7.超自然的共鳴

第11話

「なぁ、アイツら…最近浮かれてねぇ?」


数日が経ったある日の休み時間、愛弓が桜叶の前の席に座り将矢と菊斗を見ながら言う。


将矢と菊斗は人気者なだけあり、友人が男女共に多い。

今も女子を交えた友人達に囲まれながら、楽しそうに話している。

将矢と菊斗は、桜叶達と付き合い出す前からもこんな感じであった。


「まあ、うかれてるっていうか…前から変わらないっていうか」

桜叶は静かに言う。


「そこなんだよッ!変わらねぇんだよッ!普通さぁ、同じクラス内で付き合い出したら休み時間は彼女のとこに来たりしねぇの?少女漫画とかでもそうじゃん」

愛弓は桜叶に力説する。


「あ、漫画といえば…これ、ありがとう」

桜叶は思い出したように、愛弓から借りてた不良漫画「スパローズ」の最新刊を手渡した。


「おぅッ!どうだった?」

愛弓はニコニコしながら桜叶の顔を覗く。


「最高だったわ。皆小柄なのに大男相手に百戦錬磨の熱い戦いをする不良達の姿にグッと来た…」

桜叶はウットリしながら話す。


「だろ?この巻はマジで神巻」

愛弓はニカッと笑った。


「桜叶さーん、先輩が呼んでるよー」

すると、クラスメイトが桜叶を呼んだ。

教室の入り口には、生徒会でお馴染み一学年上の男子生徒である巧実が立っていた。


「ごめん、ちょっと行ってくる」

桜叶は愛弓にそう言うと、巧実の方へ歩いて行った。


すると、教室内で友人達と楽しく話していた将矢は瞬時に真顔になり桜叶を目で追う。


桜叶と巧実は何やら話している。

すると二人は教室を出て行った。


「…っっ!」


将矢はすかさず桜叶の後を追って行った。


「・・・」

将矢の友人達は、突然飛び出して行く将矢を無表情で見つめた。


「おーい、愛弓ーッ」


愛弓が一人漫画本を読んでいると、今度は入り口から愛弓を呼ぶ男子生徒の声がした。


それは、愛弓の姉、節奈の友人の弟で一学年下の後輩、降谷ふるや 栄次えいじであった。

栄次もまたヤンキーのようなチャラい風貌である。


「よぉッ、栄次!どうしたー?」

愛弓が座っている席から大声で応える。


「…っっ!」

すると、菊斗が愛弓と栄次の方に目を移す。


「愛弓さー、スパローズの最新刊持ってるんだってー?貸してくれねぇ?」

栄次が入り口から大声で話す。


「お、ちょうど良かった。さっき桜叶から返って来たとこなんだよッ!」

愛弓はそう言うと漫画本を手に栄次の方へ歩いて行った。


「・・・」

菊斗は愛弓を目で追う。


「ほれ」

愛弓は栄次に本を渡す。


「サンキュー」

栄次が笑顔で愛弓を見る。


「そーいやあ、お前に貸してあるスパローズzeroいい加減返せよ」

すかさず愛弓が栄次に言う。


「あぁ、俺のロッカーにあるから持ってっていいよ」

栄次が漫画本をめくりながらサラリと言う。


「チッ…何で貸した方が取りに行かねーといけねぇんだよッ!…ったく、ほら行くぞ」

愛弓はそう言うと栄次と共に教室を出て行った。


「…っっ!」


菊斗はすかさず愛弓の後を追って行った。


「・・・」

菊斗の友人達は、突然飛び出して行った菊斗を無表情で見つめた。


何だかんだ言って、常に彼女を気にかけている桜叶と菊斗なのだと静かに悟る友人達であった…。


--


「あれ、何してんの?将矢」


桜叶は一人で陰いる将矢を見つけ、声をかけた。


「えっ…!あ…いや…」

将矢が狼狽える。


「教室戻らないの?」

