第10話

ある日の放課後、将矢達グループが外でキャッチボールしていた。


「おーい、菊斗ー!お前もやろうぜー」


将矢達が外のベンチに座っている菊斗に声をかける。


「おー」


菊斗はカバンをその場へ置くと、将矢達の方へ駆け寄って行った。


「・・・」


するとそこへ、以前に菊斗の口撃の返り討ちにあった三年の男子生徒達が通りかかった。


その男子生徒達は、ニヤッと笑った。


--


翌朝-


ガサガサ…


「おかしいな…」


菊斗が自分の机やロッカーを漁る。


将矢「菊斗、今日早いなぁ」


将矢達が教室へやって来た。


「あぁ…うん」

菊斗の表情が曇っている。


愛弓はそんな菊斗の表情を見逃さなかった。


「朝井、何かあった?」

愛弓が菊斗の顔を覗いた。


「あーいや…ちょっとな…」

菊斗が目を逸らしながら呟く。


「どうしたんたよ」

将矢がたずねた。


「本が…なくて…」

菊斗が呟く。


「本?何の?」

愛弓がさらに詰め寄る。


「…っっ、いや…大した本じゃないんだけど…」

将矢は辿々しく言う。


「え、でも…こんな早く来て探すぐらい大事なんじゃねぇのか?」

愛弓は真剣な顔で将矢を見た。


「…っっ」

菊斗は唇に力を入れた。


「もしかして…お前がよく眺めてる、あの本か?」

将矢が思い出したように目を丸くさせる。


「…そう…」

菊斗が小さく呟く。


「あの本って…?」

愛弓がキョトンとする。


「あー!大丈夫!大丈夫だから…な!」

菊斗は慌てて言うと、愛弓の背中を押した。


「・・?」

愛弓は首を傾げた。


「・・・」

そんな様子を、クラスメイトの絵里可が静かに見つめていた。


桜叶と将矢も静かに将矢を見つめた。


--


「ハァー・・・」


昼、菊斗が大きなため息をついた。


「菊斗、お前相当ショックみたいだな。あの本失くして」

将矢はチラッと菊斗を見た。


「うん…」

菊斗は元気無く応える。


「あの本に思い入れでもあったのか?お前、よく読んでたもんな」

将矢は菊斗の顔を覗く。


すると、菊斗が静かに口を開いた。


「お守りみたいなもんだったんだよな…」


「お守り?」

将矢が目を丸くする。


「うん、お守り。だから…わりとショック…」

菊斗は力なく笑う。


将矢「何か…前の俺みたいだな」


菊斗「え?」


将矢「真剣に凹んでる姿が、前の俺みたい」


菊斗「あー…あの時のね」


菊斗と将矢は互いに苦笑いした。


将矢「俺もちょいちょい探してみるよ。早く見つかるといいな」


将矢は優しい眼差しで菊斗を見た。


菊斗はそんな将矢を見ると、気の抜けた表情で小さく頷いた。


--


それから数日後-


「やべッ!これ忘れてた!アイツのカバンからパクったの」


「あー、あの一富士といつも一緒にいる奴のな」


「どうでも良さそうなやつをパクったから、奴ももう…こんなの忘れてるよな」


「財布じゃないだけ俺ら優しいよなー」


「金なんて盗んで、犯罪者にはなりたかねぇもんな」


ある日の放課後、以前菊斗の口撃の返り討ちにあった三年の男子生徒達が、本を手に持ちながら階段の踊り場で話していた。


「こんな本、アイツももう必要ないだろ。もう捨てちまおうぜー」


「ちょっとした憂さ晴らしにはなったしな」


ドスッ!


