9.繋がっている

第14話

時は経ち、桜叶達も高校最後の年である三年生になっていた。


桜叶達の学校は、三年間クラス替えの無い高校であった為、三年生になっても桜叶と将矢、愛弓と菊斗は同じクラスであった。


ある日、桜叶はいつも以上に真面目な顔をしながら口を開いた。


「将矢、帰ったら…大切な話があるの」


「え…」

将矢は桜叶の言葉にドキッとする。


"まさか…別れ話…?"

将矢の顔は強張り、段々と血の気が引いていく。


桜叶はそんな将矢をチラッと見て言う。


「大丈夫よ。将矢との関係は変わらないから」


「そ…そう…」

将矢はホッとしながら、詰まりそうになってた呼吸を一気に解放させた。

しかし、大切な話というのは何だろうかと、将矢はキョトンとしながら桜叶を見つめた。


--


その日の夜、桜叶は家族を食卓に集め静かに口を開いた。


「私…高校卒業したら、倉地家の養子になる」


「…っ!!」


桜叶の言葉に、将矢と倖加と純ノ介が驚いたように目を丸くし固まる。


「それで、おばあちゃん達の家から大学に通おうと思うの。だから…高校卒業したら、この家を出ます」

桜叶は凛とした様子で倖加達に向け言った。


「えっ…ちょ…この家出るって…俺らの関係は変わらないって言ったじゃん!」

将矢は慌てて桜叶に詰め寄る。


「うん、変わらないよ。だけど私達は、同じ屋根の下の恋人しか経験してない。でも高校卒業して私が家を出たら一般的な恋人を経験出来る…あっちゃん達みたいに」


桜叶は真剣な表情で将矢を見た。


「桜叶…」

将矢は目を丸くしながら桜叶を見る。


「そういう恋人生活も、経験してみたいなって…あっちゃん達を見て思ってたの」

桜叶はそう言いながら微笑んだ。


「…っっ、たしかに…それはそうだけど…」

将矢は、桜叶が隣の部屋から居なくなる事を想像すると、寂しさで胸が締め付けられる感覚になった。


「それにね…私、おばあちゃんとおじいちゃんに恩返しがしたいって思ったの」


桜叶はチラッと母の倖加を見た。


倖加は目を丸くさせた。


桜叶は話を続ける。


「父さんが突然いなくなって、それだけでも寂しかったはずなのに…私たちの重荷にならないようにって、今まで私達に自由を与えてくれた。そのうえ、いろいろと苦しかった時は、助けてくれてたんだよね?母さん」


