第15話

高校卒業後-


桜叶、将矢、愛弓、菊斗の四人は、見事に別々の場所へ進学した。


そして四人は、それぞれ進学してから一ヶ月が経とうとしていた。



「倉地さん…あの、もしよかったら…連絡先教えてくれない?」


桜叶が大学の敷地内を歩いていると、同じ大学に通う男性が声をかけて来た。


すると、桜叶はポーカーフェイスで応えた。


「ごめんなさい。私、そういう事は一切お断りしてるの。婚約者がいるから」


桜叶はさらりと言うと、颯爽と去って行った。


「こ…婚約者!?」

桜叶に声をかけた男性は驚き慄く。

すると、横から現れた別の学生が声をかける。


「あれ、知らなかった?桜叶さんって高校から付き合ってる彼氏と固い絆で結ばれてるから、入る隙ねぇよ」


「…っっ」


一方その頃、将矢も…


「一富士くん!連絡先交換しない?私…一富士くんと仲良くなりたいなって思ってて…」

将矢と同じ大学に通う女性が、将矢に声をかけて来た。


すると将矢はすかさず口を開く。


「あー俺婚約者いるから、そういうの一切断ってんだわ。悪いな」


将矢はそう言うと、スタスタ歩いて行った。


「え…こ、婚約者!?え、もう!?」

女性は驚愕した顔をする。


すると、将矢と同じ高校だった学生がその女性に近づき言う。


「アイツ高校から付き合ってる才色兼備の彼女にベタ惚れだから、絶対無理だよ…」


その女性は呆然としながら呟いた。


「そりゃぁ、婚約者なんて言うぐらいだもんね…」


--


「あの!新藤さん…その、ぼ…僕を、一度だけ引っ叩いてくれませんか?」 


愛弓が大学に進学してからというもの、愛弓のヤンキー気質に憧れる特殊なファンが現れるようになった。


「は?」

愛弓は冷めた目で、突然目の前に現れた男性を見る。


すると…


「はいはい、ごめんねー。愛弓は理由も無く人を殴ったりしないから」


大学の門に立っていた愛弓の肩に手を回しながら言うのは、菊斗であった。


「菊斗!」

愛弓は突然現れた菊斗に目を丸くした。


すると菊斗は、愛弓に声をかけて来た男性に向かって言った。


「人の彼女を、テメェの快楽の道具に使おうとしてんじゃねぇぞ?二度と愛弓の前に現れんな?」


菊斗はギロッとその男性を睨んだ。


「ヒィッ…」

男性は殺気立つ菊斗に怯え、走って逃げて行った。


愛弓は菊斗を見ながら呟く。


「菊斗…何かウチの系統になりつつあるな…」


愛弓は呆然と菊斗を見つめた。


菊斗は愛弓に顔を向けニッコリと笑いながら言う。


「良かった、早く迎えに来て。俺の勘冴えてる」


「…っっ。あ…あたしの心配なんか良いんだよ!菊斗こそ、どうなんだよ!お前だってどうせ…大学では女から声かけられたりしてんだろ?」

愛弓は照れ隠しをするかのように慌てて言うと、ツーンとした顔をする。


すると、菊斗は愛弓作コタローの絵の紙を見せながら言う。


「何かこの絵見せると女子達が逃げてくんだよねー。何でだろ?これ女子にも聞くん?」


菊斗はじりじり愛弓に詰め寄る。


「…っっ」

愛弓は顔を逸らす。


「このお守り、最強過ぎ」


菊斗は嬉しそうに笑った。


--


ピロローン♪


桜叶のスマホが鳴ると、桜叶はスマホに通知されたメッセージを開く。


将矢 "今終わったけど、桜叶はどんな感じ?"