桜叶が将矢の顔を覗く。


「戻る…」

将矢はポツリと言う。


桜叶がキョトンとした顔をしながら足を進めようとすると、すかさず将矢は桜叶の手を引っ張り陰に隠れながら桜叶を抱きしめた。


「…っっ!!」

桜叶は驚き目を丸くする。


「・・・」

将矢は無言のままギュッと力強く抱きしめている。


「ちょっと…どうしたの…」

桜叶は将矢の背中をポンポンする。


すると将矢は身体を離した。


「ううん…」

将矢はポツリと呟く。


桜叶は首を傾げながら将矢を見る。

将矢は顔を赤くしていた。


「早く戻ろ」

桜叶は静かに言うと、微笑みながら将矢を見た。


「…っっ」

将矢は桜叶の優しい表情に見惚れながら桜叶と手を繋いだ。


「・・?」

桜叶は目を丸くしながら将矢の顔を見た。


すると、将矢は桜叶に軽く唇を合わせた。


「…っ!!」

桜叶は目を丸くし顔を赤くする。


将矢は照れ笑いしている。


桜叶は気の抜けた表情になり笑みを溢した。



一方、愛弓と菊斗は…


「まったく、アイツ…こんなに溜めてやがって…」

愛弓は漫画本が入った袋を抱え歩いていると、ヒョイッと誰かが袋を持ち上げた。


それは菊斗であった。


「あれ、どうしたんだよ菊斗」

愛弓が目を丸くしながら菊斗を見た。


「たまたま…通りかかったんだよ…」

菊斗が辿々しく応える。


「たまたま?ここ一年の階だぞ?」

愛弓が菊斗の顔を覗く。


「た…たまたま…だよ、たまたま」

菊斗は狼狽える。


「ふーん…まぁいいやッ。ちょうど良かったわ、菊斗がいて」

愛弓はそう言うと、菊斗に向けニカッと笑った。


「…っっ」

菊斗は愛弓の笑顔を見るなり、抱えていた紙袋をギュッとした。

菊斗は今すぐにでも愛弓を抱きしめたいと思った。


「おぅ?もしかして、菊斗もこの漫画読みたかったか?貸してやるよ」

愛弓は、愛おしそうに紙袋を抱きしめる菊斗を見て言った。


「え…あぁ…うん…」

菊斗は顔を赤くしながらポツリと呟いた。


--


放課後-


「ごめん、今日これから友達とカラオケ行くから先帰ってて」

将矢は桜叶に言った。

将矢が一緒に行く友人は、菊斗の他に男子数人と女子数人がいた。


桜叶はなんだかモヤッとした。

しかし、友情とは男女関係ないのだと思い桜叶はそのモヤモヤをそっと飲み込んだ。


「分かった」

桜叶は飲み込んだモヤモヤで胸焼けを起こしそうになりながらも、無表情で一言だけ返す。


その時、桜叶の後ろから愛弓が突然抱きついて来た。


「桜叶ーッ!聞いてくれよッ!姉貴がさぁ、久しぶりに姉貴の彼氏達とカラオケ行くらしいんだけど一緒に行かねー?」

愛弓が桜叶の肩に腕を回し笑顔で言う。


将矢と菊斗は同時にピタッと動きを止め桜叶と愛弓を見た。


「え、節奈さんの彼氏達って?」

桜叶は真顔で愛弓を見た。


将矢と菊斗も食い入るように愛弓を見る。


「あーえーっと…姉貴の彼氏とー、そのダチのぉ…康太こうた哲也てつや

愛弓は空中を見ながら言う。


「…っ!!」

将矢と菊斗は目を見開きながら愛弓を見た。


「あぁ、あの人達ね」

桜叶はサラリと呟く。


「…っ!!」

将矢と菊斗は目を見開きながら桜叶を見る。


「なぁー良いだろー?行こうぜ!久しぶりに!」

愛弓が桜叶にすり寄る。


「え…。私カラオケなんて、アニソンしか歌えないけど…」

桜叶はポツリと言う。


「…っっ!!」

将矢と菊斗は、桜叶が歌うという事実に驚き、目を丸くしながら桜叶を見た。