すると、本を持った男子生徒の横を誰かの足が掠め、その足は力強く壁に刺さった。


ビクッ…

「…っ!!!」

三年の男子生徒達は驚き固まる。


「その本が何だって?もう一遍言ってみろよ」


それは、鬼の形相をした愛弓であった。


「その本…どうしたんだよ…」


愛弓が睨みつける。


「・・っ」

愛弓の殺気立った威圧感ある声色と目つきが、男子生徒達の身体を震わせた。


愛弓は未だかつてない程に怒りのオーラを出しながら言った。


「テメェら勘違いしてんじゃねぇぞ?どんな物でも、人のもん盗んだ時点で犯罪なんだよ。バカも大概にしろよ?」


--


翌朝-


「ん…?何だ、これ…」


菊斗が朝やって来ると、机の中に不織布のような素材で作られた可愛らしい袋が入っていた。


菊斗が中を確認する。


「…っ!!」

菊斗は目を見開いた。


それは、探していた本「銀河鉄道の夜」であった。


「これ…」

菊斗は本を袋から出し、ポツリと呟く。


「お!見つかった?良かったじゃん!」

将矢が笑顔で言う。


すると、クラスメイトの女子である絵里可が菊斗に声をかけた。


「朝井くん、実は…それ置いたの私なの…」


「え…これ、雲崎さんが…?」

菊斗は目を丸くさせた。


絵里可「うん…。たまたま、その本が落ちてるの見つけたの。これ朝井くんが探してた本でしょ?いつも読んでるよね…」


菊斗「あぁ…うん…。ありが…」


するとすかさず桜叶が声をかけた。


「あら懐かしい。この袋…私があっちゃんにあげたやつ」


桜叶は、菊斗が持つ不織布の袋を手に取った。


「え…。えぇっ…!!」


その場にいた菊斗達は驚きながら桜叶を見た。


「この袋…改めて見ると、我ながら良く出来てるわね。あぁ、これねぇ…去年のあっちゃんの誕生日に、私が不織布を縫い合わせて作ったオリジナルの袋なの。その証拠に、ほらここ…桜の刺繍があるでしょう?私のトレードマーク」


桜叶は小さく笑いながら袋を眺めた。


「・・・」

一同、呆然としながら桜叶を見ている。


「これ作るのに苦労したのよねー。不織布でパッチワークってのも結構イケてるでしょ?」

桜叶はそう言いながら菊斗に袋を返した。


「・・あぁ、うん…」

菊斗がキョトンとしながら袋を受け取る。


「で、誰がこれを朝井くんに渡したって?」

桜叶はポーカーフェイスで菊斗を見た後、絵里可に目を移した。


その場にいた菊斗と将矢は、丸くさせた目を桜叶から絵里可へ移す。


「…っっ」

絵里可は、ばつが悪そうに俯いた。


「・・ん?えっと…?じゃぁ…これって…」

菊斗が依然目を丸くさせたまま、本と絵里可を交互に見た。


「おーい、朝井。何か三年の先輩達が呼んでるぞ」


「え…」


菊斗はクラスメイトに呼ばれて入り口の方へ歩いて行った。


すると桜叶は絵里可を見ながら静かに口を開いた。


「下心ある嘘をつくと、どんどん嘘を重ねることになって、結局後で辻褄が合わなくなる。必ずボロが出るんだよ」


桜叶はそう言うと、静かに教室を出て行った。


「…っ」

絵里可は静かに俯いた。


--


菊斗が呼ばれて教室の入り口に行くと、以前将矢の悪口を言っていた三年の男子生徒達が立っていた。


その男子生徒達は、何かに怯えるように口を開いた。


「えっと…わ、悪かったよ…。お前の…大事な本取って…。すまなかった…」


男子生徒達が頭を下げた。


「えぇっ!!」

菊斗は驚き目を見開いた。


「アイツ…あの女は今いるのか?教室に…」

男子生徒は小さい声でたずねる。


「え、あの女って?」

菊斗は不審な顔をする。


「新藤っていうヤンキー女だよッ!!」

男子生徒は怯えながら必死に小声で言う。


「え…」

菊斗は振り返り教室を見渡した。


「いないけど…」

菊斗は男子生徒に目を戻す。


「そ、そうか…。本は昨日あのヤンキー女に渡したから、もう戻ってると思うけどさ…あのヤンキー女にくれぐれも言っといてくれよなッ!!俺らがちゃんとお前に謝ったってこと!!昨日マジで殺されるかと思ったんだからッ!!本当にちゃんと言っといてよッ!絶対にッ!この通り、ちゃんと謝ったからな!!」