桜叶は真っ直ぐ倖加を見た。


倖加は気の抜けた表情になると呟いた。


「えぇ…そうよ。時央さんの両親には、本当に…たくさん支えて貰ってたわ」


倖加は目を潤ませた。


「私思ったの。私が倉地の姓になれば、私がお嫁に行く時は、倉地桜叶として…おじいちゃんとおばあちゃんから送り出してもらえるんじゃないかってね」


「…っ!!」

将矢と倖加と純ノ介は、一様に目を丸くさせた。


「あと、父さんからも…」


桜叶はそう呟くと、今は亡き実父の時央に思いを馳せた。


桜叶の言葉に、倖加はハッとした表情をさせた。


純ノ介は目を丸くさせながら桜叶を見ている。


将矢は、呆然と桜叶の横顔を見つめていた。


「それで、必ず戻って来る」


桜叶は微笑みながら将矢に言った。


「…っ!」

将矢は目を大きくさせた。


「今度は一富士家に、嫁として戻って来ます」


桜叶は倖加と純ノ介を真っ直ぐ見ながら言った。


「…っ!!!」

将矢は目を見開き、顔を赤くしながら桜叶を見た。


「だから、ちゃんと迎えに来てよね」

桜叶は将矢にそう言うと、フッと笑った。


「…っっ…うん…。絶対、迎え行くから…」

将矢はそう言うと、涙を堪えた。


桜叶が一富士家を出て行く寂しさよりも、嫁になって戻って来る宣言の嬉しさの方が勝ち、将矢の目に浮かぶ涙は、紛れもなく嬉し涙であった。


そんな桜叶と将矢を見ていた倖加と純ノ介は、互いに顔を合わせると、微笑みながら頷いた。


「…っっ」

将矢は思っていた。

今回もあの時と同じであると。

桜叶と家族になった日の食卓で、将矢の気持ちをひっくり返した桜叶。

あの時のように今回もまた、将矢の不安を払拭させ、希望に変化させた。


将矢は、ふと愛弓のある言葉を思い出した。


「チェンジの女神…」


将矢は思わずポツリと呟き桜叶を見た。


桜叶はキョトンとする。


すると、将矢はフッと笑いながら言った。


「俺、また桜叶に救われた」


桜叶は目を丸くさせた後、安堵した表情で将矢を見つめた。


すると、桜叶の目の前に座る母の倖加が言う。


「桜叶はどんな苗字になったって、桜叶って名前は変わらないからね」


桜叶と将矢は倖加の方へ顔を向けた。


倖加は続ける。


「桜って、一つの花が開花したらその周りの花もあっという間に咲くでしょ?そんな桜の花のように、あなたがいるだけであなたの周りにいる人達も花が開くように幸せが叶ってく…そんな人間になって欲しいっていう思いで付けたのが「桜叶」なの。まさに、幸運の女神ね!」