「…んなもん、あたしだってメーむす。の歌しか歌わねぇもん、似たようなもんじゃねぇかッ」

愛弓は笑顔でサラリと言う。


「…っっ!!」

菊斗と将矢は、愛弓がアイドルグループ「メール娘。」の歌を歌うという事実に驚き、目を丸くさせながら愛弓を見る。


「いいから行こうぜーッ!姉貴の彼氏達が奢ってくれるっていうからさーッ!」

愛弓は桜叶の腕をブンブン振る。


「えー…」

桜叶は冷めた表情で愛弓を見る。


「・・・っ」

将矢と菊斗は、桜叶達を固唾を呑んで見守った。

もはや周りの女子達や友人達の言葉など耳に入って来ない。


「昔ながらの特大プリンも奢ってくれるって」

愛弓が桜叶をチラッと見た。


「しかたないわね。行きましょう」

桜叶はすかさず応えた。


「…っっ!!」

将矢と菊斗は、桜叶の返事に驚き慄く。


「よっしゃッ!行こうぜーッ」

愛弓はノリノリで言う。


「ちょ、ちょっとッ!!」

すかさず将矢と菊斗が桜叶と愛弓に詰め寄る。


「何だよ」

愛弓がキョトンとしながら将矢と菊斗を見る。


「それって、お…男がいるんだろ…?何か…合コンみてぇじゃん!」

将矢が慌てて言う。


「いやいや、姉貴の彼氏とそのダチだぜ?どこが合コンなんだよ」

愛弓が苦笑いする。


「いやいや、いくらお前の姉ちゃんの彼氏繋がりでも、他に二人男いたら人数的に合コンじゃねぇかよッ!俺ら付き合ってんのにッ」

菊斗がすかさず愛弓に詰め寄る。


「付き合ってるからって異性の友人と遊んじゃダメなんて感覚、あなた達にあったのね。あなた達だってさっき、女の子達を交えて遊びに行こうとしてたのに」

桜叶は冷静な表情で将矢と菊斗に言う。


「・・っっ」

将矢と菊斗は何も言い返せなかった。


「何だよッ!それなら尚更良いじゃねぇかッ。お前らが良くて、うちらはダメなんて通用しねぇぞッ」

愛弓は菊斗と将矢をギロリと睨む。


「・・っっ」

将矢と菊斗はたじろぐ。


「ささッ、行こうぜーッ!じゃあなーッ」

愛弓は満面の笑みを浮かべながら菊斗と将矢に手を振ると、桜叶を引っ張って行く。


「じゃあね」

桜叶はポーカーフェイスで将矢と菊斗にそう言うと、愛弓に引っ張られながら歩き出した。


「・・・っ」

将矢と菊斗は、去って行く桜叶と愛弓を呆然と見つめた。


桜叶と愛弓もまた、将矢と菊斗に劣らない程に意外と交友関係があるのだということを、将矢と菊斗は悟ったのだった。そしてその交友関係は、将矢と菊斗の知らない人間関係であり、さらに相手は自分達より年上ということに、将矢と菊斗は底知れぬ不安感が増していく。


「そーいやぁさ、康太の奴…桜叶にベタ惚れだったよな。アイツ桜叶に彼氏出来たなんっつったら、さぞかし嘆くだろうなァ。桜叶、アイツに襲われねぇよに気をつけろよ!」

愛弓が笑いながら大声で話す。


「…っっ!!」

将矢は愛弓の話を聞き、ギョッとした顔をさせる。


「それを言うなら哲也さんだって、あっちゃんのこと相当お気に入りだったじゃない。哲也さんの方が嘆くわよ、きっと」

桜叶がサラリと言う。


「…っっ!!」

菊斗も桜叶の話を聞き、ギョッとした顔をさせた。


将矢と菊斗は揃って周りの友人達に言った。


「今日パスッ!」

「っていうか、これからずっとパスッ!」


そして二人は慌てて桜叶と愛弓の元へ走って行った。


「・・・」


将矢と菊斗の周りにいた友人達は皆思った。


"ベタ惚れじゃねぇか"


