第12話

「愛弓…話がある」


ある日突然、菊斗が真剣な表情で愛弓に声をかけた。


「…っ!!」

愛弓は、ぎょっとした表情をすると、まさか別れを切り出されるのではと憂えた。



菊斗は、愛弓と屋上にやって来るやいなや、口を開く。


「愛弓…」


「…っっ」

愛弓は一瞬ビクッとさせた。

不安と恐怖に駆られている時というものは、こんなに何も言葉が出て来ないのかと思いながら、愛弓はひたすらにたじろいでいた。


しかし、菊斗が発した次の言葉により愛弓の感情は一変する。


「今度の日曜日、うちに来てほしい」


「え」

愛弓はキョトンとする。


--


先日-


「菊斗…この前ね、菊斗と同級生のお母さんから聞いたんだけど、最近仲良くしてる女の子がいるんですって?」


菊斗の母である朝井あさい 滋子しげこが、突然菊斗の背後からたずねて来た。


「…っっ!!・・あぁ…うん」

菊斗は平静を装いながら返事をする。


すると母の滋子は、さらに詰め寄る。


「何でも、ちょっとガラの悪い子だって言うじゃない…一体どういう付き合いなの?」


「…っ、別にガラなんて悪くないし、普通の子だよ!ちゃんと真面目に付き合ってるから」

菊斗はムスッとした顔をする。


滋子はため息混じりに言う。


「そうは言ってもねぇ、私は心配なのよ。人からの情報しか私は知らないから。その子が悪い子じゃないって言うなら、それを証明してくれないとね」


「・・っ」

菊斗は唇を噛む。


「じゃあ分かった。今度その子をうちに連れてらっしゃい。私が直接見て判断させてもらうから」

滋子はそう言うと、真っ直ぐ菊斗を見た。


「・・分かった」

菊斗も真っ直ぐ母である滋子を見た。


--


「えっと…うちの母さんが、俺に恋人出来たのをどこからか知ったみたいでさ…直接会わせろって…言ってて…」

菊斗が気まずそうにチラッと愛弓を見た。


「よかった…」

愛弓はポツリと呟く。


「え」

菊斗はパッと明るい表情になり愛弓を見る。


「あ、いや…よかったってのは…それじゃなくてこっちの話で…それはよくないけど…」

愛弓は慌てながら、しどろもどろに言う。


「何かよくわからないけど、とりあえず日曜日は俺んちなッ!」

菊斗はスッキリした表情で愛弓を見た。


「はぁッ!?いや…ちょっ…よかったけどそれはよくねぇって言ってるだろッ」

愛弓は慌てながら菊斗に詰め寄る。


「何?それ、新しいなぞなぞ?」

菊斗は目を丸くさせながら愛弓を見る。


「…っっ」

愛弓は新しい不安に駆られていた。


--


「なぁ…桜叶。今度の日曜…あたし、菊斗んちに行くことになった…」

愛弓は桜叶の机で、額に両手をつけながら話す。


「あらそうなの?良かったね、朝井くんの家族に会えるなんて」

桜叶はポーカーフェイスで愛弓を見る。


「いや、良くねぇだろッ!菊斗の母ちゃんがあたしなんかを見たら気絶しちまう…。それで…きっと反対される…」

愛弓は目を見開き肩を震わせている。


「大丈夫じゃない?」

桜叶はけろりとしながら話す。


「お前…他人事ひとごとだと思ってぇ!」

愛弓は唇を噛む。


「そんな事ないよ。あっちゃんと朝井くんだから心配してないだけ」


桜叶は涼しい表情をしている。


「桜叶…」


愛弓は、絶対的な信頼を置いている桜叶に驚き、目を丸くさせた。


「きっと大丈夫よ」

桜叶は優しい表情で愛弓を見る。


すると、愛弓は目を丸くさせたまま桜叶にたずねた。


「桜叶ってさ…いつも思うけど、その根拠のない自信っていつもどっから来んの?」


愛弓は興味深い様子でじっと桜叶を見る。


愛弓の言葉に一瞬だけ目を丸くさせた桜叶は、気の抜けた表情になり言った。


「得体の知れない不安とか根拠の無い不安って、わりと周りから共感されるし、当たり前のように認められるのに、逆に得体の知れない自信だったり根拠の無い自信って、周りからはどこかバカにされるし的外れのような目で見られる事の方が多い。だから、根拠の無い自信を持つのは…皆どこか遠慮しがちでしょ?あっちゃんだってそう。自信よりも不安の方を取ってる」


