第6話
俺はしばらく息が止まっていた。まさか、ありえない。
ダークブルーのスーツを着こなして、栗色の豊かな髪を背に流し、一見二十歳くらいにしか見えない小柄な姿……朝比奈さん、なのか。
思わず腰を浮かしかけた俺の肩に長門の手がのっていた。微かに首を振って、ちっこい人差し指を一瞬自分の口に寄せた。長門は何か知ってるのか。俺は式の間にも俺の眼はずっと朝比奈さんに激似の女性から話すことができなかった。
そのうちに偲ぶ会はハルヒのお父さんの挨拶があり、全員の献花があり、続いて岡部先生がマイクの前に立った。
「私は県立北高校で二年間、涼宮さんの担任を務めさせていただきました。本当はもう一年、彼女の成長を見届けることができたはずなのに、と言う思いは今も消えておりません」
一年の頃はハルヒがやらかすたびに岡部は校長から絞られて、職員室内でもかなり浮いていたらしい。普通なら自分の昇進や将来を考えて、厄介者の生徒とは一線を置くことだってできたはず。一生徒にあれほど学内を引っ掻き回されてもハルヒを放り出さなかったのは、率直に尊敬に値する。だが当時の俺はそんなことにまったく気づかなかったのだ。
「涼宮さんは成績が良いだけでなく、自分が正しいと信じることは貫ける生徒でした……」
俺は会場左側の司会席を見る。その女性は岡部先生が話している間は目を伏せて静かに聞いているようだ。
「彼女がどのような気持ちで学校を離れることにしたのかは私にはわかりません。教職者として無責任ではないかと思われる方もおられるでしょう。しかし彼女は一介の教師の思惑などをはるかに超えて行動を起こし、今もどこかで元気にやっているような気がしてなりません。一方で、私たちの人生はこれからも続きます。ここで仕切りを入れるのも大切なことです……」
岡部先生とは結局、三年間の付き合いになってしまった。
ハルヒの影響かもしれないが、俺と谷口に国木田、そして岡部先生の組み合わせは不変のつながりがあるみたいだった。谷口に至っては、五年間もハルヒと一緒だった。影響を受けないはずもない。今の俺だってハルヒの影響がなかったらまた別の人生を歩んでいたことは間違いない。
岡部先生の言葉を聞いているうちに思い出した。ハルヒが高校二年になっても地元の子供会で何くれとなく世話をしているのは聞いていた。一度だけ俺はハルヒから聞いたことがある。
『子供は未来そのものだからね』
俺たちだって社会的にはまだ子供に分類されるだろうが。そう言いかけた俺をハルヒはじっと見つめ、
「あたしは自分で自分の未来を切り開いていける……たぶんね。でも一人で立てない子どももたくさんいるから。だからやれるときに手伝ってあげたいの」
ハルヒが子供会のことを言ったのはそれが最後だった。
ハルヒの教え子でもあるハカセ君に真意を聞いてみるつもりが、そのまま果たせないでいた。あの男の子も今頃は高校生になっているはずだ。ハルヒのことはきっと覚えていることだろう。朝比奈さんの話ではあの子は将来……。
俺が回想を続けるうちに偲ぶ会は終わったらしい。思いにふけると周囲が見えなくなるのは高校の時から変わらない悪癖だった。もう参列者は席を立ち始めている。
司会の女性はいつのまにか姿を消していた。これから別室で軽い食事が用意されているらしいが、俺には行くところがある。
「どちらへ」
「野暮用だ」
「では僕も同道しましょう」
「なんでだ」
「積もる話もありましてね。そうでしょう? 長門さん」
長門は軽く頷いて俺を見上げる。こういういうときはなんていうんだっけ?
「やれやれ、だな」
古泉は俺の言葉に少し笑みを見せ、肩をすくめた。俺たちはホールのロビーを抜け、ホールの外に出た。
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