倖加はニッコリ笑った。


「…っ」

桜叶は初めて聞く自身の名前の由来に、何だか胸が熱くなる。


倖加は真っ直ぐ桜叶を見て言う。


「だから胸を張りなさい。桜叶は桜叶なんだから。どんな場所でも、あなたがいるだけで周りが幸せになる。あなたの名前の意味を忘れないようにね、桜叶」


「・・っ」

桜叶は倖加の言葉に胸がいっぱいになり、静かに頷いた。


「確かに…。それ当たってるわ。桜叶と関わってから、俺幸せだもん」

将矢は目を輝かせながら倖加に言うと、笑顔で桜叶を見つめた。


そんな将矢の弾ける笑顔に、桜叶は目を潤ませながらつられて笑った。


「じゃあ…皆の明るい未来と、将矢の未来のお嫁さんに…乾杯」

純ノ介は笑顔でそう言うと、グラスを掲げた。


桜叶達の家族四人は、笑顔で乾杯をした。


--


ある日曜日-


純ノ介の誕生日であるこの日、純ノ介と倖加はデートをすると言い朝早くから出かけて行った。夕食までには戻るということだった。


「・・・」


将矢と桜叶はお互いにチラッと見た。


すると、将矢が少し緊張した様子で静かに言う。


「俺の部屋…来る?」


桜叶は驚いた表情で将矢を見ると、笑みを浮かべながら応えた。


「行く」



桜叶は将矢の部屋へとやって来た。


両親がいない中、将矢の部屋で二人きり。


このような状況になるのは、桜叶と将矢にとって意外にも初めてのことだった。


将矢は、以前教頭達に「理性をナメるな」と啖呵を切った手前、自分なりに理性を保つ為に配慮を積み重ねて来たのだ。



「綺麗にしてるね」

桜叶は部屋を見渡しながらベッドに腰をおろした。


「まぁな」

将矢は照れながら言う。


すると、将矢はチラッと引き出しに目をやった。


そこには、将矢のグループの仲間達からもらった大人の緊急対応グッズ…いわゆるゴムが入っていた。


「…っっ」

将矢は緊張しながら桜叶の隣に座った。


すると、桜叶は将矢の顔を覗いた。


「何か…言いたい事あるんでしょ?」


桜叶は優しい表情で将矢を見ていた。


そんな桜叶を見た将矢は、思わず桜叶に抱きついて呟いた。


「・・大人の…階段上りたい…」


将矢は赤くなった顔を桜叶の肩に埋める。


桜叶は将矢の言葉を聞き目を丸くさせた。


そして桜叶は静かに呟いた。


「いいよ」


「…っ!!」

将矢は驚き、思わず桜叶を見た。


すると、桜叶は頬をピンクに染め恥ずかしそうにしながら口を開く。


「一緒に…上りたい。私の…未来の旦那さん」


桜叶はそう言うと、照れ笑いしながら将矢を見た。


「…っっ」


将矢はすかさず桜叶と唇を合わせた。



桜叶と将矢は、ゆっくり身体を重ね合わせた。


互いに初めて上った大人の階段は、汗ばむ人肌が愛おしく互いを求め合いながら慎重に上る、輝度高めなガラスの階段だった…。



しばらくして…


将矢はベッドの上で桜叶を抱きしめながら言った。


「俺…初めてが桜叶で良かった…」


桜叶は将矢の腕の中からそっと顔を出し、将矢を見つめ呟く。


「私も」


将矢と桜叶は照れくさそうに小さく笑った。


すると、将矢と桜叶は自然と見つめ合い静かに唇を重ねた。



「あ…やばい…。もう一回…」


「え!…ちょっと…っっ」


大人の階段は、どこまでも続いていた…。


--


桜叶達は、早くも受験シーズンに突入していた。


そんなある日、教室では将矢が隣の席に座る物静かな男子生徒に話しかけた。


「ハァー…。受験って緊張するよなぁ?周りとか知らねぇ奴ばっかじゃん?それだけでも緊張するよなー」


「う…うん。っていうか…一富士君も緊張したりするんだ…」

隣の席の男子生徒が静かに口を開く。


「おぃおぃ…俺を何だと思ってんだよ。ちなみに、桜叶もここ最近はずーっと緊張するって言ってばっかだぜ?」


将矢は笑いながら話す。


「へぇー…意外だな…。君たちは緊張する事なんてないんだと思ってた…。いつも堂々としてるから…」

男子生徒は目をぱちくりさせた。


「意外と普通だし同じだぜ?俺も桜叶もお前も」

将矢は男子生徒の顔を覗く。


「え…」

男子生徒は呆然としながら将矢を見た。


すると将矢は、プリントの裏にあるものを描き始めながら言った。


「何かさ、君らって勝手にピラミッドみたいな図作ってるけど、そのピラミッド…立体じゃないからな?」


「え?」

男子生徒は目を丸くさせながら将矢の手元に注目する。


将矢は続ける。


「それ、ペラッペラの紙に書いてあるただの三角形だから。そびえ立ってねぇってこと」


すると将矢は、三角形のヒエラルキーが書かれたその紙をヒラヒラさせた。


「・・っ」

男子生徒は驚き、目を丸くさせたまま紙を見つめる。


「この三角形、こうして平に置いてみろよ」


そう言って、将矢はヒエラルキーが描かれた紙を机に置いた。


「なぁ?こうして横にすると、皆同じ高さなわけ。同じ目線。立てるんじゃなくて、横にすんの」

将矢は紙を立てたり、横に寝かせたりしている。


「…っっ!!」


すると、おとなしい男子生徒だけでなく、その様子を見ていた他の生徒達も目を丸くさせた。


すると将矢の横から、桜叶がひょっこり顔を出し言った。


「そう。縦から横にチェンジするの」


