能力者という共通の自覚のある者ばかりなので結束が強く、僕がこういうのもなんですが、経営も順調です」
こなれた物言いから、今の古泉は『機関』の中でも結構上の地位にいるのがわかった。森園生さんや田丸兄弟、そしてベテランドライバーの新川さんもやっぱり同じ会社にいるんだろうか。いや、新川さんならもう引退しているかもしれない。
俺は立ったまま電子ブックリーダーを見つめている長門を見やる。視線に気がついたのか――昔から長門はこっちを見ていなくても、なぜか俺の視線を感知するという特技があった――頭を上げる。
「最近どうしてる。元気でやってるか」
「…………」
無言のまま、長門は頷いた。大学を卒業と同時に直接顔を合わせることは少なくなっていたけれど、長門には不変の安心感を覚える。
大学院で研究していると聞いていたが、超絶宇宙存在に作られた有機アンドロイドだ。情報統合思念体に比べれば地球のテクノロジーなんか原子力ロケットと石斧くらいの技術格差があるはずだ。もしかすると、長門は人類にはまだ早すぎる技術を誰かが発明しないように観察しているのかもしれない。……たとえば、時間旅行に関する技術とか。
係員がやってきて、ホールの入口が開いた。
祭壇に当たる場所には当然ながら棺はない。ホール内は静かで、特定の宗教を感じ取れる要素はない。穏やかに照らされた中はだれもが落ち着ける空間になっていた。
中央の一段高い位置に制服姿のハルヒの写真が掲げられていた。写真はいつ撮ったものだろう。高校二年になって四月の事件が不完全な終わり方をしたころではないはずだ。あのときはさすがのハルヒも思いつめたような表情を見せることが多かった。
高校二年の夏休みの前くらいだろうか。成績も学年トップを維持していながら、俺の前をスッタカと威勢よく歩いていくハルヒ。初めて出会ったときからその姿勢は変わらない。写真のハルヒの瞳は未来を見通すような鋭さがあった。ゆるぎなく、未来を見つめている。
その瞳が今の俺にはまぶしすぎた。写真はおぼろな記憶のハルヒよりずっと鮮明で、それだけにあの事件がどうしようもなく心中を浮上してくる。
俺は頭を振って想念を振り払った。いまは思い出したくない。思い出しても何も変わらない。ハルヒはこの世から消え、SOS団は消滅し、今は皆それぞれの道を歩んでいるのだ。
ホール中央の通路側から、古泉、長門、俺の順で椅子に座った。思えばあのころはこういった場所では俺の隣はいつもハルヒが陣取っていた。なんでだろうね。
気配を感じて俺は隣を向く。
反対側の通路から俺の隣に座ったのは国木田だった。少し背が伸びたようだ。いつも余裕のある温かい眼差しと童顔ですぐにわかった。と、その隣りに座ったのは谷口だ。あまり似合っていない黒スーツ姿で小さく、
「よっ」と声をかけてきた。
「来ないかと思っていた」
「それはねぇよ」
「もう七年も経つんだね」
「ああ」
ハルヒの不可解な失踪で落ち込んだ俺を、同窓生で励ましてくれたのはほかならぬこの二人だった。国木田は俺が志望校を明らかにしてからというもの、ずっとつきっきりで教えてくれたし、谷口はハルヒ絡みでくだらん噂を流すやつを抑止したり、掃除当番を変わってくれたりもした。もし古泉と長門だけだったなら、俺は立ち直れなかったろうし大学にも受からなかったろう。
「定刻になりましたので、ただ今より涼宮ハルヒさんを偲ぶ会を開催いたします」
アナウンスが聞こえ、俺は壇の左手の司会者席に登壇した女性を見る。
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