この時、友人の中にいた女子達は、将矢桜叶カップルと菊斗愛弓カップルには入る隙がないという事を静かに悟ったのであった。


「桜叶…俺も行くッ」

将矢は慌てながら桜叶に詰め寄る。


「え?」

桜叶は目を丸くしながら将矢を見た。


「何だよッ!菊斗、お前もかよッ」

愛弓はジロリと菊斗を見る。


「うん、行く…」

菊斗は愛弓の袖を掴みながらポツリと言った。


「何でこっち来たの?友達と遊んでくればいいじゃない」

桜叶は将矢をチラッと見た。


「やっぱ嫌だったから…」

将矢がポツリと言った。


「?」

桜叶はキョトンとする。


「お前が俺の知らない所で、他の男と楽しく過ごすのは嫌だから…」

将矢が俯いた。


「え…」


「だから…俺は良くて桜叶はダメじゃなかった。俺もダメだったわ…」

将矢は桜叶の手をギュッと握った。


「ふーん…」

桜叶は目を細めた。


将矢の話を聞いていた愛弓は菊斗に言った。


「お前も同じ意見ってことか?」

愛弓は菊斗をジロリと見た。


菊斗はコクリと頷いた。


「へぇー…」

愛弓も目を細めながら菊斗を見た。


「…っっ」

菊斗は俯きながら愛弓の手をギュッと握る。


愛弓はやれやれとなりながら、桜叶と目を合わせた。


桜叶と愛弓は、静かに笑い合った。



そして…


〜♪


「アー父ちゃん母ちゃーん〜♪…アー感謝してます〜♪…アーたくさん喧嘩〜♪…アー止めてくれたね〜♪」


愛弓、メー娘。の名曲「ハッピーサマーファイティング」を熱唱している。


「…っっ」

菊斗は、愛弓の姉、節奈の彼氏の友人である哲也の殺気のこもった視線をビシビシ受けながらも、愛弓の熱唱姿に見惚れていた。


〜♪


「ざーんーこーくな…たんすのカオス♪正〜面が、シワになーるー♪」


桜叶、「新世紀シャツァンゲリオン」という有名なアニメの主題歌を熱唱する。



「うま…」

将矢は、愛弓の姉、節奈の彼氏の友人である康太の威圧感ある視線をよそに、桜叶の歌の上手さに惚れ惚れしていた。


--


数ヶ月後-


学校では学園祭が開かれていた。


桜叶は将矢と共に回り、愛弓は菊斗と共に回っていた。


この二組のカップルは、もう既に見慣れた日常の光景となっていた。


「・・・」

桜叶は、ある物を見つめ立ち止まる。


「どうした?」

将矢は桜叶の顔を覗いた。


桜叶「あれ、やってもらいましょう」


将矢「え!」


桜叶はスタスタと、あるコーナーへと近づいて行った。

将矢は慌てて桜叶について行く。


"君の名で即興短歌で書!"


それは、書道部のコーナーであった。

そのコーナーでは、色紙にゲストの名前の漢字を使って短歌を即興で書き下ろすというものであった。


「・・・」

桜叶は、達筆な文字で書かれている色紙に目を奪われていた。


「お…桜叶さんと…一富士くん…」


そこには、書道部の霧生きりゅう 冨美子ふみこが立っていた。

冨美子は、桜叶達とは違うクラスであるが同学年で、あまり目立たない大人しい生徒であった。


冨美子は突然目の前に現れた桜叶と将矢に緊張し固まっていた。


「これ、凄く素敵ね。私と将矢の名前で短歌をお願い出来るかしら」


桜叶はそう言って、じーっと冨美子を見つめた。


「…っ!!」

冨美子は目を丸くしながら桜叶を見つめた。


「これ即興でやるってこと?すげー!!作って欲しい!!」

将矢も目を見開きながら冨美子を見た。


「…っっ」

冨美子は緊張し俯きながら、恐る恐る呟いた。


「い…良いんでしょうか…私なんかが…」


冨美子の言葉を聞いた桜叶と将矢はキョトンとした顔をさせた。


すると将矢が苦笑いしながら言う。


「俺らがお願いしてんのに、良いも悪いもないじゃん」


「・・っ」

冨美子は不安そうな顔させる。


すると桜叶は、冨美子の名札を見ると呟いた。


「霧生さん…」


「…っ!!」

冨美子は突然桜叶に名前を呼ばれ驚き顔を上げる。


桜叶は続ける。


「同じ星の同じ国に生まれて、今こうして同じ場所に立ってる。それだけでも奇跡なのに、さらに私は、霧生さんの素敵な文字を見つけたの。この超自然的な奇跡、のがすなんてもったいないでしょう?」


「…っ!」

冨美子は目を丸くさせた。


「見当違いな霧生さんの自己評価で、せっかくの奇跡を無駄にしないでほしいな」


桜叶はフッと優しい表情をさせた。


「…っっ!!」

冨美子はハッとした表情をする。


桜叶の言葉を聞いた将矢も、すかさず笑顔で言った。


「ほんとだよ!俺らのこと何だと思ってんのー?同じ高校生だぜ?何で自分から下がるんだよ」


「・・っ!」

冨美子は少し恥ずかしそうにして俯いた。

そして軽く深呼吸した後、何かを決意したように顔を上げ言った。


「ぜひ、喜んで作らせて頂きます!」


桜叶と将矢は安堵した表情で富美子を見て頷いた。


すると桜叶は、自分達の名前である「桜叶」と「将矢」の文字を所定の紙に書くと、その紙を富美子に渡した。


桜叶から紙を受け取った富美子は、もじもじしながら言う。


「えっと…あの…き、緊張するので…ちょっと、向こう向いててもらって良いですか…?」


冨美子は恥ずかしそうにする。


桜叶と将矢は互いに顔を見合わせて小さく笑った。



「出来ました」


桜叶と将矢がしばらく待っていると、冨美子が声をかけて来た。


桜叶と将矢は振り返り、冨美子が手渡された色紙に目を通した。


桜雲おううんの 奇跡きせきかないし うれしさは

 曙光しょうこうひきいる 嚆矢こうしのごとし」


(一面に広がる桜の奇跡が叶った嬉しさは、夜明けの光を将てやって来る合図の矢のようだ)