桜叶は愛弓の顔を覗く。


「…っっ、まぁ…そりゃあな…」

愛弓は口を尖らせた。


桜叶は続ける。


「不安と自信、どっちも同じ得体の知れない根拠の無いものなんだったら、私は迷わず自信の方を取るわ」


桜叶は凛とした表情で遠くに目をやった。


「…っ!」

愛弓はハッとした表情をさせる。


「自信の方が断然良いに決まってる。自信の方が希望がある。未来がある。元気の素になる」

桜叶は愛弓を力強い眼差しで見る。


「・・っ」

愛弓は、久々に見る桜叶の凛々しくて力強い表情に目を奪われた。


「自信を持つ事に根拠なんて必要ないよ。根拠が必要なのは、裁判で無罪有罪を決める時」

桜叶はそう言うと、フッと笑った。


「…っっ、そうだな…」

愛弓は表情を緩めると、つられて笑みを溢した。


--


「桜叶達、何話してんだろ…」


将矢は桜叶と愛弓を見ながら呟く。

桜叶と愛弓の会話が常に気になる将矢である。


すると、菊斗が突然たずねてきた。


「なぁ、将矢と桜叶さんが付き合った時って、親はどんな感じだった?」


将矢は目を丸くさせると、思い出すように天井を見上げた。


「いや…うちは特殊っつーか何つーか。そもそも、親の公認がきっかけで付き合い出したようなもんだからなぁ。特に何も変わらずって感じだったけど…」


将矢の言葉を聞いた菊斗は深いため息をついた後、重い口を開く。


「良いよなァ…将矢達のとこは。俺、この前母さんに愛弓と付き合ってるの知られてさ。母さんが直接見て判断するから愛弓を連れて来いって言うんだよ。だから…今度の日曜日、愛弓が俺んちに来るんだけどさ…うちの母さん、愛弓を傷付けるような事言わないか心配…」