男子生徒達は涙目になりながら必死に叫ぶと、逃げるように去って行った。


「・・・」

菊斗はポカンとしながら、逃げゆく三年の男子生徒達を見送った。


そんな三年男子と菊斗の会話を聞いていた将矢は絵里可に近づき呟いた。


「雲崎さん、桜叶のおかげで嘘重ねずに済んで良かったな」


「…っっ!」

絵里可は驚くと、気まずそうな顔をさせた。


すると、菊斗が呆然としながら戻って来た。


絵里可は俯きながら菊斗へ声をかけた。


「あの…朝井くん…ごめんなさい…私…」


「あぁ…大丈夫。いいよ」


菊斗の言葉を聞き、絵里可は表情をパッと明るくさせ顔をあげた。


すると何かを察した菊斗が、すかさず言った。


「でも俺…どっち道、雲崎さんの気持ちには応えらないから、こっちこそごめんね」

菊斗は営業スマイルをして見せた。


「・・っ!!」

絵里可は血の気が引いた顔をさせ固まった。


--


「あっちゃん、直接渡せば良いのに。危うく手柄を横取りされる所だったじゃない。私があげた袋に入れたのはナイスだったけど…」


屋上で、桜叶と愛弓が話をしていた。


「ハッ!!別にそんなんどうだって良いんだよ。あの本がアイツの手元に戻ればそれで」

愛弓は清々しい表情で空を見上げた。


「お人好し」

桜叶がポツリと呟く。


愛弓「ハァ?んだよ、それ」


桜叶「うん…。でも、そう言うところが好きだな」


愛弓「・・っっ。チッ…また…。…ったく、私が女にときめくのは不本意なんだよッ」


桜叶「フフ…」


愛弓「笑ってんじゃねぇよッ!」


--


「桜叶さんってすげぇな」


菊斗は歩きながら将矢に言った。


将矢は菊斗をチラッと見る。


「だってさ、俺が雲崎さんに礼言おうとしたら、すかさず言って来たじゃん。あれってさ…きっと、どっちにも罪悪感が生まれないように止めたんだよな。俺が本当に礼を言うべき人に言えるように。雲崎さんも事実じゃ無い事で礼言われたら、絶対に後ろめたさが残るだろうし。それと何より、新藤のためにも…」

菊斗は珍しく真面目な表情で真っ直ぐ見て話す。


「桜叶の観察力はすごいよ。俺だってそれで救われたし…。それだけじゃない、ちゃんと迷いなく言う時は言うしな。まぁ…俺が一気に好きになったきっかけは、そういうところでもあるんだけど」

将矢は笑みを溢しながら言う。


「なるほどね」

菊斗も笑顔になる。


「お前も、そろそろ迷いなく言えよ」

すかさず将矢が菊斗に言った。


「え…」

菊斗は驚いた表情で将矢を見た。


「もういい加減、素直に言っちまっても良いんじゃねぇの?」

将矢は菊斗の顔を覗いた。


「お前…」

菊斗は目を丸くする。


「俺がここまで言いたい事言えるようになったのは、桜叶の影響。桜叶は疑問に思う事とか、自分の思う事をあんまり隠さねぇんだよ。ちゃんと言ってくれる。それが凄く俺にとっては楽なんだ。俺も言って良いんだって思える。人ってさ…口に出さないと伝わらない事の方が多い。だからこそ、ちゃんと伝えるんだよッ」

将矢は微笑みながら菊斗を見た。


「あぁ…。そうだな…」

菊斗は表情を緩ませ静かに呟いた。


--


「でも、あっちゃん…。たまには素直になることも必要だと思うよ」

桜叶もまた、愛弓を諭していた。


「何だよ急に改まって…」

愛弓はツンとする。


「私はさ、あっちゃんが悪くないのに悪くされたり、良い事したのをなかった事にされたりするのが嫌だから、あっちゃんが言わなくても私が代わりに言ってきた。でも、あっちゃんの好きな人には、あっちゃんの代わりに言う事は出来ない。直接あっちゃんが言わないと意味ないから」

桜叶が真面目な表情で真っ直ぐ愛弓を見た。


「な…何だよ…あたしの好きな奴って…」

愛弓がたじろぐ。


「気づいてんでしょ?自分の気持ちに」

桜叶は愛弓の顔をまじまじと見た。


「…っっ、別に…気づくも何も…。つーか、こんななりして好きとかキモいだろ…。あたしがまともな恋愛なんて出来るわけねぇじゃん…」

愛弓は顔を逸らす。


「出来る。キモくない。普通のことだよ」

桜叶はピシャリと言う。


「…っ!」

愛弓は驚いた表情で桜叶を見た。


「人それぞれ生きる権利があるように、どんな人でも恋愛する権利だってある。あっちゃんの気持ちはあっちゃんだけのものだよ。それを得体の知れない周りの目なんかの為に、無かった事にしちゃダメ」