桜叶と将矢は目を輝かせた。


冨美子は恥ずかしそうに口を開く。


「これは、実際に今…私自身が思った句でもあるんです」


桜叶と将矢は冨美子に目を向けた。


冨美子は続ける。


「目の前に桜叶さんと一富士くんが来てくれたことは、私にとって奇跡が叶ったようなもの。この嬉しさは、これから世界が明るくなっていくように…どんどん良い事が起こる前触れのような気がする…そんなワクワクする気分の歌なんです」


冨美子はニッコリ笑った。


桜叶と将矢は互いに顔を見合わせ目を丸くさせた。


すると桜叶が優しい表情で冨美子を見て言う。


「私も、霧生さんの書に出会えた奇跡は、これからが楽しみに思えるような嬉しさがあるわ。自分にとって心が躍るような誰かや何かと出会えた奇跡って、自分の世界がどんどん明るくなっていくきっかけになるものね。確かにワクワクした気分になる。私も、将矢と出会った時を思い出した」


すると桜叶は将矢をチラッと見た。


「…っ!!」

将矢は桜叶の言葉とチラ見に目を見開き、顔を赤くさせた。


同時に将矢も、桜叶と初めて出会った時を思い出した。

桜叶に出会った時の世界が明るくなっていく感じと、その先の人生を楽しみに思った嬉しい感情が一気に甦った。


「…っっ」

将矢は何だか込み上げて来るものを感じ、慌てて顔を上に向けた。


「ありがとう、霧生さん。この色紙、大切にする。うちの玄関に飾っとく」

桜叶はニッコリ笑った。


「…っ!!!」

冨美子は初めて見た桜叶の笑顔に驚き、顔を赤くさせながら見惚れた。


「霧生さん!俺もすっげぇ嬉しい!感動した!ありがとう!」

将矢も興奮しながら冨美子に声かけた。

将矢の目は少々潤んでいるようだった。


富美子は、初めて見る将矢の感極まっている様子と弾ける笑顔に驚き、目を丸くした。


「…こ、こちらこそ…ありがとうございます」

冨美子は照れながら、慌てて頭を下げた。


桜叶達のやり取りを見ていた周りの生徒達は、「君の名で即興短歌で書!」のコーナーに次々と興味を持ち、いつのまにか行列が出来ていた。


桜叶と将矢は冨美子に手を振ると、嬉しそうに色紙を眺めながらその場を後にした。


冨美子は桜叶と将矢の後ろ姿を見た後、小さく笑みを溢した。


--


「・・・」


愛弓は菊斗と歩いている最中、ある方向をチラ見した。


「・・・」

菊斗は、愛弓の二度チラ見を見逃さなかった。


「あれ、気になるんだ」

菊斗は微笑みながら愛弓の顔を覗く。


「いや…たまたま目が行っただけだよ…」

愛弓は照れ隠しするように顔を背けた。


「すみませーん」

菊斗はそのコーナーへ歩いて行った。


「あ!ちょ…オィ…」

愛弓は慌てて菊斗の後をついて行く。


「これ、二つください」

菊斗はそう言うと、あるものを二つ購入した。


それは、柴犬の顔のキーホルダーであった。


「はい。これ愛弓のやつ」

菊斗はそう言って、一つのキーホルダーを愛弓に手渡した。


「…っ!!」

愛弓は目を丸くさせながらキーホルダーを受け取る。


すると菊斗は、自分の分のキーホルダーを見せながら言った。


「お揃い」


菊斗はニッと笑った。


「あ…あ…ありがと…」

愛弓は顔を赤くさせ呟いた。


「…っっ」

恥じらう愛弓の表情に、菊斗は胸がギュッとなった。


「あ…えっと…金払うよ…」

愛弓は慌てて財布を取り出そうとした。


菊斗「いや、いいよ」


愛弓「いや、こういうのはちゃんとしときてぇから」


菊斗「じゃあ…あれ買って」


菊斗はそう言うと、クレープ屋を指差した。


愛弓「あぁ、分かった」


菊斗「一つね」


愛弓「一つ?」


菊斗「もちろん、半分こでしょ」


愛弓「…っ!!」


愛弓は顔を真っ赤にさせ狼狽えた。


菊斗は愛弓を見ながら弾けるような笑顔で笑った。


そんな愛弓と菊斗の姿を見ていた周りの生徒達が口々に話す。


「あの新藤さんが狼狽えとる…」


「朝井があの新藤さんを翻弄してるぞ」


「実は朝井の方が強いのか…?」


この時を境に、菊斗を「最強の朝井」と呼ぶ者が続出した。

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