菊斗が額に手を当て項垂れる。


「まぁ…親の価値観は人それぞれだからな…何とも言えないけど…。でも、お前の親に何言われようが、お前さえ分かっててやれば姉貴だってそんなに凹まねぇんじゃねーの?」


将矢は菊斗の顔を覗く。


「・・っ!」

菊斗はハッとした顔をして将矢を見た。


将矢は続ける。


「もし親に反対されたからって、どうせ菊斗の頭には姉貴と別れる選択肢なんて無いだろ?」


将矢は菊斗を見て微笑む。


「うん、絶対無い」

菊斗は顔を赤くさせ力強く頷く。


「だったら、大丈夫だろ?」

将矢はニッと笑った。


「・・あぁ。だな」

菊斗は柔らかい表情になり呟いた。


--


「朝井くん…」


放課後、桜叶はゴミ捨てを終え校舎の外を歩いていると、菊斗にばったりと会った。


「桜叶さん」

菊斗は笑顔で桜叶を見た。


すると、桜叶が口を開いた。


「ちょっと話せる?」


菊斗は目を丸くさせた。


桜叶と菊斗は外にあるベンチに腰掛けた。


「朝井くんとこうやって話すの初めてね」

桜叶は遠くの景色を見ながら話す。


「そう…だね」

菊斗は、少々緊張しながら呟いた。


「あっちゃん、今度朝井くんの家に行くんだって?」

桜叶は菊斗の顔を覗く。


「え!あぁ…うん」

菊斗は突然の桜叶の言葉に驚き、苦笑いする。


すると、桜叶が言う。


「私ね、あっちゃんと朝井くんだから何も心配してないよ」


「…っ!」

菊斗は驚いたような顔で桜叶を見た。


桜叶は続ける。


「あっちゃんのこと好きになってくれて…あっちゃんの中身をちゃんと見てくれて、ありがとう」

桜叶は優しい表情で菊斗を見た。


「…っっ」

菊斗は顔を赤くさせ照れ笑いした。



「ん…?アイツら、何してんだ?」


するとたまたま近くを通りかかった将矢が、ベンチで話す桜叶と菊斗を目撃し、慌てて陰に隠れ二人の会話に聞き耳を立てた。



すると、菊斗が口を開いた。


「それを言うなら俺の方こそだよ。桜叶さんだって、将矢の中身ちゃんと見てくれてさ、将矢の気持ちに応えくれたじゃん。俺、アイツの悩んでる姿見てたから…感謝もひとしおだよ」


菊斗が笑いながら言う。



「…っ!」

将矢は目を丸くさせながら聞く。



すると、桜叶は気の抜けた表情で言う。


「私ね…最初は将矢に嫌われてるんだと思ってたの」



「…っっ!?」

将矢はギョッとした顔をさせる。



菊斗はキョトンとしながら桜叶を見て口を開く。


「え、そうなの?アイツ入学式の時からずっと桜叶さんを目で追ってたのに…気づかなかった?」



「…っっ!!!」

将矢はさらにギョギョギョッとする。



桜叶もキョトンとしながら首を傾げた。


「それは気づかなかったわ」


菊斗は笑いながら話す。


「入学式の時、隣にいた将矢が目輝かせて俺に言って来たんだよ。"俺を見ない女子が初めて現れた!"って。アイツにとっては、かなり新鮮でよっぽど嬉しかったんじゃないかな」



「ちょ…アイツ…」

将矢は顔を赤くさせながら、気が気でない様子で菊斗達を見る。



「そう…だったんだ」

桜叶は優しい表情を浮かべた。


「でも、ある時から将矢は人が変わっちまったようになっちゃってさ。あの時の将矢の態度からしたら、そりゃ嫌われてるって思っちゃうのも無理もないか…」

菊斗は当時の記憶に思いを馳せる。



「・・っ」

将矢も少し俯いた。



すると、桜叶がゆっくり口を開いた。


「将矢と家族になった日、私に初めて将矢が気持ちを話してくれて…なるほどねって納得したの。でも同時に、自分の知らない所で自分に向けられてた感情がずっと身動き出来ずにいたんだって思ったら、何だか胸の奥がギュってなった」


菊斗は黙って桜叶の話に耳を傾ける。

将矢も俯き、依然陰に隠れながら耳を傾けている。


すると、桜叶が微笑みながら言った。


「でも安心した。私、嫌われてなかったんだって」


桜叶は小さく笑った。


菊斗は呆然と桜叶を見つめた。



「・・っ」

将矢は愛おしい様子で陰からそっと桜叶の方に目を向けた。



桜叶は続けた。


「あんなに人が変わったように、真剣に真っ直ぐぶつかって来られて…今まで私が感じてた将矢の雰囲気は、本気で悩んでたからこそだったんだって分かったら…将矢の手を離しちゃいけないって、その時咄嗟に思ったの」


桜叶は真っ直ぐ前を見つめる。



「…っっ」

将矢は何か込み上げてくるものを感じ、唇に力を入れた。



すると桜叶は、思い出したように小さく笑うと言った。


「あっちゃんと親友になった時も、同じ感じだったな…」


「…っ!」

菊斗は目を丸くさせた。



陰に隠れている将矢も同じ表情をする。


菊斗と将矢は、以前図書館で愛弓が言ってた事を思い出した。



桜叶は優しい表情になりながら言った。


「私と将矢、前に後輩の女の子の事で一悶着あったでしょ?その時、あっちゃんに言われたの。万人と向き合う必要ないけど、自分の人生に必要な人とは、ケンカでも何でもしてちゃんと向き合えって」