桜叶は珍しく力のこもった眼差しで愛弓を見つめた。


「桜叶…」

愛弓は呆然と桜叶を見つめる。


「あっちゃんが私に言ってくれたんだよ?せめて自分の人生に必要な人とぐらいは、ちゃんと向き合えって!あっちゃんにとって朝井くんは必要な人間なんじゃないの?」


桜叶は真剣な表情で愛弓を見た。


「・・っ」

愛弓は桜叶の力強い眼差しに圧倒された。


「あっちゃんと朝井くんの関係にも、ちゃんとした名称を付けるべきよ!他の誰にも邪魔されないように」


桜叶はそう言うと愛弓の手を握る。


「め…名称?」

愛弓はたじろいだ。


すると、桜叶は小さく笑みを溢しながら言った。


「恋人って言う名称」


「こ…」

愛弓は顔が一気に赤くなった。



「新藤ッ!」


すると、後ろから菊斗の声が聞こえた。


桜叶と愛弓は驚き振り返ると、菊斗と将矢が立っていた。


「…っ!」

愛弓は菊斗を見るなり慌てて顔を背けた。


「・・・」

桜叶は菊斗を見た後、将矢と目を合わせた。

将矢は小さく微笑んでいる。


「じゃあ、私先戻ってる」

桜叶は愛弓の肩にポンと手をやると、将矢の方に歩いて行った。


「えっ!!ちょっ…」

愛弓は目を丸くさせ狼狽える。


桜叶はチラッと横目で菊斗を見ると、小さく笑みを溢した。


桜叶の表情に一瞬驚いた菊斗だったが、すぐに表情を緩ませ真っ直ぐ愛弓を見て言った。


「新藤…これ、ありがとう」

菊斗は本を愛弓に見せた。


「・・っ、何のことだか…」

愛弓は目を逸らす。


「三年の奴らが俺んとこに謝りに来た。昨日ヤンキー女に殺されそうになったとか…」


「…っっ、チッ…。アイツら…余計な事言いやがって…」

愛弓は気まずそうにする。


ギュ…


すると、菊斗が愛弓を抱きしめた。


「・・っっ!!?」

愛弓は驚き固まる。


「好きだ…」

菊斗はポツリと呟いた。


「はっ…?!ちょっ…おま…」

愛弓は一気に顔を赤くさせ狼狽えた。


「俺は新藤のことが好きッ!」


菊斗は愛弓の両肩に手をやり、改めて愛弓を真っ直ぐ見つめながら言った。


「…っっ!!」

愛弓は目を丸くした。


「俺と付き合って」

菊斗は熱い視線を送る。


「えっ…ちょっっ…」

愛弓は戸惑う。


「・・・」

菊斗は真剣な表情で愛弓を見つめている。


「…っっ、ハァー・・何だよーもー…」

愛弓は狼狽えながら、腰を抜かしたようにその場にしゃがみ込んだ。


すると、静かに言った。


「・・・あたしなんかで…いいのかよ…」


菊斗は驚きながら愛弓を見た。


「あたしは…桜叶以外、仲良い奴なんてそんなにいないし…周りから変な目で見られやすいし…そこらの女みたいに可愛いくなんて出来ねーし…朝井にだって迷惑が…」


愛弓が頬をピンクに染めながら話していると菊斗もしゃがみ、すかさず愛弓に顔を近づけ、口を塞ぐように唇を合わせた。


「…っっ!!」

愛弓は驚き慄く。


すると、菊斗はそっと顔を離すと言った。


「俺は今のお前が良いって言ってんの」


「朝井…」

愛弓は顔を真っ赤にさせ呆然と菊斗を見つめた。


「で…新藤は俺のこと、どう思ってんの?」

菊斗が愛弓の顔をまじまじと見つめる。


「えぇっ!?」

愛弓は改めて聞かれると、さらに耳まで赤くさせる。


「俺の為に一人で本探したり、アイツらから奪い取ったりしてくれたんでしょ?何でそこまでしてくれたの?」

菊斗は真剣な表情で愛弓を見つめる。


「・・っっ」

愛弓は目を逸らし狼狽える。


「俺がいつも何か忘れる度に、タイミング良く欲しかったもんを投げて来たりするのも何で?」

菊斗は愛弓の視界に入るように覗く。


「うっ…」

愛弓はさらに顔を背ける。


「俺、相当期待しちゃってんだけど」


「え…」


愛弓は菊斗の言葉に驚き、思わず菊斗の顔を見ると、菊斗は頬をピンクに染めながら優しい表情で見つめていた。


「何で?」

菊斗は微笑みながらさらに愛弓に詰め寄る。


愛弓「・・それは…っっ…す、す…すー・・」