「…っ!!」

将矢は、突然顔の至近距離で話す桜叶に驚き、顔を赤くする。


そんな将矢を見た桜叶は、フッと笑うと続けて言った。


「立たってると思ってたものは、実は寝ている状態の平らなものだったりするのよ。騙し絵みたいにね」

そう言って、桜叶は小さく微笑んだ。


「…っっ!!」

その場にいた一同、桜叶の笑顔に驚き目を見開く。


「見方を変えると世界が変わるよ。そうやって人は変わってく。新しい自分にチェンジしてくの」


桜叶はそう言って、ニッコリ笑った。


「・・っ!!!」

クラスメイト一同、初めて見た桜叶の弾けるような笑顔に驚き固まると、皆桜叶に見惚れた。


「…やっぱ…前の桜叶にチェンジで・・」

将矢は桜叶の耳元でポツリと呟いた。


「え?」

桜叶はキョトンとしながら将矢を見る。


「桜叶のその笑顔…俺の前だけにして…」

将矢はムスッとしている。


「お前、ガキみてぇだなぁ?」

愛弓は、将矢を見ながら茶化す。


「ガキじゃねーよ!!」

将矢はツンとした。


「まぁ男ってさ、永遠に心は少年だから」

菊斗はそう言うと、愛弓の肩に手を回した。


「ちょ…それは都合良すぎんだろ!」

愛弓は顔を赤くさせた。


「あっちゃんは、永遠に心は少女だね」

桜叶は愛弓を見ながらフッと笑った。


「しょ…少女って言うなよ!」

愛弓は慌てながらムキになる。


そんな愛弓を見た桜叶は、クスッと笑った。


「ちょっ…だからぁッ!聞いてたぁ?笑顔禁止!!」

将矢は慌てて桜叶の肩を揺すった。


そんな桜叶と将矢、愛弓と菊斗の四人を、周りの生徒達は微笑ましい様子で見つめていた。


--


「春の暖かく力強い風に包まれながら、私たちはこうして卒業の日を迎える事ができました。私たちの為にご臨席くださいました皆さま、誠にありがとうございます…」


卒業式、桜叶は卒業生代表の答辞を務めていた。


壇上に上がり凛々しい様子で答辞を読む桜叶を、将矢や愛弓、菊斗達卒業生は真っ直ぐ見つめていた。


桜叶はしばらく原稿を確認しながら読んでいたが、その後ゆっくりと顔を上げ話し出した。


「私は…人に対して、信頼する事を避けて生きて来ました」


「…っ!!」

将矢達は皆、目を丸くさせながら桜叶を見つめた。


「ですが、この高校に通い生活する中で…人を信じて向き合うことの面白さ、嬉しさ、愛おしさを学ぶ事ができました」

桜叶は表情を緩め、小さく微笑んだ。


「…っっ」

将矢達は皆、胸を熱くさせ目を潤ませた。



桜叶「ある人は言いました。とことん話し合い、納得できる道を見つける。それでどの道選んだとしても、絶対に手を離さないと」


「…っ!!」

将矢はハッとした表情になった。

それは以前、将矢が廊下で話していた会話の一部であった。


「私はそれで、大切な人を守る術を学びました」

桜叶は優しい表情で将矢の方を見た。


「…っっ」

将矢は顔を赤くし、目を潤ませながら桜叶を見つめた。


桜叶「ある人は言いました。万人と向き合う必要なんてない。でもせめて、自分の人生に必要な人とぐらいは、ちゃんと向き合えと」


すると愛弓はハッとした表情をさせた。


「私はそれで、大切な人を守る勇気をもらいました」

桜叶は壇上から優しい眼差しを愛弓の方へ向けた。


「…っ」

愛弓は込み上げてくるものをグッと堪えた。


桜叶「ある人は言いました。自分の人生に必要な人を必死で守る時は、皆同じようになる…人は皆、似た者同士だと」


「…っ!!」

菊斗は目を丸くさせ桜叶を見た。


「私はそれで、人には皆…誰でも同じように、大切だと思える人を守れる力があることに気づきました」

桜叶は微笑みながら菊斗を見た。


「…っっ」

菊斗は目に溜まりそうになる涙を散らそうと、まばたきを少々早めた。


桜叶「そして…ある人が、私に教えてくれました」


そう言うと、桜叶は富美子の方に顔を向けた。


「…っ!?」

突然桜叶と目が合った富美子は目を丸くさせ固まる。


桜叶は続ける。


「誰かや何かと出会えた奇跡の瞬間というのは、これからが楽しみになるような嬉しさや希望で満ち溢れること」


すると桜叶は、微笑みながら富美子を見た。


「…っっ、桜叶さん…」

富美子は静かに涙を溢した。


そして桜叶は顔を上げ、凛々しい佇まいで言った。


「私達がここで出会えた奇跡は、きっとこの先訪れる奇跡の種となって私達の未来へと運んでくれるはずです。卒業しても、どうか希望を持って…大切な人の手を離さないように向き合うことを恐れず、堂々と歩いて行きましょう。似た者同士の私達なら、きっと出来る…そう信じています」


そして桜叶は、最後に教師達や在校生に感謝を述べ挨拶をすると、深々と頭を下げた。


すると、体育館からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。


将矢や愛弓、菊斗や富美子も、微笑みながら力強く拍手した。


担任の米沢も、目に涙を浮かべ微笑みながら拍手をしている。


晴れた空の元、涙の含んだ拍手の雨音は、体育館の外まで大きく鳴り響いていた。

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