「…っ!!」

菊斗は目を見開き桜叶を見た。


壁の向こうでは、将矢も同じ表情で聞き入る。


桜叶は優しい眼差しを遠くに向けながら続けた。


「あの時初めて、あっちゃんが真剣に私を怒ってくれたの。そのおかげで、将矢とケンカしても良いから自分の言いたい事ちゃんと言おうって思えたんだ…」


菊斗は桜叶の言葉を聞き、顔を綻ばせた。


すると桜叶は、菊斗の方を向いた。


「あっちゃんに背中を押してもらえたの。あんなに人に対して熱くなってくれるあっちゃんだもん、朝井くんとだってきっと大丈夫。だからね、朝井くんも…例えどんな状況になったとしても、あっちゃんと向き合い続けて欲しいな…手を離さないようにね」


桜叶はそう言うと、微笑みながら菊斗を見た。



するとその時、陰の方で聞いてる将矢を見つけた愛弓が、一応声のボリュームを抑えながら声をかけた。


「おぃ、一富士。お前…盗み聞きが趣味なのか?」


「…っ!!」

将矢はビクッとし驚きながら愛弓を見た。


「ん?あれ…アイツら何してんだ?」

愛弓は桜叶と菊斗を見つけるなり呟く。


「シーッ!!」

将矢は慌てて愛弓を陰に引っ張り、一緒に聞くよう促した。


愛弓は不審な表情をさせながら、仕方なく将矢と同じように桜叶達の話に耳を傾けることにした。



菊斗は桜叶の言葉を聞き、笑みを浮かべながら頷くと言った。


「俺さ、愛弓のそういうところが好きなんだ」



「…っっ!?!?」

陰で聞いていた愛弓は目を見開いた。



菊斗は続ける。


「愛を感じるところ。さりげないのにストレートな愛を感じるんだよな。そういうとこ、ほんと好き」


菊斗は顔を赤くさせた。



「…っっ」

陰で聞く愛弓の顔もみるみる赤くなって行く。


愛弓の横では、将矢が小さく笑みを溢した。



すると、桜叶が口を開く。


「あぁ分かる。私…思うんだけど、あっちゃんと将矢って似てるとこあるわよね」



「…っ!!」

陰で聞く愛弓と将矢は互いに顔を見合わせた。



「あぁ…何となく分かるかも」

菊斗が笑いながら言った。


すると、桜叶が続ける。


「私もね、同じなの。将矢ってストレートに愛をくれる。いつだって、ちゃんと繋ぎ止めててくれるんだよ。だから安心感があるの。そういうところ、本当に好きだなぁ」


桜叶は微笑みながら言う。



「…っっ!!」

将矢は目を見開き顔を赤くする。


将矢の横で、愛弓は目を細めながら将矢を見た。



すると菊斗が口を開いた。


「でも、桜叶さんも将矢と似てるとこあるよ」


「え?私が?」

桜叶はキョトンとする。



陰にいる将矢もキョトンとしている。



菊斗は話す。


「高校入学したばっかの時にさ、俺…将矢に助けられた事があるんだよ」


桜叶は菊斗の言葉に目を丸くさせた。



陰で聞く愛弓も初めて知る事実に、思わず隣の将矢を見る。


将矢は依然キョトンとした表情のままだった。



菊斗が続けた。


「アイツ、モテるからさ…将矢目当てで俺に寄って来た女子達がいて・・・」


菊斗は当時の事を語った。


--


高校入学したばかりのある日-


女子①「朝井くん、連絡先教えてよ!」


女子②「私にも教えてー!」


菊斗「え…あぁ、いいけど…」


女子①「それで、一富士くんの連絡先も教えて!」


菊斗「は?・・あー…そういうこと…」


女子②「いいでしょ?朝井くん、一富士くんと同じグループにいるもんね?仲良いんでしょ?」


菊斗「いや…まだ入学したばっかだしさ、俺だってそこまでアイツのことよく知らないし…」


女子①「でも、一富士くんの連絡先は知ってるんでしょ?ついでに教えてよ!」


菊斗「いやいや、人の連絡先なんて勝手に教えられねーよ。アイツだって、突然知らねー奴から連絡来たら怖いだろ…」


女子②「朝井くんが私達を紹介してくれれば良くない?私たちが朝井くんと連絡取れる関係になってれば問題ないでしょ?だからまず先に、朝井くんの連絡先を聞いてるんだけど」