菊斗「ん?何?」


「・・す…好きだからだろぉがァーッ!!何か文句あんのかッ!」

愛弓は顔を真っ赤にしながら叫んだ。


ギュ…


菊斗は再び愛弓を抱きしめた。


「…っっ、お…おぃ…」

愛弓は狼狽える。


「ハァー・・。やっと聞けた…」

菊斗は安堵した表情をさせた。


愛弓「…っっ」


菊斗「俺はずっと前から新藤のことが好きだったんだからなッ!」


「は…えっっ?!」

愛弓は菊斗の言葉に驚く。


「ちなみに…誰がこの本を見つけようと、俺が新藤を好きな気持ちは変わらなかった」


菊斗は愛弓の身体を離し、優しい表情で愛弓を見つめた。


「・・っっ…んだよ…それ…」

愛弓は照れた顔を隠すように顔を逸らした。


菊斗は静かに口を開く。


「入学してすぐの頃さ、将矢が桜叶さんの話をするようになった辺りから、俺は桜叶さんの隣にいる新藤を見るようになってた」

菊斗は顔を赤くさせ照れくさそうに愛弓を見た。


「え…」

愛弓は驚き、慌てて菊斗の方に顔を向けた。


菊斗は続ける。


「だから、将矢の片想い歴と俺の片想い歴は似たようなもんだから」

菊斗はニッコリ笑った。


「マジかよ…」

愛弓は頰をピンクに染め呆然とする。


「しん…あ…愛弓!これからよろしくな」

菊斗は照れながらニッコリ笑った。


「…っっ!!あ…愛弓…って…」

愛弓は菊斗の言葉と弾ける笑顔に目を丸くさせる。


「よろしく」

菊斗が念を押すように笑顔で顔を近づける。


「…っっ、お…おぅ…」

愛弓は照れながら小さく返事をした。


そんな愛弓を菊斗は愛おしいそうに見つめた。


--


「アイツら上手く行ったかなー?」

将矢は桜叶と教室に戻りながら呟く。


桜叶「大丈夫じゃない?朝井くん、意外と押しが強そうだし」


将矢「え?」


桜叶「さすが、将矢と友達だなーって思うことあるよ。朝井くんと将矢、何か似てるとこある」


桜叶はチラッと将矢を見て小さく笑った。


すると、将矢は呆然としながら呟く。


「桜叶と義理の兄妹になったの…アイツじゃなくて良かった…」


「えぇ?」

桜叶は苦笑いしながら将矢を見た。


「アイツと俺似てんだろ?もし俺じゃなくてアイツが桜叶の家族になってたら…」

将矢は目を見開きながら怯える。


ギュッ…


すると、桜叶は将矢の手を引っ張りながら言った。


「似てるのは一部分だけ。100%将矢はここにいる将矢だけでしょ?私が一緒にいるのは、果汁100%の将矢だけ」

桜叶はそう言うと、ニッコリ笑った。


「…っっ」


将矢は思わず桜叶の手を引き、桜叶と唇を合わせた。


「…っ!!」

桜叶は驚き目を丸くする。


将矢はそっと顔を離すと、いたずらに笑いながら言った。


「さすが…果汁100%の桜叶、うまいわ」


桜叶は将矢の言葉を聞き、一瞬驚いた顔をさせた後、小さく笑った。


--


「そーいやぁ、その本。何か思入れでもあんのか?」


愛弓は歩きながら菊斗にたずねた。


「いや…本自体は別に」

将矢は苦笑いした。


「はぁあー?おま…人が必死で…」

愛弓は目を見開きながら菊斗を見た。


ピラ…


愛弓「え…」


菊斗「これ挟んであったから…」


それは、以前図書館で愛弓が菊斗に渡した愛犬コタローの絵が描かれた紙であった。


「は…?」

愛弓の目は点になる。


「これが思入れのある品」

菊斗はニッと笑った。


「え…ちょっ…マジかよッ。何でこんなもん。失くしたら新しく描いてやるって言ったろ…」

愛弓は険しい顔をさせる。


「それじゃ意味ない。愛弓が俺に最初くれたやつだから。これ、ずっと俺のお守り」

菊斗はコタローの絵を微笑みながら見つめる。


「・・・」


すると、愛弓は静かに胸ポケットから生徒手帳を取り出すと、中から二つ折りの紙を取り出して菊斗に見せた。


「…っ!!」

菊斗は目を見開いた。


それは、以前菊斗が愛弓に描いてあげたコタローの模写であった。


「奇遇だな。これ、あたしのお守り」