桜叶は微笑みながらメッセージを返信する。



ピロロン♪


将矢のスマホが鳴った。


将矢はすぐさまメッセージに目を通す。


桜叶 "おつかれさま。ちょうど私も今終わったとこ"


将矢は小さく笑みを浮かべるとメッセージを返信した。


"おつかれ!じゃあ、桜叶の大学の近くのいつものカフェで待ち合わせな"


--


桜叶はカフェに入ると窓際の席に座り、外を眺めていた。


しばらくすると将矢が現れ、いつものようにガラス越しに桜叶の目の前で手を振る。


桜叶はフッと笑うと小さく手を振った。


将矢が店内に入って来ると、桜叶の隣に座り呟いた。


「恋人っぽいな」


これは、いつも将矢が開口一番に言うセリフである。


桜叶は笑いながら言う。


「新鮮でしょ?」


将矢は桜叶に微笑みながら呟いた。


「うん…」


毎回のように待ち合わせ場所で会えば、必ず最初に同じ会話をする将矢と桜叶は、まるで顔を合わせた時の合言葉ならぬ"合会話"を楽しんでいた。

そして、その合会話の後には決まって互いに笑い合うのだった。


将矢はそっと桜叶の手を握ると桜叶と手を繋いだ。


将矢と桜叶の手と心は、いつも、そして…いつまでも強く繋がっている。



---


それから、十年後…



「ちょっと大変ですけど、奥歯までしっかり磨いてくださいねぇ…犬も歯が命ですから」


菊斗は獣医になっていた。


「あ、これ…ウチの妻の名言なんですけどね」


菊斗は得意げに笑った。


--


「えーちなみに、マントルを覆う地殻。このマントルと地殻の境目をモホロビチッチ不連続面と言います…」


愛弓は、地学の高校教師となっていた。


「モホロビチッチ不連続面…」


「モホロビチッチ…」


--


「一富士さんが設計したこの玄関、光が差し込む工夫がされていて、とても良いですね」


「ありがとうございます…」


将矢は建築士になっていた。


「この玄関の設計、実は自分の家にも取り入れてるんですよ。特に拘ったのが、ここのステンドグラスなんですけど…これはうちの妻のリクエストなんです」


将矢はそう言うと、ニッコリ笑った。


--


"一富士法律事務所"


事務所入り口に掛けられている看板は、書道家の霧生富美子による達筆な文字で書かれている。



「所長、今度の案件なんですけど…」


「あぁ、それは桜叶弁護士にお願いするわ」


「え…私に?」


「見ての通り、私は鬼辻グループの件で手一杯なのよ。…ったく、何年あの会社と関わらないといけないのかしらッ」


母、倖加の場外乱闘は未だ続いていた。


「あー早く帰って、純さんのご飯が食べたいわぁ…」

倖加が仰け反り天井を見上げる。


「毎日それ言ってるね」

桜叶はやれやれとした表情で倖加を見る。


「だって私、毎日それに向かって頑張ってるんだもの。あ…今日、親子丼だって!俄然やる気出た!」

倖加が力強くガッツリポーズをする。


「・・・」

桜叶はポーカーフェイスで倖加を見ていた。


"親子丼かぁ…うちもそうしよ"


この日、夕食当番であった桜叶は、頭にメモをする。

同時に、桜叶の頭ではある事が閃く。


"鶏肉は、将矢が大好物の唐揚げにするか"


桜叶は昨晩の残りである唐揚げに思いを馳せた。


「唐揚げの卵とじ…」


桜叶はポツリと呟いた。



コンコン…


すると、事務所の扉をノックする音が聞こえた。

桜叶が時計に目をやると、依頼者が来る約束の時間であった。


桜叶は扉を開けた。


「ようこそ、お待ちしておりました。どうぞこちらへ…」


桜叶は事務所の扉を明け、応接室に案内した。


「はじめまして。私が弁護を担当させていただきます、一富士桜叶と申します。以後お見知りおきを…」


桜叶はそう言うと、自身の名刺を差し出す。


『一富士法律事務所 弁護士 一富士 桜叶』


名刺に添える桜叶の左手には、キラリと指輪が光っていた。


桜叶は、不安そうな表情を見せる依頼人に向け、ゆっくり口を開いた。


「大丈夫ですよ…この一富士桜叶におまかせください…」


そして桜叶は、力強い眼差しで言った。


「あなたに光が当たるように、私が変えてみせます」



-チェンジの女神 完-


(番外編へ続く)

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