菊斗「そんなの俺なんか通さないで…最初から直接、一富士に聞けばいいじゃん」


女子①「一富士くんに直接なんて聞けないよー!緊張しちゃって無理!まずはワンクッション置いてからじゃないとッ!」


女子②「朝井くんは話しかけやすいから、私達もこうしてお願いしてるんだよー!」


女子①「朝井くん、私達に協力してよ!」


菊斗「…っっ」


"めんどくせ…"

菊斗はそう思うと、小さくため息をついた。


すると突然、菊斗達の背後から声がした。


「何してんの?」


それは将矢だった。


「い、一富士くん…」

女子二人は驚き、慌てて恥ずかしそうにする。


すると将矢は、冷めた表情で女子達を見ながら口を開いた。


「言っとくけど…俺、俺の友達に迷惑かけるような人間と仲良くするつもりはないから」


「…っっ!」

女子二人は目を見開き固まる。


菊斗も驚いた様子で将矢を見た。


将矢「あと、周りから固めていこうとする奴、人に対して姑息で雑な扱いをする奴、自己中で強引な奴、そういう女…すっげぇ嫌い」


「…っっ」

女子二人の強張らせた顔は、サーッと血の気が引いて行く。


将矢「残念だったな。最初から俺に声かけてれば、まだ違ったかもしれないのに…って、もう遅いけど」


女子達「・・っ」


将矢「因に…協力っていう言葉、さっきみたいな使い方はしない方がいいぜ?使う場面と言う相手を間違えると、協力って言葉がイヤらしい言葉にしか聞こえなくなるから」


女子達「・・・」


「行こうぜ」

将矢はポーカーフェイスのまま菊斗を引っ張って行った。



将矢は菊斗と二人になると静かに言った。


「悪かったな、迷惑かけて」


菊斗「え、いや…」


将矢「あぁいう類でさ、昔から周りに迷惑かけちまうことが多くて…俺から離れてく奴も結構いたんだよ」


菊斗「…っっ」


将矢「お前にはそうなって欲しくないから…今度、もしああいうのが来たら無視してくれて良いから」


菊斗「一富士…」


将矢「それでも引き下がらなかったら、俺んとこに逃げて来いよ!さっきみたいに俺がズバッと言うからなッ!」


真剣な表情で言う将矢に対して、菊斗は顔を綻ばせ静かに頷いた。


--


菊斗は桜叶に話し続ける。


「ああいう勇敢な所が、桜叶さんそっくりだよ。自分のせいで仲間に迷惑がかかりそうになった時、ズバッと言う感じが似てるなって思った」


菊斗は微笑みながら言う。



「…っっ」

陰で聞いている将矢は、恥ずかしいそうに口元を手で押さえた。



すると、桜叶が口を開く。


「そういうところって、あっちゃんもあるよね」



「…っっ!!」


陰で身を潜め横にいる将矢をニヤニヤしながら見ていた愛弓は、突然自分の名前を出されビクッとなり固まる。



菊斗は笑いながら応える。


「たしかに!あるある!そうなると、桜叶さん達って皆似てんじゃんッ」


菊斗は笑顔で桜叶を見る。


「朝井くんも似てるわよ?」


桜叶は冷静な顔で菊斗を見た。


「え…えぇ?俺も?」

菊斗はキョトンとする。


「うん。将矢もあっちゃんも…硬く固まってた私の心を解かしてくれる力があるんだけど、朝井くんも…あっちゃんの心、解かしたもんね」


桜叶は微笑みながら菊斗を見た。


「…っっ!」

菊斗は目を丸くさせながら桜叶を見た。



「・・・」

陰に潜む将矢は小さく笑みを溢し、愛弓は顔を赤くさせ恥ずかしそうにした。



「何だかんだ言って…私達は皆、似た者同士なのね」


桜叶はそう言うと微笑みながら空を見上げた。


すると、菊斗がゆっくり口を開く。


「俺らだけじゃない。きっと自分の人生に必要な奴を必死で守る時は、皆同じようになる。人って皆、似た者同士だよ」


菊斗はそう言うと、フッと笑った。


桜叶は目をぱちくりさせ呟いた。


「確かに…そうかもね」


桜叶は菊斗と顔を見合わせて笑った。


すると、そんな二人の様子に居た堪れなくなった将矢が飛び出す。


「ちょっとーッ!!何、二人して良い雰囲気になってんだよーッ!!」


「・・!!」

桜叶と菊斗は驚きながら将矢の方に顔を向けた。


「・・っ」

将矢の隣りには、顔を赤くさせた愛弓がいた。


「愛弓…え、お前らいつからいたの?」

菊斗は愛弓を見るなりギョッとした顔をする。


「そういうとこ、ほんと好き…ってとこだよなァ!」

将矢がニヤニヤしながら愛弓に言う。


「・・はっ!?え…ちょ…結構前じゃん!」

菊斗は顔を赤くさせ驚く。


「つーか、俺はもっと前からいたんだからなッ!何お前、サラッと入学した時の俺をカミングアウトしてんだよッ!!」

将矢は顔を赤くしながら菊斗に詰め寄る。


「それは良いじゃん、本当の事だし」

菊斗は笑いながら言った。


「おまっ…」

将矢はさらに狼狽える。



「・・・」


そんな中、桜叶は呆然としながら考えていた。


"・・てことは…"


桜叶は自分が言っていたセリフを思い出す。


"将矢ってストレートに愛をくれる。いつだって、ちゃんと繋ぎ止めててくれるんだよ。だから安心感があるの。そういうところ、本当に好きだなぁ…"