愛弓はそう言うと、フッと笑って見せた。


「…っっ」


菊斗は若干目を潤ませた。


愛弓は嬉しそうに菊斗作コタロー模写を見つめた後、大事そうに生徒手帳にしまう。


「・・っ」

そんな愛弓を見た菊斗は、胸がギュンッとなり思わず愛弓と恋人繋ぎをした。


「え!!ちょ…オィ…」

愛弓は驚き狼狽える。


菊斗は頬をピンクに染めながら、嬉しそうに笑った。


「朝井…」

そんな菊斗の横顔に、愛弓は呆然としながら見惚れた。


菊斗「菊斗ッ!はいッ、もう一度」


愛弓「チッ…。…っっ、き…菊…斗…」


菊斗「よしよし」


愛弓「オィッ!あたしコタローじゃねぇからッ」


菊斗「ハハッ!!」


「何か…あれだな。お前って桜叶に似てるな」

愛弓はまじまじと菊斗を見た。


「え?」

菊斗はキョトンとする。


愛弓「とにかく明るい桜叶みてぇだわ」


菊斗「俺に芸名付けないでくれる?何かどっかで聞いたことあるし…」


愛弓「ハハッ!お前、おもしろいこと言うなァッ」


菊斗「お前じゃないッ!菊斗ッ!」


愛弓「き…き…菊…斗…」


菊斗「プッ…」


愛弓「あ、今バカにしただろッ!」


菊斗「してないしてない」


愛弓「つーか…おい…このまま教室入る気か」


愛弓は菊斗と繋がれている手をチラッと見た。


菊斗「もちろん」


愛弓「はあ!?いや…さすがにちょっと…手は離そうぜ…」


菊斗「無理。もうロックかかってるから」


愛弓の手にガッツリ指を絡ませ握る菊斗。


愛弓「ちょっ…おぃ…マジかよ…」


愛弓は顔を真っ赤にして狼狽えた。


--


ガラガラ…


菊斗と愛弓がガッツリ手を繋ぎ教室へ入る。


「・・・」


教室は静まり返り、クラスメイト達は菊斗と愛弓をまじまじと見た。


「…っっ…」

愛弓は未だかつて味わった事の無い恥ずかしさで、どうにかなりそうであった。


すると、将矢のグループの仲間達が口を開いた。


「やっとかよ!」


「…っっ!!」

愛弓は目を丸くさせた。


クラスメイト達は次々に言い出した。


「やっとくっついたんだー」


「マジでじれったかったわー(笑)」


「・・・」

愛弓は、クラスメイト達の言葉に唖然としながら隣りにいる菊斗を見た。


すると、菊斗は小さく微笑みながら愛弓を見た。



愛弓は呆然としながら桜叶の元へやって来た。


「おめでとう」


桜叶はそう言うと優しい表情で愛弓を見つめた。


愛弓は静かに口を開く。


「え…どういうこと?何なんだ…?この周りの反応は…。全然分からねぇ…」


愛弓は目を丸くしながら桜叶を見た。


すると桜叶は小さく笑いながら言う。


「あっちゃんの気持ちが手に取るように、皆分かってたってことかな」


愛弓はギョッとした顔をさせながら言う。


「嘘だろ…?つーか…このクラス、超人の集まりかよッ!」


愛弓は驚愕し震えた。



一方菊斗は、将矢から盛大に祝福されていた。


「いやー…良かったなぁ、菊斗!!」


「おぅ。いろいろとありがとな…」

菊斗は照れ笑いする。


嬉しい気持ちを溢れさせている菊斗を見て、将矢も自然と笑顔になる。


すると将矢は、菊斗と愛弓を交互に見て言う。


「お前らって、誰がどう見ても相思相愛だったもんなぁ」


「そ、そんなにだったかぁ?」

菊斗は満更でもない様子でとぼけて見せた。


「自分が一番よく分かってんだろッ」

将矢は菊斗の肩を突っついた。


「・・っ」

菊斗はニヤけそうになる顔を抑えながら、愛おしい様子で愛弓を見つめた。



絵里可「・・・」


そんな誰がどう見ても相思相愛であった菊斗と愛弓の間を割って入ろうとした同じクラスの絵里可は、同じグループの女子達から「チャレンジの女神」として称された…。


こうして、愛弓の愛情はコタローに留まらず菊斗にも届くことになり、めでたく結ばれた愛弓と菊斗の二人であった。

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