「…っっ!!」

桜叶は目を見開き将矢を見た。


将矢は頬をピンクに染め、嬉しそうに桜叶を見つめていた。


「・・っ」

桜叶は途端に恥ずかしくなり、体温が上昇していく。


すると将矢が愛弓に向け言った。


「姉貴!俺ら愛されてて幸せ者だな!」


「…っっ」

桜叶と菊斗は、一気に顔を赤くさせた。


すると、愛弓は菊斗をチラッと見て照れながら呟いた。


「まぁな…」


そんな愛弓を見た菊斗は、フッと笑った。


「ちゃんと伝わったー?」

菊斗はそう言いながら愛弓の肩に手を回し笑顔で愛弓の顔を覗いた。


「ちょっ…お前、近えよ!」

愛弓は狼狽える。


「俺も伝わった」

将矢はそう言いながら、ベンチに座る桜叶の背後から抱きついた。


「…っっ!!」

桜叶は突然、至近距離に近づく将矢の顔に驚き固まる。


将矢は微笑みながら桜叶を見つめていた。


「ちょっと…ひとまず離れて。ち、近い…から…」

桜叶は顔を逸らしながら言う。


狼狽える桜叶を見て将矢は嬉しそうに笑った。


すると愛弓がここぞとばかりに叫んだ。


「やっぱお前ら似てるわッ!」


愛弓は眉間に皺を寄せながら将矢と菊斗を見た。


「似てるわね」


桜叶も冷静に将矢と菊斗を交互に見る。


将矢と菊斗は、顔を見合わせると互いに笑い合った。


--


愛弓、運命の日曜日-


愛弓は菊斗と近くの駅で待ち合わせをした。


「よぅ…お待たせ…」


愛弓は珍しく普段着ないようなワンピース姿で現れた。

実は、桜叶から借りたワンピースである。


「…っっ」

菊斗は、普段あまり見ることが無い愛弓の姿に顔を赤くさせ目を奪われた。


「お…おぃ。何だよ…あんま見んじゃねぇよ」

愛弓も顔を赤くさせ狼狽える。


すると、菊斗はギュッと愛弓と手を繋いだ。


「…っっ!!」

愛弓は一気に顔を紅潮させ、菊斗が握る手を凝視する。


菊斗は呟く。


「大丈夫だから」


「…っ!」

愛弓は驚き顔を上げ菊斗を見た。


菊斗は続ける。


「親に何言われたって、俺は愛弓を離すつもりないし別れるつもりなんてないから」


菊斗はそう言うと、愛弓と繋いでる手に力を入れた。


愛弓は顔を赤くさせたまま俯き、小さく笑みを溢した。


菊斗は、少し力の抜けた愛弓の様子を見て安堵の表情を浮かべた。



しばらく歩き、二人は菊斗の家に到着した。


「・・っ」

愛弓の表情筋が再び固まっていく。



ガチャ…


「ただいま」

菊斗が家に入るなり声をかけた。


「・・・」

愛弓も静かに中へ入る。


「いらっしゃい」


奥から菊斗の母、滋子が出て来た。


滋子と愛弓は顔を合わせた。


滋子 「・・・」

愛弓「・・・」


滋子と愛弓は、お互いの顔を見るなり妙な感覚になった。


滋子 "あら…?この子どっかで…"


愛弓 "ん…?どっかで見たことある…"



「・・・」


滋子と愛弓は無言のまま、呆然と互いに見つめ合う。


「…っっ??」

菊斗は、母の滋子と愛弓の様子に戸惑う。


「あ…」


すると、先に声を上げたのは母、滋子の方であった。


菊斗は、滋子に目をやる。


そして、滋子が口を開いた。


「コタローくん、元気?」


「・・・っ!!?」

菊斗と愛弓は目を見開いた。


滋子の言葉によって、愛弓も瞬時に脳内パズルを完成させ驚愕する。


「・・は…はぃ…」

愛弓は気まずそうに返事をした。


菊斗の母である滋子は、自身の勤務先である動物病院で、以前起きた出来事を思い出していた。


--


以前、動物病院で-


愛弓「コタローの歯どうなっちゃうんすかぁー!!(号泣)」


滋子「大丈夫ですよ!幸い1本抜くだけで済みますから」


愛弓「いや、すでに1本抜けてんすよ!!さらに1本抜いたら2本無くなっちゃうじゃないっすかあぁー!!(号泣)」


滋子「大丈夫よ、そんなに心配しなくても。このまま放置しとく方が悪化しちゃうわよ!」


愛弓「ううっ…だって…だって…」


滋子「…っ」


愛弓「だって、犬も歯が命だからあァァァー!!(大号泣)」


滋子「…っっ、クク…」


この時、滋子は笑いを堪えるのに必死であった。


"こんなにヤンチャそうな子でも、動物想いの優しい子なのね…"


滋子は、大号泣する愛弓の背中をさすりながら笑みを溢した。


--


「プハッ!…クク…」

滋子は、愛弓渾身の名ゼリフを思い出し再び笑いを堪える。


「…っっ」

愛弓は、あの時取り乱しながら大号泣した事を思い出し言葉を失った。


「え、母さん…愛弓のこと知ってたの?」

菊斗は目を丸くさせながら、滋子の顔を見る。


「コタローくんの歯、1本で済んで良かったわね。どうぞ入って」

滋子はニッコリ笑うと、奥の方へ歩いて行った。


「え…。えぇっ!!まさか、コタローの歯抜いたのって…母さんが働いてる動物病院!?」

菊斗は驚きながら愛弓を見た。


「・・・っ」

愛弓は、菊斗の母に何だか弱みを握られたような…そんな複雑な心境になると、冷や汗が流れる感覚を味わいながら固まっている。


「なんだぁ、そっかそっかー!」

そんな心境の愛弓とは裏腹に、菊斗は嬉しそうに笑っていた。


「…っっ」

愛弓は痛感した。

狭過ぎる世間を…。


動物病院で泣き喚いたあの時の自分に合わせて愛弓の心臓は今、重低音のごとく鳴き響いていた…。

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